第二十四話.抱える思い
「別世界だね……」
「とっても、感動」
ぽよよんさんと共に、深呼吸。
彼らにとってはこんな大自然はいつでも足を運べるであろうが、俺達の世界じゃあ味わう機会はそうそう無いからね。
「王女様、ロルス国の部隊がこの先に待機してるとの事です」
「なるほど」
「ここから先はロルス国の者達に案内をしてもらっての移動になります」
「なるほど」
ぽよよんさん、ちゃんと話聞いてる?
なるほどで済ませようとしてない?
「一応てめえらには馬車を貸してやる」
「ありがとうスウたん」
「あいつらには事情を説明するから、少し待ってろ」
「乗り込めー」
ぽよよんさんはアリアを連れて馬車へ真っ直ぐ走っていった。
はしゃいでるなあ。
「おい、刺青野郎」
「悠斗って呼んでよ」
「……悠斗、あいつは本当に王女なのか?」
「王女王女、まごうことなき王女」
「調子が狂うぜ」
君達のみならずツェリヒさん達も同じ気持ちであろう。
ぽよよんさんの一つ一つの行動に振り回されている。
馬車に乗り込む前に、一度ロルス国の部隊が集まっているところへと顔を出すとした。
ざわつく両部隊は一触即発の空気を醸し出している。
昨日の今日で仲良くなんてなれるわけもないから仕方がない。
「シュンゼルさん、正気ですか!?」
「王女まで同行だなんて、おかしいですよ。何かあるに違いありません!」
「彼らは追い返して国の事は我々だけでなんとかするべきでは!?」
共に帝国を退けるべくまとめ上げる必要があるが、オルランテ側よりロルス側のほうがやはり反発は大きい。
「まあこうなるよなあ」
「悠斗君、刺青の者って事で説得してきてくれないかい? 俺が行ったらぼっこぼこにされそうな気がするんだよねえ。帝国との戦いの前に怪我したくないよ」
「オルランテ以外のとこじゃあ刺青の者っていってもそんなに伝わってなかったりするんですよね、スウたんは知ってた?」
「聞いた事はある、だけどお前がその刺青の者って言われてもなあ……」
にわかには信じがたい――と、言いたげに見てくる。
刺青の者といえば皆どのような想像をしていたのだろうね。
筋骨隆々の、ぱっと見で強いと感じられる人?
設定では一応過去にはそんな人もいたが。
残念ながら俺はただの高校生なんでね、迫力を出そうにも無理だ。
「彼も――刺青の者も一緒だ」
「彼が、あの言い伝えの?」
「刺青はしては、いますが……」
みんながこっちを見てくる。
……懐疑的、実に懐疑的な視線ばかりだ。
「どうもー、刺青の者こと、最上下悠斗です」
笑顔を浮かべて、自己紹介をしてみる。
「はぁ」
「ふーん……」
「へえ」
「すっごい微妙そうな反応……」
別にこれといった期待もしてなかったけどさ。
一応、刺青も見せてみるが彼らの反応は変わらない。
「それで彼は、どっちの味方なんです?」
「オルランテ人が用意した刺青の者を騙った偽物では?」
「……我々は昨日彼と戦ったが、ただの魔法とは思えぬ力によって敗北した。刺青の者で間違いないとは思う」
「そもそもオルランテに肩入れしてるから我々の襲撃も妨害したのでは? そんな奴を信用していいのですか?」
「あたしも割りとそう思うなあ~」
「スウたんまで……そう言わないでほしいな~。それにここで無駄に時間を使うわけにもいかないし、先ずはすぐにでもここから離れません?」
「それもそうだが……」
ええっと、確か彼らはシュンゼルさんの率いる部隊だから。
三人はその部隊の隊長、名前は――覚えてる。
「レフラさん、ゴウロォさん、エスワルトさん、今はどうか、従ってください」
「……私達の名前は、教えたか?」
「いいえ、でも知ってますよ。貴方達の事は」
今の些細な台詞だけでも、登場人物達は思考の切り替えは済んだはずだ。
優先すべき物事を冷静に、一度意識する。
「あたしの事も知ってたよなお前……」
「うん、みんなの事は大体知ってるよ。どう? すごい?」
「いや、キモい」
「キモいか~……。もうちょっと優しい表現にしてもらいたかったよスウたん」
彼女――レフラさんは左右の二人に視線を送る。
城壁のすぐ傍で話し合うのも、といった様子で。
「彼の言葉にも一理あるわ、移動しましょう。隊列を組むわ」
「王女と刺青の者、それにオルランテ人は列の真ん中を進んでもらおう。よろしいかな?」
「構わないよ、こちらとしても地理に疎い地域に足を運ぶのだからそのほうがありがたいねえ」
ツェリヒさんも同意し、踵を返したところで兵士が一人やってきた。
地図を持っている、何かの確認を終えての報告か。
表情はどこか曇りがち、良い報告ではないだろう。
「ほうほう、そうかい」
「どうかしたんですか?」
「帝国が動きを見せてるようだねえ、ロルス国に向かってるのかも」
ロルス人側も兵士がやってきてはシュンゼルさんに耳打ちをしていた。
これは……騒々しくなってきたかな?
