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AとK  作者: 東久保 亜鈴
18/29

Aの巻(その七②)

高校一年生になってスーパーでアルバイトを始めた葵。

翔太は葵の身の回りの生活必需品から食費まで、すべて負担をしていて、少しくらいならお小遣いもと思っていたが、葵が自分で好きなものを買うお小遣い稼ぎならと特に反対はしなかった。

しかし、葵がスーパーで客に嫌な思いをさせられたり、同じアルバイトの人から苛められたらと気が気ではなく、つい、変装して様子を見行き、逆に騒動を起こしてしまう。

そんな折、葵に邪な思いを持った男の影が葵に付き纏い始めます。

そしてとうとう、翔太の目の前で、男に弄ばれる葵の姿が…。

翌日、翔太は仕事を定時で切り上げると葵を連れて自転車屋に行く。

「さて、どれにしようか」

「翔太さん、自転車って結構高いんですね」

葵は陳列されている自転車の値札を見て驚いた顔をする。

「そうだよ。

 ママチャリと違って、普通の自転車は結構値段がするんだよ」

「私、自転車じゃなくても大丈夫ですよ」

「いいの。

 俺も使うから。

 さて、どれにしようか。

 さすがに俺も使いたいからピンクとかじゃない方がいいな。

 ?」

ふと葵の方を見ると、葵はお洒落な赤い色のフラットバーの自転車を見つめていた。

「葵ちゃん、それが気に入った?

 へえ、結構お洒落なシティサイクルじゃないか」

「うん。

 でも、高いからいいです」

翔太がその自転車の値札を見ると3万円台後半だった。

「よし。

 これにしよう。

 これなら俺が乗ってもおかしくないな」

「え?!

 いいんですか?」

「ああ、これ、俺も気に入ったから」

即決で葵が気に入った自転車を購入する。

「そう言えば、葵ちゃんの学校って自転車通学オッケーなんだっけ?」

「え?

 ええ、大丈夫ですよ」

「じゃあ、使えばいい。

 俺は平日仕事だから」

「いいんですか?

 嬉しい!

 でも、そうしたらバイトで私が使ったら翔太さんが乗る機会がないじゃないですか」

「いいじゃん。

 夜、酒が無くなったら、買いに行くのに使うから」

「あー、そんなこと言って!

 飲み過ぎはだめですよ」

「はいはい。

 じゃあ、帰ろう」

二人が話しているうちに、買った自転車の整備が終わり引き渡された。

「乗る?」

「ううん、翔太さんが乗ってください。

 私、走ってついて行きますから」

「走ってついてくる?!

 俺、チャリはマッハだぜ」

「私、ボルトです!」

「そりゃー、すげぇ。

 でも、まずは試し乗りしてみて。

 俺が後ろからついて行くから」

「じゃあ、ちょっと乗ってみますね」

葵は自転車にまたがると漕ぎ始める。

初めはよろよろしていたが、すぐにスムーズに乗れるようになった。

葵は乗り心地を確かめると、翔太の傍に戻ってきて自転車を降りる。

「じゃあ、私が押していきますね」

二人は自転車を押しながら仲良くマンションに戻っていった。


次の土曜日。

自転車に乗ってバイトのためスーパーに通う葵の姿があった。

季節も7月に入り、夏本番。

葵は赤い野球帽にジーパンに色物の半袖のブラウスと暑さを物語る服装をしていた。

その葵をスーパーから少し離れた駐車場に停まっている車の中から見つめている目があった。

「ちっ。

 自転車か。

 先週までは歩きだったのに。

 …」

葵がスーパーの中に入って行くのを見届けたように、男は車を動かしスーパーの前を通り過ぎ、自宅のある方向に走っていく。

夕方。

男は再びスーパーを訪れ、弁当を手に取り、葵のレジに並ぶ。

「いらっしゃいませ」

葵が笑顔で出迎える。

(また、この人だ。)

内心気味が悪かったが、男が嫌がらせをするわけでも、何をするわけでもなかったので、普通に接して、ともかく早く済ませたかった。

男は葵の挨拶に満足そうに頷くと、ちらちらと葵を眺め、レジを済ませ商品を袋に入れる台に向かっていく。

(昔は現金を渡し釣銭は手渡しだったのに、今では自動精算機だから手が触れることはないし。

 クレカで買ってレシートを受け取るくらいか。

 それも、手が触れないように渡すから、手が握れないじゃないか。

 下手気に握って、警戒されたら元も子もないしな。

 くそ)

不満そうな顔をしながら弁当をレジ袋に入れ、スーパーを出て行く

夕方、葵のバイトの終わり近く、再び男は弁当を籠に入れ、葵のレジの列に並ぶ。

近くの空いているレジの女性が声をかけても一切無視し、そのうち、そのレジにも人が並びうやむやになっていく。

「いらっしゃいませ」

葵は昼間と同じように笑顔で男に挨拶をする。

(この人、いつもお弁当を買っていったな。

 今もお弁当で、一人暮らしなのかしら)

葵は気味が悪い反面、男に若干、興味が沸いていた。

“うむ”と言わんばかりに小さく頷く男。

(ちっ。

 お得意様だろうに、顔もいい加減に覚えているだろ。

 『暑いですね』とか、少しはおべんちゃらの一つでも言えないのか。

 まあ、いい。

 そのうち、嫌と言うほど教育してやるから)

男はクレカを渡し、葵からレシートを受け取る。

(この小さな柔らかそうな指で触れられたら…

 くぅ~、たまらん、たまらん)

「?」

男が妄想にふけりレシートを受け取る手が一瞬止まっているのを葵は不思議そうに見る。

(いかん、いかん。

 気づかれてしまう)

男は慌ててレシートを掴むと、さっさと荷物を詰め込む台に向かい、横目でちらちらと葵の方を見ながら店外に出て行く。

男は駐車場に止めてある自分の車に乗り込むと助手席にかってきた弁当の袋を置く。

(いつもみたいに6時を回ったら出てくるかな。

 今日は自転車だからわざわざ車で来たんだよ。

 歩きの時に後を付けて拉致する場所を決めておけば良かった。

 ちくしょう。

 クロロホルムじゃ眠らない?

