第九話.確認
来客用宿、とは言うものの。
魔力式階移動――所謂エレベーターが設置されており、各部屋にはシャワー、地下には大浴場もありマッサージやらサービスも充実、まさに一流ホテルクラス。
そして防御魔法も敷かれ、兵士の見張りは何人もおり、何よりもオルランテ城敷地内にあるこの宿は最も安全な宿と言えよう。
「こりゃあいいねえ」
四階建ての最上階から見る景色は思ったとおり、最高の二文字を与えてくれる。
陽光に照らされている海は美しく輝き、反対側を見れば実に荘厳な山々が広がっていた。
海から運ばれてくる潮の香りも悪くない、心を落ち着かせてくれる。
「夕食会には是非とも参加していただきたいのですが」
「夕食会か、うん、出るよ」
じゃないと物語は進まないしね。
「ありがとうございます、では準備ができましたらお呼びさせていただきます。何か御用がございましたらそちらの魔力式通信機でお気軽にご連絡ください」
「うん、ありがと」
そして専属メイド付き、現実であれば一体一泊おいくらかかるのでしょうね。
魔力式通信機は……なるほどなるほど。
形は俺の想像と近いな、少し骨組みっぽい感じではあるけど一応電話の形にはなっている。
この世界ではまだ一般家庭には浸透していない代物だ、内臓されている魔力の込められた石と魔法式によって通信を可能としている――設定だ。
それよりも。
部屋に入るやまたあれだ。
……原稿が落ちている。
--------------------------------
アリアは部屋に案内されてから気がつく。
敬愛する悠斗と部屋が一緒ではないという事に。
しかしこの宿の一室はオルランテでは最高級、一先ず入室してあたりを見回してはみる。
どれもこれも高級品で取り揃えられており、彼女が住んでいる部屋とは比べ物にならない。
ベッドも申し分なく、感動の声を上げるも……やはり納得はいかず。
これほど満足のいくものに囲まれていても、悠斗と一緒でなければ意味がないのだ。
彼は隣の部屋、壁に耳を当ててみるも――
「くっ……まったく聞こえません!」
何も楽しくもなく。
何も嬉しくもなく。
ベッドの枕を彼に例えて抱きしめて何度も接吻をしては転がって彼の名を叫び続けるアリア。
「やっぱり、一人は嫌です!」
いてもたってもいられず、彼女は部屋を飛び出した。
--------------------------------
……アリアは今このような状態なのか。
しかしこの原稿、一体何なんだ?
前にも一枚拾ったが、書いているとおりになっていたよな。
とすれば、この後はアリアが俺の部屋にやってくるのだろう。
「――悠斗様っ!」
「はいよ」
ああ、やはり。
原稿に書いていた通りの事をアリアは部屋でやっていたようだ。
なんだかこの原稿、パソコンで書いていた時の事を思い出すな。
原稿用紙に書けるソフトを入れて物語を書いていたものだからね。
もしや、それが原因でこの原稿がこの世界に紛れ込んでいる――とか?
……どうであれこれからまた原稿が見つかった場合はすぐに確保と、内容の確認をしなくては。
これは、貴重な情報ともなる。
「悠斗様とお部屋が一緒じゃないのが誠に遺憾です!」
「仕方ないだろ、俺達は予約もしてない客なんだし一人部屋であれ用意してもらえただけ幸運だよ」
「あわよくば夜に悠斗様のベッドの中に入り込んでそりゃもう夜の大魔法をどーんと……」
何を真面目な顔して言いやがるんだこの子は。
本来はこんな事言う設定ではないはずなんだが、俺を作り手と認識しているあたり、彼女は俺の考えたとおりの登場人物ではないと見ていいのかな。
「入室禁止にしてもらうよ?」
「はぅあ!? つい本音が!」
あとその枕はいつまで持ってるつもりなんだい?
