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AとK  作者: 東久保 亜鈴
7/29

Aの巻(その四①)

6月。

梅雨前線が本格的に居座り、湿気と蒸し暑さが続く日々。

学生服も衣替えを済ませ、葵の学校の女子生徒はブレザーを脱ぎ、上半身ブラウスとベストだけの恰好になります。

しかし、葵はベストを持っておらず、いくら色の濃いブラウスを着ていても、雨に濡れると下着が透けて見えてしまう嫌な季節。

中学3年生、躰も大人になって来て、そろそろ胸の膨らみも気になる頃。

そんな時、葵の住んでいる街では最近痴漢の被害が頻発していて、そして、葵にもその魔の手が襲い掛かる。

6月下旬

梅雨入りし、どんよりした日が続いている。

しかし梅雨空とは反対に葵はご機嫌だった。

その要因は、5月末に実施された中間テスト、ついこの間終った期末テストの結果が思った以上に出来が良く、学年の上位に入っていたからだった

「葵ちゃん、凄いな。

 中間テストは300人中88位。

 期末テストは30位以内に入ったのかぁ」

翔太がお饅頭を美味しそうに頬張る葵に笑いかける。

「はい。

 翔太さんに教えてもらっているおかげです。

 わかるようになったら、もう、楽しくて、楽しくて」

葵はもともと勤勉で勉強好きで、1年生の時は100番台前半だったが、中学2年の時は、生活環境が悲惨になり、成績もそれに合わせ300番ぎりぎりまで落ち込んでいた。

それが3年生の4月、翔太に出会ってから翔太の家で食事をし、勉強を教えてもらうようになると、みるみるうちに学力が追いつき、さらに結果を残すようになってきた。

学力だけでなく、食生活も翔太に栄養がまんべんなくいきわたるような食事を食べさせてもらい、体も健康的になり、どんどん女性っぽく丸みを帯びてくるようだった。


葵にとっては、夢のような3か月だった。

朝ご飯は軽く食パンを食べるだけでも、お昼は給食、晩御飯は、翔太の家で美味しいご飯をお腹いっぱい食べられる。

しかも、勉強は教えてもらえるし、ゲームで遊ばせてもらえる。

つい数か月前は、薄暗いアパートの中、空腹を堪えるように部屋の片隅で膝を抱えてじっとしていた、その生活から雲泥の差だった。

「これなら、高校も合格圏内だな」

「はい。

 担任の先生も2年の時の内申が良くないけれど、このまま良い点を取り続ければ学力検査で、大丈夫だろうって言ってくれています。

 いつも勉強を教えてくれる翔太さんのおかげです。

 本当にありがとうございます。」

「な、なに言っているんだ。

 すべては葵ちゃんの頑張りだろう。」

羨望の眼差しで翔太を見ながら頭を下げる葵を見ながら、翔太は照れくさそうな顔をする。

「こ、今度、リスニング対策をしよう」

「リスニング対策?」

「ああ。

 今度、1日中、日本語禁止にしよう。

 会話は全て英語」

「会話を、ですか?」

「そう。

 こう見えても、英会話はばっちりだから」

翔太は学生の時、英語留学し会話は苦にならなかった。

「すごい。

 翔太さんて英語も話せるんですか」

(会社員て何でもできるんだ。

 すごいなぁ)

変に誤解する葵。


「さあ、そんなことより夕飯にしよう。

 今日は“生姜焼き”でいいかな?」

「はい!

