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AとK  作者: 東久保 亜鈴
20/29

Kの巻(その七②)

裕樹と一美の仲が近づき、薫は気が気ではありません。

そんな時、裕樹と一美がラブホテルから出てきたことが耳に入り、心が崩れていく。

気が付くと男を求め、夜の街を徘徊する薫。

堕天使となっていく薫に裕樹は天使の翼を取り戻すことができるのか。

「くしゅん」

翌朝、リビングに入って来ると薫はすぐにくしゃみをする。

昨晩、裕樹との情事の後、びしょびしょに濡れた服を着て帰ろうとする薫に裕樹は心配して声を掛けた。

「そんなびっしょりに濡れた服なんか着て帰らなくても、まだ、タンスの中に着替え一式入っているだろ?

 それを着て帰ればいいじゃないか」

裕樹のタンスにしまってある服は、薫のお気に入りの中の一つ。

(う~ん。

 それもいいんだけど、なんか違うんだなぁ)

一瞬、考えたが、その服は裕樹と楽しい時間を一緒に過ごすために置いてある服で、少しの間、しかも帰りに着て帰るというのは違うなと思った薫は首を横に振り、濡れた服を着てて自宅に戻ったのだった。

良かったのは、降っていた雨が帰りには止んでいたこと。

髪は裕樹に拭いてもらい乾いていたので、濡れた服の気持ち悪さだけ我慢すればよかった。

「昨日、どうしたの?

 あんなびしょびしょに濡れていて。

 濡れワンコじゃないんだし、いくら、夏で暑いからといっても風邪を引いちゃうわよ」

加津江がくしゃみをした薫を見て眉を寄せる。

急に例の病気に襲われたとは言えずに、出たらちょうど酷い降りだったと誤魔化す。

「確かに昨日の夜遅くに雨が降っていたわね。

 でも、そんなに距離がないのに。。。

 よほどひどい降りだったのね」

「そうなのよ。

 たまたま、その時だけドシャーってバケツをひっくり返したような雨が降って」

加津江の話に同調し、話をごまかす。

「今度、裕樹君の部屋に置き傘させてもらえば」

「そうね、そうする。

 …

 ねぇ、ママ」

「なに?」

「ママとパパは、その…

 どっちから…」

どちらから求めて抜く隊関係を結んだのかを聞きたかったが、どう聞いたらいいか、薫は迷っていた。

「え?

 どっちからって?

 声をかけてたの?

 当然、パパの方よ」

薫は首を横に振る。

「え?

 違うの?」

「うん。

 あの…その…。

 迫ったのは?」

聞き取りづらい小さな声だったが、加津江には薫の聞きたいことが理解できた。

「もう、パパからよ。

 半分押し倒されて。

 びっくりしちゃったわ」

そう言って薫の顔を見てはっと気が付く。

危ない危ない。

パパが初めてだっていいそうになったわ。

この子、望んでいなくて強引にセックスさせられて、それから依存症になって、そのせいで10人以上と関係を持ったんだっけ。

あんな男の毒牙にかからなければ、最初から裕樹君が相手だったら…

薫も加津江の答えがわかっていた。

やっぱりそうよね。

好きな相手なら男の人から求めてくるものよね。

裕樹と私は、いつも私から求めちゃう。

裕樹、きっと私を尻軽でお手軽な女だと思っているだろうな。

病気だって話したけれど、どこまで信じてくれのか。

私だって、発作が起きると、ともかく体の芯が熱くなって、そしてわからなくなって男の人を求め、いつも終わった後に我に返って後悔していたもの。

きっと理解してくれていないよな。

良くて同情してくれて、付き合ってくれているだけよね。

それに裕樹だって、10数人も相手していた私なんて、その内嫌になるに決まっている。

一美さんの方がお似合いよね。

自然と涙が一滴、薫の頬を濡らす。

「薫ちゃん」

加津江が薫の傍に座り、その肩を抱きしめる。

「大丈夫よ。

 薫ちゃんは何も悪くないし、すべて病気の仕業よ。

 そんなことは裕樹君だってわかっているって」

「でも…」

薫は先ほど思っていたことを思い出す。

求めているのは私からだけ。

しかし、裕樹から求めてくるのも多々あるが、求められて嫌だと思ったことはない、すなわち、それは自分が求めていることの裏返しだとかたくなに思っていた。

「大丈夫。

 今は、裕樹君を信じたら。

 もし、駄目になっても、きっと薫のことをわかってくれる男の人は世の中にたくさんいるわよ。

 そう、日本人じゃなくたって、いざとなったら海外にでも移り住んで。

 何度でもやり直せるわよ」

「ママ…」

加津江の励ましに少し元気を取り戻す。

(でも、やっぱり、私は裕樹が好き!!)


「くしゅん」

裕樹も部屋でくしゃみする。

昨晩、びしょ濡れの薫を抱いたせいか。

薫ちゃん、気持ちよかったな。

あんなに反応して。

病気のせいかな。

そう言えば、病気が酷い時、何人もの男と関係を持ったんだっけ。

口では“気持ちいいなんてことはなかった”って言っていたけど、本当はどうだったんだろう。

無意識でと言っていたけど、無意識に気持ち良くて悶えたりしていたんじゃないかな。

あんなこともこんなこともやっていたんだろうな。

そう思いながら、昨晩の薫とのセックスを思い出していた。

10数人か。

僕よりはるかに経験豊富っていうことだよな…。

知らないところで、知らない男と…、何か嫌だな。

一美さんもそうなのだろうか。

いろいろな男と付き合っていたんだろうか。

真面目そうだから、そんなことないか。

ひょっとしてバージンだったりして。

意外とああいう大人っぽくて頭のいい女性ってあり得るか。

薫が相手をしてきた男たちに嫉妬する自分。

何となく面白くない、何となく淫らで不潔のように思えてくる。

それに比べて一美の方が好ましい。

今までは、可愛い薫が傍にいて夢のようだと思っていた裕樹の心に違う感情が浮かび始めた。

その内売れっ子になり、素敵な男に目が行って、僕なんかお払い箱なんだろうな。

少しずつ隙間風が吹いてきているようだった。


薫と裕樹の関係は煮え切れないまま、7,8月と、何事もなく時は過ぎていく。

薫も夏休みに入ると、徐々に仕事が増え、平日でも撮影やモデルの仕事も増えてきていた。

「もう。

 水着着ての撮影だから、可愛い水着かと思ったら、どうしてスクール水着なのよ。」

その日もセンターの仕事ではなく、取り巻きの一人。

センターの子だけ可愛い花柄のビキニを着て、取り巻きの7,8人はスクール水着を着て引き立て役。

しかしそれもスクール水着の愛好家も取り込もうという編集者の腹積もりも見え隠れしていた。

薫は取り巻きの中でもセンターのすぐ隣で、写真にもばっちりと映っていた。

「まあまあ。

 そう言えば薫ちゃん、だんだん主役になって来てるね」

立ち位置の変化に気が付いていた裕樹が声を掛ける。

「ほんと?!」

「本当よ。

 今度のお仕事は中扉だけど、立ち位置真ん中よ。

 最近、薫ちゃんへの照会や依頼も増えてきているのよ」

一美が横から口を挟む。

薫の撮影の仕事が終わり裕樹の運転する車で三人は帰宅する途中だった。

「へぇー?!

