性格が良いとか優しいとか言われても。
ジャンルに迷いました。
まったく最悪だ。
こんな気分のまま家に帰ったとしても、性格の悪い私は不愛想な態度で母を怒らせることに間違いない。どうしてこんなに性格が悪いんだろう。母も父も兄も、とても優しくて人間的にも尊敬できる。私だけが性格の悪い出来損ないだ。
きっと、母と父と兄の性格の悪い部分がすべて私に遺伝したのだ。でないと説明がつかない。
心の中でまわりの人間を罵りながら歩く。死ねばいいのに。
こんなことを思う時点でどうかしている。死んでもいい人間なんているわけがない。誰だって生まれてきた以上は母親がいるわけだし、自分の子供が死んで喜ぶ母親なんていない。
きっとその人のことを大切に想っている人もいるはずだし、友人だっているはずだ。私と違って。
性格の悪い私には友人なんていない。もちろん恋人だっていない。
高校生になれば彼氏ができるなんて漫然と考えていたけど、世の中そんなに甘くない。
最近の男の子は結構しっかりしていて、顔だけじゃなく、ちゃんと中身を見て付き合ってる。
自分と話が合うか。趣味嗜好は似ているか。そして、一緒にいて安らげるか。
だから、イケメンの男の子がそんなに可愛くもない女の子と付き合っていたりすることも普通にある。それは、とてもいい事のように思うし、実際にそうなんだろう。
でも、私は正直言って、顔で選んでもらった方が気が楽だ。
中身がいいとか、心が綺麗だとか、そっちの方がハードルが高い。こんなドロドロとした心の女は、中身で選んでもらう資格なんてない。
だったら、顔が好みとか、胸が大きいからとかの方が安心する。顔も胸も付き合ってから変化することはそうそうないだろう。
でも、最初に猫を被って付き合ったりしたら、いつ本性がバレるか不安で不安で仕方がない。優しいとか性格がいいなんて言われたら、その呪縛で私の心は壊れてしまう。
お願いだから、私に性格なんて求めないで。
外見で選んで。胸で選んで。スタイルで選んでください。
こう見えても、外見のための努力はしてきたんです。軽い運動は毎日かかさずやってるし、肌のケアにも気を使ってます。だから、努力した部分を見て欲しい。でも、性格なんてケアできないし、努力でどうなるものでもない。上辺を取り繕うのは下手ではないけど、やっぱり心の中では「死ねばいいのに」なんて思ってしまう。努力でなんとかしようとしたら、きっと今より性格が悪くなるに違いない。
性格がいい子は性格で勝負すればいい。私からすれば、それこそ天から与えられた才能だ。外見なんて化粧で何とでもなる時代。さすがにダイエットくらいは頑張らないといけないかもしれないけど、女の子が可愛くなるなんてそれほど難しくはない。でも、性格を変えるのは難易度が高すぎる。というか、無理だ。私なんて、一日に10回以上は死ねばいいのになんて思ってる。たぶん、学校で一番性格が悪い女だ。きっと。
「高杉沙耶さん、俺と付き合ってほしい」
たくさんの生徒がいる廊下で、私にそう言って告白してきたのは、隣のクラスの小池くん、だったろうか。
まわりの生徒の足が止まる。この告白の行く末が気になるのだろう。
自慢じゃないが、男子からの告白は初めてじゃない。たぶん、片手よりは多い。ラインの告白も含めたら、10回じゃきかない。一応、モテる女で通っている。もっとも、受けたことは一度もない。
「小池さん。わたし、あまり貴方の事知らなくて……」
私はそう返事した。実際、彼のことはよく知らない。体育の授業とかで一緒になるから辛うじて名前を知っている程度だ。
「そうだろうね。だって、俺も高杉さんのこと、よく知らないし」
「じゃあ、なぜ告白なんか?」
小池くんはちょっとだけ考えて、でも、正直にこう言った。
「顔が好みだから。あと、胸が大きいから」
