第十八話:王女の影響力
ぽよよんさんが着替えをしている間、メイドや兵士達は慌しく動き出していた。
王女が外出をすると聞くだけでこのせわしなさだ。
「やぁれやれ。王女様のお守りもしなくちゃねえ」
そんな中、面倒そうに頭を掻きながらやってくる男が一人。
見た目は賭場を出入りしていそうな男性にしか見えないが彼もこう見えて聖騎士団の団長である。
「刺青の兄ちゃんは強いんだって? じゃあ俺がお守りしなくてもいいじゃないかってぇ話だよねえ? ジュヴィちゃんの魂送もあってドタバタしてるしさあ、そう思わないかい?」
「そ、それでも王女の外出の際は聖騎士団団長が護衛につくのが決まりなので仕方ないのでは?」
「おやぁ? うちらの事詳しいんだねえあんた、刺青の者は何でも知っているってぇ話ゃ本当のようだ」
「ああいえ、そう聞いていただけですっ」
「なんだいそういう事、なんでもは知らないなら安心したよ、俺のへそくりのありかまで知ってるかもと隠し場所を変えようか考えてたところさあ」
ちょっとした会話でも冗談を混ぜてくるのがこの人の癖みたいなものだ。
その他には、話している最中は顎を指で擦る。特に意味はないけど、どこか適当な人っていうのを思い浮かべた時に友達が顎を擦りながら話しているのが浮かんだからなんとなくでつけてしまった。
「第二聖騎士団団長、ツェリヒ・ロロホルンだ。悠斗君に、アリアちゃんだっけ? これから王女と一緒にロルス国の奴らに会いに行くんだって?」
「ええ、そうです」
「まぁた王女様のいびりが始まるのかねえ? ああっと部屋の前だった、聞かれちゃあまずいまずい」
「悠斗様、この方……本当に聖騎士団の団長様なのでしょうか?」
「うん、一応は……」
初見では団長と名乗られても普通に疑ってしまう。
一応聖騎士団の鎧は着ているものの、それ以外の聖騎士団要素は皆無。
通り過ぎるメイドのスカートをめくろうとするわ尻を触ろうとするわでエロ親父そのものだ。
「戦場ではこの剣でばっさばっさ活躍しちゃうんだよお嬢ちゃん。昨日も防壁が破られると知ってたら俺はすぐに駆けつけたんだがなあ」
「昨日の深夜はどこにおられたのですか?」
「港に巨大な魔物が出てねえ、この俺が偶然通りかかったもんだから一人で魔物を退治していたわけさあ。反対方向なもんだから行けなくてねえ、残念だった、ああ、とても残念だった」
流れるように喉から嘘の出る男である。
ちなみにこの人は昨日は食事会で出す予備の酒をいくつか拝借して隠れて飲んで酔い潰れていたり。
「次こそは、ロルス国の襲撃者なぞ剣の錆にしてくれようぞ!」
キリッと決め顔で言うものの。
俺達はじとーと無言と冷ややかな視線を彼に向けるのみ。
「……拍手の一つくらいないかな?」
「ぺっ!」
通りすがりのメイドが拍手の代わりに唾吐いてったけど。
「世知辛いねえ……」
我ながらもう少ししっかりした設定に出来なかったものかと後悔している。
漂うこのだらしなさは相手にしてて気が抜けるねこれ。
「おまたせ」
「おおっと麗しい王女様のご登場だ、今日もお綺麗ですなあ。本日はこの私、ツェリヒ・ロロホルンが護衛を務めさせていただきます、どうぞよろしくお願い致します」
右手を彼女の前へと差し出すや、隠し持っていた一輪の花を手の中から出す手品を見せるツェリヒさん。
女性を口説くために鍛えた手品だ、もっと別の努力をしたほうがいいと思うんだが。
「よろしく。綺麗な花ね」
「……おや?」
「ん、どうかした?」
「……王女殿下、まだ体調は万全では、ない?」
「万全よ、気遣いありがとう」
「あ、ありがとう!? お、おやあ……?」
