第二十話:スウたん
なんとか花も乗せて軽く祈りをして、ぽよよんさんは無事に戻ってきた。
「つ、ついてきてくれてもよくない、かな?」
「だって俺達はもう参加したし、君も一人で行動する事に慣れないとね。王女ユフィってアレだよ? 群れるの好まないし唯我独尊キャラなんだよ?」
「しかしだね、そんな王女も一人で行動したら危ないでしょう? この世界は何が起きるか分からんものなのだよ君」
「展開的に何も起きないから安心しなよ、それに周りには護衛もいっぱいいるいだだだだ」
扇子で頬をぐりぐりめりこませにくるぽよよんさん。
「申し訳ございませんぽよよん様、せめて私が同行するべきでございました!」
「アリアはいい子ね。それに比べて君は……チャットでの印象と違って現実は、ドライ!」
「そうかなぁ?」
「そうよ、アリア、そっちに座らないで私の隣に座って。そっちはドライ席よ」
「ドライ席て何だよ」
「あとこれ、あった」
懐から出してきたのは一枚の原稿。
またもや、やはり出てきたか。
「おおっ、どこにあったの?」
「ジュヴィの棺の上に」
「そんなとこにか……」
まるで彼女に見つけてもらうために置いたような感じだ。
それも、魂送の儀に出ると知った上で。
「早速読んでみましょう」
「カクカクしているのもあれば滑らかなものもあったりと、この文字は不思議な形をしておりますね」
「日本語っていうんだ、俺達の使う文字さ」
「作り手様の……! 私も読めるようになりたいです!」
「暇な時にでも教えよう」
原稿を読むとする。
三人で覗き込むが、当然一人は文字は読めないものの雰囲気だけは出していた。
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スウは牢屋の壁に触れ、魔法の発動を試みていた。
しかしバテスト牢獄は魔法封じが施されている、触れたところで何も起きず、小さな溜息が虚しく空に融けていく。
「くそっ……!」
魔法の代わりに苛立ちを壁にぶつけ、硬く座り心地の悪い床に腰を下ろした。
仲間達は無事だろうか、国は今どうなっているのだろうか、心配と不安は溢れ出てくる。
「おぉーい! 誰かいねぇのかー!」
声を上げてみる。
足音はいくつも聞こえる、見張りの数は十分といったところ。
逃げ出すには魔法が使えなければ無理であろう。
「うるさいぞ、静かにしろ」
「けっ!」
「まったく……野蛮な奴らめ」
「……どっちがだよ」
領土を広げてロルス国の行き場を追いやろうとしているオルランテが、野蛮などという言葉を使うのか――どっちが野蛮なのだ、と。
そんな言葉が出かけたものの、喚き散らして無駄な体力を消費するのは愚行に等しい。
「なんだ? 何か言ったか?」
「なーんにも!」
ここから出る策は何か無いものか、諦めずに見張りの観察や、周囲の状況把握を続けていた。
そもそも、ここに入る原因となったのは――と、浮かび上がるやあの青年。
ゆうと――という名の青年だ。
思い出すや苛々がぶり返して壁を殴るスウ。
手を傷めるだけだが、殴らずにはいられない。
次に会う事があれば一発は頬にお見舞いしたいと、天井を仰ぎながらそう思うスウだった。
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「……スウたん」
「このスウって誰?」
「昨日襲撃してきた主犯の子、俺好みの可愛い褐色っ娘なんだよ」
「へえ」
あれ、なんだろ、ぽよよんさんの目が冷たい。
「何が書かれているのですか?」
「牢屋に入れられたスウの様子さ、最後の一文は……俺の頬を殴りたいって」
「なんと! では警戒したほうが良いですね!」
思うだけにしていただければいいのだが。
話し合ってなんとかスウたんを落ち着かせれば殴られずに済むかもしれない。
「これはどこから出てきたのかしら、儀場の人達も全然気付いてなかったし」
「原稿が現れる瞬間は見てないからなあ、なんの脈絡もなくそっと置くかのように落ちてるからちょっと不気味」
「このゲンコウとやらも他の作り手様の仕業という可能性はあるのです?」