 私、“生姜焼き”大好きです」

葵は立ち上がると近くに畳んであるエプロンを手に取り、体に付けながら翔太と一緒にキッチンに入って行く。

最近では、店屋物より二人で料理して食べることが多くなった。

最初は翔太が作って見せるが、葵は覚えるのが早く、一度見た献立は次から『私が作りたい』と言って、自分から作るようになっていた。

葵としては夕飯をご馳走になるのだから、せめて自分が作って翔太に食べさせたいという思いがからで、現に、今では葵が作った方が美味しかった。

最近では、調理に危なげなく、また味も美味しいので翔太は新しい料理のレシピを教えるとき以外は葵に任せるようにしていた。


今日もエプロンを付けて用意を始める葵を見て、翔太は任せることにする。

(翔太さんに喜んでもらえるものを作らなくっちゃ。

 なんだかこうしていると新婚ほやほやの夫婦かしら…

 きゃ、恥ずかしい

 …

 でも、でも、翔太さん、私のことをどう思っているのかしら。

 こんなにも優しくしてくれるし、良くしてくれる。

 私の事好きなのかな。

 でも、体を求めてこないし。

 恋愛対象じゃないのかな。

 単に可哀想に思っているだけなのかな。

 どうか、私のことを好きでいてください)

横目でちらちら翔太を見ながら葵は料理をする。

その料理をしている葵の姿を翔太は横から眺めている

(ふーん。

 葵ちゃん、随分と体の線が柔らかく、また、丸くなってきたな。

 胸も膨らんできたし、お尻も丸くなってきたな。

 それに、なんだろう、この良い匂い。

 コロンや香水なんか付けていないだろうに。

 ううう…、そそるなぁ…

 …

 いかん、いかん。

 こんなところでテント膨らましても仕方ないし、葵ちゃんに見られた日には変態扱いされかねないな。

 ええっと、日本の総理大臣の名前は…

 顔も思い出してと…

 …

 ふぅ。

 しかし、この葵ちゃんの良い匂い。

 また、すぐに不埒者が目を覚ますな…ヤレヤレ

 今度はプロレス…

 女子プロレスは最近かわいい子が多くなったなぁ。

 いかんいかん、相撲取りを思い出して。

 …

 まったく、俺と来たらなんでこんなガキにときめかないといけないんだ。

 そうだよ、俺には20,30台の熟れた女、たくさんいるじゃないか。

 片端から声を掛けたけど返事が返って…おっ、返ってきているじゃないか。

 A子は、ワクチン打っていないからだめ?!

 セックスにもその内パスポートがいるようになるかな。

 ワクチン1本はとば口まで。

 2本で中まで。

 3本でブースター…なんのこっちゃ。

 B代はテレセックスなら?!

 昔のテレホンセックスかい!

 Ⅽ江は、マスクセックスなら?

 ダースベーダーとセックスするんかい!

 コ~、ホ~、コ~、ホ~、コッコッコッ、ホ~てかい。

 D香は、アクリル板の衝立があれば?!

 間にアクリル板があって、どうやって、するんじゃい!!

 アクリル板の上の鯉か!

 E美は…10分以内ならいい?!

 全工程を10分以内だと!

 『マッハGoGoGo!』かい!!

 …

 こいつら、全員俺のこと馬鹿にしているな)

「翔太さん?

 翔太さん、どうしたんですか?

 スマフォ見ながら、ぶつぶつ言って」

「え?」

いつの間にかスマートフォンを睨みながらぶつぶつ言っていた翔太は葵の声で我に戻る。

「あ、いや。

 なんでもない」

(ふぅ、危ない、危ない。

 こうなったら、他の女性にでも、今夜お誘いのメールでもしてみるか。

 …

 しかし、楽しそうに料理をする子だな。

 柔らかそうな頬だ…

 いかん、いかん。

 もう少し育ててから。

 手を出すのなら、せめて、高校に上がってからだ)

変に納得する翔太だった。


それから数日後。

梅雨の晴れ間というように、朝から良い天気だった。

天気予報では1日天気は持つと言われていたが、実際は昼過ぎから雨に変わり、天気予報を信じ傘も持たずに家を出た人たちは天気予報に悪態をついていた。

翔太は出勤日で朝から会社で会議をしていたが、会議が終わり、珍しく仕事も一段落したため、午後半休を取って買い物など、街をプラプラしてから、家のある駅の改札を出て駅前の片側2車線の幅広い道路を渡り、マンションに向かって歩き始める。

時刻は4時30分過ぎ。

天気は雨だが、日の入りが19時頃になったためか、明るかった。

翔太の横を、傘を持たない人々が小走りに駆け抜けていく。

翔太は持ち歩いている鞄の中に常に折りたたみ傘を常備しており、その傘をさして歩いていた。


ふと反対側の歩道を見ると、葵らしき女子中学生が鞄を胸に抱えて早足で歩いていく。

恐らく傘がなく濡れながら家路を急いでいるのだろうと翔太は推測する。

そして、その女子中学生がベストを着ていないのと後ろで束ねたくせ毛から葵だと確信した。

(葵ちゃんか。

 今日、家に来たのかな?)

