第二十一話:協力
「……心当たりは、ある」
「教えてくれないかな?」
強引に聞き出すようなやり方はしたくはない。
できればお互い何気なくただ世間話をするかのように、ゆるやかに落ち着いた流れのまま済ませたい。
「そうだ、ぽよ……王女、彼女達が今回の件について全て隠さず話してくれるなら罪を軽くするってのは、できないかな?」
「素直な子は、無罪」
「ちょ、ちょ、王女様っ! 無罪ってぇのは流石に反感を買うと思うんですがねえ」
「じゃあ減刑」
「……その話、信じていいのか?」
「この偉大なるお二方を信じると、救われます」
アリアの言い回しが、どこか胡散臭い宗教の信者っぽさを抱いてしまう。
「お二方? アリアちゃん、もしかして俺は入ってないの?」
「当然です」
「世知辛いねえ。とりあえず話してくれるんならそれでいいけどね、どれ……調書でも取りますか」
彼は近くの兵士へ視線を投げる。
兵士は頷き、調書の準備をすぐに行い話をするならいつでもとどうぞと言いたげに羽ペンを取っていた。
「……そもそも、襲撃の話を持ち出したのはお前らの国の奴だ」
「私達の……?」
「何度も取引をしていた、帝国とも繋がっていて間に入ってくれたりと信用できる奴だったぜ。名前はシナナ……だ」
「シナナ……ユートン、名前に覚えは?」
「ないね、偽名を使ってるのかな」
そういう偽名を使って暗躍する登場人物を作った覚えもない。
もう少し何か情報が欲しいな。
「容姿や性別は?」
「いつもフード姿で顔は見せなかったな、だが声からして女なのは間違いねえ」
「ふうむ、人相が判らないとなると困ったねえ」
「そいつぁ……あたし達が襲撃する予定の場所に兵士が来ないようにしておくと言っていた。事実、見張りもいなかったしなあ」
「昨日は見張りの伝令に食い違いや混乱も見られたねえ、誰かが意図的に混乱を誘ったとして……ジュヴィちゃんは見張りが誰もいない事に気付いて、と――」
「そいつに見つかって、報告されないために殺された、と?」
「かもしれないねえ、シナナってぇ女性について街で情報を集めるよう手配しよう」
兵士達もすぐに動き始める。
彼らを横目に、彼女との話はまだ続く。
「彼女は何者なんだろうな……」
「入念に計画も一緒に練ってくれたぜえ、オルランテに相当恨みでもあるんじゃねえかあいつは」
そもそも作っていない登場人物であるのだとしたら。
……作り手、かもしれない。
それは考えたくはないが。
どうであれ正体を探る必要はあるが、はたしてどこにいるのやら。
「王女様、ちょっといい?」
「うむ」
そのうむっていうのは彼女なりの王女らしさなのか。
しかしながら凛としたその様子は、悪くない。
端っこへと二人で移動し、一度相談に入るとした。
「俺、絶対シナナって登場人物は作ってない」
「じゃあ……何者? 私もそんな登場人物は知らない。ちゃんぽんさん、ヘルボイさん、迷い猫さんの誰か?」
「考えたくはないけど、否定もできないね」
「けどロルス国に加担して、襲撃を手伝う理由と目的が、不明」
「俺達に会うため……とかはどうだろう? 俺はともかく、君は登場人物の中身が入れ替わってるし、シナナももしかしたら中身が入れ替わってるから、誰が作り手なのか判別するため、だったり?」
「もっと他に方法はあると思うけど。これじゃあ、物語を掻き乱してるだけ、のような」
「そうだよね……」
お互いに声を呻らせ首を傾げる。
本来の物語通りロルス国へ行くべきか、それともこのシナナについて調べるのが先か。
「どうするべきかな」
「主人公らしく、本能の赴くままでいい」
「主人公らしくねえ……?」
そんな経験、ないしなあ。