「それは……考えてもみなかったな、でもどうだろう? こんな遠まわしな事をするかなあ」
「神様とか、そういう存在だったり、して」
ぽよよんさんはどこか――わくわくといった感情を漂わせた笑顔で原稿を眺めていた。
この状況を少しずつ受け入れて、楽しみ始めている気がする。
「神様ねえ……?」
「私にとって作り手様が神様です!」
「くっ、アリアの純粋なその眼差しが眩しいっ」
別に大した人間でもないのに崇拝的な対応をされると、どうしても罪悪感に似たものが心を突く。
バテスト牢獄には馬車で五分ほどで到着、思ったほど時間は掛からなかった。
自分でも設定を忘れていたが騎士団施設の傍にあるんだ、そりゃあすぐ到着するよな。
どこに何があるのか、位置や距離感などは少しずつ思い出して把握していきたい。
「ここの地下がバテスト牢獄だ」
円柱型の建物を三人で意味もなく見上げる。
視線を戻すと同時にツェリヒさんがささっとやってきて入り口の扉を開いた。
「ささぁお三方どうぞお入りくだせえな」
「この牢獄はどれくらいの人が入牢されてるの?」
「ざっと五十人くらいですかねえ、ロルス国の者が今回大量に入牢されやしたが他は強盗に殺人、不敬罪も少々」
「不敬罪、ねえ?」
「王女様関連の不敬罪が多いですが、覚えておりませんか?」
ユフィの設定を思い返して、ああ――と。
陰口を聞いた人達を何人か牢獄にぶち込むような奴だ、ユフィは。
「そ、そうだったわね……そいつら全員釈放!」
「よろしいのですか? いつもなら王女様自ら鞭打ちしておりやしたのに」
「いいの!」
「ほんとにいいの? 女王様」
「女王様言うな」
おお、怖い怖い。
地下への階段を下りる中、わずかにひんやりとした空気が肌を撫でてくる。
うめき声や叫び声、何かを叩く音など不気味さが倍増だ。
女子達両者が俺の両袖をそれぞれつまんでの移動となった。
そんなに俺を頼らんでもらいたいな、この後もしかしたらスウに殴られる可能性もあるんだから。
「こちらがロルス国の者達が入れられている牢屋でございまさあ、檻にはあまり近づかないよう」
見張りも多く、鉄格子が区分けごとに設けられているために檻から脱出できても一筋縄とはいかない。
「スウとシュンゼルさんはどこに?」
「主犯格だねえその二人は、別区に隔離してるよ。案内しよう」
奥へ奥へ。
そして、下へ下へと進む。
薄暗くもなってきて、そうなると尚更俺の両袖は引っ張られていた。
「刺青の者ってぇのはモテるのかねぇ?」
「いやいや、そんなんじゃないですよこれは……」
「悠斗様、私、こういう雰囲気は苦手です!」
「わ、私は、別に怖くはないけど、暗いから……」
素直な子と、強がりな子がいるな。
どっちが好みかといえば、うーん……難しいところだね!
両手に花状態も悪くないなあ、ハーレム系主人公はこれよりもいい思いをしているとすれば贅沢な奴だぜほんと。
俺もこの世界でいっちょハーレム系を目指してみるか?
……って、馬鹿な事は考えないでおこう。
そんな事を考えている場合ではないのだ今は。
「ここがスウの檻でさあ。かわい子ちゃんを入れるのは心苦しいもんですなあ」
「だったら出しやがれクソ野郎!」
「どわっ!? こらこら、檻を蹴っちゃ駄目だよ嬢ちゃん」
「うるせえ!」
虫の居所は悪そうだ。
良くなる事などここにいる間はないだろうが。
「あ、どうも昨日ぶり」
「てめぇは……! こっちこい! こら、顔近づかせろボケ!」
「あ、絶対殴られるやつこれ」
檻から手を伸ばして胸倉を掴もうとしてくるスウ。
掴まれたら最後、頬に一発お見舞いされる事間違い無し。
「廊下の奥をもう少し進めばシュンゼルもいるけど、口を開こうとせんので会話したいってんならこの子がいいと思うよう」
「あの人は寡黙的だからなあ」
「てめぇがシュンゼルの何を知ってんだよ!」
「そりゃあ……」
作者なので大体の事は君以上に知ってるぜ。
――なんて、言えないけどね。
「と、ともかく。ちょっと俺達とお話しない?」
「断る!」
俺とは顔も合わせたくないようで、そっぽを向かれてしまった。
傷つくなあ、彼女とはどうにか関係を修復したいものだ。
