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第十五話.始まる新たな一日

 長い一日が明けて。

 様々な感情が入り混じる中での睡眠は、質の良い眠りとはいかなかった。

 昨日から引きずる感情や疲れからの寝不足は瞼を非常に重くさせる。

 カーテンの隙間から零れる朝の陽光が無ければすぐに姿勢を変えて二度寝に突入していたであろう。

 上体を起こして、深い溜息。

 溜息の理由は二つ。

 一つは……目が覚めても未だに見知らぬ天井であった事。

 心のどこかでは未練たらしくまだこれは夢なのではないかとか思っていたりしたけど、そんな儚い希望はあっさりと消えうせてしまった。

 俺は、自分の書いた物語の世界にいる。

 この逃れられない事実をようやく真正面から受け止めて、深々とため息をついた。

 もう一つの理由は……ジュヴィさんだ。

 ロルス国の襲撃は阻止できた、その時点で彼女が死亡する展開はなくなったはずなのに、彼女は死んでしまった。

 ガベルさんの話では何者かに惨殺されたらしい、それも口にできないほど悲惨であったとか。

 一体誰が……?

 俺はこんな展開は望んでない、そもそも俺は登場人物はなるべく悲惨な死に方はさせないタイプなんだ。

 もはや俺の書いた物語とは、根本から違ってしまっている。

 書いた覚えのない登場人物がいる可能性がある。

 ロルス国に協力し、内部で防壁警備に隙を作り、そしてジュヴィさんを殺害した人物が。


「――悠斗様」

「おあっ、起きてたんだアリア」

「はい、悠斗様……起きて早々よろしくない面持ちでしたが、やはりジュヴィさんの事を?」

「ああ……」


 ベッドから降りて、カーテンを開けて陽光を全身に浴びた。

 陽光のぬくもりに包まれて心地よい感覚を抱くも、心は重く、心身共に晴れやかとはいかなかった。


「亡くなられたのは残念ですね……」

「そもそも……ジュヴィさんが死ぬ展開は回避できたんだ」

「え?」

「それなのに、彼女は死んだ。おかしい、おかしいんだよ。こんな展開は」

「悠斗様、仰る意味が……」

「ああいや、気にしなくていい。ただの…………独り言さ」


 君達登場人物には、理解してもらえない話だ。

 物語の、俺が書いた展開の話は。


「しかしロルス国の襲撃を阻止できたのですから、今日という穏やかな朝を迎えられた事への喜びも受け止めるべきでは?」

「それも……そうだね」

「ロルス国と繋がっていた者による犯行、と考えると不安ではございますがきっとそのうち犯人も捕まりますよ! ほら、朝から暗くなっていると太陽様も困ってしまいますよ! 洗顔歯磨き朝のシャワー、共にいたしましょう!」