 そうなんだ」

仕事自体嫌いじゃないが、忙しくなって自分の時間がなくなるのは嫌だった。

しかし、それだけ裕樹の傍に居られる。

でも、一美もいる。

薫は複雑だった。

「そうそう。

 面白い話があるわ。

 ちょい役だけど、ドラマの出演依頼があるの。

 主人公の学校の生徒の一人で、1カットだけだけど、一言二言の台詞付きよ。

 女優へのきっかけになるかも」

「女優?」

「そう。

 評判が良ければ道が一気に開けるかも。」

「一気に?」

「そう。

 きっかけ何てそんなものよ。

 受けていいでしょ?」

「う、うん…

 ねえ、裕樹はどう思う?」

「そうだな。

 女優になりたいんだから、やってみたら」

「えー、その言い方。

 何だかどうでもいいみたいな言い方」

なんだか言い方がどうでもいい他人に対する言い方みたいで、冷たいな。

裕樹は私が女優になるのは口では賛成だって言ってくれているけど、本当は嫌なんだろうか

それに、最近余所余所しさを感じるなぁ。

どうしたんだろう。

私のことやっぱり嫌いになったのかな。

薫は不満になってきたが、一美が傍にいるので裕樹を問い詰めるのを諦めた。

「じゃあ、決まりね。

 話を進めるわね」

「う、うん」

話は順調に進み、ドラマの撮影の日を迎える。

事前にオーディションがあったが、ちょい役で台詞も短かったこともあり、監督のイメージに合うか写真での確認だけだった。

順調に撮影が進むものと誰もが思ったが、監督のオッケーがなかなかでずに、結局、薫の出てくるシーンを撮るのに数時間以上かかった。

「あの監督、最後まで不満そうだったわ。

 最後は主人公の女の子やみんなが疲れてきてしぶしぶって感じ。

 そんなに私、演技下手だった?」

帰りの車の中で薫は不満を口にする。

「そうよね。

 薫ちゃんは普通よ

 他の子よりも上手なくらいよ」

「うん」


撮影開始からしばらくして休憩が入る。

「監督、一体どうしちゃったの?

 あの子の演技、普通じゃない。

 とっととオッケーだして次のシーンに取り掛からないと、予定が押しちゃうんだけどな」

少し離れたところで撮影スタッフと思われる人たちの話声が聞こえた。

「薫ちゃん、のどか沸いたでしょ。

 ペットボトルを用意してくれているわ。

 お茶でいい?」

「いいえ、大丈夫」

「だって、喉、からからでしょ?!

 声がかすれ始めているわよ。

 飲みたいものがあれば買ってくるから」

「大丈夫。

 裕樹に頼むから。

 裕樹、お茶、買って来て」

「いいわよ。

 私が勝ってきてあげるから」

「一美さんはいいです。

 裕樹に買ってきてもらうから。

 裕樹、買って来て。」

「わかった」

裕樹は普通に返事をすると、スタジオの隅にある自動販売機に緑茶を買いに行く。

「あの子、お宅の子?

 大変ね。

 あの監督に目を付けられて」

「え?」

急に声を掛けられ裕樹は声の主を見る。

声の主はどこかで見た女性だったが、すぐに思い出す。

この人、薫ちゃんの入学式の時にあった人だ。

女性は入学式の時に駐車場から車を出せずに四苦八苦していた浅倉真紀子だった。

「浅倉さん?」

おや、私のことを覚えていたんだ。

しかも、名前まで。

頭が、記憶がいいわね。

浅倉真紀子は1度しかあっていないの自分のことを覚えていた裕樹に目を細める。

「お久しぶりね。

 お宅の子、磨けば光ると思うのだけど、今はまだまだ石っころね」

「石っころ?」

「ええ。

 気分を害したらごめんなさい。」

裕樹は首を横に振る

「演劇の基礎ができていない。

 役作りがまったく。

 なにからなにまで初心者」

「そ、それは」

全てが初めてだからと弁護しようとした裕樹を真紀子は制した。

「でも、あの子、なんだか光るものを持っているわ。

 これは、持って生まれたものよ。

 あの監督、ああ見えても誰もが一目置く優秀な監督で、あの人に目を付けられたら将来は約束されたのと同じと言われているほどよ。

 その監督は、つい、夢中になってしまったのね。

 ねえ、もしよかったら、私のところで演劇を勉強させてみない?

 女優になるために、絶対に悪いようにしないから。」

私も将来のスターを育ててみたいから。

それはまだ言い過ぎだと真紀子は言葉に出さなかった。


女優として将来が約束されているかぁ。

女優として成功したら、きっと、他の男が黙っていないだろう。

そうなったら、自分はお払い箱か良くて使用人。

他の男といちゃつく薫の目の当たりにしなくてはならないのかと思うと、バカ臭くて二つ返事で真紀子の誘いに飛びつく気にはなれなかった。

複雑な思いを持って裕樹は車のハンドルを握っていた。


「薫ちゃん、この前は、大変だったわね。

 まさか、あんなちょっとの出番で、あれだけ監督に駄目だしされるとは思わなかったわ。

 あの監督、最近、有名になって有頂天にでもなったのかしら」

「有頂天?」

「そうよ。

 まわりからちやほやされて、何をやってもいいんだと勘違いする奴。

 だから、主人公の女優より可愛い薫ちゃんに対しての必要以上にいじめたに違いないわ」

一美は鼻を膨らませて怒っていた。

「おかげで薫ちゃん、ここのところ元気がなくなっちゃったし」

確かにそうだ。

最近部屋に遊びに来ても、ため息をついたりして、そそくさと部屋に戻っていくし。

裕樹は薫の元気のなさを痛感していた。

薫自体も女優としての才能がないのでは、それでは、将来、裕樹の書いた小説の主人公を演じることができないのではと悩んでいた。

「…

 で、いいでしょ?」

「え?」

一美の声に我に返る。

「やだ、聞いていなかったの?

 今度、美山さん、清純派の殻を破って、新境地!

 ラブシーンに挑戦するのよ」

「そうだったね。

 でも、大丈夫?」

「大丈夫よ。

 本人、最初は抵抗あったみたいだけど、30歳近くになって、そろそろ色気で売ったりしなくっちゃ。」

美山は28,9歳で女優だが主役級ではなく、ちょい役。

容姿は悪くないのだが、推理ドラマでは最初に殺される被害者の役など、出演は多いが役に恵まれていなかった。

一美は美山を色気もあり濡れ場のできる女優として売り込もうと力を入れていたが、少々、強引なところもあった。

「そうか…。

 で、それが?」

「それがじゃないわよ。

 さっき言ったみたいに、今度、ラブホテルでの撮影があるの」

「ちょ、ちょっと待った。

 まさか、AVじゃないだろうな」

「違うわよ。

 コメディタッチの恋愛ドラマよ。

 で、美山さんたらラブホテルに行ったことないんだって。

 だから、どんなところかって聞かれて、今度、ビデオをとって見せてあげるって約束したの。

 私の最近のラブホテル事情が分からなくって。

 ほら、電車で2,3駅行ったところにラブホテル街があったでしょ?」

「…」

裕樹は学生の時に1,2回行ったくらいで、ましてはその場所のことは知らなかった。

「そこに新しいホテルができたのよ。

 だから、そこをビデオに撮ってと思って」

「へえ、たいへんだな」

「他人事じゃないわよ。

 どこの世界に女性一人でラブホテルに入るのよ。」

「あとから客が来るケースもあるじゃない」

「きゃ、客?!

 私、そんな女じゃないわよ!!」

一美は明らかに怒ったようにすごい剣幕で文句を言う。

「違うって。

 ふりをすればいいんじゃん」

「…

 いやよ。

 客が来ないなんてみじめじゃない…」

声が小さくなる。

一美としても女性としてもプライドがあるのだろうと裕樹はおかしくなった。

「ともかく、付き合って!」

「え?

 ラブホテルに?」

「そうよ。

 当然、中を撮影するだけだからね。

 私、経験ないからって、変な気を起こさないでよ」

「え?」

いやだ、私ったら余計なことを口走った

ひょんなことから男性経験のないバージンだということを口走ってしまった一美。

経験ない?

