Aの巻(その五②)
季節は巡り、二人にとって初めてのクリスマス。
翔太のプレゼントに心躍らす葵。
そして、正月。
高校受験。
合否発表の数日後、葵と姉の茜が翔太のマンションを訪れ、驚くべき話を切り出します。
翔太の葛藤をお構いなしに、季節はどんどん進んでいく。
クリスマスは翔太のマンションで細やかにケーキでお祝い。
翔太から白くモフモフした温かなモヘアのマフラーと手袋をプレゼントされ、葵は感激で涙する。
「翔太さん、これ…
いただいていいんですか?」
「ああ、いいに決まっているだろ。
葵ちゃん、この半年以上勉強頑張って合格圏内に入ったじゃないか。
あとは、試験当日まで風邪を引かないようにと思ってね」
葵は勉強を頑張って、12月の期末テストで学年20位以内まで成績を伸ばし、担任からは志望校の合格圏内だと太鼓判を押されるまでになっていた。
「嬉しい。
こんなにモフモフして触り心地も良くて、温かい。
手袋も温かいし、気持ちいい。
こういうマフラーや手袋、欲しかったんです。
憧れていたんです。
翔太さんは、なんでも私の望みを叶えてくれる。
私のサンタクロースです。
でも…」
「ん?
どうしたの?」
「ううん。
何でもないです。
ありがとうございます。
ずっと大事にします」
「うん」
葵が喜ぶ顔を見て満足そう頷く翔太に、葵は何も言えなくなっていた。
(翔太さん、本当に私の事どう思っているんだろう…
私、もう、翔太さんが大好きでたまらないのに。
勉強を頑張っているのも、お料理を一生懸命作っているのも、全て、翔太さんが喜ぶからなのに。
好きな女の子が傍にいたら男の人は躰を求めて来るってお姉ちゃんや友達が話していたな。
翔太さんが求めてきたのは、あの一回だけ。
しかも、私が痛がったから途中でやめてしまって。
あれは私がせがんだ様な形だったのか、あれからぴたりと、そのそぶりも見せなった。
キスだって数回しかなくて、全部、私からお願いして、してもらっただけ。
やっぱり、私が子供っぽいからかな。
魅力的な大人の女性じゃないからかな。
そう言えば、翔太さん、熟女が好きだって言っていたなぁ)
それは見ていたテレビドラマで20代後半のスタイルの良い女優を見て思わず翔太が口を滑らせ、葵が見た時には場面が変わり、50代の妖艶な女優のシーンを見て誤解したものだった。
「そうだ、翔太さん。
私、翔太さんへプレゼントは買ってきませんでしたが、何か欲しいものはありませんか?」
(例えば、私の躰とか…)
「えー?!
大丈夫だよ。
何もないよ」
「そ、そうですか…」
(やっぱり私は翔太さんにとって何の意味もないんだ)
落胆した顔を見せる葵の頭を翔太は優しく撫でる。
「?!」
「葵ちゃんが俺の傍にいてくれるだけで良い。
傍で、たくさんお喋りして、楽しそうな顔をして笑って、そして笑顔をたくさん見せてくれる時間が一番のプレゼントだ」
「えー?!
なんだか、私って燥ぐだけのおバカみたい」
「ちがいない」
「バカぁ~!!」
(でも、傍にいてほしいんだ。
うへへへ。
今はいいか。
その内、絶対に!
うん)
翔太の一言に目尻を下げまくる葵。
「そうだ、翔太さん」
「ん?
ああ、いるよ」
「え?」
何も聞く前に答える翔太に葵は目を丸くする。
「年末年始だろ?
今年は、このご時世だから帰省は遠慮してくれだそうだ。
だから、ここ(マンション)にいるよ」
「そうなんですか。
じゃあ」
「いいよ」
「またぁ」
「ここに来ていいかだろ?」
「はい。
よかったぁ」
(年末年始も一緒にいられる)
喜びが次から次へと沸き上がり、葵は笑いが止まらなかった。
(まあ、受験前の大事な時だから、今回は協力するか。
だけど、ただ頑張っているだけなのだろうか。
あまりにも成績が上がり過ぎている。
教えたところは、直ぐに理解し覚えているし、なにか普通の子とは違う気がする)
素直にここ(マンション)にいて葵の勉強の手助けをしようと珍しく前向きな考えをしながら、少し葵に違和感を感じる翔太だった。
葵を送るために外に出ると、雪が舞っている。
葵たちの街は雪国とまではいかないが、12月に入ると普通に雪が降る日が多かった。
翔太もすでに車のタイヤをスタッドレスタイヤに替えていた。
「また、雪ですね」
葵は翔太からプレゼントされたマフラーと手袋を早速していた。
「これでも、温暖化のせいか年々雪が降る量が減っているそうだ」
「そうなんだ。
それを考えると、少し寂しい気持ちがします」
「そう言われれば、そうかな」
車に近づくと、葵の髪には薄っすらと雪が付いている。
葵はマフラーを口まで隠すように巻き、温かそうだった。
その姿は、雪でデコレーションされた雪ん子のように可愛いくみえた。
翔太が葵の髪の雪を優しく払うと、葵は目を細め嬉しそうな顔をする。
(まったく、可愛い顔して。
マフラーが良く似合うこと)
そして翔太は助手席に葵を座らせ、車を走らせる。
クリスマスが過ぎ、暮れも押し詰まった頃。
「え?
