昔やった卓ゲの世界の最強NPCに転生したら黒歴史が襲ってきた
某ニネキが言ってた異世界転生したら昔作った黒歴史キャラがいてその真の力を作者である主人公だけが知ってる…というのをやりたかったんですけどあえなく失敗しました。最初にPCにした時点で失敗してる気もしなくはない。
あとどらこにあんの卓ゲはいいぞ。
─王国建国後最悪の悪竜の登場に奮闘するもついに倒れ伏した兵たちを鼓舞するかのようにその詠唱は戦場へと響いた。
「これは古より受け継がれし光、歌姫を守る騎士の誓い、その結晶。星よ我にこれを放つ力を与えたまえ…」
騎士の視線が対峙している竜から後ろの歌姫へ一瞬移る。
彼女、ルーナ・フォークリー・フォン・アセロニアは竜を民から引き離し封じる要たる歌姫、その最高峰でありながら戦場にて騎士と肩を並べられる唯一の存在であったがはるか昔、王国が建国された時にいくつもの欠片として封印された悪竜、そのものかのごとき暴威の前では劣勢を強いられていた。
しかしその視線を受け歌姫の血の気の失せた頬に赤みが戻る。これから起こる事、しなければならないことを理解したのだろう。視線を騎士と合わせ息を吸いこむ。
「ams-jdw-gmeegnpjdjmw-mdgt-mw…」
騎士の詠唱に歌姫の歌が重なる。竜の動きが一瞬鈍る。しかしまだ足りない。竜を封印するには騎士の剣によって核を露出させなければならない。騎士が柄を握る手に力がこもる。竜を倒すに足る究極の一撃のための詠唱、それはもうすぐ終わろうとしていた。
「悪しき竜よ地に還れ、そして民に一時の平穏が訪れん事を!」
「星の剣!!」
剣から光がほとばしり竜を真っ二つに切り裂く。
「mjjm-dmd-gamgtpamwjaw-angtw!!!」
それとほぼ同時に歌姫も封印の歌を歌い切る。
悪竜の姿は消え去りそこには取り憑かれていた哀れな民のみが残った。
周囲から歓声が上がる。騎士と歌姫を讃えるものだ。騎士はその鋭い目つきに似合わぬ優雅さでその歓声に応える。そして歌姫は吟遊詩人から賞賛される麗しき笑みを浮かべながら、
(うわー!!!何考えてたの昔の私!!キャラ造形はロールプレイしづらくて他のPLとの協調性も出しづらいし必殺技の詠唱は厨ニ病だしそもそも尺食いまくってるし!!うぅ穴があったら入りたい…)
内心悶えに悶えていた。
佐藤マリ、18歳女子。趣味TRPG。最期に見た光景は突っ込んでくる2tトラック。以上!
そんなベタな感じで轢殺された私はこれまたベタな感じで異世界転生してしまったのでした。
まあ異世界といっても私にはすさまじく既視感を覚える世界だったのだが。
世界観は中世ヨーロッパ風ファンタジー。舞台は建国時倒した悪い竜に呪われた結果民たちが突然怪物に変じて竜を復活させようとしてしまうようになった王国アセロニア。
取り憑かれた民を救い竜の復活を防ぐには竜を封印したとき女神が歌っていた古の歌しかなくそれを歌えるのは歌姫と呼ばれる少女たちのみ。しかし歌姫だけでは竜を倒せない。竜の核を露出させ歌が効くようにしつつ狙われる歌姫を護る騎士が必要だ。さあ騎士たちよ歌姫を守り悪しき竜の魔の手を防げ。…という設定のTRPG、私が転生前よくやっていた「歌守のアルビオン」にその世界はそっくりだった。
そしてそっくりだったのは世界だけではなかった。私の転生後の姿もものすごく覚えがあった。ルーナ・フォークリー・フォン・アセロニア。アセロニア王国の王家の正当後継者であり当代最高峰の歌姫、そして自らの身を守り竜を切り裂く騎士の力さえ持っているという王国建国以来の天才。竜を封印するのみであった先祖を越え竜を倒し永久の平穏を望むお姫様。しかし多忙である彼女は騎士であるPLに見繕った歌姫(GMがやる場合がほとんど。サブGMがいるならやってもらう。)に封印を任せる事も多い。という話の導入や事後処理とかのお助けキャラにぴったりなNPCだったキャラだ。私もGMした時に何回か演じた事がある。
彼女はデータこそ作られていないものの公式としては最強のNPCとされていた。その強さは通常歌姫と騎士数人で対峙する怪物を一人で浄化できると言われるほど。
そんなルーナに私は転生してしまったらしい。
そして中身が私になってもルーナはルーナ、つまり最強である事に変わりは無かった。
転生前はヒョロヒョロで運動音痴だったにも関わらずあっという間に剣さばきは師を抜き音痴で記憶力も良くなかった私がいくつもの歌を美しく歌うことができるようになった。
加えて中身が私になる事でルーナはさらに知識面が補われた。何故なら私は転生前歌守のアルビオンをPLGM共に遊びまくっていたから。当然ルルブに書いてあるボスの弱点やら世界の真実やらは読みこんでいる。