処女なのか?

こんな大人で綺麗な一美さんが男性経験ゼロ?

意識はしていなかったが理由はともあれ男性経験が多い薫と比べてしまうと、新鮮で心がざわつく。

「と、ともかく、撮影付き合うのよ!」

「ちょ、ちょっと」

「明日!

 明日の業後ね。

 駅の改札口で待ち合わせだからね」

「車で行けばいいのに」

「ばかね。

 会社の車で行ったら公私混同でしょ!」

公私混同?

仕事の一環で撮影に行くのではないのか。

それに、車に社名なんか書いていないのに。

「どこにユーザーの目があるかわからないでしょ?

 お宅の会社の車がラブホテルに駐車していたなんて広まったら困るでしょ」

公私混同の件は?

裕樹は突っ込みたかった。

「わかった?」

「はい、はい」

「“はい”は1回」

一美は笑顔でウィンクする。

本当に見分を高めるための撮影なのだろうか。

それとも、僕に気があって、ホテルで…

複雑な心境の裕樹だった。

翌日、真新しいラブホテルの一室に裕樹と一美の姿があった。

「すごい綺麗…」

一美が思わず息をのむほど、綺麗な室内だった。

入った部屋は、蒸し風呂のような外の熱気とは裏腹に空調が良く聞いていて、そしごてごてとした内装品がなく白を基調とした高級感あふれる部屋、昔のラブホテルとはかなり離れたイメージの部屋だった。

初めての一美はともかく、安いセックスをするだけの古びたラブホテルのイメージしかない裕樹も思わず圧倒されてしまっていた。

「なんだかイメージが違うわ」

「どんなイメージ?」

「よくベッドがエレベーターみたいに上下に動いたり、ぐるんぐるん回ったり。」

ぐるんぐるん?

「そうそう、ウォーターベッドのようにベッドがぶよんぶよんしていたり。」

ぶよんぶよん?

「照明もカラーボールやスポットライト。

 カラオケがあったりゲーセンみたいなゲーム機があったり」

一美はキョロキョロしながら興奮気味に口にする。

よくご存じで。

でも、いろいろな情報を仕入れたんだろうけど、微妙に混じり合っていること。

裕樹は昭和の時の情報が混じっているのではないのかと一美にニュースソースを訝る。

壁をトントン叩く一美を不思議そうに見る。

「ほら、壁は一面鏡張りだったりするんでしょ?

 どこかにスイッチがあるのかしら」

秘密基地じゃあるまいし、そんなスイッチないよ。

つい可笑しくなる裕樹。

次に一美はバスルームに入って行く。

「うわぁー!!

 広―い。

 それに綺麗」

その声に裕樹ものぞき込む。

バスルームいっぱいの広さに浴槽があり、きれいに掃除され整っていた。

「スケスケじゃないんだ」

「?」

「ほら、こういうホテルって寝室から浴槽がカラス張りのように丸見えだったりするんじゃないの?

 それに浴槽もピンクだったりマットが敷いてあったりするんじゃないの?」

やっぱり昭和か?

まったくいつの時代の話をしているんだ…

裕樹は返す言葉がなかった。

「それより撮影は?

 室内を撮るんじゃなかったの?」

「そうそう。

 これからよ」

一美は興奮が収まると寝室に戻り、カバンからスマートフォンを取り出す。

「騒いだので汗かいちゃった。」

そう言って、上着を脱ぐ。

上着の下はノースリーブのブラウスだった。

横から見ると一美の胸は大きく形が良かった。

「何見っているの」

裕樹の視線に気が付いた一美は小さな声で抗議する。

「あ、ごめん、ごめん」

「変な気起こさないでね」

「はい、はい」

「もう、“はい”は1回だけって言ったでしょ」

「はーい」

裕樹の返事に場が和み、一美は気を取り直してスマフォに室内を収めていく。

「全然、ラブホテルのイメージが変わっちゃった」

「でも、古いラブホや田舎のラブホはイメージ通りかもね」

「そうね。

 でも、こういうところなら素敵でいいわ。

 ベッドも柔らかいし」

一美はベッドに腰掛け、万歳をするように仰向けに寝そべる。

「うーん。

 やっぱり気持ちいい…」

ノースリーブの脇から下着のひもが見える。

胸の膨らみも丸みを帯びた腰も、大人っぽさなの中身と子供っぽいような表情を見せる一美に裕樹は吸い込まれるように見とれていた。

どのくらいの沈黙が流れたのだろうか。

沈黙を破ったのは一美だった。

「ねえ、裕樹」

「…」

「私、裕樹ならいいよ。

 裕樹が望むなら、ね。」

抱いていいって言うことなのか。

裕樹は大人の魅力の一美を、しかも処女の一美を、一美の方から良いと言われ、目眩がするほどの興奮を覚えた。

のろのろと手を一美の方に差し出していく裕樹。

一美は手を下ろし、横を向いて目を閉じ、裕樹を待っている。

その首筋からブラウス胸元にかけて素肌が見える。

「……」

一美の両肩の横に手を置き覗き込むように首筋を見つめる。

一美の肌も綺麗だったが、裕樹は一美の体を抱いている自分を想像すると、妙に生々しく思えてくる。

丸い毬のような張りのあるヒップライン、形のいい大き目のバストライン、すべてが魅力的なのだが何かが違う。

違和感が裕樹の心に湧き上がる。

何が違う?

匂いか?

別に一美が汗匂いということはなく、ほのかな香水の良い匂いがするのだが、肌を重ねることを想像するとなぜだかこの匂いではないと想像してしまう。

躊躇うと。急に肌理の細かな綺麗な肌が目に浮かぶ。

肌の感触、温かさ、柔らかさ、匂い。

「ねえ、裕樹ぃ」

自分の名前を呼ぶ可愛い声。

それは全て薫だった。

抱きしめると壊れてしまうのではないかと思うくらい華奢なからだ、そしてすべてを魅了する可愛い笑顔。

薫は石鹸やコロンの香りがするのだが、肌を重ねている時の匂い、喩えは変だがまるで清らかな水のようだった。

薫の記憶が鮮明に脳裏に浮かぶと、急速に興奮が冷めていく。

「ごめん」

裕樹は一言言うと一美から離れていく。

「裕樹?」

ちぇー、振られたか。

まあ、良いわ。

その内、今私を抱かなかったことに後悔するから。

一美は裕樹にその気がないことを感じると、さばさばと気持ちを切り替える。

この切り替えの早さが一美のいい所であり、すでに裕樹のことは眼中になくなっていた。

「はい、よろしい。

 合格です!」

「え?」

「いやだわ。

 今後、一緒に仕事をやって行く上で試しただけよ。

 もし、覆いかぶさってきたら、この痴漢避けスプレーをお見舞いして、110番通報するところだったわよ」

一美はそういうとカバンから制汗剤のスプレーをさも痴漢撃退のスプレーのように裕樹に見せかけた。

「さ、そろそろ帰りましょう」

さばさばしたように立ち上がり身支度を整える。

ごめん。

それと、ありがとう。

裕樹はすべて後々ぎくしゃくしないようにとの一美の演技だと見抜いて、それに乗ることにしていた。

「おお、怖!!

 危ない所だったってことか」

「もう。

 今度はもっと色気のある服装で攻めてやる」

「あははは。

 もう、その手には乗らないよ」

「言ったなぁ」

二人はじゃれあうようにしてホテルを出て行った。


裕樹と一美が社宅に戻ると、待っていた言わんばかりに加津江の自宅の一室に呼ばれた、

なんだろうと思っていると、加津江が険しい顔で話し出す。

「二人とも、良い年なんだから付き合うこと自体自由でいいけど」

「え?」

付き合う?