大晦日にお母さんが帰って来るって?」
「はい。
昨日連絡があって、大晦日の31日から3日までアパートに戻って来るそうです。
なんでも、彼氏がその間、実家に戻るそうなので。
ごめんなさい。
お正月一緒に迎えられると思ったんですが。
そうだ!
昼間お母さんに留守番してもらってここに来ます」
葵がすまなそうな顔をする。
「あ、いや、いいよ。
せっかくお母さんがいるんだ。
思いっきり甘えればいいよ。
そ、そうだよ、たまには勉強も何も忘れてのんびりしなさい。」
「え~?
いいんですか?」
(私に会えなくても寂しくないのかな)
母親に甘えたい気持ちと、でも、翔太にも会いたい気持ちもあり、翔太から「少しでも来れないか」という言葉を期待した葵は、落胆が隠せなかった。
「いいよ、いいよ。
大丈夫」
(よし、これから速攻で会社の女性社員に声をかけまくらないと。
やったー!!
これで、たのしい年末年始が迎えられるぞー!)
翔太の心は、すでに大人の女性とのアバンチュールに心を馳せていた。
「で、お母さんはいつまでいるの?」
「もう。
だからさっき言ったように3日までです。
元旦はお母さんと二人ですが、二日はお姉ちゃんがお酒持ってやってきます。」
「え?
お姉さんて葵ちゃんと4つ違いだから未成年じゃないの?」
「四捨五入するからいいのだそうです。
だから、私もこのお正月から」
「え?!
葵ちゃんもお酒飲むの?」
「飲むわけないじゃないですか。
飲んでも甘酒位ですって」
「そうなんだ」
(じゃあ、31、1、2、3と4日間はフリーだな。
うひゃひゃひゃひゃ。
4日間、楽しみだぁ。
軍資金を用意して。
葵ちゃんが帰ったら、LINEしまくるぞぉー!)
翔太の嬉しそうな顔を見て、葵はむらむらと闘争心を燃やす。
(アー、あんなに嬉しそうな顔をしてぇ。
悔しいー。
絶対に振り向かせてやるぅ)
葵を家に送り、翔太は一人ジントニックを作って飲みながらスマートフォンをいじる。
LINEには早速葵からメッセージが入って来る。
(なになに?
いつでも連絡をくれれば、すぐにこっちに来るって?
大丈夫。
遊びまくって家にはいないつもりだから。
で、“大丈夫”と。
じゃあ、お休み)
翔太は葵にLINEの返信を送り、ジントニックを一杯飲み干すとお代わりを作る。。
(さて、まずは誰にお誘いLINEを送ろうかな
…
でも、葵ちゃんのお母さん、結局、夏休に1日会いに来ただけでここ4か月、葵ちゃんを放置していたな。
罪悪感とかはないのだろうか。
それに葵ちゃんも、そんな仕打ちを受けていても、お母さんに会いたいんだろうな。
あんなに嬉しそうな顔をして話をして。
やっぱり寂しいだろうに…)
ジントニックをまた一杯、あおるように飲む。
(まあ、他人の家庭は放って置いて。
こっちはこっちの生活っと。
さて、誰にLINEしようか…。
…
嬉しそうな顔をして。
葵ちゃん、よかったね。
…
でも、4日間会えないか…)
ジントニックのお代わりを作ると、また、あおるように飲む。
アルコールを飲んでいるが、身体は深々と冷えてきているようだった。
31日の午前中に葵の母親の梓がアパートに戻って来る。
しかし、葵を4か月間も放って置いてばつが悪いのか、彼氏と離れて機嫌が悪いのか、帰ってすぐに不機嫌そうな顔で「疲れた」と言うと、ゴロゴロするだけだったが、葵は梓が傍にいるだけで嬉しくてたまらなかった。
(あら?
学生服が新しくなっている?
そう言えば、この子、少しふっくらして…
顔つきも、目つきも随分と温和になったかしら)
横目で部屋の中を見回したり、葵を眺めて、梓は心の中でつぶやく。
そうこうするうちに正月も2日になり、茜がアパートにやって来る。
「母さん、久しぶりだね。
あ、葵。
アケオメ」
「お姉ちゃん、アケオメ!」
「まったく、茜ったら、なんていう挨拶だこと。
それより、旦那さんは?
一緒じゃないの?」
「ん?