 スタンガンじゃ気を失わない?

 当身、後頭部チョップは熟練の技がいる?

 まったくテレビやビデオだと平気で気を失って誘拐できるじゃねえか。

 おかげで準備に手間取っちまったぜ)

男は葵を誘拐し、自分のものにしようと画策していた。

(まあ、オーソドックスにタオルで口をふさいで、スタンガンを当てれば大人しくなるだろう。

 物は用意したから、あとは襲撃場所だな。

 人気のなさそうなところを通ってくれればいいんだけど)

男がじっと社員の通用門を見ていると、18時を少し回ってから葵が出てきて駐輪場に置いてある自分の自転車に乗って、走り始める。

(お、来た来た。

 今日は出てくるのに時間がかかったみたいだな。

 何かあったのかな?

 それとも着替えに時間がかかったのか。

 う~ん、可愛らしい格好していること。

 制服姿もいいけど、私服もかわいいな。

 おっと、距離を開けてついて行かないと)

男は車を動かし、葵の後を付けていく。

道は一本道で片側2車線の大きな通りだった。

葵にとって不幸にも時間的に車が多く、葵の自転車と男の車とは同じくらいの速度で男の尾行を楽にしていた。

しかし、男は苛立っていた。

「こんな車通りの多い道で、歩行者も多いじゃないか。

 このまま、家に着いたら襲撃ポイントがないじゃないか。

 こら、どこか人通りのない所で曲がれ」

車の中で独り言のように声を出していた。

しばらくすると葵は左折して横道に入って行く。

「お?!」

男は喜んだ声を出し、車のウィンカーを左に出し葵の後を追おうとしたが、この先行き止まりの標識を見て車を止める。

見ると車が一台入ると、自転車が1台通れるほどの狭い道で、その先は踏切になっていた。

そして踏切は自転車や人が通る幅で、手前には車止めが設置されていた。

葵は踏切の手前で自転車を降り、押して踏切内に入って行く。

そして、反対側にわたると、また自転車に乗り走り去って行く。

男は慌てて後を追おうと車を動かそうとしたが思いとどまり、しばらくその場で葵の走り去って行った踏切の方を見ていた。

その踏切は車が通れる広い踏切に挟まれているせいか5分以上経っても通る人は皆無だった。

男は道の両側を見る。

道の両側とも民家のブロック塀に囲まれていて人目に付きにくいようだった。

それを確認すると、男は笑いだす。

「ここだ、ここ。

 いい所を教えてくれたじゃないか。

 余程、俺に連れて帰って欲しいのか。

 こんな打って付けの場所を教えてくれて。

 さあ、家に帰ってヒロセちゃんを迎える用意を整えておかなくちゃなぁ。

 くっくっく」

男は大笑いしながら葵とは逆方向に車を走らせて行った。


「ただいまぁ」

葵は帰宅し、リビングに入ると小さくため息をつく。

「お帰り。

 どうした?」

元気のない葵に翔太はいち早く気が付き声を掛ける。

「うん。

 気のせいかもしれないけど、誰かに後を付けられている気がして…」

顔を曇らす葵を見て翔太は座るように促す。

「ありがとうございます。

 でも…」

「ああ、汗かいたろう。

 お風呂沸かしておいたから入っておいで。

 それとアイスココア買っておいたから風呂上がりに飲んだら?」

「は、はい!

 じゃあ、そうします」

アイスココアと聞いて葵は顔を輝かせる。

それだけではなく、翔太の顔を見て、翔太の声を聴いて葵は緊張が解れたようだった。

そして、いつものように鼻歌を歌いながらお風呂に入って行く。

「お風呂、気持ちよかったです。

 すみません。

 先に入っちゃって」

「いいよ、いいよ。

 ほら、疲れただろ。

 アイスココアだよ」

翔太はアイスココアが入ったコーヒーカップを葵の席に置く。

「わーい。

 嬉しいな」

リビングはエアコンの冷気で程よく冷えていて風呂上がりの火照った体には気持ちよかった。

エアコンはリビングのほかに翔太の部屋、葵の部屋にも付いていて自由に使うことができ、アパートでじめじめした暑さを扇風機から出る熱風で凌いでいたのとは天と地の差があった。

「美味しい~」

葵は蕩けそうな顔でアイスココアを飲む。

「さて、一息ついたら、さっきの話を教えてくれるかな」

翔太の言葉に葵は一瞬顔を強張らせたが、すぐに緩め口を開く。

「スーパーからの帰りなんですが、ずっと、ううん、正確に言うと途中までなんですが、誰かに後を付けられているような気がして。

 きっと勘違いなんでしょうが、気味が悪くて」

「スーパーを出て?

 ふーん。

 あの気になるお客は?」

翔太は男のことを尋ねる。

「今日来ました。

 夕方。

 私が終わる時間の少し前にお弁当を買っていきました。

 いつもお弁当を買って行くから、一人暮らしなんですかね」

「そうか。

 その人じゃないのか?

