第五話:原稿
この時に出てくる魔物は、普通の魔物よりも戦闘力が高い。
……教えるべきだったかな。
魔物の数は多くはないものの、少なからず被害が出てしまう。
彼女らを見送りケーキを一口。
「……俺も行こうかな」
「行くのですか? 彼らが退治してくれるのですからゆっくりしてもいいのでは?」
「食後の運動って事で」
「なるほど、では私もお付き合いいたします。補助魔法、強化魔法、治癒魔法、攻撃魔法、全て貴方様のために振るいましょう!」
正直な話をすると――。
皆を助けたいというよりも、この力を試したいというのがある。
わくわくする、してしまう。
体を動かしたい気分だ、それに身を任せたい。
「悠斗様、少しお待ちを」
「え、何?」
ハンカチを取り出すアリア。
「お口周りが僅かに、はいっ、綺麗になりました!」
「あ、うん、ありがとう」
彼女にとっては俺はそりゃあすごい存在なんだろうけど、なんかこう……もやっとする。
こういう扱い方をされるのは慣れてないから、かな。
「あの方達は港へと向かっているようですね」
「行ってみよう!」
遠くから聞こえる虎のような叫び声。
その刺すような叫び声には怒気を感じられる、被害が拡大する前に手を打たなくちゃならないな。
声のしたほうへと向かっていくやジュヴィさんの背中をすぐに捉えられた。
「君達、何故ついてくる!」
「お手伝いしようかと思って!」
「必要ない! 避難したまえ!」
彼女はそう言うも、俺の視界には建物の屋上から飛びかかってくる魔物が見えていた。
巨躯、そして尖った鱗が全身を包み込む魔物――
「ギガルガントスです! 悠斗様、お気をつけを!」
両腕の長い爪が振り下ろされる――咄嗟に俺は彼女を押し退けて構えた。
あまりにも考えるには、時間のない状況だった。
果たして構えはこれでいいのか、果たして俺は本当に神遺物の力を得たのか、果たして――と、不安はいくつも溢れてくるも、体は自然と動いていた。
どこか、そう、自信だ――今ならなんでもやれるような自信が、体を動かしてくれていたのだ。
「お、おい! 何をする!」
「ちょい待って!」
「待つって何をだ!」
刺青がうっすらと光を宿す。
体全体に何かが広がっていく感覚、どう戦えばいいのか、かつての英雄の経験が流れてくる、これならいける……!
神経が研ぎ澄まされていく――ギガルガントスの攻撃が、今ならばゆっくりに見える。
風が頬を撫でる感覚には軽く心地よささえ抱いてしまう。
身体能力も向上している、体も軽くもはや何でもできるような錯覚にすら落ちてしまいそうだ。
ギガルガントスの爪攻撃は当たらず、次は噛み付きにかかったが、俺は爪を弾いて押しのけ、更には後ろへと回り込んだ。
避けるならば後退すればいいだけの話だったが、あいにく後ろにはジュヴィさんがいる。
彼女を巻き込むよりも、回り込んでこいつを誘ったほうが得策。
「こっちだ!」
足も動く、飛び立てるんじゃないかってくらいに軽い。
「ギィィィィィイ――!」
「せぇぇぇぇのっ!」
奴が振り返ると同時に、俺は思い切り突いた。
力を込めて――ただ殴るだけ。
それだけで、ギガルガントスの上半身は吹き飛んだ。
「なっ……」
ジュヴィさんは言葉を失い――いや、周りが皆同様だ。
未知なる力を目にすれば誰もがそうなる。
ああ、一人だけ例外がいたな。
「悠斗様、流石でございます!」
大きな拍手をするのはアリア。
活躍するたびに拍手されたら叶わんなあ。
「き、君、その力は……何だ?」
「あとで説明します!」
今は魔物退治のほうを優先せねば。
俺って主人公っぽい感じになってきたかな?
