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AとK  作者: 東久保 亜鈴
23/29

Aの巻(その八③)

翔太に助けられ、その腕に抱かれた葵は夢のように嬉しさを噛みしめていたが、チンピラたちに絡まれていることを、目撃されていて、学校を休んでいる時に根も葉もない噂が広がっていた。

いつの間にか、中学時代のようにクラスの中で孤立していく葵。

唯一、葵の友人の立場を貫く楓花。

夏休みに入ったある日、その楓花に頼まれ、テニス部の合宿に手伝いに翔太と出かける葵。

そこで葵の悲しい過去が…。

なぜ、葵が体を売ろうとしたのか。

“不良になりたかった”と言うのは表向きで、本当の理由を茜が翔太に語る。

それを知って、翔太と葵の中は冷めていくのか、それとも熱くなるのか。

翌日、学校に行くと教室は異様な雰囲気に包まれていた。

葵がいつものように「おはよう」と声を掛けるが、皆、奇異な目で見るか、「おはよう」と小さな声で挨拶を返すくらいだった。

「?」

不思議そうに思っていると、楓花が慌てたように傍に来る。

「あ、楓花ちゃん。

 おはよう」

「おはようじゃないわよ。

 葵、大丈夫なの?」

「え?」

心配そうに葵の足の先から頭までチェックするように眺める。

「どうしたの?

 何かついているの?」

「ねえ、本当に大丈夫?」

「何がよ。

 全然平気。

 かえって調子がいいくらいよ」

それは本当のこと。

昨日、一昨日と翔太とベッドの中で抱き合い、親身ともリラックスして、ぐっすり眠れていたので、体調が今まで以上に良かった

「だって、日曜日、大変だったんでしょ?」

「え?」

「加山君とデータしていたら、10人くらいの不良に囲まれて、加山君は逃げるし、取り残された葵は不良たちに暴行されたって」

「なにそれ?」

前半は当たっているけど、不良は5人だし、暴行なんてされていないのに。

「じゃあ、それは大丈夫だったのね」

「うん。

 暴行なんてされてないよ」

あえて加山の家に行く途中だったとか、加山と付き合っていたということは無視した。

「何人か目撃者がいたんだって」

「目撃者?」

「そう。

 ひとつは今言った話。

 もう一つは、加山君が逃げ出した後、10人くらいの不良に絡まれていた葵を、身内だっていって、プロレスラーみたいな体つきで、如何にもその筋の人みたいな男の人が葵を助けて連れて行ったって」

「ええー?!

 その筋の人って、おっかない人のこと?」

「そうよ。

 それに加山君と付き合っていたってこともセンセーショナルだし、ましては置いて逃げたって。

 加山君、結構、人気あったのよ。

 だから、やっかみ半分でとんでもないうわさを流している子もいるの」

「え?!

 そうなの?

 人気あったんだ」

確かに自分の一時、迷ったくらいだから無理もないか。

葵の中ではとっくに済んだことなので、冷静だった。

「身内におっかない人だとか、犯罪者だとか。

 加山君は脅されて葵と付き合っただけだとか…

 なんだか、中学のときみたい。

 あっ!」

楓花は中学の時のことを思い出していた。

その当時、複雑な家庭環境で、目つきも鋭く、あまり笑わなかった葵。

また、葵の姉の武勇伝で、皆から一線を引かれ、友達らしい友達と言ったら、葵と気が合う楓花くらいだったこと。

どんなに葵が寂しかったことか、それを考えると楓花は何も言えなくなる。

「ご、ごめん」

「大丈夫よ。

 私には楓花ちゃんという大切なお友達がいるから」

「あおい~」

健気な葵、その葵が大切な友達だと言ってくれた。

楓花は感激で、泣きたくなるほどだった。

「それにね、助けてくれたのは翔太さんなのよ」

「え?

 あのイケメン大家さん?」

楓花は入学式の時、あと、学校行事の時に茜と一緒に来ている翔太のことを見ていて、知っていた。

「そうなの。

 翔太さん、強いんだから」

「いいなぁ~。

 ねえ、今度紹介してよ」

葵と楓花が楽しそうに話しているのを周りの同級生はいろいろな噂の渦中にいるはずなのにと不思議そうに眺めていた。

葵の眼中になかったが、同じクラスの加山は女子を見捨てて逃げたという話が広まったのと、茜に嫌って程脅されたせいで、元気なく目立たぬように誰にも目を合わさず小さくなっていた。

更に、葵が普通に教室に入って来るのを見ると、葵に見つからないように体を一層小さくし、隠れていた。

結局、楓花が懸命に噂を打ち消して歩いたが、学校中に葵の身内にやくざ者がいて、葵に近寄ると男女問わず怖い目、痛い目に合うという事実無根の噂が広がり、葵は学校で孤立することになる。

少し寂しかったが、「人のうわさも七十五日」と楓花に励まされ、また学校では楓花がいつも一緒にいてくれて、家に帰れば大好きな翔太がいるので寂しくならなかった。

1学期の学期末試験が終わり、葵は学年で5番目という優秀な成績をとり、才女ぶりを発揮する。

夏休みに入ったある日の昼下がり、葵と茜はファミリーレストランでランチとしゃれこんでいた。

「あいつは、今日は出社だっけ?」

「うん」

「寂しい?」

「う、うん」

「でも、以前は社会人、サラリーマンは毎日会社に行ってたのよ」

「そうだね、忘れてた。

 いつもいるのもだと思ってた」

葵は少し寂しそうな顔をする。

学校に行っている時は、夕方に帰って来ると必ず“お帰り”と迎えてくれた。

出社の時は、2、3時間待てば帰って来るので家事をしながら待てば、あっという間で寂しくなかった。

しかし、夏休みに入り、翔太が出社の日は朝送り出してから何となく心に穴が開いたようで寂しく感じるようになっていた。

去年の夏休みも寂しかったけど、今年は特に寂しいなぁ。

「葵?!

 葵ったら、何を考えこんでいるのよ」

「え?

 ごめん、ごめん」

「そう言えば、バイトは結局辞めなかったの?」

「うん。

 辞めようと思ったんだけど、土曜日だけでもいいからって言われて、土曜日だけ」

だって、日曜日もバイトだと、折角の翔太さんとの時間が少なくなっちゃうし、せめて日曜日位は一日一緒に居たいんだもん。

翔太と関係を持ってから、すぐに葵はバイトを辞めて、翔太との時間を増やそうと思ったが、意外と葵はスーパーで従業員や客から評判が良く、引き留められ、しぶしぶ土曜日の午後だけ続けていた。

「じゃあ、稼ぎは月に1万円ちょっとくらいか。

 まあ、高校生のお小遣いとしては、それくらいあれば大丈夫ね」

「うん。

 翔太さん、ボーナスが入ったからって、この前、洋服とかいろいろ買ってくれたの。

 必要なものは、全部買ってくれるし。

 だから、困っていないの」

「まあ、いいこと。

 ところで、あれからあいつと何回くらいやってるの?」

「え?

 やってる?

 ああ、パコパコのこと?」

「パコパコ?」

葵は恥ずかしいことを言ったと真っ赤になる。

「そう、そのパコパコ」

茜は吹き出しながら尋ねる。

「まさか、あれ1度じゃないわよね」

葵は恥ずかしそうに頷く。

「え?

 1回だけ?」

慌てて首を振る。

「週1くらいかな?」

「ううん、毎日。

 この前、体の周期でできない時があったけど、それ以外は…

 へ?!」

ニヤニヤ笑って聞いている茜を見て、葵はしまったという顔をする。

「驚いた。

 毎日なんだ。

 あいつも好きだね~」

「うへへへ」

「あら、葵のその笑い。

 葵が小学生の時以来かしら。

 本当に嬉しい時の笑い」

「そうかなぁ」

実は、体を重ねるだけでなく、その後一緒にベッドで朝まで寝ているとは、さすがに茜には言えなかった。

翔太さんに抱かれると幸せな気持ちになるし、それに最近凄く気持ちよくなってきたし。

だから、その気になっても出来ないと寂しいから…。

それ以外は、翔太さんの腕の中、気持ち良くてぐっすり寝られるんだもん。

それを思い出すと、つい笑みがこぼれた。

「じゃあ、これはいらないかな」

「え?

