鬼隠し 3日目 真の鬼
目が覚めると雄一郎は横になったまま拘束されていた。
拘束器具は黒い十字架を横に倒したものだった。
拘束はなんともあらいものである。
手はピンと伸ばされ手のひらに錆びかけの釘を十字架に打ち付けて拘束しているし、
足も伸ばされ、足首のあたりから十字架に釘をうちつけられていた。
釘はかなり深く刺さっていて人の力では抜けそうになかった。
それに雄一郎は何かを予知しているのか天井を向いたままだった。
手足の痛みも打ち付けられた後であったためさほどないようだ。
雄一郎は一度ゆっくりとまばたきをすると息をはいた。
戸が開く音が聞こえてくる。
ガララ・・・
だが雄一郎はそれに驚きもせずただ天井を見つめていた。
まるでさっきとは別人のようだ。
「雄一郎・・・・」
何か聞いたことのある声に、雄一郎は目をピクッとさせる。
「・・・・楓・・・?」
雄一郎がつぶやくようにたずねた。
・・・・・・・・
沈黙が2人の間をよぎった。
すると相手は微笑をする。
「・・・もうオレは楓じゃない・・・ただの『鬼』だ・・・」
少し笑い事のように言うが何か悲し気があった。
雄一郎は少し残念そうな顔をする。
「で・・・でもっ!」
と楓は何かを弁解するような話の切り出しをした。
「・・・最初は、お前を殺そうと思った。でも、今は・・・・」
楓は顔を下げて黙り込む。
雄一郎には楓が何を言いたいのかある程度分かっていた。
大きく息を吸ってはくと雄一郎は楓にたずねる。
「ボクをどうしたいの・・・?」
その声に楓は少し動揺したのか少しあせりを見せて顔を上げた。
「君だけは・・・・・逃がしたいんだ・・・・」
楓の話し方からして、あまり自信はあるようには思えない。
・・・・・・・・・・・・・
雄一郎も楓も話す言葉が思い浮かばない。
少しの沈黙の後、雄一郎が楓になぜか例え話をしはじめた。
「ねぇ、楓は『裏切り』って知ってるよね?」
突然の質問に楓は少し返答までに間ができた。
「あ、あぁ・・・」
「これは例え話なんだけどさ、もしボクを逃がせたとして楓はどうなるの?」
楓はそれに答えられないのか答えたくないのか顔を下げて黙り込んだ。
雄一郎に少し悲しそうな笑みがうかんだ。
「ボクは、楓を助けられなかったから・・・今度だけは・・・助けたい・・・」
あまり力はこもっていなかったがそう思っているのは確かなようだ。
楓はものすごくつらそうな顔をするとあわてて雄一郎の釘を抜こうとした。
雄一郎を絶対助けるという思いがあったようだ。
楓の手が雄一郎の右手の平に刺さっている釘に触れた。
その瞬間・・・
突然、楓の動きが止まった。
そして楓の首が少しずつずれていって、顔と胴体とに分かれていく。
ドサッ・・・
楓の顔は無残にも床に落ちた。
体が横に倒れていく。
「裏切りは許されない・・・・・」
楓の体は雄一郎の視界から完全に消えた。
雄一郎は驚いて声のした方を向いた。
そこにいたのは誰もが尊敬し、称える・・・
だが今は日本刀を片手に服には返り血が布地の色より多くついている。
目は赤く染まっていた。
そこにいたのは・・・双子の妹の・・・
紅瑠牙与実だった。
与実は冷徹な表情で日本刀を一振りする。
すると刀身についていた楓の血が刀から遠心力でふきとぶ。
楓が殺された・・・。
今の雄一郎にはもう何かを考える力など残ってはいなかった。
目の前で友達が首からなくなるのを見れば当然だろう。
与実は少しずつ雄一郎に近づく。
雄一郎はもう自分はどうすることもできなかったとショックにみまわれていた。
意地になってまで救おうとした楓がこんなに簡単に死んでしまうなんて・・・。
「ふぅ・・・こいつは鬼血を自在にあやつりすぎだ」
与実はそう言って転がっていた楓の生首に日本刀を刺し込んだ。
グプチュゥゥゥ・・・
刀はゆっくりと耳の上あたりを通ると反対側に貫通した。
与実が刀を抜こうとすると生首は刀に刺さったままついてきた。
それにイラだったのか与実は少し不機嫌そうな顔をする。
地面に対して45°くらいの角度に刀身をたてると生首に足をおいて刀をおもいきり引いた。
そうすると生首は与実の持っている刀から抜け、地面に転がる。
少し落ち着くと与実は雄一郎の方を見た。
雄一郎は恐怖そのものの視線を感じ、与実のほうを見た。
気づくと与実は既に十字架のすぐそばまで来ていてもう雄一郎を殺せる状態だった。
それと同時に雄一郎の心に恐怖心がこみ上げてきた。
殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される!