あってたまるかって話でもある、しかし待て、人生とはいつでも自分が主人公とも言えるけど――といってもこの世界での主人公視点で考えなければいけない。
「物語の展開的に、この後はロルス国、なんでしょう?」
「そうだね、帝国も動いてると思うし」
「なら、ロルス国に行って、物語を進めれば? 自ずとシナナも接触してくるかも」
「それもそうか」
「闇雲に相手を探すより、あえて派手に物語を進めましょう」
ぽよよんさんは頼りになる。
悩んでいた時も、チャットでよくすぐに決断してくれてよく相談相手になってくれたものだ。
そんな日々を、俺が楽しかった日々をこうしてまた感じられる日がくるとは、思いもよらなかった。
それもこうして顔を合わせて、だ。
二人での相談も終えて再びスウの元へ。
「話し合いは終わったのかよ」
「うん、それなりに」
「それでぇ? シナナに関しちゃあ知ってる事なんて他は無いぜ?」
話をするのも飽きてきたのか、粗末なベッドに横になるスウ。
ユフィなら憤慨して鞭打ちすべく引きずり出していただろう。ぽよよんさんでよかったな。
周りはいつ爆弾が爆発するかといった状態で気が気でないようだ。
ツェリヒさんも苦笑いを浮かべている。
「シナナは、今はいい。それより、ロルス国」
「つーかよ、ペテルエル山への侵略は本当にしねえのか?」
「ええ、私が保証する。他に、その、ユートン、ほら」
はいよ、交代しようじゃないか。
「今回の襲撃なんだけどさ。君達の襲撃が成功しようと失敗しようと、帝国側が得をするんだよね」
「帝国側が……?」
「襲撃が失敗した事でロルス国は戦力が低下してる、今頃帝国はロルス国を奪い取ろうと動いてると思う」
「何ぃ……? それがほんとならこうしちゃいられねえ! 出しやがれ!」
スウたんは鉄格子を掴んで凄んでくる。
あまり興奮させないほうがいい、一度落ち着かせてやらねば。
「スウたん、少し落ち着いて」
「たんって意味不明な言葉付けて呼ぶなボケ!」
「痛いっ!」
近づいた俺が悪かった。
スウたんは一瞬の隙をついて俺の襟を引っ張って頬に拳をぶち込んできた。
「ゆ、悠斗様! お怪我は!?」
「だ、大丈夫大丈夫……」
俺を殴りたがってたんだ、興奮しているなら尚更近づいちゃ駄目だったよね。
腰が入っていなかったからそれほど痛くはなかったが、まさか自分の作った登場人物に殴られるとは。
これはこれで……作者冥利に尽きるものがある。
世界中でも俺以外いないんじゃないか? 自分の作った登場人物に殴られた作者なんて。
「ちょいちょい、自分の立場を考えて行動しなくちゃ駄目だよお嬢ちゃん~」
「うるせえ!」
「囚人を、ましてや女の子を黙らせるのは得意じゃないんだよねえ」
またツェリヒさんは手品で花を手から出して彼女に見せるも、瞬時に払い落とされてしまった。
そんな手品、今のスウには見せても火に油を注ぐだけだ。
「スウ、大人しくして」
「出せ出せ出ぁせ!」
まるで癇癪を起こした子供のように鉄格子を揺らしたり頭突きしたりでちょっとやそっとじゃあ収まらない様子。
他の囚人達も彼女の勢いに合わせて声を上げたり物音を立てたりと盛り上がってしまった。
場所を変えたいところだが、囚人を出してと俺が頼んでも当然断られる。
けど、彼女なら――ぽよよんさんなら、どうだろうか。
「ここじゃ騒がしいから、場所変えたい。彼女を出してあげて」
ぽよよんさんに囁く前に彼女自ら言ってくれた。
さあ、どうなる? 王女様の指示だよツェリヒさん。
「い、いやあ王女様……それは流石に……」
「私、王女」
「それは存じておりますがねえ」
「私、偉い」
「ええ、そりゃあ王女ですからねえ。けどさっき釈放した不敬罪の者達とは罪の大きさが違うわけで……」