たまには家族水入らずでいいんじゃないかって。
あっちはあっちで昔からの仲間と新年会だって言ってたわ。
今頃飲んだくれて、暴れているんじゃないのかな」
「まあ」
「暴れているって、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。
昔と違って今はこんなに可愛いお嫁さんがいるんだから、無茶しないわよ」
「まあ、呆れた」
梓は呆れた顔をする。
「いいじゃん。
固いこと抜きで、ほら、ポン酒持ってきたから、飲もうよ。
それと、どうせおせちとかないんだろ?
つまみに持ってきたから、葵は食べな。
それと、お甘酒な」
茜は大きなバッグから日本酒の入った一升瓶とおせち料理が入った三段の重箱、それに缶の甘酒を取り出し、テーブルの上に並べる。
「うわー、お姉ちゃんありがとう」
「私は、日本酒をいただこうかしら。」
梓は帰って来てもごろごろするだけだったので、食事は暮れも1日もコンビニ弁当だった。
久しぶりに家族三人が揃い、そして日本酒のアルコールが適度に回って来ると、梓はおもむろに口を開く。
「ねえ、茜。
葵が随分と健康的にふっくらしてきたじゃない。
いつも食事とか面倒を見てもらって悪いわね」
梓は、てっきり茜が甲斐甲斐しく葵の食事を世話しているものだと勘違いしていた。
「違うわよ。
母さん。
男よ、男」
茜は声を上げて笑う。
「えー、この子ったら、中三でパトロンがいるのかい?」
「ちょっと、お姉ちゃん。
お母さんまで、変なこと言わないで」
葵は顔を真っ赤に染める。
「えー、葵ったら、本当の事でしょ」
真っ赤になっている葵を見ながら、茜はニヤニヤする。
「え?
え、ええ…」
「もういいでしょ。
家族なんだから母さんに言っても。
ねえ、母さん聞いてよ。
この子ったら一回りも年の離れた彼氏を作ったのよ」
「へー?!
どんな人なんだい」
「うん。
私も一回あっただけなんだけど、しっかりした良さそうな人よ」
「お姉ちゃん…」
翔太に対する褒め言葉が茜の口から出て、葵は嬉しくなっていた
「で、そんな人とどうやって知り合ったの?」
「それはね」
「お姉ちゃん!!」
言いたくて仕方のない茜と、それを止めようとする葵のせめぎ合いは、あっさり茜に分配が上がる。
「ふーん、そんなことがあったんだ」
「そうよ、そうなのよ。
我妹ながら、やるでしょ」
「お姉ちゃんたら」
全て暴露され、葵は真っ赤に顔を染め上げる。
「で、その翔太さんて方に危ないところを助けてもらった上に、制服一式買ってもらったの」
「そうなのよ。
絶対に脈があると思うのよ。」
「それはそうでしょ。
下心なしに、そんなお金を出したり、ご飯を食べさせてもらったりしないもの。
で、関係は?
関係は持ったの?」
「か、関係?!」
葵は真っ赤になりながら、茜に何も言われないように睨みつけ、茜はわかったと言わんばかりに肩をすくめニヤニヤする。
「関係なんて、ないわよ」
「あら、それは変ね。
じゃあ、将来を約束したとか」
「お母さん。
葵はまだ中学3年よ」
「何言っているの。
あんただって、葵の頃に男を追いかけまわしていたじゃない」
「失礼ね。
卒業してからよ。
卒業する前から追いかけまわしていたのは母さんでしょ」
「そうだっけ。
まあ、早くて悪いっていうことはないわよ。
それに若い方が、男心をくすぐるってものよ」
(この尻軽)
茜は心の中で呟く。
(え?
若い方がいい?
でも翔太さんは熟女好きなのに)
葵は完璧に信じ切っていた。
「そう言えば、高校は結局どうするの?
この前会った時は、高校受験をするって言っていたけど」
「うん。
お姉ちゃんと相談して、受かったら高校に行くつもり」
「悪いけど、お金ないわよ」
「うん。
高校無償化で授業料免除だから。
制服とかはお姉ちゃんが何とかしてくれるって。
それに高校生になればアルバイトもできるし、翔太さんが使えそうな支援金制度を探してくれているの」
「ふーん。
また、翔太さんか。
いろいろ面倒を見た上に、勉強を見てくれたり、そういうことも捜してくれているのかい。
でも翔太さんて、普通のサラリーマンでしょ?」
「うん。
会社員て凄いのよ。
何でも知っていて、英語も話せるのよ」
「それって、普通じゃないわよ…」
茜が呆れたように口を挟もうとしたが、やめる。
「わかったわ。
何の援助も出来ないけれど、大丈夫ならやってごらんなさい」
「ありがとう、お母さん」
梓に許可をもらい葵は顔を輝かす。
「で、母さんの方はどうなのよ?
