第二話:アリア
最初は……とある登場人物と接触があるはずだ。
ほら、よくあるだろ? 街中でぶつかったり、ちょっとした手伝いとかしたりで交流する――掴みっていうやつ?
こんな港じゃあその場面は作っていない、街中に入った途端に少女とぶつかるはずだ。
「お待ちしておりました、我が神よ!」
「へあっ!?」
展開通りとはいかず――それは唐突に。
少女がいきなり俺の両手をぐっと掴んで、胸へと押し付ける。
「か、神……?」
「ええ、そうです。お気づきでしょうか? 私です、アリアです!」
「あ、ああ……そのようだね」
アリア――アリア・ラキアッソ。
彼女こそ街中でぶつかる予定だった登場人物だ、そんでもって主人公のサポート役の子。
でも……おかしいな、港で遭遇する展開はないぞ? 現時点では面識だってないはず。
ましてや主人公を神などと呼ばない。
「その……神って?」
「貴方様が作ってくださったのですから、私にとっては貴方様は神でございますが」
手を離して、少しだけ距離を取った。
けれどそんな距離を、すかさず彼女は詰めてくる。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って! 作ったって、えっと……」
「他の者達は自覚はないようですが私は憶えております。貴方様がいつも物語を考え、登場人物である私達一人一人に魂を込めて個性を与えてくださった事を。そして、現実になったこの奇跡、なんと素晴らしい事でしょう!」
「げ、現実に、なった……?」
「はい!」
首を縦に振るアリア。
浮かべるその笑顔、真っ直ぐに見るその双眸――俺を騙そうとしている風には見えない。
待て待て……これは、現実なのか?
「ちょいと、お時間を……」
自分の頬をつねってみる。
「いだだ……!」
「何をなさっているのです?」
「ゆ、夢か現実かの、確認……」
「先ほども仰いましたように、現実でございますよ?」
「うん……そう、だよね」
そんでもって、青ざめている。
今、自分が置かれた状況は、かなり特殊なものだ。
わけがわからなくなってくるが、正気はなんとか保っていられている。
「さあ、物語を始めましょう! 行きましょう! 頑張りましょう!」
「げ、元気だね君……」
「元気な私も、貴方様がお作りしたのですよ?」
「そ、そっか。そうだよね」
このままだと彼女の勢いに呑まれて流れに任せてしまいそうになる。
冷静に、そうだ、こういう時こそ冷静に、だ。
「現実、かあ……」
「はい。残念ながらか――喜ばしい事にとつけるかは、人によると思いますが」
俺の場合はどっちだろう。
残念ながら?
……いや。
いいや、喜ばしい事に――か?
悩んでいても仕方がない。
否定したところで……どうも夢から醒めるとかそういう気配はない。
ためしにアリアの頬もつねってみた。
「ひ、ひはいです……」
「あ、そうだよね、ごめん」
頬の柔らかい感触、弾力もあって、すべすべして、女性の頬っていうのはこうもさわり心地がよいのかと。
ああ、俺は混乱している。
そもそも彼女の頬をつねったところで夢かどうかの判断なんてできないのに。
これじゃあ……。
そう、これじゃあただ女の子の頬に触れてみたかっただけ、みたいじゃないか。てか女の子の頬をつねったのは人生でも初めてかも。
「君は……その、俺と一緒に物語を進める感じなのかい?」
「左様で、我が神よ」
「神って……。せめて名前で呼んでくれないかな? 俺の名前は知ってる?」
「存じております、ユートン様――いえ、最上下悠斗様」
深々と頭を下げて忠誠心を見せてくるアリア。
周囲の視線を集めてしまう、早々に頭を上げてもらうとした。
……そのちょっとした堅苦しさも俺の考えた設定のせいか。
容姿に関しては、ぽよよんさんが描いたイラストそのままだ……美少女だねえ。
艶やかな長い赤髪、すらりとした体躯、顔立ちも整っていてヒロインにも負けない容姿だ。