「未遂に終わっている、ジュヴィ殺害も彼女じゃない。大した罪じゃない」
「そう言われましてもねえ……。ほら、悠斗君も、何か言ってくれないかい?」
そこで俺に振られてもな。
彼としては責任を背負いたくないから承認したくないのだろうが。
「俺はオルランテの関係者じゃないので」
「あぁ~、これはまいったねえ……」
なんて言いつつも。
ツェリヒさんは見張りに視線を送り、こちらへ来させた。
「……出してやって」
「え、よろしいのですか?」
「いいのいいの。王女様の指示だから、逆らっちゃ駄目駄目」
恐る恐るながら、兵士は鍵を外す。
襲撃者全員釈放とまではすぐには出来ず、スウたんとシュンゼルさんだけを檻から出して別室へ。
尋問部屋には彼女達の所持品なども置かれており、これから尋問する予定であったようだ。
ロルス国を憎んでいる人も多い。
尋問していたら一体どうなっていただろう、少なくとも……暴力が伴う尋問に、いやそれどころか拷問になっていたかもしれない。
主人公もそれを嫌って王女に物申して話し合う流れへと繋げられたのだ、一応物語通りにはなってはいるな。
「シュンゼル、何もされてない? 大丈夫だった?」
「無事だ。しかし、状況が飲み込めん。何故牢屋から出された」
「こいつらがあたし達を出してくれたんだ、ロルス国も危ねえって」
「……そう、か」
俺達に一瞥をくれて何か言いたげではあったものの、彼は言葉を引っ込めて席に座る。
その隣にスウたんもすぐさま座る、二人の仲の良さが見られるね。
「あのー……昨日は、ど、どうも……」
「……刺青の者、か」
「その通りでございます、この方こそが刺青の者・悠斗様、そしてお隣の麗しきお方がオルランテ国王女様でございます!」
「わー」
申し訳程度にツェリヒさんが拍手をする。
自己紹介をしてくれたのはいいのだがね、アリア……毎回毎回そんな大げさにしなくてもいいんだけど。
しかし誇らしげに語る彼女を見ると、どこか注意できない。
「んでー? これからどーするつもりなんだあ?」
「どうしよっか」
「うぉい、てめーがあたし達を出したんだろうがい!」
首を傾げて呻るぽよよんさん。
天井を見上げて考えている――と思いきや彼女の目だけは俺を見ていた。
俺が話せばいいんだね? 了解だ。
「ロルス国に行こう、帝国に支配される前に守りを固めるんだ」
「帝国はうちらとは取引関係にはあったけどまさか国の乗っ取りを考えてるとは思わなかったぜ」
「ロルス国一帯を手に入れればオルランテの発展阻止や地域的な恩恵も得られるからね」
「まあ正直我々にとっちゃあロルス国一帯、ペテルエル山周辺は特に欲しいからねえ。鉱山なども目をつけてたりしてるから」
「てめぇらは自分の国の利益のためにうちらの国を潰そうとしてんのかよ」
「君達だって多種族と何度か大地を巡って衝突してただろう? こっちはロルス国と勘違いした種族が襲ってきたりと被害も出てるんだよねえ~」
などと、ツェリヒさんは言うものの。
足りない部分は付け加えさせてもらおう。
「ただし、オルランテも領土拡大しようとして問題が生じたのを、ロルス国が原因だと話を捏造して国民に印象操作をしてた、ですよね?」
「なにぃ!? 本当かそれは!」
「そ、それは……俺は知らないねえ?」
誤魔化すのが下手な人だなあ。
いきなりそわそわして顎を擦ったりそっぽ向いたりと、嘘ついてますって言っているようなもんだ。
「オルランテはロルス国を悪役に仕立てて民を操り、他国をも操ろうとしてる。オルランテの膿を出し、ロルス国との蟠りを解消するなら、今だと思う」
主人公らしい感じで言えたかな?
