第十六話:悪役令嬢のもとへ
「悠斗様、すごいですよこの勲章! 金で出来ていますよ! 金ですよ金!」
「うん、よかったね……」
逃げるようにして別室へ。
ミネリルルさん曰く王座の間ではあのままテーブル等用意して朝から貴族王族の交流会だと。
呑気でいいねえ彼らは。
「この後はいかがなさいます?」
「どうしようかねえ」
ロルス国の人達と会って話をしてみたいし、ガベルさんのとこに戻ってジュヴィさんを殺害した人を一緒に探すのもいい。
ただあちらはまだ魂送でドタバタしてるし時間を空けたほうがいいかな?
今からでも交流会には参加できるが、流石に気分ではない。
「ここにおったか」
悩んでいると国王がやってきた。
ヘルミもついてきているな、俺を誘惑しようってか?
「先ほどぶりね。私はヘルミ・ディアウ・フィール、こう見えてオルランテ元老院の一人なのよぅ」
「どうも」
もう知ってるけど。
この人にとっては挨拶も誘惑の一つだ。
「はわっ、元老院の方ですか!」
「そんな固くならないでねぇ」
「悠斗よ、交流会は出てはくれんのかね?」
「そういう気分でもないので……」
「そうか……いや、無理にとは言わん。犠牲者も出ておる……私も悼むべきなのであろうが、国との付き合いもあるのでな」
「でも昨日の活躍ぶりは皆さんにお話してもらいたいものですわ。お嬢さん、貴方もそう思わなくて?」
「悠斗様には是非ともお話してもらいたいです! 注目の的になってもらいたいです! 成り上がってもらいたいです!」
「気が合うわねえ」
このままだとヘルミさんにいいようにされそうで怖い。
物語ではここでヒロインが間に入ってくれるのだけど……彼女の姿は無く。
ユフィが現れないのも何か問題が生じたからなのか? 一つ一つが気になってくる、それらに触れる機会を与えてもらいたいのだが。
「ちょっとやりたい事もあるので、別の機会にしてください」
「どうしても?」
「どうしても」
「ええ~。何なら胸、触ってもいいのよぅ?」
ちらっと胸を見てたの、気付かれてたかな。
でもそう、ちらっとであって、何度もじゃあないし、これはあれだ、本能的なものでもある!
「え、遠慮しておきます!」
「あらぁ、残念。交流会は途中からでもいいから、気が向いたらいつでも参加して頂戴ね。昼は食事会もあるからねぇ」
「食事会ですって、悠斗様っ」
アリアの脳内には豪勢な食事が浮かんでいるであろう。
想像通りそれらは用意されるであろうが外野も多いぞ、食事を楽しむどころじゃあないかも。
「そういえば娘さんは、まだ体調が優れないのですか?」
「ううむ、そうなのだよ」
少しユフィについても触れておこうかな。
「そうだ国王様、悠斗君にお見舞いしてもらうのはどうかしら? 刺青の者がやってきたとあれば元気が出るのでは?」
「おお、それはいい案かもしれん!」
ユフィとあわよくば良い関係になってもらいたいから引き合わせたい。
そんな意図が垣間見える、物語でも国王が引き合わせようとする展開は何度かあった、それが影響しているのであろう。
「体調が優れないといってもだね。どうも落ち込み気味というか、部屋から出たがらないのだよ。励ましてくれはしないだろうか」
「刺青の者であればユフィ様も幼い頃から聞かされていたでしょう、きっと見るだけで元気になられますわぁ」
元老院側としてもどうしても引き合わせたいようで。
腹黒さといったらもう呆れてしまうぜ。
「悠斗様、個人的に私……王女様を間近で見た事がなくてですね……」
アリアがもじもじしながらそう呟く。
そうか、君も会ってみたいと。
俺も正直、会ってみたいし……ここは素直に従おうか。
「じゃあ……会いにいきますか」
「おおっ! 娘もさぞ喜ぶであろう!」
「国王様、交流会にそろそろお戻りにならなければ」
「そうか、ではミネリルル、案内を頼む」
「かしこまりました」
「私も合間を見て後で足を運ぶとしよう、しかしもしやこれは……反抗期というものか?」
「どうですかねえ……」
悪役令嬢のユフィはいつも反抗期っぽい態度はとっているけど、部屋から出てこないのは変だ。
物語の変化によって彼女も何かしらの変化があったとみてよさそうだが、一体どういった変化が生じたのか、気になるところだ。
てなわけで、ミネリルルさんに案内されてユフィのいる部屋へ。
「最近王女様の様子に何か変わった事はありました?」
「変わった事、ですか……。そうですね、昨日の朝からでしょうか、言動が落ち着かないというか、話し方が変わったような……」
「話し方?」
「ええ、いつもとは明らかに違うような……。それに私達を見てどこかそわそわしているのも妙なもので」
そわそわしてる……か。
ユフィはいつも落ち着いててお淑やかな性格なのだがなあ。
「あとはいつも召し上がられているお食事に何故か大喜びしておりました」
「大喜び?」
「仕舞いにはめんどくさいから部屋から出たくないと仰りまして私は耳を疑いました」
「えぇ~……」
「ユフィ様、本当に反抗期なのでは?」
……俺の知ってるユフィと全然違う。
この赤く大きな扉、開けるのが若干怖くなってきた。
ちょっと緊張もしてきた……彼女の設定は知っているけど実際に見るのは初めてなわけで。
俺の想像通りであればそりゃもうすんごいべっぴんさんがこの扉の先にいる。
緊張、期待、不安。
三つの感情が入り混じっている。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「……」
ノックをしてみるも反応なし。
今すぐに扉を勢いよく開けて中に入りたい衝動に駆られるも必死に我慢。
「ロルス国からの襲撃を阻止してオルランテを救ってくださったお二方が、参られております。是非お会いしていただきたいのですが」
「……ふぇー」
……ん?
なんか妙な声が聞こえたような。
「悠斗様、凛とした王女様という私の記憶が崩れつつあります……」
「俺も同じだ」
「あの、ミネリルルさん? 中には本当に王女様がいるのですよね?」
「おります、多分」
多分ってつけるほどミネリルルさんですら不安になっているような。
人違いじゃあないよな? 大丈夫だよな?
「失礼致します」
「ど、どうもー……」
会釈をして、彼女の姿を探す。
奥のベッドで彼女は横になっているようだ、俺達が入室してもベッドから降りる様子は無く、頭から布団を被って顔すら見せない。
「国王様から聞かされていたあの刺青の者が来ております」
「んー……刺青の、者?」
もぞもぞと蠢いている。
広いベッドを、這っているのだ。
さて――これが王女なのかどうか、一つ目を疑う光景だ。
アリアは目を擦っては、目の前の光景を見直していた。残念ながら布団に潜り這う王女という光景は変わりやしない。
「お、王女様。最上下……悠斗と申します」
「もがみした……?」
すぽんっと。
布団の中から顔が出てきた。
彼女は俺を見て目をまんまるとさせていた。
「に、日本人!」
その言葉に、俺も目をまんまるとさせた。
今、この世界の――俺の書いた物語の登場人物が使わない単語をこの子が喋った。
「にほんじん、とはなんですか?」
「それは……その……」
「その名前、日本人で間違いない、よね!?」
「あ、ああ……」
理解した。
お互いに、とても重要で、共通するものを……理解した。