「どちらでお呼びすればよいのでしょう?」
「うーん……」
ハンドルネームでも本名でもそんな変わらないんだよね。
でもどちらかと問われれば、本名のほうがいい。
「悠斗でお願い」
「それでは我が神、今後は悠斗様と呼ばせていただきます」
「そんな、様付けしなくても」
「呼び捨てなど恐れ多くてできません!」
そのかたくなさを抱いた瞳。
後ずさりしかけるほどの圧に否定も出来ず。
「わ、分かった分かった。それで、君はこうなる前は何か憶えてる?」
「いえ……気がついたら私はこの街におりまして、作り手様五人がいる事、私を特に愛情を込めて作ってくださったのは悠斗様、そしてぽよよん様であるというのだけは憶えておりました」
「じゃあ、元の世界に戻る方法は……?」
「元の世界?」
そのきょとんとした顔から、ああ、答えは聞かずともな――と。
もしやこれは、俺達の作った世界に飛び込んでしまった……のかな。
にわかには信じられないが、この光景、全身で感じるこの感覚、夢とは思えない。
ならば、先ずは――
「よし……分かった」
「物語を始めますか!」
「持ち物を確認しよう」
「殊勝な心がけです!」
荷袋を開いてみる。
その中に一つ、目に留まるのは小さな箱。
「これは……」
「上位第五魔法級の封印が施されておりますね」
「上……ああ、そんな魔法設定作ってたね」
魔法の紋章陣が浮かび上がってる。
主人公以外が触れようとすればたちまち弾き飛ばされて痛い目に合う――っていう設定の、それ。
「これほどの封印、一体何を持ってきたのですか?」
「中には過去に英雄と呼ばれた人達の力が宿った石――神遺物が入ってる」
「し、神遺物……!?」
「神遺物があれば、誰もが英雄と同等の、いやそれ以上の力を得られるんだ」
「それを、どうするのです?」
「んー……どうしよっか」
我ながら、中二病満載である。
しかし言い訳をさせて欲しい、これは俺だけが考えたんじゃなく他の四人の意見も取り入れた結果なのだ。
「こいつは一時保留として他は……お金も入ってるな。さて……」
周りに視線を振りまく。
俺は今――ちょっと目立ってる。
言わずともこの服装が問題なのだ、異世界を現実世界の部屋着で歩いているなんていうのはこの世界じゃあ奇抜なスタイルすぎる。
「あ、いや皆さん、これはですね、日本という国の服でして」
「素敵でございます!」
周りに説明をしておくが、一人を除いて怪しさの払拭はできず。
金も十分にあるし、一先ずは服屋に行くとしよう。
「この辺に服屋は?」
「近くに。案内いたします!」
ヘルボイさんからこの世界の地図は見せてもらったとはいえ、こうして現地に足を運ぶとなると流石にどこをどう行けばいいのか分からない。
記憶もおぼろげで正確ではない、地図があったら確認したいね。
「よお兄ちゃん、妙な格好だなあ?」
歩いて一歩目と同時に、声を掛けてくるのは通りかかった男性。
頬がこけていて無精髭を生やし、肌は若干黒ずみが目立つ――主要の登場人物としては似合わない。
この人は……ああ、アレだ。
「そう、ですよね。ははっ」
「妙な服とは、無礼ですよ! この方はもごごご!」
「よしよしアリア、いらない事喋っちゃ駄目駄目」
彼女の口が滑らないように注意しておかなくちゃ。
そんでもって、ここで最初の物語あるある。
主人公は新たな国や町に行くと何かしらトラブルに遭うんだが、最初のトラブルってとこ。
「その髪や肌の色、見慣れないな。どこの国から来たんだ?」
「えっと……」
「この国は初めてか? 街には詳しいぜ、案内してやろうか? 美味しい飯屋とかどうよ」
トラブルは、これから何が起こるのかは知っている。
なんていたって考えた張本人だからね。
「あ、いや大丈夫、貴方とこうして気を逸らしている間に後ろから貴方の娘さんが俺の荷袋を取ろうとしてる時点で案内してもらえなさそうなので」
