鬼隠し 2日目 逃げまどう生徒
隠しが始まって十五分ほど経過した。
雄一朗たちは建物の中を行ったりきたりしていた。
夜魅の考えで隠れるより動きまわった方が良いということがわかったからだ。
「夜魅さんの考えもときにはさえますね」
雄一朗が走りながら先頭を走っている夜魅に言う。
夜魅はその言葉が少しご不満だったようだ。
雄一朗のほうを振り返るとベー、といわんばかりに舌をだした。
少し楽しそうに笑っている雄一郎。
夜魅もその微笑みを見てか少し驚いて、少し微笑んだ。
「分身ちゃん楽しそうじゃないわね・・・」
気づくと夜魅が見ていたのは顔を下げてしょんぼりとしていた明美だった。
先頭である夜魅はバック走をしていた。
「えっ?」
明美は驚いて顔を上げる。
すると夜魅は何かに驚いたようだ。
「分身で・・・伝わるんだね・・・」
夜魅が少し笑いながら言う。
明美は顔を赤くしてまた下へさげる。
「ははは」
夜魅が楽しそうに笑うと明美も微笑した。
顔を下げていったため夜魅は気づかなかったようだ。
だが雄一郎はその明美の表情を見ていた。
そして幸せそうに微笑むとふたたび前を向く。
夜魅も後輩いじりに集中できなくなってか前を向こうと体を回転させた。
だが、ここで夜魅に罰がくだされる。
夜魅は左足を後ろにおいて体を横に向け、右足を突き出す。
そのときだ。
ほんとによくなぜこうなったかは分からないが、夜魅の右足は左足にぶつかり、左足に敗北。
そのままあえなく、転倒・・・するのが普通だろう。
だが夜魅はこう見えて体操部だったりする。
しかもこんなムチャクチャな人が3年が引退した状況ではあるが『部長』なのだ。
夜魅は人並み優れた身体能力を身に付けていた。
だが今回の足のなぞのからまりについては他言無用でいってもらいたい。
そして夜魅が罰から逃れるためにこの身体能力を利用した。
なんと夜魅は倒れる瞬間手を伸ばし、突如側転にきりかえる。
さらにそのまま続けてバク転、バク宙を軽々と決める。
・・・・・・というのが本来の夜魅の本気であった。
だが今回はなぜか側転をしなかった。
ロンダートに変えて、それにもかかわらずパッと美しい着地を見せた。
つい夜魅は両手をYの字のようにあげたかった。
だがそんな喜んでいることはできない。
夜魅は2人の横に並んで走り始めた。
「振り返ったらたぶんおしまいだと思うよ・・・?」
夜魅が少し怖がりながら言う。
明美はすでに分かっているようだった。
雄一郎も少し時間をとったがなんとなく後ろに何がいるのか把握できた。
「楓・・・追ってきてるんですか・・・?」
雄一郎が夜魅を見て心配そうに言った。
夜魅は雄一郎の方を向くと軽く首を振る。
「いや、でも楓チャンがいたのは確かなんだよ・・・」
夜魅の声が次第に小さくなった。
雄一郎は覚悟を決めて1つ深く息を吸った。
そしてパッと後ろを振り返ってみる。
後ろは真っ暗で何も見えない。
だが時々何か金属が光沢をみせた。
時折、血のように赤い何かが鋭く光る。
ただその光や、赤い光はこちらに近づいているのではなく、少し遠くで動いている
だけだった。
雄一郎は目を丸めながらゆっくりと首を動かして前を向く。
そしてあることに気がついた。
「夜魅さん。今何時ですか?始まって何分経ちました?」
雄一郎が少し前を行く夜魅へ同時に2つの質問をなげかける。
すると夜魅は少し困ったような顔をして右手につけていた時計を見た。
「あぁ〜もういっぺんに2つの質問しないでよ・・・!」
夜魅はそう雄一郎へ少し怒るように言うと時計を色々な角度からのぞいている。
だがオシャレでデジタルでない時計にしたせいで時間が分からなかった。
夜魅は与実と違って勉強の面において非常に衰えている。
別に時計の針が何時なのかさえ分からないわけではない。
時計を闇が包み、その針を隠しているのだ。
そのため夜魅は黙り込む分身よろしく、と言って残念そうに顔を下げる。
明美は突然当てられてふと顔を上げる。
だが明美は時計も何も分かるものはもっていなかった。
雄一郎はそれを理解するとため息をつく。
だがここで予想もしえないことが起こった。
「午後、六時三十分三十二秒」
つまり鬼隠し開始から三十分三十八秒経過しているということかな?」
明美は時計もなしに正確な時間を割り当てた。