「アリア、行こう!」
「はい! どこへでもついてまいります!」
「お、おい! どこへ行く!」
「この力が役立つ場所に!」
奥では兵士達が戦闘中、すぐに応戦に駆け付けるとしよう。
唖然としていたジュヴィさんも我に返って駆け出した。
「――ま、待て私も! 悠斗、君は強大な力の持ち主だったのだな!」
「悠斗様はすごいのです!」
「私もここは見せ場を作らねばなるまいか! ――迅速!」
迅速は速度上昇系魔法の短縮詠唱によるものだ。
脇道から出てきたギガルガントス――その右腕を切り落とし、反撃の左腕を軽やかに避けて瞳に刀を突きさし、そのまま貫通。
時には豪快に、時には最小限で致命傷を。
相手がどれほどの力を持っていたとしても柔能く剛を制す、それが彼女の戦い方だ。
刀についた魔物の血を、すっと刀を振って地面へと散らす。
うんうん、かっこいいぜ。
「これが片付いたら甘いものを頂くとしよう」
ギガルガントスを倒して安堵の溜息をつくも、彼女の後ろには新たにもう一体飛びかかっていた。
「危ない!」
距離を詰め、彼女とギガルガントスの間に入る。
繰り出される爪――右腕で受けるも思ったほどの衝撃は無い。
「悠斗! 大丈夫か!」
「ご心配なく!」
刺青が発光したのが見えた。
ダメージを最小限に防いでくれたのだ。オート防御って感じかな、我ながら便利な能力を作ったものだ。
次なる攻撃も、書き手側からすればどのような攻撃がくるのか予想がしやすい。
「知ってるよ、その攻撃手順は!」
一撃をお見舞いして地に臥せさせた。
「よし!」
「見事なものだね」
「申し訳ございません……あまりの神々しさにこのアリア、援護も忘れて見惚れてしまっておりました」
「まだ魔物がうろついてる、気をつけてね」
「悠斗様の気遣い、五臓六腑に染み渡ります」
「ご、五臓六腑て……」
ギガルガントスが多方面に散っていく前に残りも倒しておかないと。
今なら何でもできる気がする。
どう動けばいいのか、不思議と理解できた。
「アリア、魔法で魔物の位置は探れる?」
「はい、完璧に! 探知魔法――発動します!」
彼女の足元に魔方陣が浮かび上がる。
ジュヴィさんが使用した魔法よりも、強大な魔力量を練りこんだ魔法は、肌で感じるほどの魔力の流れからして違いがはっきりと理解できる。
アリアってただの補助役でこんな絶大な力は持ってなかったはずなんだがなあ。
「精神伝達いたします!」
すっと、頭の中に流れ込んでくるは街の俯瞰図。
魔物がどこにいるのか、俯瞰図であれば実に分かりやすい。
「おーけー、大体把握した」
「探知魔法の精神伝達、だと……? ただの付き人じゃないな? 君達、一体何者なんだ……?」
「ただの旅人です」
「ただの悠斗様の下僕です」
「下僕て」
「精神伝達は便利だな。私は北西の魔物を相手にしよう」
「俺達は東の数体を相手しましょう」
「気をつけるのだぞ」
「ジュビィさんもお気をつけて」
このあたりは住宅街、それも規則性無く建っている地帯。
入り組んでいる道を通るよりも、だ。
壁から壁へと飛び移って屋根へ――この刺青の力のおかげで体が軽い軽い。
アリアも浮遊魔法をかけて俺についてきている、浮遊魔法って上位魔法として設定してたよな? 大魔道士の裏設定でもつけてたっけ? いや、今はそれはいいか。
「あそこか」
「速度上昇魔法を付与致します!」
「助かる!」
今度は屋根から屋根へ駆ける、速度上昇も乗ってると爽快だ。
不思議だ、どこか自信も勇気も沸いてくる。自分の感情に、明らかな変化が見られる。
「女の子が襲われそうになっております!」
「追いつける!」
一度大きく跳躍、三階ほどの高さに相当するが、恐怖はない。
落下しても大丈夫、そんな核心が俺を落ち着かせている。
――着地点にはギガルガントス。
こちらに気付くももう遅い、そのまま真上からねじ伏せた。
着地による衝撃はほとんど受けていない、刺青の力はすごいな。
……って、俺が考えた力なんだけどね。
「大丈夫?」
「ううっ……」
おや、見覚えのある顔だ。
「君は……」
「あっ、この子は悠斗様のお荷物を取ろうとした不届き者ですよ!」
俺の荷袋を盗もうとした少女だ。
今日はスリが失敗したから別の獲物を探してたのかな。
「ひっ――!」
少女は俺を見て――俺の後ろを見て腰を抜かしたまま立てずにいた。
また数体現れたようだ。
それでも、負ける気はしない。
「アリア、この子に防壁魔法を!」
「くっ、悠斗様に無礼を働いた者に施しは抵抗がありますが、ご命令とあらば。悠斗様への補助魔法は何をお選びしますか?」