 後を付けていたのは」

「ううん、わかりません。

 その人お弁当を買ってスーパーを出て行ったし、それに私自転車だから。

 きっと勘違いですよね」

葵は何の証拠もないので翔太に笑われると思い、勘違いだと自分に言い聞かせようとした。

「葵ちゃん。

 スーパーからここまで、どういうルートで帰ってきたの?」

翔太はモニターに地図を映す。

馬鹿にされるかと思っていた翔太が真面目に聞いてくれるのに葵は嬉しくなった。

「えっと。

 ここの大通りをまっすぐ進んで…。

 このところで曲がって踏切を渡ってから、あとは道伝いにここまで」

「ここの踏み切りって、たしか歩行者だけしか渡れないんじゃないの?」

「はい。

 なので、踏切の手前で自転車を降りて、押して渡ります。

 そうだわ。

 踏切を渡ったら気配が無くなったんだ」

「踏切を渡ったら?」

「うん。

 視線を感じていたというか、誰かにじっと見られているっていう感じが無くなったんです」

「今まで、そんなことはあった?」

「え?

 うーん」

葵は困った顔をする。

「あの…

 あの時も確か…」

「ん?」

「去年…」

葵が言いにくそうにもじもじする。

「その…

 翔太さんに助けてもらった時」

「あ、あの時か。

 ごめん、ごめん。

 嫌なことを思い出させちゃったね。

 アイスココア、お代わりする?」

葵はそっと空になったコーヒーカップを差し出す。

「大丈夫です」

そう言いながら葵の手は小刻みに震えていた。

それは痴漢に襲われ、あわやのところで翔太に助けられた事件で、犯人の男の興奮した顔が脳裏に浮かぶと恐怖が全身を襲う。

「本当に大丈夫?」

翔太が葵の横に座ると、葵の震えは止まっていた。

葵にとって、翔太の傍が一番安全だと本能的に感じていたからだった。

「大丈夫です。

 ココア、ありがとうございます」

葵はアイスココアを受け取り、一口飲むと安心したように息を吐く。

「心配だから、明日、昼間にスーパーに様子を見に行くよ。

 その男が来たら教えて」

「でも、その人とは限らないのでは?」

「それでも、心配だから」

“心配だから”と言う言葉に葵は涙が出そうになった。

そして、大きく頷く。

「それと、帰りは車で迎えに行くから」

「そ、そんな。

 せっかくの翔太さんのお休みがつぶれちゃう。

 私、大丈夫です」

「いいから、そうするから」

「でも、自転車は?」

「昼に様子を見に行ったあと、乗って帰るから大丈夫」

「本当にいいの?

 ううん。

 いいんですか?」

葵は翔太に迷惑をかける申し訳なく思う反面、一番安全な翔太の傍に居られるという嬉しさが勝っていた。

「いいに決まっているだろ。

 じゃあ、決まり」

その晩、葵は余程嬉しかったのか、いつもより良く喋り、よく笑った。

そして、葵が寝静まったあと、翔太はハイボールの缶を片手にモニターを付け、ゲームではなく葵とみていた地図を映し出していた。

(葵ちゃんの話が本当なら、車で尾行されていたか。

 きっとスーパーで葵ちゃんに付き纏っている男だな。

 やれやれ。

 たまにいるんだよな。

 本人に落ち度も何もないのに痴漢に狙われる子。

 可哀想に、葵ちゃんもその口かな)

翔太は手にしたハイボールを飲みながら、地図を見つめる。

(“拉致る”つもりか…)

翔太の勘は良く当たる。

その勘が葵の危機を翔太に教えていた。

アルコールを飲みながらも、翔太の目が爛々と光る。

(車を用意しているということは、間違いないな。

 葵ちゃんの話だと、その踏切はめったに人が通らないって言っていたから間違いないな。

 あんな子供を狙うなんてどうかしているな。

 絶対に葵ちゃんには触れさせない)

ハイボールの缶を半分飲んだところで、缶を置く。

(この前のような心にトラウマが残るようなことにならないように、葵ちゃんが知らないところで片をつけるしかないな。

 明日はいいけど、早く決着をつけないと、焦れて何をするかわからないか…

 さて、どうするか)