 なに?」

茜はニヤニヤしながら本屋の包を渡す。

「帰ってから開けてみなさい。

 ためになる本よ」

「う、うん」

「しかし、災難だったよね。

 まだ、学校では村八分?」

「うん、まあね。

 でも、楓花ちゃんがいるから寂しくないし、クラスの子もだいぶ元に戻ってきた気がするわ」

「そうね。

 人のうわさも何とかって言うからね。

 あの男は?」

「ああ、加山君のこと?

 知らない。

 興味ないし、向こうも避けているみたいだから」

さばさばした言い方をする葵を見て茜は頷く。

この子は、全く大丈夫。

一層強くなったけど、明るくもなったわ。

平気であの笑いが出るようになったし。

すべて、あいつのおかげね。

いい男を()()()()()くれたこと。

可愛くなったし、綺麗になったし、頭もいいし、私が言うのもなんだけどできた妹だこと。

あいつが手放すことはないわよね。

あと心配なのは、ベッドの中のことだけね。

そう思って教本を買ってきたんだけど、

私なんか、がっつり旦那を虜にしたから、大事なのよね。

こればっかりは、葵に頑張ってもらわないと。

ニヤニヤしながら美味しそうにランチを食べる葵を見ていた。

茜と別れたあと、葵はマンションに戻り、窓を開けて換気をする。

暑くなったなぁ。

でも、窓を開け広げればここは風が入って来るし、扇風機でも十分なんだけど、翔太さんは、すぐに暑い暑いって言ってエアコンをつけちゃって。

ま、私も涼しくて快適なんだけど、一人の時は節電、節約よね。

翔太からは室内でも熱中症になるか、エアコンを付けなさいと言われていたが、土地柄のせいかじめじめした暑さではないので、大人しくしていればエアコンをつけるほどではなかった。

現に翔太も在宅勤務の時、窓や部屋のドアを開け、扇風機だけで午前中過ごし、西日の入って来る午後からエアコンをつけるくらいだった。

ただ、二人でベッドの入る時は朝までエアコンを付けっ放し。

でも、昨日は翔太さんたら…。

まさか、あそこまで…。

ビックリしちゃった。

昨晩、ベッドの中でいつものように葵の首筋や胸を指や口で愛撫し、指で大事なところをを刺激をしていたが、いつの間にか内股に顔を埋めて口で愛撫を始める。

え?

そんなところ…。

いやん、舐めないで、くすぐったい。

あっ、だめ!

吸わないで。

いやぁ、気持ち…いい。

それから、葵の大事なところに近づいてくる。

え?

ま、まさか、あそこまで…

うっ!

くぅう。

翔太の舌が葵の大事なところの外側から円を描くように中心に近づいてくる。

葵は、驚きとと、今まで感じたことのない気持ちよさで、おかしくなりそうになり、翔太の頭を両手でつかむ。

しかし、嫌がって突っ張ねるのではなく、ただ添えるだけった。

翔太は葵の顔や力の入り方を観察しながら、葵が感じるところを責めて行く。

「い、いや…

 翔太さん…、そんなところ…恥ずかしい」

「嫌か?」

「…」

翔太の問いに返事ができない。

感じてしまって、嫌とは言えなかったし、望んでいる自分が恥ずかしかった。

「可愛いね。

 こんなに感じているよ」

翔太の指が葵の濡れた中心に触れる。

「あ、あぅ」

葵は慌てて手で口を塞ぐ。

この子は、自然に俺を喜ばせる仕草をする。

可愛いな。

翔太は、葵が小さく漏らす可愛い喘ぎ声、必死に気持ちよさと戦う仕草、すべてがワザとらしい演技ではなく自然と出るもので、余計に愛しく、もっと気持ちよくさせたいという欲望に駆られていた。

一度、大変な目にあって、こういうことはしなくなったんだが、葵ちゃんならと思ったら、大当たり。

この子は本当に何から何まで俺好みだ。

体の相性もばっちり!!

翔太の舌と指が交互に茜の大事なところの中心を愛撫する。

「ん…

 く、くぅぅ」

葵は体を反らしたり、くねらしたりして、気持ちよさと恥ずかしさで訳が分からなくなるほどだった。

さんざん気の遠くなるような感覚を思い出し、葵はしばらくソファに座り両手を下腹部に当てていた。

翔太さん、いつも、私のことを可愛いと言ってくれる…

葵は夢の続きを見ているようだった。

あんなこと、いつもされるんなら清潔にしておかないと、嫌われちゃう。

あっ。

想像し過ぎたのか、葵は立ち上がり、そそくさとトイレに行く。

ドサッ!

その時、茜からもらった本社の包がテーブルから落ち、中身が飛び出した。

一人で顔を赤らめながらトイレから戻ると、包から飛び出している本が見えた。

いけない。

さっき、立ち上がった時にぶつかって、落としちゃったのね。

え?

解説、愛の四十八手性交体位?

こっちは、男性を夢中にさせる技?

ふぇらちお?

なに、これ?

葵は四十八手と書かれている本を開いてみる。

中には男女のイラスト付きの性交体位の説明が細かく書いてあった。

え?

何これ!

ビックリして、すぐに本を閉じたが、また、ゆっくりと本を開き、読み始める。

こんなこともするの?

これ、この前、翔太さんがやってくれた。

私の両脚を肩の上まで上げて、奥まで…

“みやま”っていうんだ。

こ、これは?

こんなの組体操じゃないんだからできないよ~。

葵は本から顔を上げると、誰もいないのに周りをきょろきょろと気にして、いるはずもないのだが誰もいないのを確認してから再び本に没頭する。

技の名前が江戸時代みたい。

そのうち、こういうこともするのかなぁ。

体、柔らかくないとできないよね。

ちょっと体を動かすと、すぐに本に目線を落とす。

これって?!

止まったページには男性の股間に顔を埋め何かをしている絵があった。

これって、男の人のものを舐めているの?

葵は、もう一方の本を開いて、じっと中を読む。

男の人のものを口で気持ちよくさせる?

でも、あれを飲み込んだら妊娠したりしないのかしら…

翔太さんが喜ぶなら…して…あげようかな。

え?

アイスを使って、練習?

そう言えば、別れ際にお姉ちゃん、棒アイス買ってくれたっけ。

この練習のため?

まさか…。

セミの鳴き声が聞こえる長閑(のどか)な午後。

葵の探求心はとどまることを知らなかった。


数週間経ったある日。

テニス部の夏合宿に行っている楓花から電話がある。

「どうしよう」

電話を切ってから葵は考え込んでいる葵を見て、翔太は声を掛ける。

「どうしたの?」

「え?

 うん。

 楓花ちゃん、昨日から高原のテニス合宿所にテニス部の合宿にいっているんだけど」

「楓花ちゃんて、葵ちゃんの仲のいいお友達だったよね」

「うん」

翔太は、葵からよく楓花の話を聞いていた。

中学3年間同じクラスで、高校に入ってからも1年、2年と同じクラス。

中学時代、いろいろな噂で周りから避けられていた葵に唯一、一緒にいた葵にとっては掛け替えのない親友で、高校に入ってもその関係は続いていることを聞かされていた。

「それが、合宿所の食事を世話をしてくれる方が病気でいないんですって。

 連絡は事前にあったみたいなのに、顧問の先生、すっかり忘れていて合宿所に行って思い出したらしいの。

 合宿所の管理人さんや用務員さんは数名いて、部屋やお風呂、テニスコートも使えるんだけど、食事がないんですって」

「へ?