慌ててスマートフォンを取り出しLINEをチェックするが、葵からのメッセージは入っていなかった。

(学校帰りか

 …ん?)

学校帰りの葵から目を離そうとした時、翔太の目には一人の怪しい男が映った。

男は背格好が170㎝位でやせ形、野球帽に大きなマスクと黒ぶちの眼鏡、ジーパンに黒っぽいジャンバーを着ていた。

翔太が特に気になったのが、その男の目線が葵にくぎ付けになっていたことだった。

男は、葵を見つめながら、その目線を外すことなく、葵に気付かれない様に4mくらいの間隔を保持しながら、葵の後を追っていく。


翔太はこの付近で最近頻発している婦女暴行事件を思い出していた。

昼夜問わずスマートフォンの防災マップに事件発生のメッセージが表示される。

それには10代20代の若い女性を狙った痴漢や暴行事件の連絡だった。

それがほぼ1日おきに、時間帯は夕方から深夜とバラバラだったが、発生頻度の多さから翔太は覚えていた。

(葵ちゃん…)

翔太は胸騒ぎを覚え、葵と男の後を追うことにした。

しかし、道路の反対側で渡るには先にある横断歩道を渡らなければならなかった。

翔太は、小走りで横断歩道に行き青になるまで待ってから渡り、戻るように葵たちを追う。

しかし、かなり距離が離れているのと、夕方の通勤帰りや買い物帰りの人々で道が混んでいて、なかなか二人に追いつけない。

駅を超え、しばらく行ったところで、とうとう二人を見失なってしまう。

(おかしいな。

 どこかで曲がったんだろうか。

 脇道は全部チェックしていたんだけど)

人混みが薄れ、前の方に葵と男の姿が見えず、翔太は途方に暮れて立ち止まる。


一方葵は男に拉致され脇道入ってすぐのビルの建設現場に連れ込まれていた。

ビルは休工日なのか人は誰もいなかった。

それをあらかじめ知っていたのか、ビルに続く脇道に差し掛かった時、男は一気に葵との間隔を詰め、葵の腕を掴むと、何食わぬ顔で硬い尖ったものを葵の背中に押し付け、耳元で囁く。

「黙って大人しくついてこい。

 さもないと、これでお前を刺すぞ」

葵は咄嗟のことで、恐怖で悲鳴を上げることが出来ず、男に引っ張られるままビルの中に連れ込まれたのだった。

中に入り、シートが広げてあるところに着くと、男は乱暴に葵をシートの上に押し倒し、馬乗りになる。

「大人しくしろ。

 大人しくしたら、怪我しないからな」

男は手にしたナイフを葵の顔の前でちらつかせる。

葵は自分が目の前の男に何をされるのか悟り、鞄を胸の前で力一杯抱きしめる。

男は、その鞄を取ろうとして力を入れるが、葵の抵抗を受け、眉間に皺を寄せる。

「このガキ。

 大人しくしろって言っているんだ」

バシ!