雄一郎にはもう自分が殺されてしまうという予測がたっていた。
だがそう気づいたときにはもうおそかったのかもしれない。
「ッ・・・・・」
雄一郎の心臓近くに与実は日本刀をチーズにつまようじを刺すようにスルっと刺しこむ。
雄一郎は体をピクッと痙攣させた。
だが与実はわざとやったのか心臓を貫通させていなかった。
まるでじわじわと痛みを味わわせて殺すかのように・・・。
そのため雄一郎はまだ一命をとりとめていた。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
雄一郎が自分の死を拒絶していると何か1つの考えが浮かんだ。
自分のその考えに少し納得したように微笑した。
そしてニヤリと怪しげに笑うと突然大声で笑い始めた。
「アッハッハッハッハッハッハッハ」
死を直前にしておかしくなったのかもしれない。
与実はそれを少し疑問に思って刺していた刀をズバッと引き抜いた。
「ゥ・・・」
少し雄一郎は痛がると突然険しい表情になった。
「あとは出血で死ぬだろうな・・・まぁ・・・聞こえてないか・・・」
与実はそうつぶやくように雄一郎に忠告する。
突然雄一郎がふざけるように笑い始めた。
「ハハハハハハハハ!」
与実は少しまゆをひそめた。
「自分が死ぬとわかっておかしくなったか・・・?」
与実の言っていることは正しいかもしれない。
だが突然雄一郎は与実に語りかけた。
「分かったんだよ・・・」
「何がだ?」
雄一郎が少し間をあけて答える。
「今殺されそうになって死にたくないって思ってたけど…死にたくなければ………」
そう言って少し黙り込むと雄一郎は十字架から立ち上がった。
釘は抜いたというより強引に手の穴をひろげてとおしたようだ。
与実のほうを向いた。
少し与実は驚いて刀を構える。
「死にたくなければ・・・・殺しちゃえばいいんだ!?」
雄一郎はそう楽しそうに言うと十字架から与実に襲い掛かった。
「がっ・・・!」
刀の振りより、雄一郎の飛び込みの方が早かったようだ。
与実は壁におしつけられ、首を雄一郎にしめられていた。
「ッハッハッハッハッハ!」
雄一郎は楽しそうに笑いながら与実の首を絞め続ける。
「うっ・・・・・」
与実は次第に息ができなくなっていった。
だがそれでも雄一郎は首をしめつづける。
「ぁっ・・・」
声にならない言葉を与実が言った瞬間だった。
与実の首の骨は雄一郎の手によって粉々に粉砕された。
雄一郎がそれに気づいて少し不機嫌そうな顔をすると首から手をはなす。
与実の首はもう、しおれたリンゴのようにグチャグチャになっていた。
もう指2本分くらいの太さしかない。
ガチャッ!
与実の持っていた日本刀が床に大きな音をたてて落ちた。
雄一郎はしばらく与実の変死体をながめつづけている。
どういう目的化はわからない。
だが何かを観察するかのように見続けていた。
ガララ・・・
突然戸が音をたててひらく。
雄一郎は俊敏に反応に戸のほうを見た。
「・・・・!なに・・・これ・・・」
来ていたのは明美だった。
2つ転がった死体を見て目をまるめ、口をおさえた。
ふと明美と雄一郎の目があう。
「・・・・・・・」
雄一郎ならば明美の生存を喜べるはずだった。
だがなぜか今の雄一郎には明美を殺したくて仕方が無かった。
「雄一郎クン・・・!」
明美がそう言って教室に入ろうとする。
「入ってくるな!」
雄一郎が顔をそらして明美に大声で言った。
その声に反応して明美はピョンと教室の外にでる。
今雄一郎は殺したい気持ちをおさえているようだ。
「どうして・・・?」
明美が率直に聞く。
雄一郎はその質問には答えられなかった。
それが、明美のためでもあるからだ。
「・・・・・・」
「ねぇ!答えてよ!」
明美が心配そうに雄一郎に言う。
雄一郎はすぐに首を振った。
「言ったら・・・言ったらダメだ・・・言えない・・・・」
明美の表情は優れないようだ。
「言わなくてもいい・・・でもそれを決めるのは自分なんだよ・・・?」
明美の言葉のせいか雄一郎の欲望は完全に解き放たれた。
雄一郎がニヤリと笑う。
「それじゃあさ・・明美・・・キミを殺してもいい・・・?」
明美は一瞬え?、と言おうとした。
だがそんなことを言う暇もなかった。
雄一郎はもう明美の目の前で片手に日本刀をもち、明美の横腹に刺し込んでいた。
ゆっくりと引き抜く。
殺すという欲望に負けたが理性があったのか急所を完全にはずしている。
明美は刺さっていた部分を両手でおさえて後退した。
「・・・・雄一郎・・・・クン・・・・?」
雄一郎はその瞬間に何か良心のようなものが目覚めた。
ふと顔を手でかくす。
「あぁぁぁああああああ!!」
雄一郎は日本刀を手放し振り返ると勢いよく走って窓を突き破って外へ出た。
パリィィィン!!
窓の割れ、破片が教室内にこぼれおちる。
気づくとここが3階であることに明美は気づいた。
そして痛みをこらえながら窓のほうへ近づいていく。
下をのぞきこむ。
すると雄一郎は運動場に飛び降り自殺をしたように倒れていた。
血が雄一郎の周りをかこむ。
まだ意識があるようで時折指先がピクリと動く。
それに驚いて明美は窓をのぞくのをやめた。
だがそれと同時に出血によるめまいにおそわれ気を失い、その場に倒れこんだ。
その瞬間、闇は太陽の光に焼き尽くされ、朝がおとずれた。
生存者 島原明美ただ1人