 じゃあ?」

「何とかなるだろうって、合宿始めちゃったそうなんだけど、近くにスーパーがなく、コンビニが1軒あるくらいで、お弁当やおにぎり、カップめんを買って何とか凌いでいるらしいの。」

「そういえば、テニス部って100人位いるんだっけ?」

「ううん。

 それは大げさな話で、実際は3学年合わせて40名位かな。

 マネージャーは楓花ちゃんと同じ2年生の子1人1年生の子1人、合わせて3人。

 食材を買っても、楓花ちゃん達、料理できないし、40人分作るなんて。

 合宿所の人から厨房を使っていいし、中の機材も使っていいとは言われているんですって」

「そりゃー、40人分の食事を作るなんて3人でもきついくらいだろうに。

 それに3人とも料理ができないのなら“アウト!!”だ」

「そこで、一応、料理ができる私に手伝ってほしいって」

「でも、いくら葵ちゃんでも40人分の食事を作るのは…」

「当然、翔太さんも一緒でいいそうで…」

「な、なんで、俺も?」

「ご、ごめんなさい。

 楓花ちゃんに話しちゃったの。

 翔太さん、料理が上手で、私も教えてもらったって」

面食らう翔太を見て、すまなさそうに話す。

「あ、そう」

そりゃー、最初の頃は教えたけど、今じゃ、俺より上手になんでも作るじゃないか。

揚げ物は火傷させたくなかったので、あまり葵にやらせていないが、他の料理は今じゃ葵の方が手際よく上手に作っていた。

「で、葵ちゃんはどうしたい?」

翔太は明日から3日間、休暇を取って、葵と海に行ったり、葵の好きな水族館に行ったり、ドライブしたりと、二人で楽しい計画を立てていた。

葵自身も楽しみにしていた翔太の休みなので、楓花以外の友人からの頼みであれば絶対に断っるのだが、仲のいい親友の楓花の頼みなので何とか応えたいのと翔太とのバカンスの間で揺れ動いていた。

「大事なお友達からの頼みなんだろ?

 そっちを優先にしたらどう?」

「翔太さん…?」

「海とか水族館なら土日でも行けるから、何も短期間でまとめて行かなくても、細切れでいいからね」

「翔太さん。

 …

 本当に連れて行ってくれます?

 忘れてたなんてことにならない?」

「ああ、ちゃんと約束するよ」

「翔太さん、大好き!!」

葵は翔太に抱き着き、キスをする。

「翔太さんも一緒に来てくれますよね?」

「ああ、もちろ…へ?」

「だって翔太さんと離れるのは寂しくて嫌だもん。

 楓花ちゃんにも行くとしたら翔太さんも一緒って言ったら、すぐに先生に許可貰ってくれたの」

なんと!

そこまで、話を進めていたのか。

確信犯だな。

翔太は苦笑いする。

「ねぇ、いいでしょ?

 私、40人分の料理を作る自信がないし…」

「まったく、葵ちゃんには敵わないな。」

「やったぁー!!」

オッケーと言っていないのにはしゃぐ葵を見て、翔太は観念する。

まあ、いいか。

俺も、葵ちゃんと離れたくないし。

でも、さすがに一緒には寝られないよな。

我慢できるか、それだけだ。

「じゃあ、明日、買物をして。

 そうだ、途中に業務用スーパーあったよな。

 確か合宿所は、こっちの方だったよな。」

モニターに地図を映し出し、位置を確認する。

「はい。

 ここです、ここ!」

葵が合宿所の位置を指す。

「そこだとすると、家から車で1時間ちょっとか。

 大型の業務用スーパーが、ちょうど真ん中辺だな。

 買い物して行こう。

 調理は厨房の具合が分からないから、夕飯からということで、楓花ちゃんに連絡しておいて。

 育ち盛り、食べ盛りの子たちが40人いるのだろ?

 一食分、お米は5kgあれば足りるか…なぁ。

 一人1合食べるとしたら全然足りないし。

 それが、何食だ?」

そうと決まれば切り替えの早い二人は、献立や買って行く食材のことで相談を始めていた。

翌日、業務用スーパーで買い物をして、二人は合宿所に向かう。

「今晩はとんかつにポテトサラダ、冷ややっこに枝豆、煮物にきんぴらごぼうだろ。

 スイカも5玉、6玉、それにブドウと。

 明日の朝食用にクロワッサン、卵、牛乳、プリン。

 昼はカレーで玉ねぎ人参、ジャガイモに牛肉だろ。

 念のために、調味料一式、ミネラルウォーター。

 買い忘れたものはないか」

「でも、凄い量。

 お米も15㎏。

 計算だと1日で空。

 凄いわ」

助手席から体を曲げて、後ろの荷台にある食料品を見て、葵は目を丸くする。

「買い物の時も、あんな大きなカートがいっぱいになっちゃうし」

「まったくだ。

 楓花ちゃん達は手伝ってくれるんだろ?」

「はい。

 3人とも手伝ってくれるって言ってた」

「3人とも料理はできない…か。

 やれやれ」

「でも、楽しそう」

「違いない」

どんな逆境でも楽しんでしまう翔太を、傍で見ているうちに葵もだんだん似てきていた。

合宿所に着くと、さっそく楓花たちマネージャ3人と顧問の教師が出迎える。

顧問の教師と挨拶が終わると、二人は楓花たちに話しかける。

「楓花ちゃん、助っ人にきたよ~」

「ありがとう!!」

楓花と葵は手を取り合ってはしゃいでいる。

「?」

ふと見ると、楓花以外の2人のマネージャが翔太を見て呆然としていた。

二人は、学校中に広まった葵の噂を聞いていて、最初は翔太と葵に手伝ってもらうのは消極的だった。

とくに翔太のことは、プロレスラーのような体つきに、見た目も中身も反社会的na怖い人物と想像していたので、目の前の翔太を見て驚きを隠せなかった。

「楓花ちゃん?

 こんにちは。

 よろしくね」

「は、はい。

 えっと…。

 浅倉さん?」

「ごめん、ごめん。

 名前を言っていなかったね。

 浅倉翔太。

 名前呼びでいいよ」

「はい。

 じゃあ、翔太さん。

 よろしくお願いします」

楓花は色白(合宿で日焼けし、少し赤くなっていたが)で、丸顔、二重の可愛らしい美人で、黒く長い髪を左右に三つ編みにしていた。

翔太のことは遠目で見たりしていたので知っていたのだが、面と向かって話すのは初めてで緊張していた。

翔太さんって、気さくだし、優しい顔している。

やっぱり私の思った通り、素敵な人だわ。

楓花は翔太の笑顔にメロメロになっていた。

「あ、君たちも、よろしくね」

翔太は、立ち尽くしていたほかの二人にも声を掛ける。

「あ、明子です」

「愛実です」

二人は翔太の声に呪縛が解けたように、我に返り緊張した顔で挨拶を返す。

「ねえ、楓花。

 どこがプロレスラー?どこがヤンキーなの?」

2年生の明子が楓花に耳打ちする。

「ばかね。

 嘘に決まっているでしょ。

 噂はでまかせよ。

 わかったでしょ」

「うん。

 カッコいい人…」

翔太に見惚れる明子を見て、楓花は翔太のことを共有できたかのように嬉しくなった。

「さあ、食材がだめになっちゃうといけないから、厨房に運ぼう。

 手伝ってくれるかな?」

「はーい」

葵を含めた四人が返事をする。

厨房は収容人数100人分の食事が作れるように広く、また、建物の管理責任者から調理器具は全て綺麗で、そのまま使えること、宿泊がテニス部だけなので自由に使っていいと説明を受ける。

「夕飯は何時から?」

「はい。

 7時からです」

「今3時か。

 まごまごできないな。

 マネージャさん、テニス部のお仕事は?」

「はい。

 練習が終わる6時から片付けです。

 でも、片付けもみんなでやってもらいますので、私たちはこちらを手伝います」

「了解」

翔太はにこりと笑いウィンクする。

「葵ちゃん。

 私ダメ。

 翔太さんにメロメロ」

「何言っているのよ」

楓花にじゃれつかれ葵は嬉しかった。

「廣瀬さん。

 あの方は?」

「え?

 翔太さんは私の下宿先のオーナーさんよ」

「じゃあ、もしかして、あの噂は?」

明子は楓花に聞いていたが直接確認したく恐る恐る尋ねると、傍にいた愛実も一生懸命聞き耳を立てる。

「噂?