付き合うって恋人同士になること?

なぜ?

二人の脳裏に大きな“?”浮ぶ。

「なんのことでしょう?」

一美が慌てて加津江に尋ねる。

「いいのよ、別に弁解するとかしなくても。

 最初に言ったように二人とも適齢期といってもおかしく無い年なんだから、それを咎めたりしないわ。

 ただ、二人がラブホテルから出てくるところを見たって知り合いが連絡してきてくれてね」

ほら、何処に目があるか分かったものではないわ。

裕樹は一美の言った言葉を思い出していた。

「ただね、会社のイメージもあるし、二人ともマネージャーといえども、どこかで見られているということを意識してほしいだけ。

 あとは、裕樹さん。

 薫のことで話があるわ」

加津江としては、裕樹が薫より一美を選んだということで、薫のダメージを心配し、どうしたらいいか考えあぐねていた。

このまま裕樹には黙って薫と交際させるか。

それは、母として、女性として許せないこと。

では、折角、落ち着いてきた薫が裕樹のことを聞いて、どうなるか、考えただけでも恐ろしかった。

裕樹に出て行ってもらう?

理由如何にかかわらず薫の精神が心配。

どうするか。

「違います」

「え?」

裕樹の言葉に加津江は驚く。

「確かに、一美さんとラブホテルには行きましたが、何もしていません」

「そ、そうです。

 実は、今度、美山さんがドラマの主人公に抜擢され、その最初のシーンがラブホテルでのラブシーンなんです。

 で、美山さん、ラブホテルって行ったことがないから、どんな所か教えてと言われ、百聞は一見にしかずで、ラブホテルの内部を撮影してきたんです。

 当然、、一人で入る訳にもいかず、裕樹君に付き合ってもらっただけです」

「本当なの?」

「一美さんの言う通りで、本当です」

きっぱりと言いきる裕樹の顔を見て、嘘ではないと感じた加津江は肩の力が抜けるようだった。

「そ、そうなの。

 二人は、その、恋人同士じゃないのね」

「当たり前です。

 私にも選ぶ権利はあります」

なんだ、さっき、ラブホテルでは“いい”といったくせに。

裕樹はちょっと憮然としたが、まあ、それで一美のプライドが保てるだろうと黙殺することにした。

「はぁ、私の早とちり、というか、目撃した人の早とちりね。

 でも、二人で出てくれば、普通はカップルだと思うわね」

「すみません。

 紛らわしくて」

裕樹と一美は加津江に深々と頭を下げる。

「いいのよ。

 勘違いだってことが分かれば」

幸い、薫にはこの話は言っていないし、このまま、握りつぶしちゃえばいいわ。

安堵している加津江だったが、加津江の夫の優作が慌てたように部屋の入って来る。

「おい、薫が急に出かけてくるって言って家を出て行ったぞ。

 なんか泣いているような、おっかない形相で。

 そう、思いつめたって感じだった。

 だいたい、君が、君のこと見そこなったぞ」

優作が裕樹を罵倒するのを加津江が制した。

「え?

 薫が?

 あなた、薫に何か言ったの?」

「え?

 ああ。

 そこの二人が付き合っているって。

 薫は気を落とすなよって」

「ば、バカ!!

 薫になんてことを言ったの!!

 しかも、全く見当はずれなことを」

「え?

 だって、二人がラブホからって」

「ええい、話はあと。

 それよりも、出て行ったのはいつ?

 どんな格好で、何処へ行くって言っていたの?」

優作は薫の病気のことは知らされておらず、裕樹と薫は普通のカップルで、裕樹が心変わりしたとだけ思い込んでいた。

それが加津江のいきなりの剣幕にしどろもどろになる

「いつ?

 えっと、電話があって少ししてだから2、30分くらい前かな」

「そんな前?!

 どうして私にすぐに行ってくれないのよ。

 で、恰好は?」

「恰好?

 うーん、なんかいつもと違って変な服装で、しかも、帽子や眼鏡をしていたな」

「どこへ?」

「い、いや、行先はとくには…」

「いいわ、薫の部屋をのぞいてみるわ。

 裕樹君。

 裕樹君?」

加津江が振り向くと一美の横にいたはずの裕樹の姿がなかった。

「裕樹さん、凄い勢いで部屋を出て行きましたよ」

一美は唖然としたように答える。

するとすぐに駐車場の方から車のエンジン音が目覚める音が聞こえ、すぐに遠ざかっていく音が聞こえた。

「裕樹君…

 お願い。

 薫をお願い」

祈るような台詞を口走る加津江に一美は近づいて尋ねる。

「加津江さん…」

一美は加津江の傍で何か尋ねたかったが、口をつぐんだ。


やっぱり裕樹は一美さんのことが好きだったんだ。

一美さんもまんざらではない態度だったし、二人はお似合いか…

でも、私はどうしたらいいの?

今まで通り、マネージャーとして裕樹や一美さんが傍にいる?

耐えられない。

そんなこと、絶対に耐えられない。

誰かに無茶苦茶にしてもらいたい。

殺されたっていい。

失意の薫は、真っ赤なブラウス、黒いタイトスカート、サングラスに大きなマスク、顔が隠れるようなつば付きの帽子と背伸びをしたおおよそセンスの欠片もない格好で、初めて裕樹に声を掛けた場所に立っていた。

心の中では、間違いだよと笑顔で裕樹が迎えに来てくれることを望んでいたから、そこに立っていたのか、それとも決別するためにそこに立っていたのか薫自体、わからなくなっていた。

その場所に来てから1時間近くたとうとしている。

薫は小さくため息をつくと、何か決心したように辺りを見回す。

時間は夜の9時になるところ。

帰宅途中の勤め人のそろそろまばらになってくる頃。

昔であれば、飲んで帰る勤め人の第一便でにぎわう頃だが、今はちらほらといるくらいだった。

その中の50代くらいで身なりが良く、少しお酒が入っているような男を目ざとく見つける。

どうでもいいと言いながら、社会的な地位が高そうな、すなわち財力があり、口が堅く、一夜限りにしてもあとくされないような男性を選ぶ目は衰えていなかった。

「ねえ、おじさん」

薫はその男に近づき、声を掛ける。

「何かな?」

男は薫の身なりを見て警戒しているようだった。

「ちょっと、お小遣いが足りなくて困っているの。」

薫がそう言うと男はピンときたようで、改めて薫の体を足の先から頭まで嘗め回すように眺める。

ちょっと幼いか。

でも、それはそれでそそるな。

「パパ活か?」

「そんなところ。

 おじさん、とってもダンディで素敵に見えたから、おじさんならいいなと思って」

「そ、そうか?!」

男は若い娘にダンディで素敵と言われ悪い気はしなかった。

それに、服を着ていたが薫の体つきから10歳代と踏んで、なおさら鼻を膨らます。

「いくら?」

男は今まで女を買ったことがないのに背伸びをしているのが見え見えだった。

薫は指を2本立てる。

「そんなんでいいのか?