一缶目のハイボールを半分残し、翔太は自分の部屋に戻っていった。


翌日、葵は複雑な顔でバイトに出かける。

「心配なら送って行こうか?」

「ううん。

 大丈夫です。

 翔太さん、お昼ごろ来てくれるんですよね?」

「ああ、

 お昼前に行くから、例の男が来たら目配せしてくれ」

「はい」

「あと、夕方は17時にスーパーのお客さん用の入り口付近に車でいるから、社員の通用口から出なくてもいいんだろ?」

「はい、大丈夫です。

 でも、折角だから、買物もして帰りたいので少し待っていてもらえますか?」

「いいけど、遅くならないようにね」

「はーい!」

そして昼近く、男が弁当を買いに来る時間の少し前に翔太はスーパーに入り、葵のレジが見えるところに立つ。

少しすると不審者を知らせる館内放送が流れる。

「また、あんたか」

店長の男性が呆れた声で翔太に話しかける。

「この前言ったでしょ。

 店内に入る時は変装厳禁だって。

 それに買い物籠、持っていないね。

 買い物する約束でしょ」

「すまん、すまん」

翔太はサングラスを外し野球帽を脱ぐと、すまなそうな顔が現れる。

「サングラスだけでいいですよ。

 店内で真っ黒なサングラスはおかしいでしょ。

 で、今日は?」

店長は近くに置かれていた買い物かごを手に取ると翔太に差出す。

「実は…」

翔太は籠を受け取ると、手短に理由を話す。

「またか」

店長は嫌そうな顔をする。

「またか?」

「良くいるんですよ。

 若い子や綺麗な子がレジに立つとちょっかい出してくる男が。

 笑顔と挨拶で自分に気があるのかと勘違いするみたいで、声をかけて連絡先を聞き出そうとしたり、ストーカーまがいの行為をしたり。

 おかげで“いいな”と思う子は長続きしなくて」

「そうなんだ」

「いろいろあって大変なんだから、あなたも変なことしないで協力してください」

「はーい。

 面目ない」

そう話していると葵が翔太を探すようなそぶりを見せていたので、翔太は片手を振って合図する。

それが分かったのか、葵は落ち着いたようだった。

そして、レジに並んでいる男の方を目配せして『この人』と翔太に合図する。

「あいつか」

翔太が声を漏らすと店長も、その男の方を見て「あっ!」と声を上げる。

「知っているのか?」

「あのお客さん、以前から目を付けたバイトさんに付き纏って、そのため、今までに何人も辞めさせているんだ」

「警察には」

「いや、特に悪さをするわけではなく…

 あ、でも、最近、尾行されて怖くなったバイトさんが警察に相談したって聞いたな」

「それで?」

「うちをやめた後のことで、警察が近づかないようにって警告して収まったっていっていたな」

(もしかしたら、それで標的を葵ちゃんに変えたか)

そうこうしているうちに男は葵のレジを過ぎ、弁当を袋に入れるとスーパーから出て行く。

「ごめん。

 あとで買い物するから」

翔太は籠を店長に戻すと足早に男を追う。

「なんかおかしな動きをしたら、すぐに警察に連絡しなよ」

店長が翔太の背後で声を掛けると、翔太は小さく手を振って、スーパーを出て行く。

(あの車か)

駐車場の方を見ると男が車に乗り込むところだった。

車は小型のワンボックスカーで横や後ろの窓ガラスには黒いスモークガラスで中を伺うことができなかった。

翔太は何食わぬ顔で駐車場に歩いていき、その横を動きだした男の車が通り過ぎていく。

(さて、どうするか)

翔太はスーパーに戻りお菓子を籠に入れると、葵のレジに並ぶ。

葵は翔太が男を追ってスーパーを出て行ったのを見ていたので不安そうな顔をしていたが、翔太を見て安堵し、笑顔を見せる。

「いらっしゃいませ」

「ほい、お願いね」

つい軽口を言う翔太に、葵は笑いだしそうになった。

(あ、これ、私の好きなお菓子だ!)

翔太の持ってきた商品を見て、さらに笑顔になる。

「おっと、レジ袋の大を1枚、お願いね」

「はい。

 1枚5円になります」

(応対は100点だな)

翔太は、顔をほころばす。

それから葵の使っている自転車でマンションに戻り、夕方、今度は車でスーパーに出向く。

(まだ、来ていないようだな…

 ん?)

スーパーの入り口付近に近い駐車エリアに車を止め、30台ほど駐車できる駐車場を見渡す。

夕方で買い物客が多いからか駐車場もほぼ埋まっていた。

その中で裏手の社員の通用口の見える奥のスペースに男の車が止まっているのが目に入った。

(もう、着ているのか)

翔太は一旦、車に戻りスマフォを取り出し、買物をしている身内を待っているふりをする。

5時近くになり男は車から降り、スーパーに入って行く。

翔太は男が店内に入ったことを確認すると男の後を追ってスーパーに入る。

今度はマスクと野球帽だけで、入るとすぐに買い物かごを手に取って葵のいるレジが見えるところまで、商品を物色するようなふりをして歩いていく。

男はすでに弁当を籠に入れ、葵のレジに並んでいた。

どのレジも混んでいて列をなしていた。

男はレジに並びながらじっと葵を見ているようだった。

葵の方は男に気が付いているようだったが、同時に翔太にも気づいていたようで、普段通りに仕事に精を出していた。

男がレジを済ますと、翔太は近くの籠置きに持っていた空の籠を置くと、男より先にスーパーを出て車に入る。

間もなくして男がスーパーから弁当の入ったレジ袋を持って出てきて、自分の車の方に歩いて行く。

その顔はどことなく思いつめたような顔をしていた。

(狙いは今日だったか。

 残念だったな)

翔太は男の態度から、今日、何かをしようとしていると直感的に思った。

17時を回ってバイトの時間は終わったはずだが、葵はなかなかスーパーから出てこなかった。

(なにしているんだか)

翔太が少し焦り始めたころ、葵が大きなレジ袋を下げ、助手席のドアを開け乗り込んでくる。

ドアが開いた時、外の熱気とともに葵のいい匂いが翔太の鼻をくすぐる。

「お待たせしました」

「遅かったね。

 その荷物は?」

「はい、折角、車なので今晩の材料と明日と明後日の分を少し買い込んできました」

「そうか。

 じゃあ、今晩が楽しみだな。

 後でレシートね」

「はーい」

食料品や日用雑貨はすべて翔太が払っていた。

「荷物、後ろの席に置いたら?

 それじゃ、シートベルトもできないだろ?」

葵はあまりの嬉しさから荷物がたくさん入ったレジ袋ごと助手席に乗り込んでいた。

「ありゃ?!