「必要ない、この子優先で頼むよ!」
「なんとお優しいのでしょう、名も知らぬ少女よ、悠斗様に感謝するのですよ。あの方が我々の神でございます」
何を吹き込もうとしてるんだ君は。
「アリア、余計な事言わない!」
「ひゃっ、申し訳ございませんっ」
「お嬢ちゃん、安心して。俺がちゃちゃっとやっつけてくるからさ!」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、絶対倒してくる! もし倒せたらスリはもうやめようね」
少女は激しく首を上下に振った。
可愛らしいもんだ、俺の考えた登場人物は皆愛おしい。
「じゃあ、いっちょやってきますか!」
登場人物を守る、作者にとってこれは最高のお仕事だ。
「離れてて!」
「う、うんっ」
ギガルガントスの最初の攻撃は――当然、空を切る。
目を瞑っていてもよけられるかもしれない、それくらいに、攻撃は見切れる。
「反撃だ!」
一体は腹部に一撃を与えて吹っ飛ばし、もう一体は壁へと張り付いたが――その先でも俺の拳が待っている。
「どんな行動をとるかも、分かってる!」
――二体の処理は終えた、もう一体は色が若干赤い。
炎を吐ける奴だ。
胸が膨らみ、次に頬が膨らむ――炎が口から吐き出され、一瞬で狭い路地が炎に包まれて俺達に迫ってくる。
「ゆ、悠斗様!」
「だいじょ~……ぶ!」
炎に俺は拳をぶつける。
攻撃は最大の防御なりとはよく言ったもんだ。
「裂けろ!」
拳に触れるや炎は左右へ裂けていった。
いいね、ちょっと熱かったけど。
後はそのまま突っ込んで、ギガルガントスに一撃を食らわせた。
「よっしゃ! 俺の力の勝ち!」
「お見事でございます!」
これで一安心だ。
他はもういないはず、この展開はギガルガントスの数を少なくしていて大体片づけたから、いたとしても一・二体くらいかな?
「終わったよ」
「あんちゃんすっごく強いんだね!」
「まあね!」
「ほら、ここは危ないから行った行った」
街の人達も集まってきたな。
注目されるのは好きじゃない。
「急いで離れよう」
「良いのですか? ここは皆様に悠斗様の存在を知らしめるべきでは?」
「い、いいよいいよ!」
そそくさとその場から退散するとした。
皆に何か言いたげなアリアを引っ張って。
その道中の事だ。
「ん? これは……」
一枚の紙が落ちていた。
それも土に塗れる事もなく、目に付きやすく、むしろ見つけてほしいが故にそう、置かれているかのようだった。
「何か落ちておりますね」
「なんだろう、これ」
文字が書いている、手紙……? と思いきや見覚えのあるマス――原稿用紙?
おかしい、この世界でこんなもの、あるはずがないのだが……。
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魔物達は無事に倒す事が出来て安堵の表情を浮かべる悠斗。
耳を澄ませば多方面での戦闘音は聞こえるものの、魔物の声は少なくなっている。
他所に出没した魔物達も皆退治されているのであろう。
ジュヴィ率いる聖騎士団だ、通常よりも高い戦闘力の魔物であれど彼女達の連携なら遅れはとらない。
何より悠斗が厄介な魔物をいくつか倒せたのは大きいだろう、収束もすぐそこだ。
人々もその収束を確認すべくやってきている。
人目を引いてしまうのを避けたい悠斗、逃げるようにして彼はその場から離れた。
アリアとしては彼にこの場に留まってもらい、オルランテに刺青の者が現れた事を流布すべきだとは思っていたが彼の意思を汲んでついていくとした。
皆がこの場に集中しているのであれば、パルクーレあたりは逆に人が少なくなっているかもしれないと、足を運ぶ。
しかし戻ったのも束の間、悠斗達はばったり出くわした兵士達に質問攻めに遭――
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これ以降は破れていて読めないな。
この原稿は、何なんだ?
……なんだか、気味が悪いな。
「見慣れない文字ですね」
「これは……日本語、だよ」
「にほんご? 悠斗様は読めるのですか?」
「まあね」
待てよ……? この原稿からすれば、パルクーレに戻ったら兵士達とばったり出くわすのか?
いや、まさかな。
う、うーん……怖くなってきたけどここに留まるのもな。
どちらにせよ戻らなければ。
「なんて書いてあるのです?」
「いや、たいした事は書いてないさ、気にしなくていいよ」
なんだか。
妙な気分。