ということで最強の実力に未来予知じみた知識を身につけたルーナはもはやチートと呼べる力でアセロニアを飛び回り英雄と讃えられる毎日を送っていたのだが…ある時私をさらに超える力の騎士が現れた。
今まで手が出せなかった西に封印されていた悪竜のオリジナルの欠片を討ったのを皮切りに武勇伝を積み重ねる若き騎士。最強の騎士姫たるルーナ・フォークリー・フォン・アセロニアと同格いやそれ以上では無いかと噂される者。
ルーナより強い、そんな騎士はアルビオンの設定上いなかったはずだ。つまりそれはイレギュラーということになる。今まで自分という存在以外は設定通りに進んでいた私は動揺しすぐにその騎士を王城に連れてくるように命じた。
連れてこられた騎士は無口で騎士姫たる私に対して敬う気配を見せない不遜な男だった。
やはりルルブで見たことない顔だ。リチャード・プアスという名前にも聞き覚えはない。(一瞬頭の隅に引っかかったものがあったが単に転生前ハマっていたゲームの推しに名前が似ているというだけだった。ついでに言えば三白眼なのも似てた。)
そうこう考えているとそのリチャードとかいう騎士が私に話しかけてきた。
「ルーナ姫よ。貴女は歌姫でありながら騎士をしていると言うが…そんなどっちつかずの事はやめて歌姫に専念するべきじゃないのか?」
いやそれルーナのアイデンティティだから。しかも両立できる唯一の天才に対してどっちつかずとはどういうことだゴラ、とは言えず。
「私にはこの国を苦しめてきた悪竜、それを完全に撃ち倒す責務があります。そのために歌姫と騎士どちらも完璧に行えるように努力を重ねてまいりました。例え騎士様であってもそれを否定するような発言を許すわけにはまいりません。」凛とした騎士姫ムーブで反論するとリチャードは「う、そうか…」と言って黙った。いやそこはキリッと対応しなさいよ。城に入った時からこの男はこうなのだ、ふだん無口で何か喋ったかと思えばもごもごと黙り込む。面倒くさいったらありゃしない。まあ敵ではなさそうなのでここは騎士姫として今後も頑張れと言っておきますか。
「騎士リチャード・プアスよ。今までの悪竜討伐大義であった。これからもこの国に蔓延りし呪いを討ち民に平和をもたらせるように励むがよい。」
「はっ。」
リチャードはひざまずき礼をしたあと顔を上げる。うーん顔は結構好みなんだけどなー特に三白眼とか。中身がなあ…なんでこんなに話しづらいの。
とりあえずその時はそれで終わりしばらくはいつもと変わらず竜と化した民を浄化するだけの日々が続いた。
変化があったのは数カ月経ち建国祭の季節になった時だった。建国祭に浮き足立っていた王都の上空に不吉な黒い雲が立ちこめる。
(ついに来た…アルビオン公式シナリオ最高難易度、『伝説の再来』!)
最大最悪の竜の欠片が王都を襲う、バッドエンドは王国滅亡というこのシナリオのために私は日頃の任務の傍ら準備に励んできた。兵や騎士を育て貴族をまとめ上げ自らを鍛えた。
これでバッドエンドは回避できると思ったのだが…。
「ぐっ…回復力がすごい…斬っても斬っても倒せない…!」
私は今さら思いだした。これはPLが王都を救いに駆けつける前に騎士姫が敗北する唯一のシナリオだったことに。
王都を護る騎士姫の必死の足止めにより悪竜は弱りPCの騎士と歌姫がなんとか倒せるようになるのだが騎士姫が倒れて戦力にならない事前提のシナリオなのだ。まあ死にはしないが問題はここにPCはいないということ。このままではバッドエンド決定。鍛えた戦力達もだんだんと倒されていく。私も竜のブレスの前についに膝をついた。
(あーこりゃダメかもな…)
そう諦めかけたその時。
「ハァッ!!」
一人の騎士が颯爽と現れ竜を切り裂く。
「ルーナ姫、だから歌姫に専念しろと言ったんだ、そうすればそんなに傷つく事も無かっただろうに。」
「貴方は…!」
それはリチャードだった。また何故か騎士をやめさせようとしてくるが無視だ。とにかく今は自分と同レベルがいてくれるのはありがたい。
たとえPCがいないこの世界では無意味だったとしても。最後の悪あがきくらいはしておきたい。
「騎士リチャード、その竜は王都、そして王国そのものを滅ぼそうとしています!どうかその剣にて討ちやぶって下さい!」
「分かっているとも。では今より我が騎士の力解放しよう!」
キャラ変したの?と聞きたくなるくらい以前城に来たときとはうってかわって熱い感じで彼は竜を切り裂いていく。驚いた事にあんだけ再生していた竜の傷は癒えていかない。それはつまり。
(つまり彼はPCだったってこと?)