 そうですよね。

 じゃあ、失礼します」

葵は助手席で腰を浮かせ、体を翔太の方に向かって捻じりレジ袋を後ろの席の置く。

その際、丸みを帯びた胸とその胸元から香ってくる葵のいい匂いが翔太の顔をほころばせる。

「さあ、帰ろう」

「はい♪」

葵が助手席で座り直し、シートベルトをしたのを確認し、翔太は車を動かす。

ルームミラーで男の車の方を見と、運転席の男はじっと社員の通用口の方を見ているのか、翔太の車に乗った葵に気が付いていないようだった。

マンションまで車でそんなにかからない距離だったが、葵は始終ご機嫌で、何かにつけ翔太に話しかける。

翔太は葵が来てから、いつしか葵の話声を聴くのが普通のことになっていて、声を聴かないと物足りないほどになっていた。

「さ、疲れただろ?

 それに埃になっているだろうから、先に風呂に入りなさい」

マンションについて荷物を置くと翔太は葵に話しかける

「え?

 また、いいんですか?

 先にお風呂にはいって」

「いいよ。

 少し休憩しないとね」

「じゃあ、先に入らせていただきます。

 でも、夕飯は私も作りますから、翔太さんもゆっくりしていてください」

「お?!

 そうか、夕飯か。

 何食べたい?

 ピザでも頼むか?」

「いいえ、今晩は翔太さんの好きな“生姜焼き”にしようと思って、お肉を買ってきました」

「いいねぇ。

 じゃあ、待っているよ」

「はーい」

葵は筋がいいのか、今では翔太よりもおいしい料理を作れるようになっていた。

(将来、いい奥さんになるかな。

 おっと、誰の奥さんだ?)

着替えを取りに行ってからバスルームに入って行く葵の後姿を見ながら不思議な気分になる翔太だった。

風呂から出てきた葵に勧められ、翔太も続けて風呂に入り、出てくるとすでに葵は料理を始めていた。

「翔太さん。

 ビールを冷やしてありますから、飲んで待っていてください。」

「お、いいね。

 気が利くねぇ~」

葵が冷蔵庫から取り出した缶ビールを受け取ると、翔太はゴクゴクと美味しそうにビールをお飲む。

「くわぁ~。

 やっぱ、風呂上がりのビールは格別だな」

「うふふ。」

美味しそうに飲む翔太の顔を見ながら葵は微笑む。

「翔太さん。

 今日はありがとうございました」

「ん?」

「私のことを心配していただいて。

 昼も夕方も見に来てくれて、しかも、帰りは車で迎えに来てもらって。

 私、凄く嬉しかったです」

「そうか。

 それは良かった。

 安心しな。

 葵ちゃんには絶対に変な事させないから」

「翔太さん…」

(私のことを守ってくれる?

 私のこと…)

葵の目は潤み、顔が上気する。

(ちょ、ちょっと待ってくれ。

 そんな顔で見られると、俺は)

葵の顔を見て、今度は翔太がうろたえる。

「あ、葵ちゃん?」

「はい」

「そ、その、肉が焦げるんじゃないか?」

「え?!

 きゃあ、たいへん!」

フライパンの上の肉から煙が出ていて、葵が慌てて肉をひっくり返す。

まるでドラマのような状況に二人は笑い転げた。

それからはいつものように、どこにそれだけ話題が転がっているのかと感心するほど、葵は楽しそうにお喋りをして、翔太も楽しんで合いの手を入れ、賑やかな時間を過ごす。

片付けも終わりゲームタイムで翔太が用意しているとパジャマに着替えた葵が部屋から戻って来る。

「お?!

 昨日のリベンジか?」

「あれ?

 勝ったの私じゃ?」

「何言っているんだ。

 この前、途中で寝ていたくせに」

「えへへ。

 いいじゃないですか。

 今日は寝ないように頑張ります」

「じゃあ、今日はお姫様にしようかな」

「私はキノコ!」

ゲームは交互に勝ち負けを繰り返す。

「そう言えば、もうすぐ終業式だね」

「うん。

 来週の金曜日です。

 それから夏休み。

 夏休みはバイトの日を増やそうかと思っているんです」

「でも、今でもバイトしていて成績は大丈夫なの?

 テストの結果、帰って来たんじゃない」

「あー!

 そこでバナナも皮を落とす!!」

葵の操る車が省都の落としたバナナも皮を踏んでスピンする。

それを立て直すと、葵は必死に翔太を追いかける。

「成績は何とか大丈夫ですよ。

 結果が帰ってきて17番です…。

 いまだ!」

葵がミサイルを発射し、翔太の車に命中させる。

今度は翔太の車がくるくるとスピンする。

「クラスで17番か。

 1クラス、30か40人だよな。

 まあまあの成績かな」

「違いますよ。

 学年で17番です」

「な?!」

さらりと言ってのける葵に翔太は驚きを隠せなかった。

「葵ちゃんの学年て、300人くらいいなかったっけ?」

「はい。

 8クラスで、1クラス40人くらいですから、だいたい320人くらいです」

(300人中17番目?!

 そんなに頭良かったんだ)

「やったー!」

翔太があっけにとられているうちに、葵は翔太を追い越し、ゴールへ飛び込んでいた。

「翔太さんが、ずっと家庭教師をやってくれているおかげです。

 いつもありがとうございます。

 これからもよろしくお願いします」

「どういたしまして」

高校に上がっても葵は勉強でわからないところがあると翔太に聞くし、翔太も喜んで教えていた。

「それはそれとして…。

 えへへ。

 じゃあ、もう一回。

 もう一回勝てば私の勝ち越しっと」

「ち、違うだろ。

 俺の136勝134敗だろう」

「それも違いますよ。

 通算138勝138敗でイーブンです」

「ま、まじか!

 手を抜き過ぎた!

 しょ、勝負だぁ」

「はい。

 私も本気でやりますね」

二人は軽口を言いながらゲームに興じる。

しかし、少しして、また葵の反応が無くなり、腕に重さを感じる。

「ん?