 まさか、一緒にご飯を食べておしまいじゃないだろうな」

アルコールが入っているせいか、男は思わずスケベ心が言葉に出る。

「大丈夫。

 おじさんとなら、最初からベッドでいいわ。

 いいのよ、私を滅茶苦茶にして」

滅茶苦茶にしてという言葉を使ったことのない薫だったが、気分がそう言わせていた。

男はその言葉で尚更興奮したようだった。

「よし。

 じゃあ、お小遣いをあげよう。

 あっちでいいかな」

男はそう言ってラブホテルが立ち並ぶ方を顎で指す。

「うん」

薫はそう言うと男に近づき、そっとその腕に自分の腕を絡める。

男からは、たばこや汗、埃の匂いがして、とても裕樹のように好きにはなれなかった。

香水のにおいをぷんぷんさせるか、汗とたばこの匂いの人ばかり。

薫はそう思いながら裕樹の匂いが恋しかった。

でも、どうしてだろう。

病気の時みたいに訳が分からなくなって、ただ男の人を求めるていう気がしない。

話を聞いた時は絶望から体の芯に火が付き、依存症の状態に陥ったのだが、あの場所に立っていたら少し落ち着いたみたい。

でも、何度かこんなことを続けていたらきっと裕樹のことなんか忘れるよね。

そう思い目頭が熱くなると同時に体の芯が熱くなっていき、男の肌を求める発作が目を覚ます。

いいわ、これで…。

これに身を任せよう

薫は発作に身を任そうと決めると、罪悪感も何もなく、涙も止まり、心が空っぽになって、ただセックスをしたいという気持ちしかなかった。

ただし、それでもセックスで満足感を覚えたのは裕樹との時だけだったことは脳裏をよぎっていた。

男の方はこれから始まる楽しい出来事を想像してか、足早になって薫を促す。

薫も男の足並みに合わせるように足早に歩き始めたが、すぐに呼び止められた。

「え?」

声は聞き覚えのある裕樹の声。

薫は悪いことをして怒られた子供のように裕樹の声の方には向けず、地面を凝視する。

なんで、どうして?

一美さんは?

一美さんは一緒じゃないの?

一美と一緒だと思った薫は、尚更、裕樹の方に顔を向けることはできなかった。

「よかった。

 あなた、この子が未成年だと知っていましたか?」

薫を飛び越して男に話しかける。

「え?

 み、未成年だと?」

男は薄々そうではないかと気が付いていたはずだが、大袈裟に驚いて見せる。

「この子の保護者から頼まれて、探していたんです」

保護者って、きっと、ママだわ。

薫は口答えできず、俯いて黙り込んでいた。

「な、なんだって?」

「ちょうどよかった」

裕樹の目線に、パトロール中と思われる警察官の二人連れが目に入った。

男も裕樹の目線につられ、警察官を見ると慌てたように薫の腕を振りほどく。

「俺は何も知らん。

 ちょっと、話しかけられただけだ。

 失敬する」

男は裕樹に背を向け、警察官とは反対の方に逃げるように足早に小走りで立ち去っていく。

ある程度、社会的地位がある男にとって、警察沙汰になり、それまで培ってきた地位が音もなく崩れ去るのを恐れたからだった。

「さて、帰るぞ」

いつの間にか薫の横に立ち、いつもと違い、冷たく、反論を許さないと言わんばかりの口調の裕樹の声に、薫は従うしかなかった。

薫と裕樹は肩を並べ歩き始めると、警察官とすれ違う。

警察官は一瞬、二人をジロリと睨んだが、すぐに何事もないように去っていった。

薫は始終俯き、裕樹の足元を見つめている。

一人だ。

ママに言われて探しに来たんだ。

どうしよう…。

このまま、裕樹と帰りたくない。

帰ったら、一美さんと仲のいいところを嫌でも見ることになる。

いやだ。

「そのビルの地下駐車場に車を止めてある」

裕樹はそう言って大きなビルのエントランスの方に歩いて行く。

薫は嫌だと思いながら、反抗を許さないという怖いような裕樹の雰囲気に飲まれ、ついて行く。

ビルは商業施設のビルで地下1階から地下3階までが駐車場で、一つの階に百台は止められるほど広いところだった。

二人は無言でエレベーターに乗り、地下2階で降りる。

時間も遅く、駐車している車はまばらで、薫の会社の車がポツンと薄暗いスペースに駐車してあった。

怖い。

周りの薄暗さ、裕樹の態度、全て薫を怖がらせる。

裕樹はマスターキーのボタンを操作し、後部座席のドアを開ける。

「乗れ」

今まで聞いたことのないような冷たい命令口調に薫は震え上がった。

どうしたの?

いつもの裕樹と違う。

怒っている?

ううん。

それ以上に、何か怖い。

薫は恐る恐る後部座席に乗り込むと、一緒に裕樹も後部座席に乗り込みドアを閉め、リモコンボタンでエンジンを掛ける。

ぶわっとエアコンの冷たい風が、車内の蒸し暑い空気を消し去っていく。

「え?」

てっきり運転席に回るものだとばかりに思っていた薫は、裕樹の行動に目を丸くした。

もっと驚いたのは、ドアが閉まるや否や、裕樹が薫の肩に腕を回し、ぐいっと自分の方に引き寄せたことだった。

「な、なにをするの?」

裕樹は無言で空いている片手で薫の胸を掴み、揉み始める。

「ちょ、ちょっと何をするの?」

構わず裕樹は驚く薫の首筋に吸い付く。

「い、いや。

 裕樹、やめて。

 こんなところで、いやぁ」

薫は押し殺した声で抵抗するが、裕樹の力に体の自由が利かなかった。

裕樹の手が胸からタイトスカートの中に入って行く。

「いやぁ…

 こんなところで嫌よ。

 許して」

本当に嫌だと思う反面、このまま裕樹に犯されたらというスリルが薫の体に火をともす。

そして、嫌だというのと、犯されたいという心の中のせめぎあいで、薫は目の前が暗くなりがっくりと体の力が抜け、気を失ったようだった。

「やばい。

 ちょっとお灸がきつ過ぎたか。

 ごめん、薫ちゃん」

流石に、(セックスが)したいんだろうとか言って迫ると、病気のこともあり、洒落にならなくなるので、言葉に出さずに態度だけにしていたが、やり過ぎたかと反省してしまう。

少し脅かせば、発作が減るのではという甘い期待もあった。

裕樹の口調はいつもの薫に向けた優しい口調に戻っていた。

座席をリクライニングにして、薫をそっと寄り掛からせると、運転席の方に室内で移動する。

「やれやれ。

 早とちりで飛び出すものなんだから。

 焦って、追いかけるこっちの身にも立ってほしいな」

「早とちり…?

 一美さんと付き合っているんじゃ?」

気を失ったと思っていた薫が口を開く。

さて、何と答えるか。

普通、ラブホテルに入って、何もしませんでしたって言っても信じられないよなぁ。

人違いだってごまかすか?

無理無理。

これだけ騒ぎになったし。

性欲のレベルがゲージで見れればいいのに。

12時間以内にセックスしたらゲージが50%になるなんてあれば、一目でわかるんだが。

やっぱり下手な言い訳すると逆効果になるしな。

バックミラーに映る薫の目は真剣そのものだった。

ま、信じるか信じないかは薫ちゃん次第か

「信じるかは薫ちゃん次第だけど…」

裕樹は覚悟を決めたように、いきさつから全てをありのまま薫に話す。

「と言うこと。

 わかった?」

じっと裕樹を見つめ話を聞いていた薫は、話が終わると身を乗り出し、裕樹に近づき、くんくんとあちらこちら裕樹の匂いを嗅ぐ。

「ちょ、ちょっと。

 何をしている?!

 くすぐったいって」

薫は納得したように、シートに戻る。

一美さんの匂いがしない。

いつもと違うシャンプーやソープの匂いもしない。

もし、本当にセックスしたら、どこかに一美さんの匂いが残ったり、洗い流したら違う匂いがするはず。

それに…

裕樹は今まで大切なことで嘘をついたことがない。

薫は頷くと、嬉しさがこみ上げ、体の芯に再び火が付く。

「信じる。

 裕樹の言うことを信じるわ」

薫は乱れた帽子を脱いで、長い黒髪を手櫛で梳くと、帽子をシートにおいて助手席に移動する。

サングラスを外し、裕樹を見つめる目は何かを期待しているようだった。

裕樹はさっと車外を確認すると薫を抱き寄せ、その可愛らしい口を吸う。

やっぱり薫は可愛いな。

やっぱり裕樹は優しくて、いい匂い。

お互いを思い、二人だけの時間が流れる。

ぶるぶるぶる

裕樹のフマフォが震え、しぶしぶシルエットは2つに分かれる。

「げっ」

「なに?