今の彼氏とうまくいきそうなの?」
「うーん。
凄くいい人よ。
優しくて、頼りがいがあって、面白くて。
収入もちゃんとしていて、しかも独身。
×ゼロよ」
「歳は?」
「私より15歳年上」
「おおー
葵より年の差婚だ」
「お姉ちゃんてば」
「なればいいかなって。
まだ、あんたたちがいるって言っていないし」
「ええー!?」
茜と葵は声を揃えて驚きの声を上げる。
「翔太さん、あけましておめでとうございます」
葵が翔太のマンションを訪れたのは3日の昼前だった。
「おう。
葵ちゃん、あけましておめでとう。
お母さんは?
お母さん、今日まで家にいるんじゃないの?」
「はい。
お母さん、今朝早くに彼氏の下に戻りました」
「へ?
あ、そうなの」
(三が日位娘と一緒に過ごせばいいのに)
「翔太さん」
「ん?」
「翔太さんは暮れとお正月、何をしていたんですか」
葵がキッチンやリビングを見渡すと酒の瓶や缶が所狭しと並び、コンビニ弁当などの容器が重なり合っていた。
「暮れから正月かい?
いやー、忙しく出歩いていたよ。
と言いたいところだが、結局、ここでゲーム三昧だ」
「えー?!
じゃあ、お正月料理は食べていないんですか?」
「ん?
コンビニで買ったよ。
葵ちゃんの家は?」
「ええ。
お姉ちゃんが二日におせちを持って来てくれて、それで」
「そうなんだ」
(結局、お母さんは何もやらないんだ…)
翔太は怒るより呆れるだけだった。
葵を送って帰り、翔太はテキーラの瓶を開け、コップに注ぎ一口飲みレモンを齧る。
(結局、年末年始と誰にも声を掛けずにゲーム三昧か。
信じられない。
あんなに楽しみにしていたアバンチュールが。
結局、LINEひとつしなかったなんて)
ぐいっとコップのテキーラを飲み干すと、新しくお代わりをコップに注ぐ。
LINEの着信が鳴り、葵からのメッセージが届く。
年末から昨日まで、出かけているからとLINEしても見ないからと言ってあったので、葵からのLINEはずっと途絶えていた。
翔太はワクワクした気分でメッセージを読み、“おやすみ”と添えて返信すると、コップの中のテキーラを一気に飲み干しレモンを齧る。
(ふう。
昼間会ったのに、また、LINEをしてきて)
翔太はニヤニヤしながら、コップにテキーラを注ぐ。
(ていうか、俺は何でワクワクしているんだろう。
何で子供の葵がいるだけでほっとするんだ?
ああー、ちっきしょう。
話の内容も子供。
躰もまだまだ子供。
何も俺の希望になっていないじゃないか)
パソコンで映っている動画が変わり、カナダ人らしい20代の女性が日本文化の紹介で日本を訪ねている動画が流れ始める。
そのカナダ人の女性はワンピース姿の可愛らしい恰好をしているが、なかなかの美人とワンピースでも胸やヒップの線が大きく膨らんでいる。
それを見ながら翔太はテキーラを飲み干し、レモンを齧る。
(俺だって男だ。
女の一人でも抱きたい。
ちゃんとした大人の女。
知的で話の合う女。
はあ、もう何年も大人の女の肌を触っていないのに、閉じこもってゲーム三昧だと。
いつもの俺じゃないよ。
俺は、一体何をしているんだ)
何となく部屋に葵の香りが残っている気がする。
翔太は、また、テキーラを飲み干し、大きくため息を吐く。
(でも、葵ちゃんは可愛いな。
いい匂いのする子だ…)
その内、体がほてり、手からレモンが零れ落ち、翔太はソファに寄りかかりながらウトウトし始める。
3月に入り葵の高校受験は終わり、葵は見事に合格する。
喜びの中、葵と茜が翔太のマンションを尋ねる。
合格祝いもそこそこに茜が切り出した話に翔太は顔色を変える。
「え?
なにー!
葵ちゃんをここに住まわしてくれだって?!」
翔太の驚きの声が部屋に響き渡る。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
茜がしれっとした声で答える。
葵は茜の横で縮こまるように小さくなって事の成り行きを見守る。
「驚かなくていいって?
何バカなこと言っているんだ。
いい加減にしろ」
「ひっ」
翔太の剣幕に葵は猶も縮こまる。
「そんな大きな声を出さんでも聞こえてるって」
胆の座っている茜は全く動じることはなかった。
「驚かないわけないだろうに。
どこの世界に見ず知らずの男の家に大事な娘を住まわせてくれなんて言う姉がいるんだ。」
「あら?
見ず知らずの男じゃないじゃない。
ここ1年くらい一緒に暮らしていなくても、葵の面倒を見ていてくれたじゃないの」
「うっ。
それはそうだが…。」
鋭い指摘を受け、翔太はトーンダウンする。
「でも、どうして?
アパートは?
