偽りのニルヴァーナ
まず初めになにをしよう。やりたいことはたくさんある。なにから始めよう。
そう思って外に出た橅木マサルは直射日光に晒された目を眩ませる。痛くてまともに開けられない目に写る質量感のある雲は私を妙に感動的な気持ちにさせる。ツクツクボウシが煩わしさと侘び寂びを内包させた声で鳴いている。外に出ること自体なにも新鮮ではないのにこの季節には鮮度のようなものがある。
「…この暑さには一生慣れないだろうな」と無気力に独り言を吐いた。橅木マサルは外へ出る、いい歳こいてありあまらせた時間の使い道を見つけるために。散歩道中反対側の歩道に幼稚園児たちが引率の保育士2名と無邪気におさんぽのじかんを楽しそうに過ごしている。それを見た私は幸せを感じ同時に苦しかった。
「もっと子供たちと触れ合いたかったなぁ…ピアノはまだ弾けるだろうか…一緒に遊ぶ体力はまだ残ってるだろうか」
帰ったらピアノを弾こう。昔練習のために買った電子ピアノが埃をかぶってるだろう。
保育士だった橅木はいい評価を受けていた。彼の弾くピアノは優しさそのものであり、彼の笑顔は愛そのものであり何より彼はどちらの方が楽しいのかわからないほど無邪気に子供と戯れていた。
---1番にキラキラ星が好きだった。曲から出る優しさや愛が弾いてる私にも感じられるから だ。子供たちにそれらが満ち平和が飽和してた瞬間を回想しながら完璧にモーツァルトのキラキラ星を完奏する。ああ、子供が好きだなと感じる。自分という人間の性質を再認識する。
「私にとっての愛情の本質は変化なんだろうな」哀しそうに眉間にシワを寄せる。引き終えた鍵盤に突っ伏す。鍵盤は映画やドラマのバッドエンドのような音を立て彼の形相を引き立てる。
「怠慢なる幸せに崩壊を、燻っている不幸に覚醒を与える。寂寞とした湖の真ん中に石を投げてしまうのが私なんだろうな」氷のような瞳をした彼の口元はおおよそ矛盾しているしたたかさで笑みを浮かべていた。
私はこれからどうするか迷っていたが涅槃に至る道を見つけた。
「長いようで短かったな」なにかやりたいことや自分を探していた私だが本当にやりたい事が見つかって自然と頭は澄んでいた。
「ふむう…」
「どうしたんですか、いかにも困ってるって声を出してるじゃないですか」
「いやなにこの手のニュースはどれだけみても慣れないなと思ってね」
「これは…そう、ですね。絶句といいますか…あまりにひどい」
「国の宝だのにな、それをなぜこんなことを…全く以ってわからなんだ。それにそれを食い止める事のできなかった我々に矜恃もクソもないと嘆いていたのだ」
「お言葉ですがそれは傲慢ですよ警部殿、調べによると彼は酷い。似たような犯罪を過去に職場で起こした前科持ちだったらしいですよ。こりゃ死刑ですかね」
「…そうか、罪の精算をしたところでこの世に残る悲しみはそのままだというのに…」
「そうですね…」
---事件レポート---
証言や捜査の末に明らかになった事件の内容だが過去にも女児1名を強姦、殺害する犯罪を犯し昨年の8月後半に出所していたこと。それから1年と1ヶ月今回の犯行である児童6名の虐殺を行った。犯人の近隣住民の証言から付近を平日からウロウロしていて時々道路の方を向いて泣いているのか笑っているのかよくわからない不気味な声を出してたとのこと。家ではしばしば悲劇的な音色のマザーグースが流れていて近隣の人に迷惑がられていたということ。など正常とは思えない狂気的な犯行であったことがわかる。判決は死刑が下ったが犯人は最後まで支離滅裂な発言で容疑を否認していた。それでも終始飽和した幸せへのカタルシスであるというような主張をしていた彼の精神異常性は考える余地もなく自明である。
読んでいただきありがとうございます。初投稿ですので稚拙な文かも知れませんがどうでしたでしょうか。短く読みやすい量で恐ろしいサイコキラーを書いてみたくなったのでとりあえず書いてみた所存です。自分の中のイメージとして常識を持ってはいるものの無自覚にかつ強烈に壊れてしまっている人間というのをテーマにしたつもりです。お楽しみいただけたでしょうか。