 どうしたの?」

マナーモードにしていた裕樹のスマフォには、加津江からの着信履歴と未読のメールが“団体さんいらっしゃい”状態だった。

「これ全部、薫ちゃんを心配したメールだよ。

 薫ちゃんのスマフォにも来てるんじゃないかな?」

「私、家に置いてきた…」

「え?」

「こういう…

 こういう時は、持ち歩かないの…」

知らない男と逢うとき、自分のことが分かるようなもの、生徒手帳はもちろんのこと、財布、定期、スマフォや名前の書いてあるようなものすべて家において行くのが常だった。

「え?

 僕の時は?」

初めての時を除いて、薫は裕樹と逢うときは普通にいろいろなものを持ち歩いていた。

「ばか…。

 裕樹は、特別よ…」

最後は裕樹にも聞き取れないくらい小さな声。

だって、裕樹は私の大切な人だもん。

薫にとっては、裕樹はいつのまにか恋人同然、恋焦がれる存在だった。

ただ、自分の病気のこと、今までの素行を思うといつ裕樹が嫌気を刺して自分の前から消えてしまうか怖くて自分の気持ちを伝えることはできなかった。

「さて、返信したから帰ろう」

ボタンを押してスマートフォンをしまう。

「なんて返したの?」

「“無事捕獲しました。

  帰りは少し遅くなります“」

「裕樹ぃ!!」

満面の笑みを浮かべる薫に裕樹はウィンクで返す。

「さ、シートベルトして。

 あと、売れてきているんだ。

 サングラスもしておき」

「はーい!!」

ご機嫌な声が車の中に響き渡る。

薫を乗せた車は地下から地上に出ると、満月が車を照らす。

「ねえ、裕樹。

 これからどこへ行くの?」

「そうだな。

 少しドライブして、あとは薫ちゃんが嫌じゃなければ」

裕樹は少し離れた町にある新しそうなモーテルのことを考えていた。

この前仕事の途中に車で通ったところに新しそうなモーテルが立っていたのを思い出し、そこなら知っている人間の目にも触れないだろうと思ったし、薫も自分もその気になっているが、帰って部屋でという気分にも隣の部屋の一美のことを考えると今晩は遠慮したかった。

ああいうところなら、多少声を出しても問題ないしな。

薫のあの時の可愛い声を思い出す。

「嫌じゃないもん。

 裕樹とならば、どこでも行く!」

薫もその気で、体の中が熱くてたまらなかった。

いやだな。

私って、やっぱりおかしいかな。

そんなことないよね。

だって、裕樹だもん。

ふと、オーディオが途中で止まっているのに気が付いた。

あら?

裕樹って、来るときに何を聞いていたのかしら。

また、YOASOBIかな。

「ねぇ、裕樹。

 何を聞いていたの?

 聞いていい?」

「ああ」

スイッチを入れると大きな音でロックビートの曲が流れる。

「裕樹って、ロックなんて聞くんだ」

「この前、YouTubeにあって、古い曲らしいけど、聞いたら結構気に入ったんだ」

どちらかというとJ-POPを好む裕樹にしては、洋楽のロックを聴いているのは新鮮な驚きだった。


Speedy‘s Coming

You live in his heart


ScorpionsのSpeedy‘s Comingを聞きながら月明かりの中をドライブ。

高速道路に入り1区間だけだったが周りの景色が飛んでいく。

薫には夢のような世界だった。

モーテルはホテルカリフォルニアのカバーのように感じのいい建物だった。

「うわー!!

 広いし、綺麗!!」

薫は今まで昔の連れ込み宿のようなところにしか連れていかれていなかったので、真新しく明るく、大きなダブルベッドがある部屋は初めてだった。

「汗をかいたから、風呂でも入る?」

「うん」

薫は興味津々でバスルームのドアを開け、中を覗くと、薄いピンクの明るく綺麗な内装で大人二人が足を延ばして浸かってもおつりがくるくらいの大きな湯船に目を丸くする。

「すごーい」

「お湯が溜まるまで、ゲームでもやっているか」

「うん」

寝室に戻ると、二人はソファに腰掛け、テレビゲームのリモコンをとりゲームを始めるが、すぐに薫は裕樹の腕の中にしなだれかかる。

そして見つめ合うと、ゆっくり唇を合わせ、舌を絡めていく。

それだけで、二人は十分に興奮のボルテージが上がっていく。

「あ、お風呂」

少しして薫は思い出したように唇を離す。

「よーし、じゃあ、一緒に入ろう」

「うん」

湯船はジェットバスで、浴剤を入れスイッチを入れると、泡が湧き上がる。

「すごーい」

薫は楽しそうにきゃあきゃあ騒ぎながら裕樹に抱き着いたりして、じゃれあう。

一美さんと比べると、まだまだ発育途中で幼い体つきか

胸もだいぶ膨らんできたが、まだまだ小ぶり。

でも、綺麗な形をしているよな。

天は二物を与えずというけれど、これだけ可愛くてスタイルがいい子はほかにいないだろう。

お尻も小さめだけど引き締まっているし、肌も白くてきれいだし。

こんなにゆっくり薫の裸体を眺めることが滅多になかった裕樹は、薫の相手をしつつ、しっかりと眺める。

すでに一美のことはどこかへ飛んでいった。

腕もそうだけれど、足も細くて長いし、首筋も色っぽいな。

万歳をすると綺麗に手入れされた脇のラインが、また、裕樹の欲望をそそる。

「何をじろじろ見ているの?

 何だか恥ずかしい」

そう言って薫は裕樹に抱き着いてくる。

薫も裕樹の裸体が好きだった。

男にしては綺麗な肌、痩せすぎず、筋肉質でもなく、太ってもいない。

男くさくもなく、なぜか薫の好きな匂いのする体。

自分のことを大事にやさしく扱ってくれる。

何よりも自分を見る時の優しい瞳。

裕樹と一緒の時が一番満ち足りている時間だった。

抱き着いてくる薫の胸が裕樹の顔の正面に。

その可愛いピンク色の乳首を口に含むと、口の中で固くなっていく。

湯船の中でゆっくりと薫の体を胡坐の上に下していく。

固くなった自分自身の上に薫の秘所を当て、少し突き上げる。

このまま、お湯の中で入れていいのだろうか。

「中にお湯が入っちゃう…」

薫が嫌がる訳ではないが、微妙な顔をする。

それにいつものようにすんなりと挿入することができないので断念し、二人はバスルームから出て、広いベッドへ。

裕樹が上になると、薫は目をつぶり全身の力を抜く。

裕樹がいい!

裕樹が大好き!