 ああ、私が不良に絡まれて助けてもらったっていう話ね。

 あれは翔太さんよ。

 たまたま、通りがかって助けてもらったの」

「じゃあ、あの噂は嘘?」

明子がぼそっと漏らすと、はっとして葵に頭を下げる。

「廣瀬さん、ごめんなさい。

 私、噂のまま信じちゃっていて」

「私も」

横から愛実も頭を下げる。

「ちょっと、よしてよ。

 大丈夫。

 何とも思っていないし、二人が何かした訳じゃないでしょ」

「そうだけど…

 楓花が言い出した時、私、思わず反対しちゃったの」

「いいわよ。

 それに誤解、解けたでしょ?」

葵は翔太の方に視線を送る。

視線の先では翔太が、料理に精を出していた。

「いけない!!

 私もやらなくっちゃ」

葵は急いで翔太のところに行き、話をした後、米を研ぎ始める。

「ほら、私たちも行かなくっちゃ」

楓花たちもあわてて葵たちに合流する。

夕食の時間になって、料理が並んでいる食堂に部員たちが集まって来る。

「すげー!!

 美味そう」

「お腹ペコペコ。

 コンビニ弁当じゃ足りないし、もう限界だったわ」

「おかわりできる?」

「腹いっぱい食える?」

「フルーツもあるよ。

 嬉しいー!!」

部員たちは料理を見て感激し、今までの不平不満を口にしていた。

「はい、皆、注目!!」

顧問の教諭が声を張り上げると、皆、会話をやめ、一斉に教諭の方を見る。

教諭の横には翔太と葵が、またその横には楓花たちマネージャが立っていた。

「今日からみんなの食事を作ったり、サポートしてくれる方を紹介する。

 廣瀬と廣瀬の下宿先の浅倉さんだ」

教諭が二人を紹介すると、皆ざわざわし始める。

「浅倉さんてもしかして」

「だれよ、チンピラが廣瀬を助けたって言ってたの」

「チンピラじゃないよ。

 暴力団の幹部で恐ろしい人だって」

「あの人が廣瀬さんを助けたんでしょ?

 噂と全然違うじゃない」

「かっこいいし、美形よ」

「ねー」

葵と翔太が挨拶すると、食事タイム。

温かいご飯に味噌汁に飢えていた部員たちは、感激を言葉に出しながら、もりもりと料理やご飯をお腹に収めて行く。

「すげーな。

 米、足りないかな。

 明日から量を増やそう」

「本当…ね」

葵と翔太は、部員たちの食欲を呆気に取られて見ていた。

その夜、葵は楓花たちと同じ部屋を割り当てられ、翔太は教員やコーチたちと同じ部屋で寝泊まりする。

葵のいる部屋には、さっそく、女子の部員が集まり、翔太のことや噂話のことで盛り上がっていた。

翌朝は5時前に起床し、8時の朝食に間に合うように料理を始める。

葵たちは遅くまで盛り上がっていたせいか、皆寝不足気味だった。

部員たちは6時半起床。

7時にジョギングなどで汗を流し、8時に朝食。

その後、9時から12時まで、テニスの練習。

昼食後、3時まで勉強し、3時から6時までテニスの練習

入浴後、7時から夕飯。

8時以降は、自由時間。

食事が終わると食器洗いなどは型の食器洗浄機があるが当番制で部員が手伝い、翔太たちの負担を軽くする。

翔太たちは、朝食後、一息つくと、すぐに昼食の準備。

昼食後は大型の業務用スーパーに食材を買いに行く。

買物は、翔太と葵の役目。

その間、楓花たちは部活に合流。

戻って来ると夕食づくりに合流。

翔太の発想で、料理は下ごしらえが済んでいるものを中心で、後は焼くだけ、煮るだけの食材を中心にしたので、手間が省けたが、人数が相手で大変さは変わらなかった。

「葵先輩。

 勉強を教えてもらいたいのですが、いいですか?」

午後の勉強の時間、葵がくつろいでいると、1年生の女子部員がテキストを持って近づいてくる。

昨晩、誤解が解け、噂が間違いだったことが判明し、急にみんなと距離感が縮まり、女子部員は皆、葵のことを名前で呼ぶようになっていた。

「だめよ。

 葵は調理で疲れているんだから、休ませてあげないと」

「大丈夫よ、楓花ちゃん。

 疲れていないから。」

「いいわよ。

 私が見てあげる」

午後の勉強では上級生が下級生の面倒を見てあげることになっていた。

「どれ?

 …

 だめ、私物理、苦手なの」

「どれどれ、どこが分からないの?

 見せて」

お手上げした楓花に笑みを浮かべながら、葵は後輩に接する。

「ここなんですが…」

「ああ、これね。

 これはね…」

1年のカリキュラムは葵にとっては造作ないことだった。

わかりやすく教える葵に女子部員は顔を輝かす。

「そ、そうなんですね!!

 今までずっと意味が分からなかったんです。

 ありがとうございます」

そういうと嬉しそうな顔をして深々とは頭を下げ、戻っていく。

それをきっかけに、次々と女子部員が葵に教えを請いに来る。

中には同じ2年生の女子部員もいた。

「ちょっと、これじゃ葵が疲れちゃうよ」

楓花は心配するが葵は笑って大丈夫と言うだけだった。

葵にとっては初めて同性の後輩や同級生に囲まれ、嬉しくてたまらなかった。

「葵ちゃん、そろそろ買い物に行くよ」

「あ、はーい。

 じゃあ、ここまで。

 あとは夜、部屋に来てくれれば教えるからね」

葵は立ち上がると、小走りに翔太の後を追いかけていく。

「葵先輩、綺麗よね」

「うん。

 近くで見ると凄く綺麗。

 大人っぽいというか、なんだろう。

 ともかく綺麗」

「化粧品、何を使っているのか聞いてみたんだけど、何も使っていないんだって」

「えー?!

 それであれなんだ」

1年生の話を横で聞きながら、楓花は笑みを浮かべる。

恋する乙女は皆綺麗になるのよ。

葵は翔太さんに夢中だから。

大きなスーパーは車で15分ほどの距離だった。

そこで大きなカートを山盛りにして車に詰め込み合宿所へとんぼ返り。

「翔太さん、ごめんなさい。

 せっかくの休暇なのに、疲れたでしょ」

「大丈夫。

 先生から聞いたんだけど、明後日から合宿所の本来の炊事担当の職員さんたち、復帰するみたいだよ。

 だから、明日の夕食まで作れば、お役御免だ」

「じゃあ、帰るのは?」

「土曜日だな」

まったく、料理を作ったりするのはいいんだけど、葵ちゃんを抱けないのは苦痛だ。

何の因果でむさい男の教師やコーチと同じ部屋で寝ないといけないのやら。

まさか、葵ちゃんと二人で部屋を分けさせてくれなんて言えないしな。

今晩、明日の晩、葵ちゃんなしで体が持つかなぁ。

これで、もし、まさか、帰ったとたんに葵ちゃんが女の子ちゃんの日になったら、俺は死ぬ!!

翔太は昨晩、葵の匂いのしない部屋、布団で寝るのは久々だったのと、男の匂い、いびきの中で寝れたものではなかったので、車の中で葵と二人っきりは心の安らぐ空間だった。

葵も友達と一緒で楽しく、また、誤解が解けたのか皆と楽しく話ができ、嬉しいことには変わりないが、翔太が傍にいない寂しさ、心もとなさ、それに翔太の体の温かさが恋しかった。

うーん。

皆の楽しく話が出来たりして楽しいんだけど、翔太さんがいないとやっぱり駄目。

早く土曜日になって、一緒に帰りたい。

二人は久々に再会した恋人同士のように体を寄せ合い、仲睦まじくスーパーで買い物をしていた。

合宿所に戻ると楓花たちのほかに引率のの女教員の熊木が出迎える。

熊木は30前後の独身で、普通の女性。

昨晩、懇親会と言う飲み会が教師部屋で行われ、そこに招かれた翔太は年も近いのもあり、熊木と話に花を咲かせていた。

「浅倉さん、お疲れ様です。

 運ぶの手伝います」

熊木が笑顔で翔太に話しかける。

「え?」

なんで、熊木先生がテニスコートじゃなくて、ここに居るの?

まだ、練習している時間でしょ?