男の平手が葵の頬を叩く。

その衝撃で葵は脳震盪を起こしたように体の力が抜けたようだった。


それを見て男は鞄を荒々しくどけると、ブラウスの上から葵の胸を掴み、揉むと、顔を埋める。

「ひっひっひ、柔らかいな。

 まだまだ、成長途中か。

 いいね、いいね。

 男なんか当然知っていないだろうに」

男はニヤニヤしながら涎を垂らしそうな顔をして、葵の足元に体をずらすと、葵の両脚を掴み左右に開かせる。

葵は頬を叩かれた後遺症から体に力を入れることが出来なかった。

「そうそう、良い子だ。

 お前が悪いんだからね。

 お前がその下着が透けて見えるようなブラウスを着ているのが。

 つい、むらむらしちゃうじゃないか。

 うひひひひ。

 大人しくしていれば、直ぐに済むからね」

男は葵が自分の言いなりになりなるのにご満悦だった。

男は葵のスカートの中に手を突っ込むと乱暴にショーツを掴むと、一気に脱がせる。

そして再び葵の足を左右に開かせると、その間に下半身を割り込ませ、ベルトを外し、チャックを下げ、ズボンとパンツを下ろし、いきり立ったものを取り出す。

そして、それを葵のスカートの奥に近付けていく。

(お母さん、お姉ちゃん…翔太さん…)

葵の目から涙がこぼれた。


(ここか)

翔太はスマートフォンを片手に葵が連れ込まれたビルに入る。

二人を見失ってから、葵に渡したスマートフォンアプリから位置情報を検索し、このビルにたどり着いたのだった。

中に入り、奥まで行くと、男の背中が見えた。

その男はズボンを下ろし胡坐をかくように座っている。

そして、その両脇から白く細い少女の足がひらひらとゆっくり上下に動く。

男は、腰を動かし何かをしているようだった。

翔太は一瞬でそのか細い足が葵の足だと直感し、全身雷に打たれたように電気が走ると、怒りが爆発する。

「て、てめえ、おれの×××になにをしているじゃ!!」

そう吠えるように叫びながら男との距離を一気に縮める。

男はギョッとした顔で振り返ろうとした時、その顔に横から翔太の足の甲が襲う。

ビシ!

厳しい音がしたかと思うと男は1,2メートルくらい転がるように吹き飛ぶ。

男がいなくなると、大の字のように寝かされた葵が青白い顔のまるで人形のように無表情で涙を流しながら宙を見ている姿が現れる。

そして葵の目線がゆっくりと翔太の顔を見ると、スイッチが入ったように見る見る顔がくしゃくしゃになって来る。

「葵ちゃん

 ちょっと待っててな。

 今、悪いやつにとどめを刺してくるから」

翔太は、怒りの任せて、徹底的に痴漢男を潰そうと火が付いていた。


「おい、お前!」

その時、3人の男と1人の女性が駆け付け、男は翔太を羽交い絞めにし、女性は葵を抱き上げる。

「婦女暴行の現行犯で逮捕する」

「へ?」

男たちは刑事だった。

翔太は、自分が犯人と言われ面喰った顔をする。

「ち、違います…」

葵のか細い声が聞こえる。

「翔太さんは、私を助けに来てくれたんです。

 犯人は、そこ」

葵は震える手で、倒れている男を指さす。

男は口から泡を吹いて倒れていた。

「な、なに?

 犯人はこっちか?」

翔太を羽交い絞めにしていた刑事腕の力が緩まり、翔太を自由にする。


翔太は刑事を振りほどくと一目散に葵の横にしゃがみ込む。

「葵ちゃん、大丈夫?」

翔太の声に葵は気丈にも笑みを浮かべて頷き、腕を伸ばして翔太に抱き着く。

翔太は刑事と思える女性を見ると、女性は頷いて見せた。

翔太に抱き着きついた葵は、体をガタガタと震わせていた。

「こ、怖かった。

 翔太さんが来てくれなかったら、私…

 うわーん」

そのまま葵は力一杯翔太にしがみつくと大声で泣き始める。

「よしよし。

 もう大丈夫だからね。

 俺が付いているから大丈夫」

翔太は優しく葵の頭を撫でる。

「うわーん。

 怖かったー」

「よしよし」

女性の刑事は優しい顔で泣いている葵を見つめていた。


しばらくして葵はしゃくりあげるようにして泣き止んでくる。

葵が落ち着いたころ、刑事は口を開く。

「念のため、病院に行きましょう。

 頬も赤くなっていて、叩かれたんでしょ?」

葵は小さく頷く。

その腕は相変わらず翔太の体に回し、しっかりと抱き付いている。

翔太もその上からしっかりと葵を抱きしめていた。

「失礼ですが、身内の方ですか?