その言葉にまわりの女子から「最低……」の声があがる。中には「胸とか酷い」とか言って怒っている女子もいた。
でも、小池くんはそんなこと全く構わず続けて言った。
「俺、スタイルのいい女の子が好きなんだ」
その言葉に、まわりの女子からは再び抗議の声。外見で人を判断するとは何事かということか。
「だめかな? こんな理由じゃ。それに、高杉さんは、きっと努力して外見を磨いてる。努力しているところにも惹かれた」
それがとどめだった。まわりの女子がヒートアップする中、私の答えは決まっていた。返事はイエスだ。だって、はじめて私の努力を認めてくれた男の子だから。
「だめじゃないです。わたしでよかったら……」
「「「えええええ!!!」」」
その日から、私と小池くんは恋人同士ということになった。
「やめといた方がいいよ」という要らぬお節介をかけてくる女の子もいたが、私としては満足している。それに、小池くんはイケメンとまでは言わないが、十分カッコいい部類だし、スタイルだって悪くない。運動部でもないのに腹筋も割れているし、それに、彼はとても優しくて性格もいいと思う。
そんな彼が、私の顔と胸とスタイルを気に入ってくれているなら、あとは体型を維持して、肌のケアや化粧を頑張ればいいだけだ。性格は二の次なんて、こんな安心できることはない。
付き合ってから、私はどんどん小池くんに惹かれていった。
小池くんの顔も、小池くんの指も、小池くんの声も、小池くんの性格も、全部が私のお気に入りとなった。
「沙耶の性格は悪くないよ」
「お世辞なんていいよ。性格が悪いのは自覚してるんだから」
高杉くんはそんなことはないと言ってくれるけど、さっきだってペットボトルをポイ捨てした人を心の中で死ねばいいのにって思ったんだよ?
「心配しなくても、俺なんて日に100回は思ってるよ。それを殺意と言うなら、俺はきっと殺人鬼だね」
「100回?」
「うん。だから気にしなくていいんだよ。心が綺麗とか性格が良いなんて、それこそ都市伝説だ。みんな心の中はぐちゃぐちゃのドロドロだよきっと。俺の心なんて沙耶に絶対に見せられない。見られたら、きっと嫌われること間違いないね」
「うそ。でも、たとえどんなことを思っていても、けして嫌いになったりしないよ?」
「まあ、高校生の男の子が考えてる事なんてみんな一緒だと思うけど」
「あ、もしかしてそっち系?」
「当然でしょ。男の子なんだから」
小池くんはそう言って顔を赤らめた。
もうファーストキスも終わってるし、自慢の胸も触ってもらってる。
だったら、男の子が想像するのはその先だ。
でも、私はまったく嫌じゃなかった。
だって、私だってずっと想像してたし、もしかしたら、小池くん以上に見せられない妄想だってしていたから。
「ねえ、見たいって言って」
私の言葉に小池くんの顔はさらに赤くなった。
もちろん私だって恥ずかしい。でも、この日のために努力してきた身体なのだ。
大好きな小池くんに見てもらって、うんと褒めてほしい気持ちもある。
「……見たい」
私は自分のシャツに手をかけた。女の子がはしたないかな。
そのままシャツを下ろすと、彼は「最高に綺麗だ」と言ってくれた。
私はその言葉が嬉しくて、ただただ号泣した。
彼はそんな私を抱き寄せて、さらにこう続けた。
「沙耶。俺は性格が良い女なんて信じない。でも、俺は沙耶の性格が好きだから、ずっとそのままの沙耶でいてほしい」
私はその言葉でさらに号泣した。
結局その日は何もできなくて、私たちはずっと抱き合っていただけだった。
今度の日曜日。私は再び彼の部屋に行く。
彼はまた、私のスタイルを褒めてくれるだろう。
でも、今度は泣かない。
そして、すべてが終わったら、私を縛っていた何かが取れる気がするのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。