「流石悠斗様です!」
「そのためにはロルス国に迫り来る脅威を退けなくちゃ」
「どうすればいいの?」
「元老院はロルス人に数々の罪を着せて処刑しようと考えてるから、皆を国外に避難させよう。帝国を退けるためにロルス国にも行かなくちゃね」
「ふむふむ。じゃあロルス国民全員の釈放手続き、それと私達のロルス国へ出発のための準備もしましょう。はい、みんな動いてー」
こういう時は王女の命令というのは良いものだねえ。
たとえ中身がぽよよんさんであれみんな動かないといけない。
「ちょ、ちょっと話が盛大になってきたねえ……どうすりゃあいいのかねえ」
「王女の命令は絶対」
「でも王女様、国絡みの話にゃあ国王様と相談すべきでは?」
「ツェリヒは私の言う事、聞けない?」
ぽよよんさんのその無表情からなる圧力にはツェリヒさんも冷や汗を掻きながらたじろぐ。
王女の命令を聞けば国王と元老院から目をつけられる、かといって命令を聞かないと王女から何をされるか分からない。
この板ばさみを彼はどう判断するか。
「いいか?」
「いいわよ」
そこへ、口を開いたのはシュンゼルさんだった。
一人終始冷静沈着に話を聞き、状況と思考の整理は終えたようだ。
「真偽が定かではない、帝国が本当に動いているかも確認のしようがない。加えて、敵であるお前達がロルス国へ出向くとなれば、こちらとしては警戒心を持たざるをえないな」
「そういう見方もあるか、シュンゼルの言う通りだな! あたしも警戒しよう!」
「そう警戒しないだだだだだだ!」
手を軽く寄せただけなのにスウたんに噛み付かれた。
「草」
「草言わないで」
ネットスラングを使うぽよよんさん。
俺以外には通じないぞそれは。
「我々を騙してロルス国へ案内させようとしている可能性だって捨てきれない」
「きっと調べればユートンの言ってる事は正しいと分かる。ロルス国は、危機に瀕している」
「しかし……」
「オルランテなんて信用しなくていい、今は。でも私達の事は、信用して」
「……少し、考える時間を、くれ」
「いいわ、その間にこっちは準備するから。ほら、ツェリヒ、釈放手続きさっさとして」
「ほ、本当にいいんですかい?」
「いい、責任は私がとる」
「と、申しましてもねえ……いやあ、いいですよ、ええ、俺も腹ぁ括りましょう。ほらみんな、ロルス国民全員の釈放手続きと武器以外の預かっていたものは返却して。ああ、あと帝国側に何か動きがあったらすぐ知らせてくれ。ほら動いて動いてー」
他の兵士達も半ば懐疑的ではあったものの、ツェリヒさんの隣で腕を組んでどこか威厳を見せようとしているぽよよんさんを見ては慌しく動き始めた。
皆ぽよよんさんが、というかユフィという王女の印象があって怖いのだ。
中身は違うよって言ってやれば少しはマシになるか? いいやその前に信じてもらえないだろうね。
「ユートン、ロルス国の国王は今どうなってるの?」
「病に臥してるよ、だから国民をまとめめ上げられず彼ら若い衆がこうして暴走しがちな行動しちゃってるってのもある」
「その辺も私達でカバーしないといけないわね」
「とにもかくにも、先ずはロルス国に行かなきゃな」
まだ目を閉じて考え込んでいるシュンゼルさんに一瞥をくれる。
彼が協力してくれれば話は進む、彼は今どうするべきかを考えている。
――帝国が介入してくること、それは今回の襲撃で心配していた事だ。刺青の者の口からも帝国の話が出た時点で話の信憑性は高い。
しかし確証があるわけでもなく、ロルス国へオルランテの兵士達を送る策略の可能性も否定できない。
どうであれ襲撃が失敗した時点で最悪の結果、更なる連鎖が訪れようとしている今、どちらを取るべきか。
ってとこかな。
思考の結末は、釈放となりロルス国へ戻れるとなればもし王女達が騙していたとしても反抗できるチャンスはある――賭けに出るか、とそろそろ目を開けるはず。
「……我々を、本当に釈放してくれるのだな?」
「ええ勿論。ねっ?」
と、ツェリヒさんを見る。
王女の眼差しを受けて、顎を擦りながらも、
「仕方ないよねえ、命令なんだから。でも大っぴらには釈放できないから……こっそり出ていってもらうよ。緘口令も敷かなくちゃねえ……。絶対おお事になりますよ王女様」
「その前にロルス国へ移動する」
騒がれる前にオルランテから出て、ロルス国へ向かって帝国を退けて帰宅、と。
忙しい旅になりそうだ。