 お兄様とか?」

「いいえ、違います。

 でも、大切な子です」

腕の中で、じっと翔太の言葉を聞いていた葵は、翔太の「大切な子」という台詞を聞くと安心したように翔太の胸に顔を埋め、眼を閉じる。


それからパトカーや救急車が来て、周りは騒然とする。

救急車の1台には犯人が、もう一台には葵が乗り込み別々の病院に運び込まれる。

葵は念のため頭部のスキャナーを撮ったり、体に傷がないか入念に検査された。

結果は不幸中の幸いか頬の打撲と足や腕の擦り傷だけで全治2週間という診断だった。

検査が終わり一息つくと、葵は女性の刑事に話を聞かれていた。

翔太は、葵が検査の最中に事情聴取を受けていたので、男の刑事と雑談をしていた。

「いた、いた!」

廊下の端から声が聞こえ、皆がその方向に振り向く。

声の主は若く美人で、かつエネルギーの塊のようなはつらつとした女性だった。

その女性は翔太の顔を見ると、いきなり険しい顔になり、早足で近づくと、いきなり翔太に殴りかかる。

「お前が、痴漢かぁ?

 ああーん?

 良くも、私の可愛い妹を怪我させてくれたな!!」

「へ?」

「お、お姉ちゃん!

 違うよ!

その人は、翔太さん!!

 助けてくれたの!」

「え?」

「へ?

 お姉さん?」

「あ!」

パーン!!

葵の姉の茜の平手打ちが翔太に炸裂する。


警察から葵の身内ということで連絡が取れる茜が呼ばれ、事情聴取が済んだ葵を引き取り二人はアパートに戻った。

翔太は、米つきバッタのように謝る茜に気にしていないと笑いかけ、病院の出口で2人を見送りマンションに戻っていた。

「もう、お姉ちゃんたら。

 翔太さんに失礼なことして」

「だって、デカと話していたんだから、てっきり犯人かと思ってさ」

「あんな素敵な人が痴漢なんてありえないでしょ」

怒った顔をする葵に茜は頭を掻きながら気まずそうな顔をする。

「確かに、そうだよな。

 犯人がデカとあんなところで世間話しをしていないもんな。

 いやー、すまん、すまん。

 でもさ、あの人が翔太さんなんだ。

 確かにかっちょえーね」

「そうでしょ。

 素敵でしょ。

 頭もいいし、凄いく強いのよ。

 痴漢をキックで5mくらい蹴り飛ばしたのよ」

「ほえー!

 5mもか?

 わたしですら、1mくらいがいいところなのに、すごいね」

茜に翔太のことをカッコいい人と言われ葵はご機嫌になっていた。

「本当に素敵な人だね…」

(でも、あんな素敵な人が、なんで葵に良くしてくれるんだろう。

 躰目当てでもなさそうだし。

 いっそ、付き合ってくれて結婚してくれれば御の字なんだけどな)

茜も翔太がいつも葵によくしてくれることが不思議だった。

特に、今日、本人を見て、尚更そう思った。


翔太の話で盛り上がった後、茜は帰ろうとしたが心配で声をかける。

「ねえ、今日、泊まれないし、そろそろ帰らなければいけないけど、一人で大丈夫?」

「え?」

一瞬葵は顔を曇らすがすぐに笑顔で頷く。

「うん。

 大丈夫よ。

 鍵を掛けて寝るから」

茜の旦那は風邪をひき、ひどい熱で、家で寝ていた。

本来なら怖い思いをした葵を一人にしたくなかったのだが、旦那の看病をしなければならず、また、病人のいるところに葵を連れて行くこともできなかったので、仕方なしに葵を一人にするしかないが、心配で仕方なかった。

「大丈夫だって。

 何かあったら、直ぐに連絡するわ。

 それに翔太さんも何かあれば、いつでも連絡して良いって言ってくれているし」

「ま!