それに、翔太さんに馴れ馴れしく話しかけて!

葵の心にチクリと針が刺さったような痛みを感じる。

熊木はそれに追い打ちをかける。

「私、料理得意なので、今晩の食事から手伝います。

 あと、廣瀬さんだけだと大変でしょうから、明日の買い物は、私が一緒に行きます」

「!!」

な、何?

先生が料理できるなら、私たちに声を掛けなきゃいいのに。

それに何?

私だと大変?

買物一緒に行くですって?

私の何が大変なのよ!!

あまり怒ることのない葵だったが、珍しく怒りがこみあげてくる。

しかも、なぜ自分が怒っているのか、怒っていること自体認識がなかった。

「いや、大丈夫です。

 葵ちゃんがいてくれれば十分ですので」

翔太も、どちらかというと葵との時間を邪魔してほしくなかった。

翔太さん。

翔太の言葉に留飲を下げるが、すぐに。

「廣瀬さん、まだ未成年だし、それに買物とかわからないのでは?」

熊木に悪意はなく、自分の学生時代のことを思って言っただけだった。

な、なんですって!!

葵の怒りが堪えるラインを簡単に越えてしまう。

「せ、せん…」

「さ、早く支度を始めないと、夕飯に間に合わなくなってしまう。

 皆、悪いけど厨房に運んで」

熊木に抗議をしようと口を開きかけた葵は、翔太の声に言葉を飲む。

「はーい」

楓花たちマネージャが返事をし、皆、思い思いに食材の袋を持ち厨房に向かって歩き始める。

「ほら、葵。

 どうしたの?」

「え?

 う、ううん、なんでもない…」

「どこか具合が悪いの?」

「大丈夫。

 なんでもないよ」

楓花に促され、荷物を持つ。

「ほんと?

 なんか、顔が怖いよ」

「そ、そう?

 大丈夫。

 ありがとう」

「葵ちゃん…」

葵ちゃん、私に作り笑いするなんて。

始めてみた。

愛想笑いをする葵を楓花は不思議そうに見ていた。

「今日の夕飯の献立は何ですか?」

熊木は荷物を持って翔太と並んで歩きながら尋ねる。

「今晩のメインは生姜焼きにするつもりです」

「生姜焼き?!

 やったー!!」

明子が嬉しそうな声を上げる。

「でも、あれだけの人数分、たいへんじゃないですか?」

「大丈夫。

 業務用の生姜焼き、袋入りでたれに漬け込んであるのを買ってきたので、焼くだけです。

 あと、ポテトサラダ。

 これも出来ているものを買い込んできたので大丈夫。

 カット野菜も。

 後、煮物と漬物、それにグレープフルーツ」

「うわー!

 グレープフルーツ、私大好き」

今度は楓花も明子と声を合わせる。

「いろいろな種類があって、子供たちの栄養のことも考えてくださっているんですね」

熊木は羨望の眼差しで翔太を見る。

献立は、私と翔太さんが相談して決めたの!

グレープフルーツは、私の提案なんだから。

熊木の言葉を聞いて葵は、また、カチンとくる。

「もう、子供なんだから。

 私、肉焼いたりできます。

 それとお米を研がなくちゃ」

「先生、葵ちゃん料理上手なんですよ。

 昨日も大量のコメを洗って、焚いたりしていたんですよ」

「へぇー!

 廣瀬さんが?!」

熊木が驚いたような声をだす。

な、なによ。

私だって、料理は出来るの!

翔太さん、私の作る料理、いつも美味しいって食べてくれるんだから。

それに、翔太さんの助手は、私なんだから!!

葵の顔が強張る。

さて、どうしよう。

手伝ってくれるのは助かるんだけど、助手は、勝手知ったる葵ちゃんの方がいいんだが。

翔太も熊木の申し出を無下にするわけにもいかず、そうとて、葵との方がやりやすいので、どうしようかと考えあぐねていた。

「先生、白石さんが転んで足を捻じったって!

 一緒に来てもらえませんか?」

部員の一人が血相を変えて呼びに来る。

「わかったわ。

 すぐに行きます。

 浅倉さん、すみません。

 あとできますから」

「はい。

 早く生徒さんのところへ行ってあげてください」

熊木は頷くと、呼びに来た生徒と一緒に厨房から出て行く。

やれやれ。

怪我をした子には可哀想だけど、ちょっとほっとしたな。

ほっとする翔太。

行っちゃえ。

戻ってこないで!

およそいつもの心優しい葵とはかけ離れていた。

それから葵は翔太の助手は自分だけだと誇示するかのように、手際よく翔太と手分けをして料理を作っていく。

「す、すごい。

 葵ちゃんて、本当にお料理が上手」

楓花は舌を巻いて、葵を見ていた。

夕飯に満足し、部員たちに笑顔があふれる。

「浅倉さん。

 夕飯もおいしかったです。

 生徒たちも、あの嬉しそうな顔。

 料理、本当にお上手ですね」

「いや、ほとんど下ごしらえまで終わっているものばかりで」

「でも、煮物は始めからでは?」

「それも、葵ちゃんが半分以上やってくれたので」

「まぁ、ご謙遜を」

熊木と翔太の話声が葵の耳に入って来る。

し、失礼ね。

翔太さんの指示だけど、お米炊いたのも、お味噌汁作ったのも、全部私なんだから。

何も知らないのに、勝手なこと言わないで!

熊木は結局夕食の調理に戻ってこれなかった。

それなのに、まるで見ていたかのように言う熊木に、葵は憎しみにも似た感情を持つ。

その夜。

葵たちマネージャの部屋は、また女子部員が集まってはしゃいでいたが、葵は熊木と翔太のことで頭がいっぱいだった。

熊木先生、翔太さんに馴れ馴れしく話しかけて。

翔太さんのこと好きなのかしら。

翔太さんもまんざらじゃなさそうな気がする…。

やっぱり、年が近い女の人の方がいいのかしら。

「…

 葵ったら」

「え?」

楓花の声に自分の世界から呼び戻される。

「葵ちゃん、どうしたの?

 買い物から帰ってきてから、なんか変よ。

 何かあったの?」

「ううん。

 何もないよ」

「顔も強張っているし、考え事しているような顔している。

 翔太様となにかあった?」

「翔太…様?」

翔太のことを様付けする楓花に苦笑いする。

「別に何もないよ。

 …

 そうだ!

 ガスの元栓、ちゃんと閉めたか気になるから、ちょっと、厨房見てくる」

盗られてたまるか。

せっかく掴んだ暖かい家(世界)だ。

あんな女なんかに奪われさせてたまるか。

あんな女なんかどこかに行っちゃえばいい。

葵の首の後ろの産毛がチリチリと逆立つ。

「え?

 今から?

 厨房、真っ暗よ。

 一緒に行こうか?」

「ううん。

 大丈夫。

 すぐに戻って来るから」

葵は、何かを思い詰めたように部屋を抜け出して厨房に行く。

楓花の言うように、厨房に続く廊下は薄暗く、厨房の中は真っ暗だった。

熊木先生、翔太さんを盗ろうとしている。

冗談じゃない。

翔太さんは私のものよ。

邪魔をするなら、いなくなってもらう。

全部、先生が悪いんだから…

葵の目的は、厨房にある包丁だった。


数日前。

翔太のフマフォに茜から着信があった。

「え?