 ま、まさか、葵ちゃん?」

見ると目を閉じて眠り込み、翔太に寄り掛かっている葵がいた。

翔太が守ってくれるという安ど感から、無意識で緊張していた恐怖心から解放されたように気持ち良さそうな顔をしていた。

「おーい、また寝ちゃったのか?」

「ん…」

寝惚けて返事をする葵。

(まったく)

起きないと感じた翔太は、葵の手からコントローラーを取り上げ、腰に手を回すと、抱き上げる。

「ん?

 う~ん」

一瞬もじもじしたが抱き上げられるまま翔太の胸に寄り掛かると、葵のパジャマの胸元から温かな葵のいい香りが立ち上がって来る。

(無防備だな。

 俺が襲わないと思っているのか。

 でも、何の匂いだろう。

 ほのかに甘い匂いのような。

 制汗剤じゃないし、石鹸でも柔軟剤でもない。

 花の香りでもなく、フルーツの香りでもなく、それでいて何か甘い良い香り。

 抱きしめて嗅いでいたくなる)

翔太は自分の下半身が本能のおもむくまま動き出す。

(やれやれ…)

翔太は頭を横に振って抱き上げたまま葵の部屋に入り、ベッドに寝かせようとする。

「う~ん」

葵はもじもじと体を動かすと、パジャマの胸元の隙間から可愛らしい乳房に綺麗なピンク色の可愛い乳首が一瞬見えた気がした。

(役得だな)

翔太は苦笑いすると、葵を寝かせてタオルケットを掛ける。

(おやすみ)

翔太が葵の頭を撫でると、葵は嬉しそうに笑ったようだった。

(次の土曜日当たり、奴は行動を起こすだろうな)


その頃、葵をつけ狙っている男は物が散乱した部屋で、肩で息をしていた。

「ち、ちきしょう。

 あれだけ待っていたのに、どこから帰ったんだ?

 俺が狙っているのに気が付いた?

 いいや、そうならレジで普通の顔はしていないし、あんな落ち着いた顔なんてしていないはず。

 きっと様子を見にスーパーに入った時に入違ったんだろう」

男は通用口から出てくるはずの葵を6時ごろまでずっと待っていたが、待ちきれなくなってスーパーの中に入って様子を伺った。

そして葵がいないのを確認し、車に戻ってさらに1時間ほど待っていたが、葵が現れず、家に戻りものに当たり散らしていた。

少しして落ち着きを取り戻す。

(スタンガンや紐、結束バンドの用意もしてあるし、監禁部屋…いや、なんとかちゃんの部屋の準備できているし。

 早く名前を知りたいなぁ。

よし、今度土曜日に決行だ。)

男は機嫌を直し、顔をにやけさせる。


次の週の土曜日。

翔太が目を覚ますと、そこはビジネスホテルのような狭い部屋だった。

部屋にはシングルベッドが置かれていて、そのベッドには制服の上着を脱がされ白いブラウスと紺のスカート姿、しかもブラウスは前のボタンが全部外され可愛らしい乳房とピンクの乳首があらわになった葵が両手をベッドの上にお尻を持ち上げ四つん這いの格好でいた。

葵の背後には見たこともない柄の悪そうな、また屈強な男が下半身裸で葵のスカートをたくし上げると、すでにショーツは下ろされているようで、可愛いお尻がむき出しになっていた。

男は葵の脚の間に片手を入れ、もう片手で自分の下半身のある部分を握っていた。

それから男は葵の脚を開かせると背後から片手に握った何かを狙い済ませるようにして下半身を密着させていく。

葵は無表情でベッドを挟んで正面の翔太を眺めている。

翔太は男がこれから葵を犯そうとしているのが目に見えた。

(や、やめろ)

翔太は声を出し、動こうとしたが声も出ず、身動き一つできなかった。

男は無表情に葵の可愛らしい白いお尻を両手でつかむと、腰をグイッと葵に密着させる。

「うぐっ」

葵は体に異物が入ったように眉を寄せ、声を漏らすが、何も抵抗しなかった。

それから男は荒々しく腰を葵に打ち付けていく。

葵はそのたびに上半身を上下させ、「うっ、くっ、ううっ」と声にならない声を漏らし始める。

男がなおも荒々しく腰を打ち付けると、葵は布団に顔をこすりつけるように俯き、男のなすがままになっていく。

そして葵の声は「あっ、ああぁ」とよがり声のような声に変っていく。

(ちょっと待て。

 葵ちゃんに、何をしているんだ)

翔太は必死に体を動かそうともがくが、意思に反して全く動かなかった。

男は何かを合図するように葵の右腕を叩くと、葵は自ら右手を下げ、その手を男が掴む。

次に左手。

そして、葵の両手を掴んだ男はそのまま葵の上半身を起き上がれせるようにして、さらに激しく腰を動かす。

その乱暴な動きに、葵の可愛い乳房が動き、眉間に皺を寄せ、目を閉じた葵の顔が上下に動く。

「あん、ああ、あん…」

葵が男の動きに合わせ、苦しそうな、それでいてアダルトビデオの女優のように感じているような声を出す。

(や、やめろー!

 俺の葵に手を出すな!!)

そこで翔太の視界はいきなり変わり、体を起こしたところは自分の部屋、ベッドの上だった。

(な、なんだ?!

 夢?

 当たり前だ。

 しかし、なんていう夢だ。)

翔太は額の汗をぬぐう。

(昨日、たまたまネットで変なアダルトビデオなんか見たからか。

 なんてことだ)

葵が男に弄ばれている顔に思わず興奮を隠せないのと、自分以外の男にという嫉妬心で最悪の目覚めだった。

日中、梅雨が明けたのにどんよりした曇りの蒸し暑い日。

スーパーの中で葵はレジ作業に精を出していた。

「え?

