第二十五話.挿絵
ロルス国の城はペテルエル山の中腹にある。
今から移動しても到着する頃には夕方あたりか。
馬車や馬の数は十分、連れてきたツェリヒさんの部隊が乗れる分もあって徒歩でない分、思ったより早くつくかも。
魔物も多く生息する地帯であるために戦闘になるかもしれないが、ロルス人はオルランテを魔物に襲撃させたように、魔物の扱いには長けている。
魔物との接触も極力避けての移動も容易いであろう。
その証拠に、彼らが作った道を走っているが魔物が未だに現れてはいない。
「何も起きないわね」
「そうだねえ、起きないに越した事はないけど」
物語的にはここいらでちょいと戦闘も盛り上がったかな?
書いておけばよかったかな~、そうすれば戦闘になって主人公である俺の活躍の場だったかもなあ。
「オルランテは今頃どうなってるのかしら」
「王女がロルス人を脱獄させたと知って大慌てになってるかなあ」
「その後の動きは?」
「えっと……ロルス国へ部隊を向かわせて、帝国の動きに気付いて戦ってくれたりするよ」
「過激になりそうね」
「そりゃあ国と国とのぶつかり合いだからね、ただ国全体ではなくて部隊のぶつかり合いだから規模は大きくないよ」
といってもだ。
戦争には変わりなく、怪我人や犠牲者も出る。
ここで素朴な疑問なのだが、物語には直接出てこないこういった時の犠牲者にはこれといって名前などつけてはいない。
モブの一人一人に名前を付ける作者はいるのだろうか。
いや、それはいいとして。
後々出る犠牲者を調べてみたら名前がついているのかどうか、少し気になった。
特に深く考えてもいなかったけど、自分がこの世界に来てしまってから、色々と……考えるものがある。
軽い気持ちで登場人物やモブを死なせたり傷つけたりする展開を考えたのは、自分なのだから。
「シナナも何か仕掛けてくるかしら」
「どうだろうね、目的も不明だから予測がつかないけど……物語的に考えるなら、ここいらで何かしてくる可能性もあるかもね」
「悠斗ならシナナという正体不明の登場人物を絡ませるなら、どんな展開にする?」
「俺なら……そうだな、この後の本来の展開はロルス国に行って帝国との対決――だけど、主人公の敵であるなら……それを妨害するような立ち位置に置くね」
「この道中、何かあるかもしれないわね」
「そ、そうなのですか!? 私も戦う準備をしておきます! いざとなれば転移魔法でお二方を逃がせるのでご安心を!」
「転移魔法でロルス国までひとっ飛びっていうのはできないの?」
「申し訳ございません茜様、私が未熟なためにそこまで広範囲の移動はできないのです……」
「未熟どころか転移魔法自体使える事がすごいんだけどね」
「お世辞でも嬉しいです悠斗様!」
別にお世辞じゃないんだけどね。
彼女を見ていると最強の力を得ているのに自覚のない天然の主人公を彷彿とさせる。
「でも俺が書くならって話であって、シナナが何か仕出かすとは決まってもいないしなあ」
作った覚えのない登場人物が、他の登場人物を殺害したり物語を掻き乱そうとしているのならば、不気味な話だ。
「あら。山がすぐそこね、近くで見ると結構な岩山だわ」
アリアの膝枕をやめて窓の外を見やる茜さん。
「それに大きいねえ」
「ペテルエル山に入るのは初めてでございます」
「あの山に入ればもうロルス国の領域さ」
「いざ、ロルス国っ!」
びしっと扇子を山のほうへと向けて意気込むもののの、一度馬車は停まった。
「……どうしたのかしら」
そこへツェリヒさんがやってきた、外も動きがあるようだ。
今まで周辺を囲うように配置されていた騎馬隊は馬車の前後へとついた、おそらくこの先は山道が狭まるからであろう。
馬車から顔を出して進行先を確認すると、ごつごつとした岩肌があらわとなった道が山の外側を沿うように伸びている。
その道を山の裏側まで進むとロルス国の城がある。
「王女様、ここからは揺れも強くなりますがご容赦ください」
「お気遣いなく」
窓から顔を出しては前後の兵士達に手を振る。
彼女なりにみんなの激励ってとこか?
馬車が動きはじめ、いよいよペテルエル山へと入る。
左手側は壁のような山肌が並び、右手側は崖下とあって正直不安だ。
ロルス人もよく使っている道だから落ちはしないとはいえ、こういうのって嫌な想像が脳裏を過ぎってしまう。
「みんなピリピリしてるわ」
「左様ですね。特にロルス人は」
馬車が進み始めてからというものの見るからに彼ら兵士達の警戒心は高くなっていた。
ロルス国周辺は魔物や多種族による危険が多い、油断は禁物だ。
「アリアは、ロルス人についてはどう思う?」
「どう……と申されましても、私は直接の被害を受けた事はないのでなんと言いましょうか……そう、野蛮な種族という印象くらいしか」
「野蛮な種族……ふぅん」
茜さんは俺を意味ありげに一瞥。
なんだよ、物語的にロルス人が世間的に印象が悪いっていうのは必要な要素なんだよ。
「きっと、この争いが終わればこれからロルス人の印象はガラリと変わるわ。そうでしょう?」
「すぐにとはいかないけどね」
きっかけはここからだ。
オルランテもロルスも、どう変わっていくかじっくり見ていきたいね。
「ぶへっ」
「あら、また紙が」
窓の外から狙ったかのように茜さんの顔へ被さっていった。
三回もこんな光景を見れるなんてある意味幸運なのでは?