 葵ちゃんが“解離性同一性障害”だって?」

「ううん。

 そこまで酷くないんでけど、そういう兆候があるって、お医者さんに言われたの」

「話してくれないか?」

「ええ。

 そのつもりで電話したのよ」

珍しく茜の声は神妙だった。

「あの子は姉の私が言うのもおかしいけど、いい子なの。

 父親の顔を見たことがなく、周りの子供が父親と遊ぶのを見ても何も言わない。

 母親は自由人で、家を留守がち。

 でも、さすがに葵が小学校低学年までは家にいたわね。

 高学年になると、新しい恋を見つけにふらふら。

 私は、グレて悪い友達と遊びまくって、家にはあまり帰らなかった」

「…」

すさまじい家庭だな。

ドラマや小説ではよく見るけど、実際に目のあたりにするとはな。

「それでも、葵は大人しくアパートに一人でいて、私や母親が帰って来るのをニコニコと笑顔で出迎えていたの。

 最初は、私のグループに葵も引き込もうと思ったんだけど、大人しいから無理だと、それに一人で留守番の方が向いていると思ったから、そのままにしていたの」

危ねえ。

茜のように族になっていたら勿体ないじゃないか。

「奥手の引っ込み思案な妹…のはずだった」

「え?」

「ある日、男、今の旦那ね。

 まだ結婚する前で知り合って少しして家に連れて行った時、葵は別に驚きもせず、”初めまして”って挨拶して、何事も起きないはずだった」

「…」

「旦那も、葵のことを妹のように可愛いって。

 だけど、ある日、近くの階段から旦那が落ちて大けがしたの。

 酔っぱらってもいないし、そんな柔じゃないのに」

「まさか?」

「勘がいいわね。

 その通り、葵が犯人だったの。

 旦那の様子が変だったので、問い詰めたら、葵に突き飛ばされたって白状したの。

 私の妹だから大事にしたくないって。

 ただ、その時の葵は別人みたいだったらしいのよ。

 百戦錬磨とは言わないけど、喧嘩慣れして度胸はいいはずの旦那が、怖がっていたの。

 なんでも、その時の葵は無表情で何かに憑りついた様な、思い出しただけでも背筋が凍るようだったって。

 それから、旦那は葵を避けているの」

「ふーん。

 それで医者に?」

「それだけじゃなくて、母親の周りでもおかしなことが。」

「おかしなこと?」

「母親の付き合っている男のところに変な電話がかかるようになって。

 なんでも、何処に住んでいるのかとか、住所を教えろって老婆のような皺下れた女性の声で電話がかかるようになって、気味悪がって逃げられたって嘆いていたわ」

「それも葵ちゃんか?」

「本人にそれとなく聞いてみたんだけど、旦那の時のことも、母親の彼氏の件についても何も知らないって。

 旦那の件もあって、上手く言いくるめて医者に連れて行ったんだ。

 なんでも深層心理を聞き出したとかで、先生が言うには葵の世界は私と母親が全てだそうで、その世界を壊そうとする、例えば旦那と結婚したら、家から出て行く。

 そうしたら世界が壊れる。

 母親もそう。

 自分の世界を守るために、もう一人の葵、自分の世界を壊す原因を排除する葵が出現し始めているらしい」

「…」

「ねえ、お願い。

 葵を怖がらないで。

 いい子なのよ。

 優しい良い子なのよ。

 お願い」

茜の声が震えている。

「でもさ。

 茜は結婚できたんだろ?

 大丈夫だったんだろ?」

「一生懸命、暗示をかけるように、私は幸せになるの、結婚してもいつも葵と一緒だからって言い続け、何とか納得させたんだ。

 気味悪がって家から出て行く母親とは違う。

 私は葵を一人にはしたくなかった。

 いつも一人で、どんなに寂しかったか。

 それを思うと、胸が張り裂けそうになるの」

「お母さん、葵ちゃんから逃げたのか」

「うん。

 でも、気にはしているみたい。

 たまに私に連絡があるから」

「当たり前だろ!」

実の娘だろうに。

翔太は改めて葵が哀れに、可愛そうに思えた。

「じゃあ、あの時、俺に声をかけて体を売ろうとしたのは?」

「きっと、寂しさに耐えきれなくなったと思う。

 葵が小学生の時に話してくれたんだけど、毎朝小学校に行くとき駅の方に歩いて行く素敵な高校生がいるって。

 葵にとって初恋なのかしらね。

 背格好など言っていたことを思い出すと、あんたにそっくりだったの。

 きっと、あんたのことだと思う。

 あんたに優しくしてほしかったんだと思う。

 あんたに出会えて不幸中の幸い。

 ねえ、お願い。

 葵を…、葵のことをお願いします」

茜の最後の声は必死だった。

電話を切ってから、翔太は小さく息を吐く。

二重人格だって?

まあ、あの家庭環境だったらそうなっても仕方ないか。

今のところ、そういう兆候もないしな。

少し気を付けてみててやるか。

それに、茜には気の毒だけど、俺、この町には大学卒業してから引っ越してきたんだよな。


暗がりに目が慣れてきた葵は厨房に入って行く。

その時、隅の方で“カタン”と音がし、葵は全身に電気が流れるように鳥肌が立つ。

「だ、誰かいるの?」

音がした方に声を掛ける。

「葵ちゃんか?」

声の主は翔太だった。

「…」

葵は何も答えず、じっと翔太を睨みつける。

これが茜の言っていたもう一人の葵ちゃんか。

確かに何かに憑りつかれているようだな。

「何しているの?」

いつもの可愛い葵の声ではなく、老婆のような声だった。

「ああ、先生方が酒盛りしていて、つまみが無くなってさ。

 それで、昼間買っておいたのを思い出して取りに来たんだよ。

 先生たちも温かいご飯が食べられるようになって、生徒の不満が解消されてほっとしているんだよ。

 生徒たちの不満が爆発しそうで、結構、やばかったらしい」

「…」

葵は何も言わず、何かに警戒しているようだった。

「葵ちゃんは、ここに何をしに来たんだ?」

「…」

葵は何も答えず、包丁が入っている棚に、じわじわと近づいて行く。

その時、廊下の方で懐中電灯の灯りが見えた。

「浅倉さん?」

熊木がつまみを取りに行った翔太を迎えにきた灯りだった。

あの人、こんなところまで翔太さんを追いかけて。

え?

葵は翔太に抱き寄せられ、棚の隅に連れ込まれる。

「しょう…」

翔太の名前を呼ぼうとした唇を翔太の唇が塞ぐ。

葵が静かになったのを確認し、翔太は唇を離すが、葵を抱きしめたままだった。

「浅倉さん?」

厨房のドアが開き、熊木が中を伺ったが、誰もいないと思ったのか、またドアを閉め、遠ざかっていく。

「ふう。

 行ったか」

「…」

葵は翔太を突き飛ばすと、包丁の入っている棚に手を伸ばそうとする。

「葵!!」

翔太の低い声の一喝に動きを止め、ゆっくりと振り向く。

「?!」

振り向いた先の翔太はいつもの優しい翔太ではなく、恐ろしいくらいに荒々しく猛々しいオーラを噴出している翔太だった。

もう一人の葵はそのオーラに圧倒され、身動きが出来なくなる。

翔太は葵に近づくと、荒っぽく葵の頭を掴み、近くの調理台に葵の顔を押しつけるようにうつ伏せに押し付ける。

「うぅ」

唸り声を漏らしもがくが、翔太の手が葵の頭を押し付け、逃げることが出来ない。

翔太のもう一方の手が葵のスェットのズボンとショーツを荒々しく下す。

葵は押さえつけられ言葉がでずに唸り声を漏らすだけだった。

翔太は次に自分のベルトを外し、ズボンをずり下げる。

そこまでくると葵は何をされるのか分かったように腰を振り逃げようともがくが、その腰も押さえつけられ、そして猛り狂った翔太の一物を強引に押し付けられる。

「ゔぅ…」

あまり濡れておらず、挿入にかなりてこずるが、根元まで挿入すると葵の動きが鈍くなる。

「葵。

 お前は俺の大事な女だ。

 お前のことを一人にはしない。

 安心しろ」

翔太は葵の耳の後ろから囁く。

何度も腰を動かすうちに葵は動かなくなり、翔太のなすがままになっていた。

「…しょう…た…さん…、い…や…」

葵の口から翔太の名前が漏れる。

「翔太さん…嫌…」

葵の声がはっきり聞こえ、翔太は慌てて葵の中から引き抜く。

「ご、ごめん、葵ちゃん。

 痛かった?

 すまん」

本気で謝る翔太に、葵は振り向き微笑みを浮かべる。

「ううん。

 そうじゃなくて…。

 後ろは嫌。

 そ、その…今日は嫌。

 正面から、そして、体で包んで…お願い…します」

「葵ちゃん…」

翔太は葵の望むように仰向けにすると上から覆いかぶさるようにして、改めて挿入する。

今度は壊れ物を扱うように優しく。

「あぅ…

 声が漏れちゃう…」

葵は必死に手を噛んで声が漏れないようにする。

それを見ただけで否が応でも翔太のボルテージが上がる。

「だ、だめだ。

 いく」

「うん。

 来てぇ」

葵は両手で翔太の体に抱き着き、迎え入れようとする。

あっ、だめだ!