「このミネリルル、お客様が快適に過ごされるためならば如何なる手段も用いてでも……!」
「ほぁあ!?」
僅かに開いた扉の隙間からミネリルルが顔を覗かせていた。
そーっと、扉が閉められるまでのその光景はちょっとしたホラーだ。
下手な行動に出たらどうなるか、そんな警告はひしひしと伝わったであろう。
「城の食事会まで時間があるなあ」
ベッドに飛び込んでみる。
ちょっとした、旅行気分だ。
幼い頃に一度叔母さんと旅行した事があったけどその時も最初にベッドへ飛び込んだなあ。
「ふっかふかだ、いいねえこれ」
「私も飛び込んでよろしいでしょうか?」
「ベッドに? 俺に?」
何故上着を脱いでじりじりと俺に寄り添っているのだろう。
ベッドの空いた場所ではなく明らかに俺の正面に位置取りをしている。
「勿論悠斗様に決まっております!」
「そんな断言されると反応に困るよ」
枕を盾に防御体勢を固めるとする。
ようやくゆっくりできる時間もできた、少し思考の整理をしよう。
「少し……確認していいかな?」
「確認、ですか?」
「うん、そうだな……。君が知っている俺の事、詳しく教えてもらえる?」
「悠斗様は作り手、そして神でございます!」
「いや、うん……」
そんな無垢な表情で、一点の曇りもない瞳で言われると戸惑ってしまう。
しかし聞きたいのはそういうのでなくてね。
「作り手ってのは、俺は……話担当だから、物語の作り手っていう理解でいいのかな?」
「はい、おそらくは、ですが。正直、作り手というもの自体どういった意味なのかは定かではないのですが、ただ、こう、なんと申しましょうか……命を吹き込んでくださった神という認識ははっきりとしております」
ふぅん、その辺は曖昧のようだな。
「俺がその作り手だっていうのは誰かが教えてくれたの?」
「それはですね……悠斗様がこの世界をお作りになられた五人のうちの一人だという事、今日この国へ訪れる事、そしてそのお姿もある日唐突に、私の思考の中に流れ込んだのです」
「流れ込んだ……?」
「いつの日だったかは覚えておりませんが、この日のために、悠斗様の足を引っ張らぬよう、希少魔法から上位魔法までばっちり覚えてきました!」
なるほど、それで彼女は上位魔法を使えるほどになっていたのか。
もはや主人公のサポート役としての存在が、主人公に欠かせない必須キャラみたいな凄腕になってしまっている。
肩書きは大魔導士でいいんじゃないかな。
「他の方々にも悠斗様は作り手だと、神だと触れ回ったのですが誰一人理解してくれず悔しい思いをいたしました」
「ふ、触れ回ってたの!?」
「今は行っておりませんよ? あんまりしつこいと聖騎士団に報告すると言われたので、仕方なくひっそりと過ごしてました」
「俺が来るまでの間、色々とやってたのね……」
一体この世界はいつからできているのだろう。
しかも主人公のエンリじゃなく俺が来るのは事前に決まっていたというのも妙な話だ。
もしかしたら。
ああ、もしかしたら――
「ねえ、他の作り手もこの世界に来てたりする?」
今後会うであろう俺の考えた登場人物、その中に作り手が混じっている可能性もある……か?
「申し訳ございません、私は悠斗様以外の所在は存じ上げません」
「逆に俺だけは理解してるのも不思議な話だな」
「これはまさに」
「まさに?」
「愛ですね」
「ふーん」
「反応が薄いです!」
愛かどうかはさておき。
他の作り手もこの世界に来ているとしたら、会って話をしてみたいものだ。
あ、でも皆の顔を知らないんだから名乗ってもらわなければ分からないな。
それに俺だけがこの世界に来てしまった可能性も否定できない。
加えて。
冷静に、そう、冷静に考えて。
最初は興奮していたから、なんだか思考も麻痺していたが、よくよく考えてみて……だ。
「元の世界には戻れるのかな……? 戻る方法を知ってたりはしない?」
「元の世界、とはなんです?」
「そっか。ごめん……今のは忘れて」
きょとんと。
首を傾げるアリア。
その辺は彼女も知らないか。
戻れる方法があるのだとしたら、知る事ができたら気持ち的には楽になったのだけれど。いつでも戻れと考えると、もう少しこの世界を楽しもうなんていう余裕さえ生まれた事だろう。
今はどう気持ちを置くべきか。
割り切ってこの世界を堪能する? 死に物狂いで元の世界に戻れる方法を探す?
……それよりも、現状を一先ずは優先したほうがいいか。
多少省かれたりしたものの物語通りには進行している、きちんとこれから起こる事に関しては慎重に行動すべきだ。
一つ重要なのは、これまで物語の筋書き通りの動きはしなくても話はちゃんと進行しているという事。
些細な変化しかないから俺の考えた物語通りになっているとすれば――大きな変化がもたらされた時は、一体どうなる?
疑問は増えるばかりだ、こういう時はどう行動するのが正解なんだ?