「南方向遠方で小隊が帝国と接触、戦闘になったようだ。国まで行くには相当な時間を要するであろうが、包囲状態となればまずいな」
「彼らを連れて行くのは不本意ですが、国に向かいましょう」
「少しでも戦力が欲しくはあるが、まさかオルランテの手を借りるとはな」
「そうしよう」
帝国の数自体はそれほどではないのだけど、あえて言うまい。
そうしたほうが迅速な行動と、高い警戒心の維持に繋がる。
「ほら、お前も馬車に乗れ」
「スウたんも一緒にどう?」
「断る!」
「つれないなあ」
馬車に乗り込むや、ぽよよんさんはだらしなく横になって扇子を扇いでいた。
どうせ人目についていないのだからと言わんばかりの気の抜けようだ。
向かい側に座り、暫くして馬車は走り出した。
「ねえユートン……あ、その前に。みんな悠斗って呼んでるなら……私も悠斗って呼ぶわ」
「そう? 俺もぽよよんさんの事は本名で呼べばいいかな? 本名知らないけど」
この際教えてもらえないだろうか。
別に今までぽよよんさんで呼び慣れてるものだからいいのだけど、こう、彼女の本名を知りたいというより、知っておきたい自分がいる。
知ってどうこうってわけでもないけど。
「私の本名は、生島茜」
「じゃあ……茜さん!」
「改めて呼ばなくても」
「それもそうだね……」
これからは俺もぽよよんさんの事は茜さんと呼ぼうかな。
呼ぶのに少し、抵抗もあったしね。
悪意は別にないけど、彼女の……胸に関して皮肉に呼んでいるようで。
「それで、何か言いかけてたけど」
「うん、そのね、思ったんだけど、序盤で帝国が一切出てこないのに、終盤になったら敵としてやってくるっていうのは、物語的にどうなの?」
「どうって言われてもなあ」
「なんだか悠斗の考える物語は、ちょっと強引なところとか、ある」
「そ、そう?」
「そう。アリア、こっちへ」
アリアを横に座らせたと思いきや、膝枕させるぽよよんさん。
なんだ、アリアについても話すかと思ったら、ただ膝枕をさせたかっただけか。
「あの……これは?」
「アリアの膝枕は心地がいい」
くそっ、正直羨ましいな。
てかもうちょっと話す時の態度を改めてくれないかい。
「アリアもそう思わない?」
「おいおい、アリアに聞いてもしょうがないだろう? 作り手じゃないんだし」
「偉大なる作り手様方の会話、未熟な私には理解が及ばず、申し訳ございません……」
「そんな畏まらなくても」
強引なところ……かあ。
客観的にじっくりと読んでもらう機会はなかったもんだから、感想は嬉しいもののぐさりと刺さるものもあったり。
「こうなるならもう少しまったりな異世界ものを書けばよかったのに」
「こうなるなんて予想できるわけないじゃんか」
「まあね。事実は小説より奇なりね。この世界、そんなに居心地は悪くないわ」
「君はそうだろうよ、王女様なんだし」
「ただ、この世界の父と母は……本当の両親じゃないから、すごく接しづらいの」
「中身は違えど君は王女ユフィ・トウ・オルランテだからね、仕方ないよ」
気苦労が絶えないね。
そりゃあ部屋から出たくないのも分かる。
「でもね、あんなに優しくしてくれる両親は……嫌じゃないわ」
「茜さんは一人っ子?」
「三姉妹の長女よ。両親は妹二人ばっかり可愛がって、私には受験だ勉強だって……まだ来年の話だっていうのに、本当に嫌だったわ」
その深い溜息が、彼女の精神的な辛さを伝えてくる。
「元の世界に戻りたい反面、この世界で優しい両親と過ごすのもいいかもっていう自分がいるの」
「作り手様の世界……とても気になります、私も行けるでしょうか」
「どうかしらね、私達がこの世界に来れたなら、意外とこの世界の人も私達の世界に行けるかもね」
「俺達の世界を過ごすアリアの反応は見てみたいね」
世界観も違えば文明も大きく違う。
この世界ではまだごく一部にしか発展してない機械も俺達の世界じゃあ溢れている。
ベタだけど、テレビを見せて反応を窺いたいものだ。
「悠斗は、どっちの世界がいい?」
「俺は……うーん、そりゃあ元の世界のほうがいいけど、この世界も知り尽くしたいしなあ。今は半々ってとこかな。それに……」
少し。
この世界に来て、俺が主人公――ユーリの立ち位置にいると知って少し……気になる事がある。
「それに?」
「この世界には主人公の両親が故郷にいる。会ってみたいんだよね」
「会ってみたい? 何か思い入れのある登場人物だったりする?」
「そうじゃないんだ。俺さ、母親がいないもんだから」
「そう、なの」
「ええっと……悠斗様の世界には、お母様はおらず、この世界にはしゅじんこうなる悠斗様のお母様がいる……ですか?」
「うんうん、そんな感じ」
アリアもこんがらがる手前ながら、思考の回転が速い彼女はきちんと整理して理解していた。
上位魔法を習得するのもその頭の良さがあってこそだったかもしれない。
「あまり、聞かないほうがよかったかしら」
「別にいいよ。 両親が離婚して、子供の頃に母さんが病気で亡くなって叔母さんと二人暮らしの生活をしてたってだけ」
「波乱万丈」
「そうでもないだろ」
「私は今、これまでの人生がいかに恵まれていたのか痛感しております」
「探せば誰かしらいるさうちみたいな家庭は。それに叔母さんはすごくいい人だから楽しい生活だったよ」
叔母さんの作る手料理――特にハンバーグが食べたいが、そんな些細な願いも今は叶わない。
その代わりこの世界で……母の手料理は食べられるかもしれないが。
それが少し、ああ、少し気になる事。
「寂しい?」
「寂しくないといえば、嘘になるね。君は?」
「私は、ちょっとだけ、かな」
ぷいっとそっぽを向くぽよよんさん。
表情の変化が一瞬あったように思われるが、どんな表情をしていたかは見れなかった。