それに、俺のところじゃなくても、他に行く当てもあるだろうに」
翔太は暗に茜と一緒に暮らせばいいのにと尋ねる。
「実は」
そこで今まで黙って成り行きを窺っていた葵が話し始める。
「お母さんが本格的に今の彼氏と暮らし始めるそうで、お金がさらに必要になったらしいのです」
「彼氏、働いていないの?」
「なんかねぇ、訳ありで定職についていないらしいんだ」
茜が半分うんざりしたような声で口を挟む。
「彼氏は?」
「母ちゃんよりも、一回り以上離れているんだって」
「それで仕事に就いていないのか?」
「まあ、正確に言えば今まで世のため人のため、ボランティアに明け暮れ、周りの善意に支えられて生活してきたような人だそうよ。
なんて奇特な輩なんだろうね」
「その奇特な人が?」
「うん。
何でも歳で段々と体が動かなくなってきているらしく、そこで、生活を改めて…
えっと?」
「腰を落ち着けて、普通の生活をしたいって」
葵が助け舟を出す。
「そうそう。
でも、今更雇ってくれる会社もなくて、警備員のアルバイトを始めたそうよ。
だから、母ちゃんは、その人を全面的にバックアップするんだって言って、葵も中学を卒業するし、アパートを引き払って、お金を浮かせようと考えたんだって」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
それって、育児放棄も最たるものじゃないか?」
「いいえ、中学を卒業するまで、ちゃんと養ってもらいましたよ」
「…」
母親に何の恨み辛みなく、逆にさも感謝するような言い方をする葵を翔太は呆れた顔をするしかなかった。
「まあ…、人それぞれか…
で、お姉さんのところは?」
「うち?
うち(我家)に来たら大変よ。
うちの旦那、精力絶倫で大の女好き。
私も相手するだけで、もう、ぐったりもんよ」
茜は何かを思い出したのか、目を潤ませ顔を赤らめる。
「そんなところに葵が来たら、あっという間に手籠めにされ、2号さんになるわよ」
「て、手籠め?!
2号さん?
あんた、葵ちゃんのお姉さんだろ?」
「私としては、2号さんが葵なら問題ないし、体の負担も楽になるから歓迎かしら」
「おいおい…」
葵はまた身を縮めて俯く。
「だって、ただで家に住んで、高校にも行かせてでしょ。
多少は、仕方ないんじゃない?」
「多少って」
「うちの旦那、ゴリラのように厳ついし、毛深いのよ。
想像してごらんなさい。
可愛い葵が毎日毎日、ゴリラのような男の相手をさせられるのを」
「ゴ…」
(ま、いいか。
特にどうってことないし、単に気まぐれで相手していただけだし。
これで、いなくなれば晴れて前の生活に戻れる。
大人の女性とウハウハだよな。
でも…)
茜の怪しい口調に乗せられ、翔太は閉口しながら、小さくなっている葵を眺める。
そして、10か月前、葵が痴漢に襲われた時のことを思い出す。
背中を向けてごそごそ何かをしている痴漢。
その痴漢の両脇から色白で細くか細い足だけが見え、その足が上下にひらひら動いている。
痴漢を蹴り飛ばすと、まるで死んだ魚のような目で視線は宙を彷徨、頬に涙が流れている悲しそうな葵の姿が現れる。
二度と見たくない葵の姿。
その痴漢の代わりに見たことのないゴリラっぽい厳つい男に玩ばれている葵の姿を想像し、胸が大きくざわつく。
(ふふーん。
やっぱりね。
もうひと押し)
顔つきが厳しくなっていく翔太を見て、茜は心の中でほくそ笑む。
「どう?」
「ど、どうって?」
「ねえ、葵」
「は、はい」
いきなり茜に名前を呼ばれ葵は驚いたように背筋を伸ばす。
「お酒飲みたくなっちゃった。
近くのコンビニで、ポン酒買って来てよ」
「お、お姉ちゃん。
私中学生よ。
お酒何て売ってくれないわ」
「何言っているのよ。
来月から高校生じゃない」
「高校生も同じよ。」
「だめ?」
「ダメに決まっているでしょ」
「もう。
堅いんだから。
もっと柔らかくならないと、男に可愛がられないわよ」
「お、お姉ちゃん!」
「おー怖!
ねえ、お酒ある?」
今度は翔太に尋ねる。
「ああ、あるよ。
日本酒がいいのか?」
「あい。
飲ませてくれる?」
「ああ、いいよ」
「やったぁ。
じゃあ、葵。
コンビニで酒のつまみを何か買って来て。
私、バタピーがいい。
ほら」
茜から千円札を受け取り、葵は大人しく買い物に出る。
「ねえ、葵は素直な良い子でしょ?」
葵が出て行ったのを見て茜が翔太に尋ねる。
「ああ、そうだな。
素直で良い子だ」
「でしょ?
私の自慢の妹よ。
その葵が、うちの旦那の2号さんになって遊ばれていいのかな?
旦那、かなり激しいよ。
優しいあの子だから、毎日、泣いちゃうんじゃないかな」
「…」
翔太は茜を睨みつける。
「ねえ、そうならないように手元に置いておきたくない?」
「なっ」
「あの子、あんたに好意を持っているんだから、あんた次第で幸せになれるわよ」
「ちょ、ちょっと待て。
来月から高校生になる子供じゃないか」
「あら、その子供にあんた手を出したでしょ?」
「え?」
「姦通したでしょ?