登場人物の気持ちになって――って、もうなってるのか。
物語の登場人物の気持ちを知りたいとは思った事は何度もあるが、本当に登場人物になるとは思いもよらなかったな。
こうしている時も誰かが見ていたり読んだりしているのだとすれば、変な行動や考え事なんてできないなあ……なんて。
「悠斗様?」
天井を見上げて考え込んでいるとアリアが覗き込んできた。
「熟考を重ねているようですがいかがなされました?」
「ああいや、大丈夫。なんでもないよ」
「そういう時にかぎって何かあるような気がします」
「うっ」
図星。
思わず声も出た上に表情にも出てしまった。
「やはり何かあるのですね?」
「まぁ……その、色々と」
「話しづらい内容はお聞きは致しませんよ」
にっこりと。
口角を上げるアリア。
ほっとした反面、少しばかりの申し訳なさが心の中に、蟠りの如く残った。
「悠斗様、実は私、安堵しておりまして」
「安堵? どうして?」
「悠斗様がどういった人物かは定かではなかったので……実際にお会いしたらとてもお優しくて、そして話しやすくてよかったです」
「そう? はは、なんだか……照れるね」
とても。
ああ……とても面映いものだな、こうして直に言われると。
女の子にこんな事を言われるのも慣れていないのもあって、尚更だ。
「そういえば君は両親に仕送りのために金のいい依頼を探すのが目的だったよね? そっちのほうはいいの?」
「問題ございません、実は上位魔法を覚えてから腕試しも兼ねてギルドの依頼に何度か加わりまして、がっぽり稼がせていただきました! 仕送りも十分にできております!」
「まさか……あの兵士さん達が言ってた大魔法士級の冒険者って」
「私の事かと。騒がれたくないので顔を隠しておいて正解でした!」
オルランテの国状を考えると正解といえば正解だったかもしれない。
大魔法士級となれば国や聖騎士団も見逃さない、聖騎士団への勧誘と今後軍事面での協力もさせられていたであろう。
「それにしても悠斗様は私がオルランテへ来た理由もご存知なのですね」
「君の事は君以上に知ってるよ、なんて」
「流石我が神。ふふっ、確認のためにもためしにお聞きしても?」
「どんとこい!」
大体の登場人物についての設定は覚えてるぞ。
といっても完璧じゃないが、頑張ればきっとどれも思い出せる。思い出せなかったら、作り手失格とでも、自分で自分を罵倒しよう――するべきだ。
「では、私の両親が今住んでいるところはどこです?」
「海を渡った先のナギリア大国のオオル地区、オルランテが物騒になってきたから住む場所を移したんだよね」
「正解です!」
「ナギリア大国よりオルランテのほうがギルド依頼の数も、報酬金額も高いから君はこの国に残って暫く依頼をこなすつもりだった、合ってる?」
――合ってる?
なんていう最後の問いは蛇足に過ぎない、合ってるに決まってるじゃないか。俺が考えたんだから。
「そ、それも正解です! まさかそこまでご存知だとは」
まるで知識をひけらかすかのような、ちょっとした優越感に口が動いてしまったが……思えば今日会ったばかりの彼女にこんな話をしたら、気味悪がられないだろうか?
やってしまったかなと、アリアを恐る恐る見るも満面の笑みは崩れておらず。
むしろ感激しているようにも見える。
見える? いいや何故か感激してるね。
「全知全能とはまさにこの事!」
「ありがとう」
両手を広げて天井を見上げるアリア。
ここが外でなくてよかった、奇行と見られても仕方のない彼女の高揚は人目のつく場所では控えてもらいたいものだ。
「しかし夕食会までまだ時間あるな、昼寝でもしようかな。刺青の力を使うと疲労感も少し出るし休んでおきたいな」
「添い寝してもよろしいですか?」
「何故だろう、嬉しい誘いのはずなのにどこか抵抗もある」
相手が自分の考えた登場人物だからか?
それも、あるな。
ただ、俺への高い好感度は俺が作り手でありそれを彼女が知っているからこそで、これを利用しているような気がするっていうのもあったりもする。
ああ、まどろっこしくなっている自分がいる。
「添い寝は無理でも、一緒のお部屋にはいたいです!」
「それなら、いいけど」
「でへえっ」
なんか一瞬、笑うと共に例えようのないほどに表情がこう、ふにゃっとしたな。
まあ……いいか。
「それじゃ、夕食会まで寝るよ」
「おやすみなさいませ」
「寝てる間に変な事しようなんて、考えないでね」
「も、勿論でございますよ!」
目が泳いでるんだよなあ。
ここは、アリアを信用するとしましょうか。
俺の考えた登場人物なんだし。