ツェリヒさんの困惑ぶりは――王女ユフィの悪女さが見られていないからだ。
本来ならばツェリヒさんの手品を見て悪態の一つでもついて花を受け取るのがユフィではあるが、ぽよよんさんはそんな性格ではない。
ユフィとぽよよんさんのこの差は、非常に大きい。
彼女にユフィを演じてくれと頼んでも、果たして進んで悪女を演じてくれるかどうか。
「で、では参りましょう。ご案内いたしまさあ」
首を傾げながら彼は先行する。
王女のぽよよんさんバージョンにはこれから慣れてくれ。
どっちも知っている分、俺はどちらかというとぽよよんさんバージョンのほうが好きだよ。
「殿下、捕らえたロルス国の者達にはどのような用件が?」
「え? あの、ええっと……」
視線で俺に早速助け舟を求めているな……。
本来の展開であればユフィがこっそりバテスト牢獄に行ってロルス国の人達を嘲笑ってて、そこに主人公がやってきて彼女をなだめて彼らと対談するって流れだ。
今や大幅に変更されている、どうすべきか。
ここは、そうだな……。
「ロルス国と一度話をしてみたかったんだよね? 今まで話す機会なんて無かったものだから」
「そ、そう! そういう事なの! とても、興味があるの!」
「殿下が聡明である秘訣はその好奇心旺盛なところですかねえ、私も見習いたいものですなあ」
露骨にご機嫌取りしてるなあ。
ツェリヒさん、相手はユフィじゃないからそんな事しなくていいんだよ――なんて、言えず。
「しかしお気をつけください。奴らは野蛮な者ばかりです」
「大丈夫、貴方達がついてるから」
「いやはやそうでしたねえ、何かあったらわたくしツェリヒがこの身を犠牲にしてでもお守りいたしまさあ」
「悠斗様、この方はとても調子のいい事ばかり言っているような気がしてなりません」
「実際そうだよ」
また二人でツェリヒさんにじとーとした視線を向けておく。
何をするにしてもどこか信用が損なわれてしまう人だ。身だしなみからしてもそう、整えられていない無精ひげにぼさぼさの頭は見た目の信用性も失われている。
彼はそんなの気にしない人だからあーだこーだ言っても直らないのは分かっているから何も言うまい。
もうちょっとしっかりした登場人物にしておくべきだったかなあ。
「ねえユートン、この後の展開なんだけど……私がロルス国と話を広げたようがいいよね?」
「そうだね、ユフィのようにするかは任せるよ」
「それは却下。彼らとは何を喋ればいい?」
この内容については聞かれてはまずい。
彼女もそれが分かっているため、声を落として俺に尋ねてきた。
俺も同じ声量で返すとしよう。
「ペテルエル山についての話からしていけばいいかな」
「……オルランテの悪巧みのやつ?」
「そうそう、強引な侵略だよ。そもそも今回の襲撃は帝国からペテルエル山周辺地帯侵略の話を聞いたのがきっかけさ」
「思い出してきたわ、皆で設定を考えてる時にもその話したわね」
皆で設定や話を考えている時が一番楽しかったなあ。
創作系が集うチャットでの醍醐味とも言える。
「しかもこれでロルス国の実力者がオルランテに捕らえられるもんだから帝国がロルス国を侵略しようと計画してるわけだ」
「じゃあ話を聞いて、ロルス国の人達を仲間にして彼らと共にロルス国に行って、ちゃっちゃと救って終わりね」
「い、言うのは簡単だけどさ」
「もしかしてだけど、私がロルス国に行くって言えば皆ついてくる?」
「……かもしれないね。君は今や王女様だし」
ユフィではなくぽよよんさんによる新たな展開作りは吉と出るか凶と出るか。
とはいってもだ、ユフィの場合は彼女の驕りによってかなり主人公は振り回されたりもするから、ぽよよんさんのほうは無難な道筋になるか?