自分でもわかるように乳首は固く、下腹部はじっとりと濡れ始めていた。

柔らかな乳房だな。

本当に触れていて気持ちがいい。

そしてここも可愛い。

裕樹の指が薫の乳首を玩ぶ。

その乳首を口に含み、下腹部の奥の薫の秘所に手を入れ、優しく愛撫する。

ここも熱くて湿っているし、すぐにサラサラの液体にまみれていく。

この突起を触ると…。

くっぅ

小さな声を漏らす。

ここに指を入れると…。

裕樹の指が温かく濡れた中に潜り込んでいく。

ん…

Gスポットってこのあたりかな。

指の腹でらしき所を撫でると薫は顔を横に向け眉間にしわを寄せると、裕樹の指に合わせるように腰を動かす。

「裕樹ぃ…

 だめぇ…」

薫はリミッターが外れたように息を切らせて全身をくねらせる。

それと同時に裕樹の熱いものが欲しくなった。

お願い。

裕樹、早く来て

それを感じ取ったか、裕樹は薫の両脚を広げさせ、一気に薫の中に挿入する。

うっぅ

裕樹のものが入って来ると、薫は裕樹にしがみ付くようにして、体を震えさせる。

「薫ちゃん、かわいいよ」

なんて綺麗な肌なんだ。

プロポーションも最高だし、こんなに可愛いし。

しかも、よがって抱き着いてくる。

最高だ

「裕樹!

 裕樹!

 大好き」

裕樹に攻められながら、薫は快感の頂点に駆け上がっていく。

優しい裕樹。

裕樹に触れられると、全部、感じちゃう。

裕樹の熱いものが入って来ると、勝手に体が反応しちゃう。

裕樹なしじゃ、私は生きていけない。

二人は、裕樹の部屋の時とは全く違い、激しく、そして声を上げながら天にも昇るような快楽に浸っていく。


数日後、薫と裕樹と一美は三人で打ち合わせをしていた。

「え?

 演劇?」

「そう、演劇。

 この前、テレビドラマの撮影はあまりうまくいかなかっただろう」

「あれは、あの監督が少し意地悪だったのよ」

一美は薫の演技には問題なく、監督にいいようにいじめられたものと信じ込んでいた。

「うん。

私も何が何だかわからずにやってた」

「薫ちゃん?」

「で、その時に知り合いの劇団関係者から声を掛けられたんだ。

 練習すれば上手になるって。

 女優としてもやっていけるようになるって」

「本当?!」

私が女優としてやっていけるなら、裕樹の書いた小説の主役ができるかも。

ううん、絶対に主役をやるんだ。

そのためには一流の女優にならないと

薫は目を輝かせる

「そんなことする必要はないわよ。

 今の薫ちゃんで十分よ。

 それに、仕事だって増えてきているしファンも増えてきているわ。

 演劇なんてやっている暇はないわ」

確かに仕事が増えるのと比例して薫のファンは増えてきている。

会社に薫のインスタやツイッターを希望する声が届いてきている。

まだ、高校1年生だからと加津江は突っぱねているが、一美はオフィシャルサイトだけでも作ったらどうかと常々提案していた。

薫自体もファンができることにあまり興味がなく、一美の提案には全く乗り気はしていなかった。

「特別研修生っていう形で、空いている時間にまずは基礎の勉強から始めてみないかだそうだ」

「なんだか胡散臭いわね。

 どこの劇団?」

「浅倉さんという方がやっている劇団だよ」

「あ、浅倉?

 浅倉真紀子?

 劇団フォース?」

「劇団名までは知らなかった。

 でも、結構有名な方だと思う」

「バ、バカね。

 凄い劇団だし、有名よ。

 …」

一美は浅倉真紀子の名前を聞いて、何か考え込んでいた。

これも一つのチャンスかも。

浅倉のところで勉強したという箔が付けば、今後、セールスにプラスになるわね。

「わかったわ。

 薫ちゃんもやりたい?

 厳しいと思うわよ」

薫は真面目な目で頷いて見せる。

「じゃあ、今入っている仕事は断れないから…。

 浅倉さんの方は時間指定とかあるのかな?」

「いや、空いている時間と言っていたから、仕事の後でもいいんじゃないか?」

「夕方でも…

 裕樹、アポとって話を進めてくれる?

 状況次第では、仕事の量を調整するから。

 それと社長に一応お伺いを立てなくっちゃね」

劇団フォースに少しでも絡めば、出身だと言って箔が付くし、売れるわね。

初めは渋っていた一美だったが、すぐに頭の中で計算を始める。

それにいつまでもモデルで売り出すのも限界があるし。

いくら可愛くて綺麗だと言っても、はっきり言って薫ちゃんクラスは結構いるし。

将来もモデルでっていうのは無理だし、セブンティーンなどの雑誌のモデルも、あと1年くらいだわね。

女優かバラドルの方を考えたほうがいい頃ね。

薫と裕樹がやりたいのなら加津江がすんなりとオッケーするとトントンと話は進み、薫は劇団フォースに研修生として入団する。

本来ならはある年齢層で集め基礎から学んでいくのだが、薫の場合、特別研修生として必要な基礎を、まずは学ぶ。

発声や体を動かすための基礎体力作り。

これは、裕樹と始め今も続いているジム通いのおかげで問題なく他の研修生についていけた。

発声練習。

お腹の底から声を出すことに最初は苦労したが、徐々に大きな声で正しい発音を身につけてくる。

表現力

喜怒哀楽の表現を基礎から学んでいく。

薫の場合、病気の引き金となった事件のことがあり、裕樹にはだいぶ心を開いているが、それ以外は本音を隠し、感情を押し殺していたため、表現方法に苦労をしていた。

週3,4日、学業と仕事の合間を縫っての研修で、ハードだったが常に裕樹が傍でサポートをするので、やりがいがあり楽しかった。

特に浅倉から研修所以外では、薫一人に訓練をさせずに、裕樹も薫と一緒に訓練を手伝うようにと言われ、薫のメニューを一緒にこなしていたため薫は嬉しくて仕方なかった。

「裕樹ぃ。

 最近発声良くなってきているじゃない」

「そうかな。

 まだ舌を噛みそうになるけど。

 毎日、「かきくけこかこか」だろ。

 濁音、鼻濁音、それに「あめんぼ あかいな あいうえお」だろ」

裕樹の部屋で床に座り裕樹に背中を押されながら柔軟運動をしていた薫は、体を起こし、裕樹の方に振り返りながら笑う。

「でも、大きな声を出して、何だかすっきりするわ」

「まあ、確かに。

 それにお腹も空くし」

「そうなのよね。

 つい、お菓子が食べたくなっちゃう」

「肌荒れの原因になるから、そこそこにな」

「はーい」

週半分はスポーツジム、半分は劇団、昼間は夏期講習に合間を縫ってモデルの仕事。

夜は、裕樹の部屋で柔軟運動や発声練習、喜怒哀楽の表現の練習。

裕樹もスポーツジムで薫と汗を流し、劇団では最初は見ているだけのつもりだったが、勧められ発声練習や喜怒哀楽の表現力の練習とハードだった。

一美とのラブホテル騒動以来、裕樹は薫の面倒を見るという意識が強くなり、薫も裕樹の存在がより大きくなっていた。


夏休みの最後にちょっとした事件が起こる。

美山の撮影初日。

ラブホテルでイケメンで売り出し中の若手男優とのラブシーンの撮影で美山がいきなり泣き出した。

「どうしたの?」

一美が尋ねても美山は泣きじゃくったままだった。

「大丈夫だよ。

 どうしたのか教えて」

裕樹は美山の横に座りハンカチを美山に渡しながら優しく声を掛けると、やっと落ち着いて気なのか美山が口を開く。

「舌を…。

 キスシーンで、いきなり舌を入れてきて。

 私、初めてだし、びっくりしちゃって。

 それに、こんなの嫌だ」

台本には、軽くキスをして抱き合いながらベッドに転がり込むだけの内容だったが、しかも、軽いキスシーンのはずが舌を入れてくる濃厚なものだったので驚き、また、本人は軽く唇が触れあう程度しか望んでいないということだった。