葵、痛くて泣いていたわよ」
「そ、そんな…」
(あの時の事、姉さんに言ったのか)
翔太は、真っ青になる。
「別に、二人とも合意の上ならいいけれど。
もし、葵が嫌だったって言ったら、あんたどうなる?
社会的な立場、なくなるんじゃない?」
「おまえ、脅すのか?」
「そんな、人聞きの悪い。
大丈夫よ。
ただ、人助けだと思って、葵をここで面倒見てほしいなーって。
どう?」
「う…」
「可愛いでしょ?
これからどんどん綺麗になるわよ。
あなた好みの女の子にしていいわよって言っているの」
「そ、そんな…」
「私やお母ちゃんは、あんたならいいと思っているのよ」
「お母さん?
あったことないのに?」
「全部、言ってあるわ。
当然、葵に手を出したこともね」
魔が差したとはいえ、葵に手を出したのは紛れもない事実で、あの時の痛がる葵を思い出し、翔太は穴があったら入りたい気分だった。
「だからね、いいでしょ?」
「う…」
「うちら黙っているし、それより葵を傷物にしてくれたんだから、それなりに責任ってあるよね?」
「う…」
「返事は?」
「う、うん」
畳みかけてくる茜に、翔太は頷く。
「いいのよね?
喜んで葵の面倒を見てくれるわよね?」
「わ、わかった。
そうするよ」
「そうするよ?
『そうさせてください』じゃないの」
「な、なにぃ」
翔太は腹を立てて茜を睨んだが、茜の瞳は真面目に翔太を信じ頼んでいるようだった。
「わかった…。
『そうさせてください』」
観念する翔太。
「やったー!!
じゃあ、約束の乾杯をしよう。
ポン酒、ドンドン持ってきて」
胸の痞えが下りたのか、天真爛漫な笑顔を見せる。
(こいつ、やっぱり葵ちゃんのこと心配していたんだろうな。
旦那さんのことは嘘で、何か理由があって葵ちゃんを引き取るのは難しいんだろう。
それで、俺に…
って、なんで俺なんだ?!)
その笑顔を見て翔太は何となく茜の本心、裏事情が理解できた気がした。
(ま、いいか…
ていうか、本当にいいのか?
取りあえずポン酒と)
理解はできたが気持ちの整理が付かない翔太は、考え事をしながら日本酒の一升瓶を取り出す。
(バタピー?
あ、バターピーナツのことか。
これね。
あと、お酒のつまみになるのは…
翔太さんの好きそうなもの…
…
お姉ちゃん、何を言っても口を挟むなって言ってたけど、旦那さん、徹さんのことをあんなに悪く言って。
でも、確かに徹さんは強面だし、お酒飲んだ時は、私を見る目付きがが…
まあ、そんなことしたらお姉ちゃんが黙っていないだろうから大丈夫。
それでも、やっぱりお姉ちゃんのところは怖いな。
なんでもするから翔太さんのマンションで暮らせないかな)
コンビニで酒のつまみを購入してマンションに戻りながら葵は思いを馳せる。
「ただいま。
お姉ちゃん、翔太さん、おつまみ買ってきました」
玄関に入るとリビングから二人の大笑いする声が聞こえる。
(ど、どうしたの?)
葵がリビングに入って行くと半分ほどに減った一升瓶と湯呑みに酒を入れて飲みながら大きな声で談笑している二人がいた。
「あ、葵。
お帰り~。
バタピーあった?」
「うん」
「え?
バタピー?
バターでピーピー?」
翔太がおどけた声を出す。
「あほか、お前」
茜の突込みに、また、翔太と茜は笑い出す
「ふ、二人ともどうしたの?
翔太さんまで」
「葵、そんなことはどうでもいいから。
翔太、オッケーしてくれたよ」
「え?」
「ここに住まわせてくれるって」
「ほ、本当?」
葵は慌てて翔太を見る。
翔太は明らかにアルコールが回っていて上機嫌だった。
「ああ、どうぞ、どうぞ。
こんな狭いところでよければいくらでも?」
「本当ですか?
あの…。
アルコールがまわっているから?」
「いや、大丈夫だ。
狭いけど1部屋物置代わりにしている部屋があるから、そこを使えばいい」
翔太の目は酔ってはいなかった。
「や、やったー!
狭いなんて、どうでもいいです。
置いていただけるだけで。
私何でもやります!」
小躍りして喜ぶ葵を、茜は目を細めるように眺める。
「別に部屋を分けなくて、同じ布団で寝ればいいじゃん。
それで、ポンポンポンって子供産んで、出来ちゃった婚をすれば」
「お姉ちゃん!!」
葵は真っ赤になる。
「ポンポンポンって三つ子か?」
「なんでやねん」
「もう、翔太さんまで」
「で、いつ引っ越すの?」
「はい。
なるべく早くしてって、お母さんが」
「引越しって言っても、軽トラ1台分で大した量もないから」
「机とかタンスは?