それに時間を言った時間と鬼隠しの開始時間を言った時間の間の誤差まで計算
し、補正していた。
あまりの出来事に雄一郎は明美を見て黙り込む。
その出来事に驚いたのは雄一郎だけではない、夜魅もである。
明美は2人にじーっと見られているのを感じると顔を赤くして下げた。
「私、体内時計が結構正確なんだよね・・・」
と少し恥ずかしそうに小声で言う。
とはいっても正確すぎる体内時計だな・・・と雄一郎も夜魅も思っただろう。
2人の目線は前へ戻る。
「あっ!」
明美はそう言って顔をパッと上げて2人を見る。
「ん?どうしたの?」
「いやさっき後ろで何が起こっていたのかなーって・・・」
・・・・明美は後ろで何が起こっているのか分かっていなかった。
顔を下げているだけでそこまで見え方が変わってくるものだな・・・。
・・・・・・・まぁいい・・・・・・。
すると夜魅と雄一郎は前を向いて顔を下げる。
それはあまり楽しい出来事ではないことを身をもって知らせるサインのようだ。
そして先に口をひらいたのは夜魅だった。
「・・・・楓が・・・」
夜魅は途中まで言いかけたが、それ以上先のことを言いたくないようだ。
明美は真剣な表情になって顔を下げかける。
「殺してた」
雄一郎の口からはかれたその言葉には裏切りと絶望がひめられていた。
だが明美は驚いた表情を一切せず雄一郎に見て詳しく説明するよう言いかける。
雄一郎は軽くコクリとうなずくと雄一郎は自分の見たことを話し始めた。
「楓が・・・おそらくナイフを持って、生徒を刺してた。
光沢が何回か違う位置で光ったからおそらく何回もだと思う。
死んでも刺して、刺して、それでも刺して・・・」
雄一郎は見たことを明美に打ち明けると少しスッキリしたのか肩の力が抜ける。
明美は冷酷な表情をすると前を向いた。
雄一郎も話しているときはだいぶ動揺しているようだったが今は落ち着いている。
・・・沈黙が3人を取り囲む。
ただ聞こえてくる音は廊下を走る音だけ・・・。
タタタタタタタタタタタッタッタタタタ・・・
3人の足音が重なったり、不規則にずれて足音は何かリズムを刻んでいるようでもあった。
夜魅は時々不安になってか後ろを何度か振り返った。
雄一郎は顔を下げているし、明美はなんだか明美らしくない。
もしかすると夜魅はこういう雰囲気が苦手なのかもしれない。
もともと黙っているよりしゃべっている方が似合う夜魅だ。
さすがに慣れない空間はきつかろう。
「・・・・・・」
あのさ、と夜魅は2人に言ったつもりだった。
だが何を話してもそれは声、音とならずにかき消される。
しかもそれに気づいているのは夜魅だけのようだ。
夜魅は恐ろしく不安な気持ちになった。
声が相手に届かない。
これは人にとって一番の恐怖なのかもしれない。
声が聞こえないならば、助けの声は当然聞こえない。
その状態で捕まったらもうおしまいだ。
夜魅はそんなことを考えて息をのんだ。
そして首を勢いよくふった。
おそらく恐怖心から逃れるために夜魅なりの工夫なのだろう。
夜魅の心から恐怖心はだいぶゆらいできたようだ。
それと共に夜魅の顔にやすらぎの表情がうかびでてきた。
夜魅は自信を持って前を向く。
そのときだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
明美の叫び声にやっと夜魅は現実へ引き戻された。
夜魅は自分がいつ現実から目をはなしたのか分からなかった。
だがそんなことは今重大ではない。
今重大なのはこの場で起こっていることだ。
夜魅は少し頭を痛めながら自分が倒れていることに気づいた。
恐る恐る立ち上がる。
そして明美の目線の先に何かおぞましいものにおびえていることに気づいた。
明美の体はビクビクと小さく震え、目を丸め、恐怖心に負けそうになっていた。
心が折れれば、鬼隠しは・・・負け。
そう思った夜魅はあわてて明美の視線の先を見る。
そして、自分の心の中からほぼ消えたはずの恐怖心がわきでてきた。
夜魅と明美が見ているものは雄一郎を壁へ追い込み楽しむ楓でだった。
雄一郎は息をのみ、絶体絶命をすべての感覚で感じていた。
「ふぅ、まさか二日目で殺しちゃうとはねぇ・・・」
――――楓はナイフを軽くペロッとなめるとニヤリと笑い、雄一郎に襲い掛かった。