「そんな。

 少し我慢すればいいのよ。

 終わったらマウスウォッシュで良く濯げば大丈夫よ」

キスの一つくらい女優なら当たり前よ。

我慢する、その覚悟がなければできないわよ。

一美は何とか説得しようとする。

「わかった。

 ちょっと監督と話してくる」

「え?」

裕樹の声に二人は驚いた顔で裕樹を見るが、すでに裕樹は背を向け歩いて行く。

そして、監督や数名の関係者と10~20分話をすると、二人の方に戻って来る。

「裕樹?」

「美山さん、帰ろう。

 別に無理することないよ」

「え?」

「ひ、裕樹、何を言っているの?」

「ああ。

 監督さんに話を聞いたら、AV並みの濃厚なベッドシーンを撮る予定だって言うから。

 たしかに軽いベッドシーンならわざわざこんなラブホテルで撮影しないしな」

「何言っているのよ。

 勝手なことして。

 私、謝って来る」

血相を変えて監督の方に行こうとした一美の手を握る。

「一美さん。

 美山さんの気持ちを尊重してあげて。

 美山さんは道具じゃなくて、一人の女優さんだよ。

 女優さんだからセクハラやパワハラを我慢することはないよ。

 いやいや仕事をしても、いい仕事ができないよ。」

「高橋さん…」

泣き止んでいた美山は、再び目に涙を浮かべ、今度は慕るような目で裕樹を見つめる。

「裕樹。

 いいわ。

 でも仕事来なくなるよ」

「いいよ。

 頑張って営業するから」

「…」

一美はそれ以上何も言わず、三人は撮影現場を後にする。

その後、5日も立たないうちに、制作会社から電話が鳴る。

「え?

 うちの美山に謝りたいですって?

 それで、改めて役を依頼したいですって?」

一美は電話越しにハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。

「どうしたの?」

「それが、何か事情があって監督が降板になったそうよ。

 それで、再び美山さんに役をお願いしたいって。

 それに、男優さんも美山に謝りたいって。

 ともかく、これから美山さんを連れて会いに行かなくちゃ」

一美と美山は急遽制作会社を訪ねると、関係者に混じって相手役の男優が待っていた。

戻ってきた一美は呆れたような口調で事の顛末を話し出した。

「脚本家が望んだドラマは、コメディタッチの明るいラブドラマで、ラブシーンも唇を合わするっくらい。

 また、一緒に布団に入るくらいのどちらかというとプラトニックに近い描写を望んでいたの。

 当然、スポンサーや配給会社もそれでGOを出したんだけど、あの監督はそれを無視して、最初の掴みが大事だからと濃厚なラブシーンに勝手に変更したらしいのよ。

 美山が泣き出して、降板すると言った話がスポンサーや配給会社の耳に入り、理由を聞き激怒。

 監督を降板させ、美山を戻さないと許さないってことになったらしいわ。

 美山を降板させると悪い噂になるでしょ。

 それもあって」

「へえ。

 で、男優さんがいたのは?」

「うん。

 なんでも舌を入れろって監督に言われたそうなのよ。

 本人、そんな舌を入れるなんて経験もなく、美山と同じくらい初心らしいの。

 美山が泣き出したことにショックを受けて、ぜひ謝りたいって」

「美山さんは?」

「男優さんと話をして、最後はニコニコしていたわよ。

 凄く誠実でいい人だったって。

 それもあってか、本人もぜひやらせてくださいって」

それから撮影が開始され数週間後放映された第1話が高評価で2話以降高い視聴率を叩き出し、ドラマの人気に比例するように美山は一躍有名となる。


10月に入ったある日曜日。

いつものように裕樹の部屋のベッドの上でくつろぎながら薫が話しかける。

普段着のベージュのブラウスにお揃いのミニスカート姿。

投げ出した素足は健康的で眩しく、そして、うつぶせの姿勢で上半身を持ち上げ、その反動で丸い可愛いお尻が浮き上がっている。

「美山さん、凄いよね。

 大ブレークしているし」

「そうだね。

 おかげで今はあちこちから声がかかってきて。

 CMの話も舞い込んできたんだよ。

 本人は忙しくなったって悲鳴を上げているけど、楽しそうだ」

「よかったぁ。

 でも、美山さんも仕事だからって好きでもない男にいきなりラブシーンさせられそうになったんでしょ?」

いくら仕事だからって、私たちは物ではないし、自分を押し殺してなんて私も絶対に嫌。

好きでもない男となんて…

あの絶望感、嫌悪感、すべてが死にたくなるような悲しい気持ち。

将来の夢も考えられず、ただただ呼吸をして生きているだけの無力感、地獄のような世界。

でもそこからも裕樹は私を助け出してくれた。

生きれる世界へ、生きていて楽しいと思える世界に私を引っ張り出してくれた。

美山さんも同じ。

ちょっと焼けちゃうけど、裕樹がちゃんと美山さんも私も人間として、女性として大事に思ってくれる。

嬉しいな。

薫はうっとりした瞳で裕樹を見つめる。

「そう言えば一美さんは?

 最近なんか柔らかくなったていうか、凄く感じよくなったわ」

前は、やりたいことがあったら売り込むのが自分の仕事で、多少のことは我慢しなさいっていう感じだったけど、最近は、無理していないかって気遣ってくれるようになったな。

これも裕樹の影響ね。

「そうだね、そうかも知れない。

 前はほかに負けられないって強引なところもあったけど、最近は攻めだけではなく守りも考えるようになったみたいだ」

「守り?」

「そう、薫ちゃん達を守ってのびのびと仕事をしてもらうようにって」

「やっぱり、そんな感じ」

全ては裕樹の影響だと薫は感じていた。

そして明るい部屋の中で、好きな裕樹と一緒にいる空間の中で、居心地の良さを満喫できている自分は幸せだとつくづく思う。

「そうだ、裕樹ぃ。

 一美さん、今日はたしか、美容院行った後に買い物とお友達に会うって言っていたわね。

 夜遅くまで帰ってこないって」

薫が悪戯っぽく笑うと体を斜めにずらす。

香り立つような眩しい足、毬のような形のいいお尻が動く。

抱きしめると柔らかで、優しい香りがする薫。

想像しただけで裕樹は体中のアドレナリンが湧き上がるようだった。

薫も同様なのか、潤んだ瞳と上気した顔で裕樹を見つめる。

裕樹は席を立ち薫に近づくと上から覆いかぶさるように抱きしめる。

(わ!

 来た!

 来てくれた!!)

薫は嬉しそうに裕樹の腕の中で身を震わす。



ラブホテル。

暗く陰湿な雰囲気のホテルは、何か後ろめたいことをしているようなスリルを感じます。

いきなり外国のAVがテレビで映し出されているホテル。

これはちょっと複雑です。

「あの男の人、大きい!」なんてパートナーに言われた日には、一気に撃チンです。

メルヘンチックな、そう、海外のお城の映画に出てくるようなレースのカーテンで囲まれたベッドのあるホテル。

いいのですが、周りとのギャップが…でも、「事件はベッドの上で起きる」だからいいのでしょうね。

人間の性欲はいろいろな趣向を掻き立てるようです。


入院の話を少し。

手術の2日前後は絶食、だから4日間ですね。

ただし、術後は点滴で栄養補給はやっていたようです。

流石に5日目になると、食欲はないのですが、無性に何か食べたくなります。

不思議な体験です。

そして久々に口にした重湯とぶどうジュースの美味しかったこと。

ぶどうジュースはいつ飲んでもおいしいですね。


さて、薫と裕樹の話もだんだんと佳境に入ってきます。

関係は結んでいるのですが、心はお互い手探りのもどかしい関係。

もどかしいと言えば、葵と翔太の関係もじれったい…。

安全地帯の「じれったい」って曲ありましたよね。

大好きな曲の一つです。

その曲を聴きながら、次回は「Aの巻」。

葵が翔太以外の男を好きに。

お楽しみに。

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