さっと荷袋を上にあげた。
するとどうだ。
「あわっ!?」
少女の手が荷袋のあった位置を通り過ぎて空振りした。
「はっ! いつの間に……。悠斗様、お見事でございます!」
「なっ!? くそっ、何故分かった!」
「そりゃあ――」
そこで言い留まる。
なんて説明すればいいんだか。
スリ親子の展開は知ってたからと言っても彼らはクエスチョンマークを浮かべるだけだ。
「うーんと、ちょっと待って、説明が難しくて。いや、説明が下手だからっていうわけじゃなくてね」
「悠斗様は神故に特殊なお力をお持ちなのですね?」
「そういうわけじゃあ……」
悩んでいるうちにスリ親子は行ってしまった。
「ないんだけど、なあ~」
「あら。どうしましょう?」
「被害に遭ってないし、見逃してあげようよ。おーい、スリはやめとけよー」
「その懐の深さ、感服いたしました」
俺は二人に手を振って見送った。
これでいいんだ。
物語の序盤では主人公――エンリ・ヴェリアルはこの街に入るや早速スリ親子の被害に遭う。
荷袋の中身に手を出そうとするも封印魔法によって彼は痛い目に遭うはずだったのだから。
あの少女も泣きながら助けを求める必要もなくなった。
今思うと主人公は優しい人っていう一面をただ見せたかった蛇足とも言っていい部分だったな。
「さ、行こうか」
「何事もなかったかのように颯爽と踵を返すそのお姿、惚れ惚れ致します!」
「あんまり褒められると、照れるね……」
大した事はしていないんだがなあ。
それから暫し歩いて服屋へ。
「いらっしゃーい」
「どうもどうも、ふは、これは……いい!」
いかん、にやけてしまう。
この国の特徴でもある白をを基調としたさわやかさ抱かせる色と、通気性も良く着心地のいい服がずらりと並んでいる。
異文化を視覚で堪能できていて、眺めているだけでも楽しめるというもの。
「お、異国の方とは珍しい。服も斬新だねっ」
「でもこの服だと目立つからオルランテの服を買いたくて」
「うーん、そうねえ、目立つわね」
「私はそのままでもいいとは思うのですが」
服屋のお姉さん――リリルエは興味深そうに俺の部屋着をじろじろと見ていた。
ちなみにこの人は、主人公がスリ親子について情報を聞きに訪ねる予定だった人だ。スリもされずに済んだので聞き込みはしなくていい、ちょっとした時短になったな。
ただし彼女にも気をつけねば。
優しく丁寧に教えてくれるのだが、ちゃっかり装飾品を買わせるやり手だ。流されて買うなんて事にならないようにしなくちゃ。
「ねえそれ、どこの国の生地? しっかり作り込んでるね、その服の模様はどのような技術で?」
おおう俺の部屋着に食いついてきたっ。
「これは、その……」
どうやって作ってるかなんて俺には説明できないわけで。
「ちょっとした、とある国の、技術的な?」
言いよどんだ挙句、酷い説明だと我ながら思う。
「気になるわね!」
「そ、それより、あっ! これください!」
話を逸らすべくとりあえず目に入ったこれといって特徴のない服を指さした。
「えーこれぇ? もっといいのがあるけど、どうー?」
「悠斗様はどれでも似合います!」
「お嬢ちゃん、分かってないねえ。ちょっと値が張るけどかっこいいもんとかあるわけよー」
「か、かっこいいもの!? ゆ、悠斗様のかっこいいお姿……! じゅるり」
じゅるりて。
これは高いものを買わされる流れに早くも片足を突っ込んでしまっているな。
「いえいえ! これで十分です!」
「ほら、こっちのフード付きの服とかさー。あっ、このブレスレットもつけるよ!」
お洒落なブレスレットを出してきた。
色鮮やかなガラス玉がついたちょっとお高い装飾品、主人公は購入したが俺は――
「どうかな~?」
彼女は前かがみに女性の色気を武器として使ってきた。
「買います」
仕方ないね、口が勝手に動いちゃったんだから。
「まいどありー!」
退店後に溜息をつく俺であった。