「シャワーは一緒じゃあまずいでしょ」


 アリアなりの励ましか。

 でも今は、その元気を分けてもらえて少し心が楽になった気がする。


「悠斗様、お目覚めでしょうか」

「起きてるよー」

「失礼致します。朝食はこのお部屋でいただきますか? 大広間も解放しておりますが」


 ミネリルルさんの表情は昨日よりもどこか柔らかく見えた。

 監視役である彼女は俺を懐疑的に見ていた点もあったであろうが、襲撃阻止によってそれが解消されたからかもしれない。


「ここで食べよっか」

「悠斗様と二人きりでの食事……興奮します!」

「朝から興奮しないで」


 大広間に行ったら行ったでこれまた面倒な事になりそうな予感がした。

 昨日の襲撃を阻止した事できっと今頃話題の中心人物となっているであろう。

 そんな話に朝から揉みくちゃにされたくない。

 朝食を済ませ、身支度をして。

 ある場所へと向かった。


「魂送の儀は?」

「この後すぐに」


 魂送の儀とは死者がこの世で迷わずにあの世へと行けるようにと執り行う――言うならば葬式だ。

 聖騎士団であれば魂送の儀を終えた後にオルランテ城敷地内の墓地へと埋葬される。

 会場では聖騎士団関係者や街の人々も集まっており、彼女がどれほど愛されていたのかが一目で分かった。


「悠斗様、アリア様、お花のご用意をさせていただきました。どうぞお使いください」

「ありがとう、助かるよ」


 列へと並び、彼女が眠っているであろう棺への道へと一歩ずつ歩む。

 彼女の部下達は悲しみに暮れて涙を流し、見ているだけで俺も泣いてしまいそうになるも何とか堪えた。

 積み重ねられた花の上に、俺達も花を乗せる。


「来てくれたか」

「ガベルさん……」

「すまんな、折角来てくれたのに食事会やら襲撃やら、そして魂送と……ゆっくりするどころじゃねえよな」

「いえ……。あの、ガベルさん、ジュビィさんを殺害した犯人についての手がかりとかは見つかりました……?」


 犯人を捕まえたい気持ちは強い。

 手がかりがあれば、飛びついて犯人探しといきたいところだ。

 あんまり色々と首を突っ込みすぎるのもよくはないのだろうけど。


「まだこれといった手がかりは見つかっていない。あいつはどうやら昨日、防壁へと向かう道中だったらしい……」

「防壁、へ……」

「お前の警告を聞かずともあいつは見回りしたさ」

「悠斗様、あまり御気になさらず」

「あ、ああ……」


 でも、俺がジュヴィさんに防壁の話をしなければ、彼女は死ななかったかもしれない。


「ロルス国の襲撃もあって聞き込みなどの詳しい調査はこれからだ。奴らから何か聞きだせればいいのだがな」

「もし進展があったら是非教えてください」

「うむ。ああ、それと昨日の襲撃阻止、改めて感謝する。君達は功績者だ、この後時間はあるか?」

「ええ、特に予定はないですけど」

「国王も是非称えたいとよ。勲章の一つでも貰えるかもしれんな」

「く、勲章でございますかっ。はわわぁ……」


 本来ならば俺もアリアと同じ反応をするべきなのだが、勲章といってもそんなにたいそうなものでもない。

 きっと金一封もついてくるであろう、そちらのほうには期待したいな。

 けどこれでオルランテの信用は得られた、それなりに動きやすくなるはずだ。


「ゆっくりさせられなくて申し訳ないが、我慢してくれ」

「いえいえ、むしろ色々とよくしてもらって感謝してます」

「悠斗様への待遇は当然の事なのです、そうなのですっ」


 俺達の了承を得たからか。

 早速兵士がやってきて城へと案内された。

 王座の間には既に俺達を迎える準備はできていたようで、扉が開かれるや左右に並ぶ兵士が目に入り驚かされるのも束の間、すぐにミネリルルさんが俺達の衣服を整えてさあどうぞといった様子で手を王座へ向けた。


「き、今日は朝からイベント盛りだくさんだねえ……」

「と、とても目まぐるしい始まりですね」


 アリアと顔を見合わせて苦笑い。

 さあ、国王のもとへと行こうか。

 王座の間に一歩踏み入れるや拍手で迎えられた。

 周りをよく見てみると貴族や王族も眺めるようにして並んでいるな。

 これはあれだな、刺青の者を知らしめるのと、オルランテと刺青の者は良い関係であるというアピールをしたいのだろう。

 元老院の意図だ、まったく……喪に服すつもりもなく明るい知らせで包み込むつもりなのであろう。


「ロルス国の襲撃を予測し未然に防ぎ、重要人物を捕虜として捕らえる事ができた此度の活躍は見事であった」

「ありがとうございます」

「は、はわぁ~」


 ……空席が一つ。

 物語のヒロインとなる人――ユフィ・トウ・オルランテがいないのか。

 昨日も見なかったし、まだ体の調子が悪いのかな?