「今度は何が書いてあるんだ?」
「書いてあるというより……絵が、描いてあるわ」
「絵が?」
俺達に見せてくれるその絵は――今馬車が進んでいるでこの道が崩壊しているような……そんな絵だ。
「文章に続いて絵となるとこれは……挿絵って事なのかしら」
「て事は……」
「道が崩壊すると? あ、馬車も落下していますね」
この馬車は見覚えがとてもあるなあ。
俺達の乗ってる馬車じゃないかなこれ。
「――なんだお前ら!」
外でスウたんの怒声が響いた。
誰かと揉めているのか? 周りもざわついているが。
馬車も停車している、ここは降りたほうがいいか。
「あの、どうしたんですか?」
丁度よかった。
ツェリヒさんが近くにいたので聞いてみるとする。
「んー……前のほうで何かあったようだねえ。誰かが行き先にいたようだけど、ロルス人同士のいざこざだとしたら入りづらいねえ、女の子同士のどろどろした喧嘩くらい入りづらいよこれ」
「いざこざ……ですか」
「俺達が動くと余計に警戒させちゃうし王女様を守らないといけないから、ちょっと様子見しておくよ。やぁれやれ、すんなりとはいかんもんだねえ何事も」
みんな待機しているなら俺も出て行かないほうがいいか?
けど……この絵が関係しているのならば、何か行動したほうがいいかもしれない。
「そのですね、嫌な予感がするのですけど……一旦ここから離れる事はできます?」
「それはロルス人と相談しないとねえ……すぐには動けないなあ、それに狭隘な道で馬車を引き返させるのも大変だしねえ」
ごもっともで。
だけどもしあの絵も、原稿のように本当にこれから起きる事なのだとしたら……のんびりとはしていられない。
前方での揉め事も予兆の一つか。
「うおっ!?」
その時、前方で大きな衝撃が起きた。
「ぜ、全員迎撃準備! 前方向にて問題発生だねえ!」
「お前達はここで待機していろ」
後方にいたシュンゼルさんも前へと向かう。
行き先はやや左カーブの道のために前方の確認もできないが、何かが起きているのは確かだ。
地面から伝わる衝撃は尋常ではない、スウたんも魔法を使っているとなれば――戦闘で間違いない。
だが帝国はまだのはずだ、では誰が?
「……いや、あいつか?」
「あいつ?」
にゅっと顔を出しては茜さんも前方を確認する。
だが見えない前方に顔をしかめて馬車を降りようとするもツェリヒさんが頑なに阻止した。
「シナナかもしれない」
「私達も兵士を動かしましょう。ツェリヒ、れつごー」
「王女様、彼に待機しろって言われたばかりなんでここの守りを固めますよー」
「後ろも騒がしくなってきましたね、私も戦う準備を致します!」
前方も後方も騒々しく動くに動けない状態を作られてれば、この絵と同じ未来が待っているのではないだろうか。
一つ違うのは、この道が崩れると分かっているのならば、割り切って準備をしておこう。
「アリア、防衛魔法を頼む」
「防衛魔法ですか? 畏まりました!」
馬車の中に戻った瞬間。
――轟音と共に世界は大きく傾いた。
「んなっ!?」
揺さぶられる視界、真っ白になる思考、一つ理解できたのは馬車がさっき見た絵のように崖下へと落下しているという事。
浮遊感から落下へと移る中、咄嗟に視界に入った茜さんを抱きかかえてアリアの位置も確認する。
防衛魔法は張り終えているようだ、うまく馬車の角に背を引っ付けて体を固定して冷静に魔法を発動していたのだ彼女は。
この状態であれば馬車がたとえ地面に叩きつけられようとも防衛魔法範囲内の俺達には衝撃は伝わらない。
先ほどの轟音はおそらく爆発物か魔法によるもの。
気になるのは馬車の御者や周辺の兵士達だったが無事でいる事を願いたい。
「――大丈夫かい?」
「え、ええ……ありがとう、助かったわ」
「……本当に、大丈夫?」
「な、何が?」
「顔、真っ赤だけど」
そりゃもう茹でタコのように。
そわそわして落ち着きもなく、大丈夫そうには見えないのだが。
「……あ、貴方がいきなり抱きつくからびっくりしたの!」
「そ、そういう事ね。ごめんっ」
「別にいいけどっ、そんな、悪い気もしなかったし」
「え?」
「なんでもないっ」
彼女を守るためとはいえいきなり抱きかかえるのは大胆すぎた?
で、でも必要な事だし……思い返すとこっちも照れてくるな。
「こほん」
そんな俺達をじーっと見るアリアはわざとらしく咳をして存在を意識させた。
「ご無事ですか?」
「あ、うん。アリアのおかげで助かったよっ」
「お力になれて光栄でございます」
彼女の防衛魔法はすごいものだ。
精度を高めるために馬車内に防衛魔法を張ったのだろう、外側は損傷しているも中はどこも傷ついていない。
瓦礫に埋もれかけながらも魔法を解除するまで馬車は潰れずに形を保っていた。
馬と御者は……少しはなれたところの木に引っかかっていた、馬は駄目そうだが御者は無事か。
「しかし……困ったなこれ」
森の中に逆戻りになってしまった上にここは崖下。
魔物も多くうろついているであろう。
「一体何が起きたんだ……?」
見上げてみると馬車があった場所は見事に崩壊してしまっている。
あの絵と照らし合わせると崩壊具合はそっくりだ。