 今日はいつものルートを自転車で帰って来る?

 それはいいですけど。

 今日はルートを変えてみようかと思っていたんですよ」

「そうか。

 でも、今日だけは、いつものルートで帰って欲しい。

 大丈夫。

 葵ちゃんに怖い思いをさせることは一切ないから、安心して」

「はい。

 翔太さんの言うことなら何でもします」

「あははは。

 それは、それは。

 それなら尚更だ。

 安心してね」

「はーい」

葵は翔太が言うことを何も疑うことなく、逆にそこまで言われることで安心していた。

ただ、いつもの翔太を違って少し怖い顔をしていたのが気になっていた。

(翔太さん、どうしたんだろう。

 笑っていたけど、いつもと違い疲れたような、怖いような顔をしていたな。

 そうだ、帰ったら肩でも揉んであげようかな)

そしていつものように男が弁当を持って葵のレジに並ぶ。

レジを通す時もいつもと変わらなかったが、男の目が葵の上半身を嘗め回すように見ていたのを葵は気が付かなかった。

男は葵を拉致した後のことを想像してか笑いを堪えるような顔をして駐車場に戻り、車に乗り込む。

そして、いつもは葵がバイトを終わらせ通用口から出てくるのをじっと待っているのだが、その日は車のエンジンを掛け、駐車場から出て行った。

何も知らずにバイトの時間が終わったあと、葵は通用口から出て自転車に乗りマンションに向かって漕いでいく。

途中、前に感じた誰かに後を尾行されるような感覚はなかった。

(やっぱり翔太さんの言う通りだ)

葵は嬉しくなって鼻歌を歌っていた。

(そろそろか)

男は車内で後部座席に回ると後ろの横開きのドアを開ける。

「車の横を通り過ぎようとした時に後ろから羽交い絞めにして口を塞ぎ、スタンガンで抵抗力を奪って、そのまま車内に引きずり込む、か」

「え?!」

その頃葵は踏切のある横道を曲がっていた。

(あら?

 あんなところに車が止まっている。

 自転車乗ったままじゃ危ないわね。

 押していかないと)

葵は車の前で自転車を降り、押して通っていく。

車の後部ドアは閉まったままだった。

そして通り抜けると、そのまま踏切を渡り、渡り終わった後で自転車に乗って走り去って行く。

「さてと、お前、あの子を拉致するつもりだったのか?」

翔太は後部座席で男と対峙していた。

そして葵が踏切を渡っていったのを見送ったあと、男に話しかける。

「な、何を言っているんだ。

 しょ、証拠はあるのか?」

「ん?

 このスタンガンは何だ?」

翔太は男から奪ったスタンガンを男の顔の前でちらつかせる。

男は両手を結束バンドで縛られていた。

「そ、それは護身用だ」

「そうか…」

翔太はスタンガンのメモリを中くらいにすると男の首に押し付けスイッチを入れる。

“がぁ!”

男はスタンガンを当てられた首を手で押さえようともがき、苦悶の表情を浮かべる。

「痛いだろう?

 ビリビリと痺れるものを通り越して痛いんだよなぁ、スタンガンて」

翔太はスタンガンのレベルを最大にする。

「それと、その結束バンド。

 そもそも本来荷物を結わくのに使われるものだから、生身の体に使われると痛いだろう?」

男は涙を浮かべ頷く。

「それを女の子にしようとしたのか。

 しかも、スタンガンは最強にして使うつもりだったのか」

翔太はスタンガンの目盛を最強にして男に近づける。

「や、やめてくれ…

 頼む…

 なあ」

“ぎゃあ!!”

首に再びスタンガンを押し付けられ、スイッチを押され、男は苦痛で悲鳴を上げる。

いつの間にか遮断機が下り、電車が通る音で男の悲鳴は車の外に聞こえなかった。

「悪いな。

 今日は虫の居所が悪くて、手加減しようという気が起きなくてさ」

そういう翔太の目は鬼気迫るような光を帯びていた。

その目を見て、男は勝てないどころか殺されるのではないかと言う恐怖心で、完全に戦意を失い怯えていた。

「す、すまん…」

男が声を絞り出すと翔太が睨み付ける。

「す、すみません。

 二度とあの子には近づきませんので、勘弁してください」

「認めるんだな?」

男な何度も頷く。

翔太は男の運転免許証を取り出すとスマフォで写真を撮る。

「今の会話、録音したから。

 もし、またあの子に近づくようなことがあったら、警察に突き出すからな。

 まあ、その前に、身元不明の死体になるか」

「ひ、ひい」

翔太の残忍な笑みを見て男は震え上がり、悲鳴を上げてズボンの前を濡らす。

「じゃあ、そういうことで。

 二度と近づくなよ。

 約束だからな」

「わ、わかった。

 わかりました」

男は何度もうなずいて見せる。

男の顔からは敵意は感じられず、恐怖しかなかった。

(まあ、これくらい脅せばいいか。

 何か変な映画でも見て、真似してみようと思ったんだろう。

 まあ、俺も映画を参考にしたんだけどな)

翔太は男の結束バンドをナイフで切ると、積んであったタオルを男のズボンの濡れたところに投げ、車を降り、振り返ることなく踏切を渡っていく。

後ろでは慌てて運転しているのがわかる不規則な車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえた。

(事故は起こさないように気を付けて帰れよ。

 事故って巻きこまれた車に、申し訳ないからな)

翔太はふと後ろを振り返ると、男の車がバックで大通りへ出たところで、強引に出たのかクラクションを鳴らされ、走り去って行った。


翔太がマンションに戻ると駐輪場には葵の自転車が置いてあった。 

「ただいま」

「おかえりなさい」

まるで玄関で待っていたかのように翔太がドアを開けると心配そうな顔をした葵が立っていた。

「ん?