「奴らは貴重な戦力を失いもはや攻める手はない。暫し防壁の修復と防衛を優先するが、できるだけ早くにロルス国へ攻め入ろうと考えている。その時には君達にも協力してもらいたい」

「えっと……」


 あまり、やりたくはない。

 というのも。

 物語を書いてる時は登場人物以外何も感じはしなかったがこうして物語と直接触れているとロルス国の扱いが酷くてどうしてもそちら側に感情移入してしまう。

 もちろんオルランテとしてはロルス国寄りの行動に出られたらいい気はしないだろうし反逆とも捉えられてしまうかもしれない。

 どうしようかなあ……。


 そうだ、

「じっくり様子見しておくのもよろしいかと思いますが、どうでしょうか」

 ここは、俺から提案してみよう。


「目の前の好機を見逃しても得などあるまいが……」

「もしかしたら好機と見せた罠かもしれませんし、有利である状況で急ぐ必要もないのでは?」

「……ふむ」


 やはり刺青の者として、俺の言葉は影響力がある。

 本当はロルス国にこれ以上何も策はないんだよね。


「功を急ぐよりも余裕を持って構えるのが国としてもよろしいかと」

「悠斗様のお言葉、五臓六腑に染み渡ります」


 勲章を持ってきた人物、よく見れば元老院の一人だ。

 国王へと歩み寄って勲章を渡すついでに耳元で何か囁いていた。

 元老院の中でも頭の切れる女性――ヘルミ・ディアウ・フィールが囁いていた内容は、


「ここは刺青の者の意見を取り入れてみてはどうでしょうか、昨日の件で彼が信頼に足る人物だと証明された事ですし。こちらとしても攻めるより防壁の修復を優先したいのもあります、他種族が防壁の崩壊を見て攻め入る可能性もございますので」


 ってとこかな。

 魅力たっぷりで露出度も高く常に誘惑するかのような彼女。

 国王もいいように骨抜きにされんでもらいたいね、既婚者なのだし。

 ほら、お隣の奥さんも鋭い目つきになってますよ。


「……私もつい目先の欲に囚われかけてしまったな。こういう時こそ冷静に全体を見つめなくては。君の意見を尊重し、考慮してもう一度検討してみよう」


 勲章を胸に国王自ら付けてくれて、再び大きな拍手が王座の間を包み込んだ。

 ヘルミさんは俺に微笑みかけて早速色仕掛けを仕掛けていた。

 素直にかかるわけにもいかない、目は逸らしておこう……いや、ちょっとくらいその二つの巨大な果実を眺めてもバチは当たらないか?


「この先どこか別の国へ赴く予定はあるのかね」

「え、あ、いいえ!」


 おっとっと。

 ちゃんと話を聞かなくては。


「その、まだ決まっていません。暫くこの国にいると思いますが」

「それはよかった、ゆっくり過ごしてくれて構わないよ。衣食住に関してはこちらが提供しよう」

「……これほどおいしいお話となると」

「なに、心配しなくてもよい。昨日のお礼だ、これでも足りないくらいだと思っている」

「あんまりもてなされ過ぎると不安になります……」

「はは、随分と心配性なのだな。しかしその心配性のおかげでオルランテは救われたのだがな。亡くなった者もおるが、今は襲撃を阻止できた事を喜ぼうではないか」


 なんとか。

 なんとか、笑みは作れてはいるが、ジュヴィさんを思い出す度に心は沈んでしまう。


「よければ色々と相談に乗ってくれれば嬉しいのだが」

「できるだけ協力はしたいと思ってます、はい」

「実に助かる。こちらもその分君には惜しまず何でも提供しよう、後で金一封も送らせてもらうよ」


 エンリと同じ立場になって思ったのは、甘い蜜吸いまくり人生。

 刺青の者ってだけでこの特別感、のめりこんだら堕落しそう。


「皆の者、彼らにもう一度大きな拍手を!」


 明るい話題作りをさせられた気分。

 それでも拍手に応えるべく俺は手を振るしかなかった。

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