 そうね。

 翔太さんが入れば大丈夫か」

翔太の話をする時の葵の嬉しそうな顔を見て、茜は半分呆れた顔をする。

「あと、スカート。

 破けちゃっているから、クリーニングに出して、直しに出さないと。

 しばらくトレパンで通学かな」

「うん。

 仕方ないよ」

「そうそう、明日は学校休んだら?

 土曜日で半日だし。

 頬も赤くなっていてみっともないから。」

「うん。

 そうする」

「じゃあ、朝、お姉ちゃんが学校に電話しておいてあげるから」

「うん。

 ありがとう」

しばらくして後ろ髪を引かれる想いで茜は葵を残し帰って行った。


茜がいるときにお風呂に入っていたので、葵は茜が買ってくれたお弁当を食べて寝るだけだったがお弁当を前にしても一向に食欲がわかなかった。

それどころか、痴漢に受けた仕打ちを思い出し、体を震わす。

特に倒され、ショーツを脱がされ、強姦されそうになった時の恐怖はひどいものだった。

「…

 しょう、翔太さん

 …」

葵は、震える指で翔太にLINEを送る。

最初は、今日のお礼を書こうとしたが、指が勝手に「怖い」と打って送信する。

直ぐに、翔太から返信があった。

「え?」

それを読んで、葵の顔に赤みが指す。

『今夜は俺のところに泊まりなさい。

 今から迎えに行くから、お泊りセットの準備をしておくように』


(わ!

 ほんとう?

 泊まっていいの?)

葵にとって今一番頼りになるのが翔太だったので、嬉しくてたまらなかった。

『本当にいいんですか?

 泊まっても』

また、直ぐに翔太から返信がある

『OF COURCE!!』

(あはは。

 もちろんだって。

 きゃー、うれしい。

 どうしよう。

 何を持って行こうかな。

 たいへん。

 バッグあったかな。

 そうだ。

 去年の修学旅行の際、お姉ちゃんに借りたキャリーバッグがあったな。

 あれに入れればいいな。

 そうだ、お弁当、どうしよう。

 せっかく、お姉ちゃんが買ってくれたんだ。

 翔太さんの家で食べさせてもらえるかな。

 取りあえず持って行こう)

20分後、葵は翔太の車の助手席にいた。

雨はやみ、葵にとって、助手席から見える夜景は格別だった。


翔太のマンションに入ったころは、10時を回っていた。

「今晩は、俺のベッドを使うといい」

「え?

 じゃあ、翔太さんも一緒?」

葵は顔を赤らめ、もじもじする。

「馬鹿か。

 俺は、ここでソファの上で寝るんだよ」

「そんな。

 それじゃいくらなんでも悪いです。

 私がここで寝ます」

「おーい。

 ここは俺の家。

 俺のルールに従ってくれ」

「え?

 はい…」

「よーし、良い子だ。

 まず、寝床は決まったと。

 次は風呂か。

 お風呂は?」

「はい。

 もう済ませてあります。」

「そうか。

 俺もだ。

 じゃあ、もう寝間着に着替えて楽な格好をしよう」

「はい」


二人は別々の部屋で寝間着に着替えると、そこで初めて葵は空腹を覚える。

「あの…。」

「ん?」

「ここで、お弁当食べていいですか?」

「もちろんだよ。

 持っておいで。

 レンジでチンしよう。」

「はい!」

パジャマ姿の葵がお弁当を持ってちょこちょこと翔太の後をついて来る。

キッチンのレンジの前で翔太は葵から弁当を受け取り、スイッチを入れる。

楽しそうにレンジの中の弁当を見つめる葵。

(パジャマ姿もいいなぁ。

 胸が見えそうだ。

 それに可愛いし、うーん、そそるな。

 …

 おっと、今日は怖い思いをしたんだ。

 さすがにいくら何でも、馬鹿なことを考えるのは止めよう。

 でも、随分と女らしくなってきたな…)


チン!

レンジの音で翔太は我に返る。

「そら、温まったよ。

 飲み物は温かいお茶がいい?