「王女様も連れてきたんだけど」
「どうも、王女です」
「王女……ああ、見覚えがあるぞお前、性格クソ悪貧乳だろ?」
「ユートン、彼女は処刑したほうがいいと思うの」
「やめてあげて。ただの挑発なんだから乗らないでよ」
胸の事となると悪女っぽさが出てくるぽよよんさん。
ぽよよん版王女としてここは堪えてほしい、ユフィなら確実に鞭打ちを始めていただろうが。
「彼女はロルス国の事情も理解してる、ペテルエル山の侵略の話もね」
「……へえ、そうかよ」
「どうかな、その辺の話、じっくりとお互い冷静に話し合ってみないかい?」
「おいおい悠斗君、ペテルエル山関連は元老院あたりの関わる話だよぉ? どこで聞いたか知らんけど俺達がどうこうする話じゃなくないかい?」
ツェリヒさんもこの話は耳にしていたか。
思えば侵略作戦の指揮を執るとなればガベルさんか彼だ、元老院に以前から聞かされていたのかもしれない。
「その話は王女様抜きで話し合ってたんですよね? こっちは王女様を入れてロルス国の人達と話し合ってみるというのは駄目です?」
「私は、王女。めちゃえらい」
腕を組んで威厳でも示そうとしているのかもしれないが、どこか少女の戯れにしか見えない。
「俺は今日は護衛なもんで、それ以外は指示されてないんでねえ。お話するのは自由だねえ」
「じゃあお話しましょ」
「ふんっ、何を話すってんだよ」
「その、あれよ……ユートン、ね?」
ぽよよんさん、気のせいでなければ今、俺に丸ごとやる事を投げつけなかったか。
肘でツンツンと催促までしてきやがる。
「……彼女はね、オルランテはこれ以上領土を広げずペテルエル山への侵略もやめてもらうよう国王に話すつもりなんだ」
「そう、そうなの!」
「それは……うちらとしてはありがたい話だが裏がありそうだなぁおい」
俺の書いた物語であればここはユフィがスウを虐げていたところを止めに入って、ロルス国の言い分をじっくり聞き、ユフィの説得――だが、説得する必要はない。
話の短縮をして本題にすぐ入れるってものだ。
「ユフィ様がそうしたい理由も、俺としちゃあ気になりますなあ。こう見えて団長なんで、ええ、団長なんで」
「悠斗様、この方が口を開く度に、この方への信頼度が低下する私がおります」
「ちょっとアリアちゃん酷くないかい?」
「分かる」
「王女様もしみじみと頷かないでもらいたいものですなぁ。俺だって傷つくんですからねえ」
とか言いつつ、懐から取り出した硬いパンをガリガリ食べ初めては壁に凭れて寛ぎ始めていた。
戦闘以外じゃあほんとだらしない人だな、自分で考えた登場人物ながら。
「おい、王女様よぉ。あたし達を騙すつもりなんじゃねえのか? ああ? どうなんだ?」
「そんなつもりは、ない」
「ふん! どうだかよ!」
檻を蹴るスウたんに臆したのか上体が反れている……まるで獰猛な獣と接しているような光景だ。
頑張れぽよよんさん――と俺は心の中で応援をした。
「国は……目先の利益ばかりを得ようと、ロルス国を蔑ろにしてる。他国へ、その、印象操作も行っている節もあるわ」
設定を思い出しながら、だからであろう。
時折言葉を詰まらせるもそれなりに、話はできている。
ユフィらしくとはいかないが、こうして見ると王女らしくは喋れている。
これはこれで物語は進むからいいものの一瞥をくれる先には、彼女は本当にユフィなのかと困惑しがちなツェリヒさん。
あえて弁解すまい、逆に困惑を増幅させてしまうだけだ。
「それは、間違ってると思うの。だから、国を正しい方向へと舵取りをする必要が、あるわ」
「聞いていた王女と、随分と印象が違うなお前」
「そ、そうかしら?」
印象どころか、中身が違う。
「……まあいい。しっかし、綺麗事を並べてるだけにしか見えねえなあ」
「帝国から武器の提供を受けて嗾けられてオルランテを襲撃しても、君達ロルス国への印象操作に利用されるだけだ。今回は死者まで出てるしな」
「あれは……あたし達じゃねえ」
「だけどロルス国の関係者の犯行なんじゃないのかな?」
俺はそいつの正体を知りたい。
ジュヴィさんを殺害した奴の、正体を。