今、装着していない!

むき身だ!

生だ!!

翔太は慌てて抜くと、葵のおへその辺りに射精する。

「ご、ごめん」

「赤ちゃん、出来たらどうするんですか?」

葵は悪戯っぽく笑って言う。

翔太は近くにあったキッチンペーパーで葵の下腹部にかかったものをふき取る。

「翔太さん、そんなことまでしなくても大丈夫ですよ。

 翔太さんの…その…汚くないし…。

 それに、(赤ちゃんのことは)翔太さんのこと信じているから」

「ごめんね」

「大丈夫ですって。

 それより、私はなんでここで?」

葵は上半身を起こし、調理台に腰掛け周りを見渡す。

「え?

 覚えていないの?」

「うん。

 なんでここにいて翔太さんと?」

なんで私は調理台に上で翔太さんに抱かれていたのだろう。

抱かれるのは嬉しいけれど、なんで??

葵は不思議で仕方なかった。

「ここに宴会のつまみを取りに来た時、偶然、葵ちゃんと会って、ついむらむらして乱暴に押し倒して。

 もしかして、頭を打って脳震盪を起こした?

 それが原因で一時的に記憶が無くなったんじゃないかな」

「うーん。

 そう言えばおでこが痛い」

「ごめーん。

 許して」

翔太は葵の額にキスをすると、そのまま抱きしめる。

「大丈夫ですって。

 でも、少しこのままがいいな。

 私は何でここに来たんだろう」

「葵ちゃんもお菓子を取りに来たんじゃないかな?

 皆で食べるって昼間買ったじゃない」

「そうか、そうですね。

 でも、嫌だな、度忘れして。

 年取ったかな」

「あほ」

翔太は葵を抱きしめながら小さく笑う。

とっさに強姦まがいなことをしてしまったけど、大丈夫そうだな。

俺としたらたかだか2、3日しなかっただけで、かなり溜まっていたのかな。

気を付けなくっちゃ。

まあ、あれがもう一人の葵ちゃんか。

俺といる限り、これに懲りて、もう出てこないだろう。

何の根拠もなく、翔太は勝手に納得する。

しばらくキスをしたりいちゃついたりして二人は各々の部屋に手土産を持って戻っていく。


やっぱり、翔太さんは温かいなぁ。

優しいし、私のことだけ見て、抱きしめてくれる。

変な思い込みしなくても大丈夫。

翔太さんは熊木先生より、ほかの女性より私のことが好きなんだ。

“俺の女”

“一人にはしない”

確か、そう言ってくれたような気がする。

うへへへへ。

早く()()()()()、思いっきり甘えたいなぁ。

葵の心の中は湧き上がっていたどす黒い雲がかき消され、綺麗な青空が広がっていた。

それから、葵は楓花の待つ部屋に戻る。

「葵ちゃん、遅かったじゃない。

 探しに行こうかってみんなで話していたのよ」

「えー?!

 ごめんごめん。

 厨房からお菓子を持ってくる途中で、おトイレ行ったりしていたから」

「お菓子?

 ガスの元栓を見に行ったんじゃないの?」

「わーい、お菓子だー!!

 やったー!!

 さすが、葵ちゃん」

他の女子生徒の喜ぶ声で楓花の疑問はどこかに消し飛ぶ。

「あれ?

 葵ちゃん、顔が、おでこが赤い?」

明子が横から声をかけた。

「え?

 そ、そんな、顔が赤い?」

まだ、翔太に抱かれた火照りが残っていて、思わずドキッとする。

「うん。

 特におでこが」

「そ、そう。

 あっ!

 さっき、おトイレのドアでぶつけたんだ」

「大丈夫?

 そんなに赤くなるくらいぶつけて、頭くらくらしない?」

「うん」

「気持ち悪くなったりしていない?」

「うん、大丈夫」

皆に心配され、葵は嬉しかった。

「大丈夫ならいいけど…。

 だけど変なの。

 何だか嬉しそう」

楓花が葵の変化に敏感に気が付く。

「えー?!

 うへへへ」

抱きしめられた翔太の腕の中の温かさを思い出し、つい、笑ってします。

「葵先輩。

 笑い声、変!」

その一言で皆が大笑いする。

「葵ちゃん、何があったのよ?

 白状しなさい!!」

「きゃ~」

楓花に擽られて、葵は楽しい悲鳴を上げる。

女子部屋は夜遅くまで笑い声が絶えなかった。

翌日、買物に行く翔太の車に熊木が同乗していた。

「明日の朝食から合宿所の人が復帰して作ってくれるということなので、浅倉さん達は今日の夕食までですね。

 大変だったでしょう。

 でも、すごく助かりました。

 廣瀬さんも、ありがとう」

助手席の葵は笑顔で頷く。

「今日、夕方から食材が運び込まれるということなので、今晩の夕食の食材は使い切りです」

「献立は、何にするんですか?」

「熊木先生。

 今日はイベント日で、夕食後花火大会をするんですよね?」

「うん。

 毎年、焚火を囲んでキャンプファイアー、花火をするの。

 皆楽しみにしているわ」

「なので、バーベキューにしようかと思います。

 バーベキューの施設も敷地内にありますし、道具も無料で貸してくれるそうです。

 食べた後、そのまま花火大会ができるからいいかなって」

「まあ、素敵!

 …

 もしかして、それって廣瀬さんのアイデア?」

「はい。

 でも、楓花ちゃんや明子ちゃん、愛美ちゃんと相談したんですよ」

「まあ!」

「これから買いに行く今日の食材は全て葵ちゃんが考えたものです」

「食材も?」

「はい。

 何があるか昨日売り場を見ていたので、それでできると思って。

 あ、大丈夫です。

 予算内で収まります」

「そ、そこまで…」

熊木は舌を巻く。

しかし、熊木がもっと驚いたのはスーパーの中での葵と翔太の連携だった。

二人は示し合わせたように、テキパキと店内を回っていく。

葵が取った物を翔太がチェックし、カートに入れる。

「あとはスイカを入れて。

 そうだ、先生たちの宴会のつまみも買わなくっちゃ」

「え、宴会の…」

熊木は自分たちの宴会のことまで考えている葵に、恥ずかしくなった。

「それと…」

葵はちらりと翔太を見る。

「いいよ。

 それは財布は別だから」

「やったー!!」

葵は夜に皆で食べるお菓子を選んで籠に入れる。

「そ、それ、別じゃなくても」

「ダメですよ、先生。

 けじめはけじめ。

 皆で食べる食費と分けないと」

「そ、そうですか…」

教師の酒のつまみは費用に含めているので、熊木は余計に恥ずかしくなる。

「で、いくらになったかな?」

「うん。

 消費税込みで…」

レジでの請求金額と葵が暗算した金額とぴったり一致する。

なんなのこの子は。

もう、何が何だかわからない…

熊木は自分同行しても何も役に立たなかったことに無力感を感じていた。

夕食のバーベキュー。

その後の花火大会と部員たちの笑顔が弾ける。

その中に葵の姿も。

ああ見ると、やっぱり普通の高校生だな。

友達に囲まれて、あんなに嬉しそうな顔しちゃって。

帰るのを明日にして正解だったな。

その代わり、明日の夜はたっぷりと…

翔太は少し離れたところから葵たちのはしゃぐ姿を眺めていた。

「くしょん」

何か忘れているかな…?