あと、電化製品は?」
「机はないです。
小さな整理タンスと本棚位で、電化製品などはお母さんが持っていくそうです」
「今週の土日は?
確か翌日、旗日で休みだったはずよ」
茜が口を挟む。
「いきなりだな」
「だ、だめなら別の日で」
「いや、それだと間に合わなくなるんじゃないか?
いいよ、今週の日曜日で。
土曜日に部屋の片づけをしておくから」
「は、はい!」
葵にとっては希望がかなっていく夢のような話だった。
「部屋、一応見ておく?」
「はい!」
「荷物が山積みだけど、日曜日までに片付けておくから。
部屋は翔太の寝室兼仕事場の対面の部屋で6畳くらいの大きさで、フローリング、そして窓が一つ。
物置として使っているというだけあって、いろいろな段ボール山積みで置かれていて、その段ボールの横に季節外れの上着が掛かっているパイプのハンガーラックが置かれていた。
「この部屋を使っていいんですか?」
葵の住んでいるアパートは2DKと言っても4畳半が二部屋でキッチンは片方の部屋の一角の1畳ほどのスペース。
ここ1年は、ほとんど一人で暮らしていたが、母の荷物や食器棚、洋服ダンスと狭いスペースで自分の部屋というものに憧れていた葵には夢の様だった。
「ああ。
自由に使っていいよ。
ちょっと狭いかな?」
「そ、そんなことありません!
十分、広いです、広すぎるくらいです」
素直に喜ぶ葵を、茜は目を細めて見ていた。
(葵ったら最近目つきが優しくなったわね。
この子は自分では気が付かないようだけど、昔から寂しい思いをすると目つきがきつくなるから。
中二になってから目つきがきつくなっていたのに、翔太さんと出会ってから、本当に変わってきているわね)
茜は葵の変化を目ざとく感じていた。
二人を見送った後、翔太は一人、コップに日本酒を入れ、葵が買ってきたミックスナッツを食べる。
(だけど、おかしくねえか?
いくら、なんだかんだと俺に負い目があるって言っても、年頃の女の子を赤の他人の家に預けるなんて。
しかも無償だぞ?!
気に入ったら、手を出してもいいって?
何を考えているんだか、あの姉ちゃんは。)
コップの日本酒を半分ほど飲み干す。
(で、住民票や学校に出す連絡先住所は、ここか?
世帯主との間柄は何て書くんだ?
『同居人』?
まあ、そうだろうけど…。
…
保護者、葵ちゃんのお母さんには会ったことはないけど、全部了承済みだっていうことで、警察のご厄介になることはないか。
でもさ、これで口説いた女性を家に連れ込めないじゃないか。
それに、女の子と同居何て、どう接したらいいんだ?
なんで、俺は『うん』と言ったんだ?!)
コップの日本酒を飲み干し、また、一升瓶から日本酒をコップに並々と注ぎ、ナッツを適当に口に放り込む。
(段ボールは、ほとんど空だから、資源ごみの日に全部捨てればいいな。
洋服は、来ていないものは捨ててしまえば収まるか。
そう言えば、葵ちゃん。
学習机は無いって言っていたな。
本棚もカラーボックスを使っているって。
机や本棚、それに整理ダンスもいるよな。
あと、カーテンやカーペット。
そうそう、ベッドも必要じゃないか。
ここ2年くらい、どこにも出かけなかったから、ボーナスもまるまる残っているから軍資金は十分だ。
よし、明日、葵ちゃんを連れて家具やカーテンなどを見に行こう)
翔太はコップを置くと、スマートフォンを取り出し、葵にLINEする。
葵は自分の物を買いに行くとは知らずに二つ返事でOKの返事を返してくる。
(よし、よし)
スマートフォンを置くと、また、コップの日本酒を飲み干す。
(そう、そう。
日用雑貨も必要だな。
やれやれ、明日から忙しくなりそうだ。
…
しかし、葵ちゃんがここに居るようになったら、部屋中、いい匂いだろうな…
あ、いけない。
管理人に説明しておかなくっちゃ)
翌日、葵は買い物が自分の家具だとわかると、辞退しようとしたが、翔太から言うことを聞かないと住まわせないと半ば脅し文句のように言われ、恐縮しながらも家具を選び購入する。
「翔太さん、本当にいいの?」
「いいの。
ついでに、寝具一式、新調しよう」
「翔太さ~ん」
困惑した顔で翔太の後を付いて回り、買い物をする葵。
実際に喜びを実感するのは、引っ越し当日だった。
「す、すごい…」
葵にあてがわれた部屋に学習机やベッド、本棚など、絵に描いた様な女の子の部屋が出来上がっていた。
家具など大きなものは全部用意されていたので、葵は、衣服や日用品、本などミニマム構成の引っ越し荷物だけだった。
「はい、これ」
「?」
翔太から部屋の鍵が渡される。
「スペアキーも渡しておくから、失くさないでね」
「はい。
でも、鍵なんて…」
「ばか、女の子なんだから必要だろ?