ならば今までの強さも納得できる。きっと私と同じく転生者なのだろう。なぜPCとNPCという差が生まれたのかは疑問だけど。
(だとしたらあいつロールプレイ下手だなあ…)
無口キャラなせいで話続かないしそのくせ自分の主張は言い続けるし。一緒に卓を囲んだら絶対面倒くさくなるタイプだ。転生者同士お話しというのはやめといたほうがいいかもしれない。
PCだったリチャードの活躍によって竜に傷は増えていく。しかしまだ倒れる気配はない。
元々『伝説の再来』はPL4人と歌姫のキャンペーンの最後に挑む事を想定されたシナリオだ。ソロで倒せるようには出来ていない。他の私でも倒せるような敵ならまた違ったのだろうが…。
しかも彼には歌姫がいない。どうやら封印のたびに違う歌姫と戦っていると彼を調査したときに書いてあった。今は戦いの最中ではないのか歌姫を連れてさえいない。歌姫は竜を封印するだけではなく古の歌によってバフやデバフに回復なども出来る。さらに重要なのはシナリオ1回だけ使える必殺技の解放だ。好きな名前をつけることが出来、歌姫と絆を深めるごとに強くなる。そしてこのシナリオはキャンペーン分の絆を乗せて放った必殺技で竜を倒すのが前提のシナリオなのだ。バフなどは今も私もかけている。でも必殺技は出来ない。あれはクライマックス戦闘までの旅で育んだ絆レベルがないと解放されない。私とリチャードは一回も旅なんてしていない。だから…無理だ。
ならばせめて騎士として動こうと体に力をこめた時リチャードがこちらに向けて叫んだ。
「ルーナ姫!騎士として助けるのではなく歌姫として我が剣の真の力解放してくれないか!」
「でも…!それは絆を力に変えるもの…。一度会っただけの私では…ここに貴方と旅した歌姫いたならば…」
「大丈夫だ!俺は王城で一目会った時からそう確信している!!そう俺とお前なら!」
ついに二人称まで変わっちゃったぞとかいやお前もPLならゲームシステム的に無理って分かるでしょという思考は次のリチャードの言葉によって固まった。
「今までで最大の星の剣を放つ事だって出来る!」
(えっ今なんて?)
突然出て来たフランス語、しかもこの妙に恥ずかしくなるこの感じ、そして何故か聞き覚えがある。頭の引き出しを引っ張り出して答えを導き出すと同時に私は顔から湯気を出しそうになった。
(こいつ私が一番最初に作って失敗したPCだあー!!!)
アルビオンを始めたばかりにも関わらず設定を詰めこみ好きなタイプの異性をやろうとし見事に失敗しセッションではろくにロールプレイが出来ずに終わってしまった反省案件。名前が推しに似てるのも当然だ、だってモチーフに入ってるもん全然似なかったけど!!
(ということは今まで散々こいつに思ってきたロールプレイ下手とか設定ぶれてるとかは…全部ブーメラン…!?)
恥ずかしい、恥ずかしすぎる。もうやだ。バッドエンドとかどうでもいい。おうちかえる!
そんな私の心中なんて無視して奴は私に期待の視線を向けてくる。だからなんでそんな自信満々なんだ俺はお前の黒歴史なんだからお前の事なんてなんでも分かってるってか?やかましいわ!!!
しかし染みついた騎士姫ロールは私にそんな叫びを声に出す事を許さない。だから結局
「…分かりました。奇跡を信じましょう。花の女神よ、虹の女神よ、私を護る騎士に真なる輝きを。絆よ剣となれ。」
と必殺技解放の歌を歌うはめになるのだ。
歌った瞬間彼の体がうっすらと光り出す。…どうやら本当に出来てしまったらしい。
「ありがとうルーナ姫。では征くぞ!」
そして奴は必殺技の詠唱を唱え出す。本当は不要なんだけど私がその他欄に書いた長々とした詠唱。結局セッション中は時間足りなくて使わなかった。あーやめてこれ以上あの時のセッションを思い出させないで…。そんな私の祈りもむなしく彼は必殺技を詠唱し…冒頭に至る。
悪竜を倒した後ガヤガヤと騒がしい中で奴、リチャード・プアスが私に近づいてきた。
「ルーナ姫、貴女にお願いしたいことがある。」
正直この黒歴史を目に入れるのも苦痛なのだが騎士姫として悪竜を倒し王都を救った騎士をむげにするわけにはいかない。
「どうかしましたか?報償の件なら心配しなくとも…」
突然リチャードが私に跪き私の手を取る。
…そういえば。奴の「設定」にこんなのがあった。彼は騎士であれ歌姫であれ旅した者に特別な感情を抱く事はない。なぜなら既に憧れている人がいるから。そしてルルブから適当に選んだその憧れの人とは…
「どうか騎士姫ではなく俺の歌姫として共にいてくれないだろうか、その歌に恥じぬよう働く事を約束しよう」
「お断りします!!!」
以前作った黒歴史がやってきたどころかプロポーズまがいのことまでされた事で精神の限界に達した私が思わず王都中に響き渡る声でそれを断り、それをまだ力を示しきれていないからと勘違いした奴がついに騎士姫の悲願たる竜の完全討伐を成すのはまた別のお話…