葵は楽しさのあまり、一時、翔太を忘れていた。

翌朝、翔太と葵は二人でテニスコートにいた。

朝食は今日から専門スタッフが作るので、特に用事がなく、翔太は手持無沙汰で庭をぶらぶらしているところを、やはり早くに目が覚めた葵が見つけ声を掛ける。

「翔太さん、早いですね。

 まだ、皆寝てますよ」

「そう言う葵ちゃんだって早いじゃないか」

「はい。

 早起きの癖がついちゃって、つい朝食を作る時間に目が覚めてしまって」

「5時にか?」

「えへ」

「でも、同じようなものか。

 せっかくだ。

 コートを借りて、一戦やるか?」

「いいですね~。

 今日の夕飯当番を掛けてやりましょう!」

「お、この前勝ったからってノリノリだね」

二人は車に積んであるラケットを取り、靴を履き替えてコートの中に立つ。

「さてさて、夕飯当番がかかっているなら、ちょっぱやでエンジン全開ってか」

翔太はオーバーハンドの強いサーブを叩き込む。

「うわっ!

 最初から全開だぁ。

 翔太さん、大人げないって!」

葵は、両手打ちで翔太の強いサーブを打ち返す。

「ほほう。

 じゃあ、これはどうだ」

葵のリターンを角度が厳しいコースに打ち返す。

「もう。

 でも、まだまだ!」

葵も走って追いつくと翔平の逆サイドに打ち込む。

「む!

 やるな~。

 なら、これならどうだ」

葵の頭上を高々と超えるロブを返す。

「甘いですよ!」

葵はベースラインまで後ろ向きで走り、振り向きざま、強いボールを翔太に返す。

「ちょっと、ちょっと。

 あれ、葵ちゃんと浅倉さんじゃない?」

「え?

 翔太様?」

楓花やテニス部員は日課の早朝散歩を終えて戻って来る時、テニスコートで熱戦を繰り広げている翔太と葵を見つける。

「すごい。

 二人とも、滅茶苦茶うまいじゃない」

「まるで、プロの試合みたい」

「廣瀬さん、あんなにテニスできるんだ」

「浅倉さんも、まるでプロのテニスプレーヤーみたい」

「翔太様…素敵…」

いつしか皆、葵と翔太のプレイにくぎ付けになっていた。

「え?

 テニス部に入らないかですって?」

朝食が済むと、朝の熱戦を見ていたテニス部のキャプテンたちが葵を誘いに来る。

「朝、見ていたけど、県大会、ううん、全国レベルで十分通用するわ。

 ね、一緒にやらない?」

葵は躊躇なく笑顔で申し出を辞退する。

「そう…。

 仕方ないわね。

 でも、いつでも待っているから、その気になったら声かけてね。

 ねえ、じゃあ今日1日だけ、1年生の臨時コーチになってくれない?」

「へ?」

「あれだけ生きたボールを打てるのはコーチくらいなの。

 ううん、コーチより上手よ。

 あのボールで練習すれば、きっと何かを掴めると思うの」

「でも、今日帰らないと…」

「じゃあ、午前中だけでも。

 ね、お願い!」

「私はいいんですが、翔太さんに聞いてみます」

結局、葵は午後の練習にも飛び入り参加し、二人でマンションに戻ったのは夜の7時を回っていた。

「葵ちゃん、今日は大変だったね。

 臨時コーチ、お疲れ様。

 先にお風呂に入っちゃなさい」

「でも、翔太さんも運転で疲れているんじゃないですか?

 それに夕飯の支度をしなくちゃ」

「大丈夫。

 夕飯はケンタ買ったから、ご飯炊くだけ。

 さ、埃と汗で気持ち悪いだろ?

 入った、入った」

「はーい。

 じゃあ、先に入っちゃいまーす」

たかだか数日留守にしていたのに、葵はここに帰れて嬉しくて仕方なかった。

やっぱり、ここは落ち着くなぁ。

ずっとここに住んでいたみたい。

あちこちに翔太さんの匂いが染みついているようで嬉しい。

それに今日からまた()()()()()()()()()で寝れるし!!

葵はうきうきし、弾むようにバスルームの方に歩いて行く。

まあ、本当に可愛いこと。

お尻のラインも激可愛良くなったな。

腰を振るように歩く葵の後姿を見て、思わず翔太は目じりを下げる。

さて、今晩は流石の葵ちゃんも疲れているだろうし、お預けかな?

まあ、仕方ないさ。

家中に感じる葵ちゃんの匂いだけで満足するか。

くぅ~、なんて大人の俺なんだろう。

自画自賛する翔太。

実際夕食が終わり、洗面所から戻って来ると、リビングのソファで葵は舟を漕いでいた。

やっぱりな。

今日は休んで、明日の寄るかな。

寝かしつけたら、たまには深酒でもするか。

昨日まで、先生方と飲んだ気がしなかったしな。

「さ、葵ちゃん、ベッドで寝ようね。

 連れて行ってあげるから」

そう言って翔太は葵を抱き上げる。

「どっちのベッドですか?

 翔太さんの部屋にある()()ベッドですよね?」

「え?」

顔を見ると葵は両目をぱっちりと開けていた。

「えへへへ。

 狸寝入りですよ~」

「お?

 だましたなぁ~」

「きゃ~!

 ごめんなさい」

「許さん。

 パコパコじゃ」

「嬉しい~!!

 あっ!」

本音が口に出て葵は顔を赤らめる。

きゃ~!!

恥ずかしい。

でも、待ちに待った翔太さんと二人っきりの時間なんだもん!!

「翔太さん。

 モグモグしてあげるから、お手柔らかに、ね」

「おっ!

 おおお!!

 葵ちゃん、大好きだぁ~!!」

「うへへへへ。

 私も、翔太さん大好き!」

葵はそのまま翔太の首に噛り付くように抱き着く。

う~ん、いい匂いだ。

やっぱり葵ちゃんが一番だ!

翔太は葵の香りと柔らかさに疲れ知らずの元気百倍になり、葵を抱いたまま、自分の部屋に入って行った。

9月。

夏休みが終わり学校が始まると、葵の周りは一変する。

休み時間になるとテニス部の1年生が勉強だけでなくいろいろな相談に葵のもとにやって来る。

テニス部のキャプテンは諦めずに、何かの都度、葵を勧誘しにくる。

そして、テニス部だけではなく、いろいろな部活のキャプテンも勧誘に来るようになった。

葵の周りが騒がしくなると、クラスメイトの葵を見る目も変わってきて、いつの間にか葵は輪の中心にいるようになった。

「でも、葵ちゃん。

 何でテニス、あんなに上手なの?

 いつからやっていたの?」

「え?

 テニス始めたの、今年に入ってからだよ。

 翔太さんが運動不足だから相手してって言われて始めたのよ」

「ひょえ~!!

 半年くらいであんなに上手になったの?」

「うん。

 翔太さんの教え方がいいのかな」

「バスケもうまいのは、そのせい?」

「うん。

 バスケは去年、やっぱり運動不足の解消のためにって、ワンオンワンで。

 翔太さんて、大人げないんだよ~。

 全然手を抜くってことしないで、私を負かそうとするんだから」

「へぇ~、翔太様がね。

 でも凄いよね。

 この前の球技大会で、バスケ、断トツの得点王だもん。

 頭もいいし、綺麗だし、スポーツもできる。

 羨ましいなぁ」

「よしてよ、大袈裟な」

楓花に褒められ、葵は照れ笑いする。

でも、考えると、全部翔太さんのおかげだわ。

勉強も教えてくれる、スポーツも手ほどきしてくれる、美味しいもの食べさせてくれる。

優しくしてくれるし、気持ちよくしてくれる。

翔太さんの傍が私の甘えられる場所、安心できる温かな家だもん。

「うへへへ」

翔太のことを思いだし、つい笑ってしまう葵だった。


やっと読んでいただいた方が、4桁になりました。

小説の書き方も我流で読みづらい、内容も芯がなくふよふよしているところで、4桁はすごく励みになります。

もっと、こうしたら、こういう書き方にしたらとか、内容も少しエッチに…と試行錯誤して頑張っていますので、お付き合い願います(励ましの“いいね”がいただけたら嬉しいです。


さて、葵と翔太はいよいよくっ付いて、楽しい生活を始めています。

しかし、その二人に別れの影が。

やはり、ダークエンドだったのか?!

次回は、Aの巻の最終回です。


おっと、その前にKの巻をお届けします。

女優の勉強を頑張る薫に、信じられないドラマの誘いがあります。

お楽しみに。


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