俺がいつ不埒なことをしようとするかわからないだろ。
だから、ちゃんと部屋には鍵を掛けておくように」
「翔太さん…」
(翔太さんなら、いいです)
口に出さなかったが、心の中で思う葵だった。
ある程度引っ越し荷物の片づけが終わるころ、すでに夜の帳が下りていた。
「葵ちゃん、だいぶ片付いたかな?
今日はそろそろやめて、夕飯にしよう。
夕飯は引っ越し祝いで、お寿司を頼んだから。」
「はい。
でも、お寿司なんて、すみません」
「いいって。
いつものデリバリー専門の寿司屋だから」
「そんなこと言ったって…」
翔太が軽く言うが、葵はその寿司が結構な値段するのを知っていた。
「それよりも、埃になっただろ。
先に風呂に入っちゃいな」
「え?
そんな。
翔太さんが先に入ってください」
さらに恐縮する葵だった。
「いいから。
そうだ、ここにいる時は、葵ちゃんが先にしよう」
「ええー、そんな」
そう言いながら葵は、汗や埃の匂いが気になって翔太が不快な思いをしたらいけないと、しぶしぶと頷き、風呂に入る。
風呂場では翔太のシャンプーやリンスの容器の横に、自分のシャンプーやリンスの容器がちょこんと置いてあり、葵は何となく嬉しかった。
洗面所にも葵の小物入れがおかれていて、何となく翔太と共同生活が始まるという実感が沸く。
「翔太さん、お待たせしました」
風呂から出てきた葵は、ピンクのスエットの上下を着て、温まって赤く上気した顔をしていた。
(う、これはこれで可愛い。
スエット越しで体の線は見えないけど、可愛いお尻がよくわかる。
やっぱり女の子は、全体的に柔らかい印象だな)
「翔太さん?
何か変ですか?
あ、このスエット、変ですか?
家だと、この格好をしていたので、つい…」
葵はスエット姿が翔太にとって不快なのではと、普通の服装をすればよかった思った。
「いや、大丈夫。
その可愛いスエット姿に見とれただけだ」
「え?」
翔太に“可愛い”と言われ、葵は何となく恥ずかしくなった。
「今日からここは葵ちゃんの家でもあるんだから、堅苦しいことはなし。
俺も風呂上りはスエット派だから。
葵ちゃんの好きに振舞ってね」
「はい、ありがとうございます」
葵は嬉しそうな顔をして返事をする。
テーブルの上には届いた寿司が並んでいた。
「翔太さんもよければ、お風呂に入ってください」
「わかった。
そうする。
あ、お腹空いていたら、先食べ始めてもいいからね」
「いいえ、待ってます」
葵の笑顔に送り出され、翔太は風呂に入る。
シャワー中心の生活だったが、今日は葵のために湯船にお湯を張っていたので、翔太も久々に湯船に浸かる。
何となく風呂場全体、女の子の匂いがするようで温かく感じ、また、湯船のお湯も先に葵が入ったかと思うと何となく興奮を感じていた。
(馬鹿か、俺は。
でも、何となく、この生活はいいかもな)
翔太も葵の小物を見ると、楽しい気分になった。
翔太はグレーの上下のスエットを着て、風呂場から出てくる。
(やっぱり、翔太さんてスタイルいいし、背も高いから、何着ても似合いそう)
今度は翔太に見とれる葵だった。
食事も終わり、二人は寝るために別々の部屋に行く。
その夜、葵はなかなか寝付けなかった。
初めてのベッド、初めての自分の部屋、夢にまで見た自分だけの世界の中にいるようだった。
布団やシーツも葵のために、翔太が事前に布団を干したり、シーツやカバーを洗ってあったので、布団はふかふかでシーツもタオルケットもいい香りがしていた。
(明日は、何をしよう。
片付けの続きをして、その前に炊事洗濯をして…)
布団の中が温まると、葵は疲れからか眠気に襲われ、気づかないうちに寝息を立て始める。
(うう、やっぱりやべぇ)
葵が眠りについたころ、翔太の目はさえまくっていた。
(家中、葵ちゃんの香りがする。
勝手に下半身は暴れはじめるし、これじゃ、頭に血が行かなくなって、貧血を起こしそうだ。
一日でも早く慣れないと、死ぬ…)
タオルケットを丸め抱き着きながら、翔太は一人、悶絶していた。
なんだかんだと葵との同居を認めた翔太。
同居を開始すると同時に葵の高校生活もスタートしていきます。
葵はさておき、煮えくり返らぬ態度の翔太。
波乱万丈な同居生活の始まりです。
と、その前に、次回は「Kの巻」です。
すっかり普通の日常を取り戻した薫。
二人は薫の約束した動物園に出かけます。