鬼隠し 3日目 疼き
雄一郎がふたたび目を覚ました頃にはもう空は闇につつまれようとしていた。
もう鬼隠し開始まで、さほど時間はない。
雄一郎は体を置きあげると妙なだるさを感じた。
目を少しつぶって顔をおさえると唇が動いた。
音を発していなかったため何を言っているのかはわからない。
だがまるで雄一郎でない別の人がしゃべっているように唇が何度も形を変える。
はっきりとした動きではないので唇の動きから言っていることを理解するのは無理なようだ。
唇の動きがやみ、雄一郎は口を閉ざした。
雄一郎は手を下げると両手を腰の近くでベッドに手のひらを向け置いて手を伸ばし、
お尻を浮かせそのまま伸ばした手を前へ伸ばすと何かの原理で体が後ろに下がる。
そして体を回して、ベッドから立ち上がった。
その瞬間に一瞬目がぼやけ頭がふらつく。
雄一郎はそのまま壁に背中を向け壁に少し音をたててもたれかかった。
少し呼吸が乱れている。
体も重いという感じだろうか。
その症状としては熱に似ているのかもしれない。
だが雄一郎は何かに誘われるように壁から背中をはなし少しの間立ち続けていた。
目が泳いでいて自我をハッキリ保っていないようだ。
だが雄一郎はそんな状況にかまわず保健室の戸までゆっくりと歩き始めた。
一歩一歩歩いているがどう見てもまっすぐ歩けていない。
時々フラッとなるがすぐに体勢をもどした。
今雄一郎は何かの目的でこんな体調でどこかへ向かっているようだった。
目的、理想、願い、そんな考えがおそらく雄一郎にあるのだろう。
雄一郎は戸に手をかけた。
ガララララララ・・・
戸は特徴的な音を出して開いていく。
雄一郎は戸が完璧に開ききる前に体を半分戸の向こうへ踏み出していた。
戸がすべて開ききる前に雄一郎は戸を通り抜ける。
ゆっくりと振り返ると戸を閉めた。
雄一郎にふたたびめまいが襲い雄一郎は戸に両手をつけた。
手をつけたまま顔を下げる。
体調は先ほどより崩れていた。
それのせいか雄一郎はまるで何かに怯えるような表情をしている。
だがつばを飲み込むと再び顔を上げ廊下を歩き出した。
もう雄一郎は歩くこともままならないほどになっていた。
歩行のリズムも一定ではないし、前もあまり見えていないようだ。
だが雄一郎はなぜか立ち止まることをしない。
人間というのはPC(Computer)のような強制終了という機能をもっていない。
もしあるとすれば、それは死だ。
いや、正しく分けるならばシャットダウンが自殺で強制終了が他殺だろう。
眠るという行動はまだ脳が稼動しているためシャットダウンとは言いがたい。
眠るはある意味ログオフなのかもしれない。
人間には1つの魂しかない。
だから起きる際はその魂にログインする。
だがもし・・・その魂が2つあったとしたら・・・。
雄一郎に現在必要なのは睡眠、つまりログオフだ。
だがなぜか雄一郎はそれをしないどころか拒んでいるようにも見える。
一体なぜだろうか。
だが少しずつではあったが雄一郎の体調は回復していっているようだ。
歩行のリズムに一定さがみられるようになった。
だがそれと同時に何か自分にとって必要なものも失われていくような気がする。
雄一郎は左手に見えた階段を見ると方向転換をして階段を上った。
保健室は大抵1階にあるものだ。
階段は上から見ると四角形の真ん中に小さい四角形があるような感じ。
そのため階段は縦が段で横が平面のような状態である。
雄一郎は半分を上りきって窓につきあたった。
横を向いて進んでまた向きを変えて階段を上りはじめる。
そして1階から2階へ完全に上がりきった。
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
そのとき突然生徒の叫び声が下で聞こえた。
そこまで近くはないがそこまで離れてもいない。
中くらいの距離で聞こえた。
雄一郎はふと階段のほうを振り向いた。
窓にはもう分からないほどの光しかはいってはこなかった。
雄一郎はふと鐘の音が鳴っていないことに気づく。
目覚めたときまだ確実といっていいほど18時はまわっていなかった。
だが先ほどの叫び声は鬼に捕まった証拠だ。
ならば・・・・・・・
と雄一郎は予想のつく行動をとった。
階段をまるですべるような速さで駆け下りる。
そして残り3段目までくるとバッと飛び降りた。
それを二度繰り返し雄一郎は1階に即たどり着き右左を少し確認すると左へ向かった。
タッタッタッタッタッタ・・・
廊下を走る音が雄一郎を追い抜くように聞こえてくる。
今おそらく楓は暴走しているだろう。
それを雄一郎はわかっているのかもしれない。
だが雄一郎は一度失敗した。
雄一郎はその後悔と未練を楓を救うことでなくしたいと思っているようだ。
だが・・・・
今の雄一郎に楓は救えない。
いや、今の楓を今の雄一郎が救うことはできない。
それに楓を救うこととして正しい選択は1つしかない・・・。
その方法を今の雄一郎では絶対にできない。
なぜならその方法が・・・・・
―――――殺す(強制修終了)ことなのだから