 それとも冷たいお茶がいい?」

「うーん。

 温かいお茶がいいです」

「了解。

 じゃあ、先にリビングに戻って食べ始めなさい。

 すぐにお茶を持っていくから」

「はい。

 ありがとうございます」

嬉しそうに笑顔を見せる葵。

翔太はその笑顔に吸い込まれそうになる。

(なんて可愛い笑顔だろう。

 この子は、笑顔も素敵だな)


お茶を入れて翔太は弁当を食べている葵の横に腰掛ける。

「しかし、葵ちゃんのお姉さん、強烈だったな」

翔太は、茜に叩かれた頬をさする。

「ご、ごめんなさい。

 お姉ちゃんたら早とちりして。

 本当に、ごめんなさい。」

「いいって、いいって。

 気にしていないよ」

平謝りする葵に翔太は笑顔を向ける。

「それより、素敵なお姉さんだね。

 美人だし」

「はい!

 え?

 …

 翔太さん、もしかしてお姉ちゃんを」

葵はお姉ちゃんのことを好きになったのかと心配になった。

「ばか。

 変なこと考えていないって。

 それにお姉さん、結婚しているんだろ」

「はい。」

葵はほっとした顔をする。

「で、今晩、俺の家の泊まることをお姉さんに連絡したのか?」

「はい。

 あ、そうそう。

 お姉ちゃんからも『よろしくお願いします』とのことです」

「そっか」

(俺って、すごく信頼されているのかな。

 尚更、手は出せないってか)


翔太は苦笑いしながら、ゲームのコントローラをいじっていると、葵の視線を感じる。

「食べ終った?」

葵は大きく頷く。

「じゃあ、食休みに一戦やるか?」

「はい!!」

それから二人ははまっている対戦ゲームを始める。

きゃあきゃあと横で飛び跳ねるように楽しんでいる葵。

葵が動くたびに、葵の良い香りが翔太の鼻を擽る。

(本当に、この子は良い匂いがするな。

 …

 いかん、いかん。

 平常心と)

少しすると、葵の手が止まり、翔太に寄りかかって来る。

「葵ちゃん?」

見ると葵は目が潰れかけていてウトウトしていた。

「さあ、歯磨きして寝ようね」

「…」

翔太に促され、葵は夢遊病者のように翔太に促され洗面所に行き歯磨きをする。

「さあ、それじゃ、ベッドで寝なさい」

自分のベッドに葵を寝かせ付け、翔太は枕や毛布を持ってリビングに戻りソファの上で横になった。


どのくらい経ったのか、翔太は人の気配で目を開ける。

すると、目の前に今にも泣きだしそうな葵が立っていた。

「葵ちゃん…」

よくよく葵を観察すると、葵は寝呆けているようだった。

(そりゃそうだ。

 怖かったろうにな。

 仕方ない)

翔太は、毛布を開けて葵を誘うと、葵は待っていましたとばかりに翔太の横に入り込んですぐに寝息を立て始める。

その顔は、今度は落ち着いて安らいだ良い顔をしていた。

(余程怖かったんだろうな)

翔太は葵の心中を察し、優しく頭を撫でていた。


何か大変なショックを受けた時、その予後はとても大事です。

私は目の前で電車にはねられた人(投身自殺)を見たことがあります。

けたたましい電車の警笛で振り返ると女の人が線路に飛び降り、そこに急行電車が。

むごたらしい現場を見てしまい、家に帰った後、家中のぬいぐるみを総動員して、その中で布団にくるまっていました。

葵には茜と、なによりも強く頼りになる翔太の存在が心の良薬となっているようです。

次回は、珍しくAの巻きを続けます。

翔太のマンションで一夜を過ごした葵。

二人の仲は急接近…していくのでしょうか。


余談ですが、なかなか、この「小説家になろう」の編集画面になれなくて(笑)

やっと、次話投稿のやり方がわかりました。

今まで、次話投稿でもルビを振ったり、検索したりができなくて不自由な思いをしていたのですが、新規小説で書いて、それを次話投稿で使うことが出来る技を発見し、喜んでいます。

2次元小説を書くと、よく翔太と裕樹の名前を間違えます。

それを一律置換することができ、大喜び。

皆さんは既にご存知のことと思いますが、ちょっと嬉しい発見でした。

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