 どうした」

「翔太さん…」

「大丈夫。

 葵ちゃんを追い回していた男と話をして、もう怖がらせることはしないって約束してくれたから」

「や、やっぱり。

 翔太さん、そのためにわざわざ。

 危ないことなかったですか?

 あ、あの…

 怪我なんかしていない?」

翔太は笑いながら心配顔の葵の頭を撫でる。

「大丈夫。

 普通に話しただけだよ

 相手も若い子を怖がらせて申し訳ないって。

 ただ、気になって後を尾行してしまったそうだ。

 すまなかったって誤っていたことを伝えてほしいって」

「翔太さん…」

葵は翔太が危ないことをしたのではと言う心配と、自分のために動いてくれたという嬉しさで涙ぐむ。

「おいおい。

 泣かなくてもいいだろう?

 それより風呂を入れるから入りなさい。

 バイトで汗と埃で気持ち悪いだろう?」

「う、うん。

 でも、翔太さん」

「いいから、いいから。

 実は出る前にお風呂を入れておいたんだ。

 ぬるくなっているから追い焚きにすればすぐに入れるよ。

 今日も暑かったから入りながら追い焚きにすればいいんじゃないかな」

「翔太さん」

「ほら、そんな顔しないで。

 大丈夫だから」

翔太の笑顔と頭を撫でられ、葵はやっと落ち着きを取り戻す。

「じゃあ、先にお風呂に入ります。

 でも、その前に」

「ん?

 なに?」

「ちょっと内緒話が…」

「え?」

“ちゅっ”

翔太が耳を葵の方に近づけると、葵は翔太の頬にキスをする。

「ありがとうございました」

葵は精いっぱいの笑顔を見せ、恥ずかしそうに部屋に戻っていく。

その後姿を翔太は呆然と見送っていた。

(まあ、確かに二人っきりしかいないのに内緒話はおかしいか。

 でも、可愛いな)

思わず鼻の下を伸ばす翔太。


その夜、葵が寝静まったあと、翔太はハイボールを飲みながらネットを見ていた。

(ガッキー、美人だし可愛いよな。

 さとみも由里子もいいよな。

 やっぱり相手にするなら、このくらい色気のある女性じゃないと。

 そう言えば涼子はどうしたかな。

 あれから2年経つか…。

 高々パーティで飲み過ぎて、ホテルで1回して寝込んだしまっただけで、冷たくなることないのにな。

 あの時は、シャンパンにブランデー、ウィスキーとがばがば飲んだからな。

 でも、最後まで元気だったのに…)

翔太はハイボールの缶を飲み干すと、もう一本冷蔵庫から取り出しプルトップを開けると一口飲む。

(まあ、しかたない。

 久美はどうしたかな。

 あんなに床上手でいい子はいなかったな。

 ちょっと仕事で3か月ほど連絡とらなかったら、違う男とくっついていたっけ)

ハイボールを半分ほどの飲み干す。

(真美は可愛かったけど、お兄さんが“やーさん”みたいでおっかなくて、途中で手を出すのをやめたっけ。

 思い起こすと、ここのところ全くツキがないな。

 しっとりとして優しく、それでいてあっちは情熱的な女性っていないかなぁ。

 絶対にこの女優なんてそうだろうな)

パソコンの画面を見ながらハイボールを飲み干す。

(はぁ…

 ん?)

飲み終わったハイボールの缶を見ると、女の子が怒っているような漫画のような絵が描いてあった。

(葵ちゃんか。

 飲み過ぎを心配してくれているんだな)

鬱陶しいと思わず、つい心配してくれるのを嬉しく感じる。

(可愛いよな。

 でも、俺も何で血がつながっていない赤の他人の子を面倒見ているんだろう。

 それにムキになって、守っちゃって。

 まあ、それは人としてだよな。

 好き同士でも、恋人でもないし。

 これじゃ、大人の世界が…何もできないよ…

 でも、やっぱり可愛いよな。

 抱いたら気持ちいいだろうな)

夢に出てきた葵の喘ぎ顔を思い出す。

(…

 いかん、いかん、飲み過ぎたか。

 寝よう)

もう一本のハイボールを飲もうとしたが、葵と思われる漫画の女の子を見て、苦笑いしながら翔太は部屋に戻っていく。


感想、ありがとうございます。

初めての感想で感激しきりで、ドキドキしながら読ませていただきました。

ふむふむ、良い点なし…がーん、でも、まあ、仕方ないか。

もっと過激に…精一杯頑張ります。

そんなこんなで、今回は頑張ってみました。

いろいろな方からの応援の感想を楽しみにしています。


可愛らしい葵と「見守り隊」の翔太。

付かず離れずの微妙な関係は続きます。

しかし、葵は高校生。

当然、同年代の男子学生の目に留まります。

次回は、男子学生からの誘惑。

葵も意識し始めます。

さて、翔太と葵の関係はどうなっていくのか、いよいよ物語も佳境に入って行きます。


と、その前にKの巻です。

薫の会社に美人のマネージャーが入社します。

ほとんど裕樹と同じ年。

何となく気の合う裕樹と新しいマネージャー。

薫は落ち着きません。

さて、こちらの二人はどうなっていくのか、ご期待ください。

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