第十三話:襲撃
「疲れた……」
あれから貴族達に世間話から世界事情、ロルス国との争いについてなどまるで首相への質疑応答でも始まったかのような質問ラッシュには骨の髄まで疲労を塗りたくられた。
解放されたのは二時間後、案内された豪華な部屋のおかげで気分的には楽になった。
なんでも、刺青の者と確信した国王は来客用の宿じゃあ失礼にあたると言って本来は王族しか泊まれない城の一室を与えてくれたのだ。
「ひぇぇ……悠斗様、これも刺青の者特典というものですね!」
「なんだか悪いねえ」
「しかしこれも悠斗様の偉大さを考えれば当然の配慮でございますね!」
「なんだか申し訳なさしか沸いてこないねえ」
アリアと過ごすには十分すぎるというか、持て余してしまう広さ。
こんな贅沢、いいのだろうか、夢じゃないんだよね?
抓ったらちゃんと痛い、料理はちゃんと美味しい、こうしてちゃんと疲れを感じているのだからそりゃあ夢じゃないか。
夢か現実か、試せるものは試した、もはや否定しようと新たに試みるほうが馬鹿らしくなってくる。
でも……非現実すぎる――けど、こうなったのならば割り切ろう。
とりあえずは、やれる事をやってみようじゃないか。
元の世界に戻れるにはどうすればいいかとかは、後で考えるとして。
ロルス国の襲撃の警戒には手回しはするだけはしたが、俺自身この目で確認しておきたい。
「アリア、魔力は回復してる?」
「はい、十分に」
「よし、深夜になったら動くよ」
「悠斗様……ロルス国は本当に襲撃してくるのでしょうか? あ、いえ、疑っているわけではないのですが、国王様も対策をすると仰ったのですよね?」
「防壁の警備強化を見て襲撃を中止してくれればいいんだけどね、どうであれこの目で確認しないと安心できなくてさ」
奴らが襲撃を仕掛けてくる時間は物語でははっきりと書いてはいない。
深夜――とだけだ。
それも皆が寝静まり警備が交代をする際の時。
「悠斗様、何を見ているのですか?」
「ん? 警備の人達だよ、ほらあの門番達。ロルス国の襲撃は警備の交代時間を狙うから彼らを観察してないとね」
窓から警備の姿が確認できる部屋だったのは幸運だった。
やや遠いけど目はいいほうだ――というか、刺青の力によって視力も上がっている事に今気付いた。遠くであっても兵士の姿をはっきりと捉えられている。
「襲撃の正確な時間が把握できないとなると、根気がいりますねこれは」
「まったくだ」
「一人でじっと見ているのも疲労してしまいます、交代しながらでいきましょう」
「そうだね、そうしようか。でも君が俺の背中に引っ付いてたら一緒に観察してるのと同じじゃないかな」
「御気になさらず」
「いや気にするけど」
さっき自分で言った言葉を反芻してほしいものだ。
そうして過ごす事二時間ほど。
「ふわ……」
「眠くなってきたねえ」
「私とした事が、申し訳ございませんっ」
「いやいや、いいんだよ。誰だってあくびはするさ」
すっかりあたりも静けさで包まれた深夜。
流石に窓の外も暗闇一点だ、外を照らすのは松明程度。
その僅かな光に照らされて警備の姿は捉えられている。
「大時計を見てるな、そろそろ交代の時間かな」
「であれば私達も移動しますか?」
「そうしようか、転移魔法は使える?」
「勿論でございます! 広範囲とまではいきませんが防壁までなら問題ございません」
この世界では転移魔法は習得が難しい魔法であるけど希少魔法や上位魔法も覚えてきたって言ってたからもしやと思ったが。
これで移動時間が大幅に省けるな。
「どのあたりに転移いたしますか?」
地図も用意していたとは準備がいいな。
ああ、あれだ。転移魔法の使い手は地図も常備しているという設定が生きているからだ。
「このあたりに転移してくれ」
「かしこまりました!」
俺が指差したのは北西側の防壁。
大体の記憶から、敵が襲撃してくる位置は合っている自信がある。
彼女は手をかざし、魔方陣が出現する。
「いきます!」
「いつでもどうぞっ」
魔方陣が強く発光し、光に包まれたと思うや周囲はすぐに暗闇に――。
防壁付近に到着したのだ、この一瞬で。
「転移魔法って便利だねえ」
「習得には苦労しました、しかし悠斗様を想えばこれしきと!」
「もう感謝しかないよ、ありがとう、よしよし」
感謝の印にと頭を撫でるやアリアは溶けだしそうなくらいに表情が歪んで嬉しそうに笑みを浮かべていた。
俺のために一つ一つ魔法を習得している彼女の姿を想像すると頭が上がらないね。
「って、こうしてないで、行こうか」
「もう少しだけ撫でても構わないのですよ?」
「また今度ね」
それにしても、防壁を間近で見るとやはり高く、そして大きい。
文章では表現しきれないほどの荘厳さ、スマホがあれば絶対何枚か写真に収めていたであろう。
足元周辺を見回してみるが原稿は無し。
あれば早速読んでこの後起きる事を確認といきたかったが。
……原稿が落ちている時っていうのは何か条件でもあるのだろうか。
「これといった異変はないようですね」
「防壁にはね。ほら、周りを見てみな。警備が一人もいないよ、このあたりだけ」
「そ、そういえば、誰もいないですね……」
不自然なくらいに静か過ぎる。
警備の足音もなく、虫の鳴き声くらいしかあたりに音は無く、逆にこの雰囲気は嵐の前の静けさのように不気味だった。
物語では警備が手薄になる程度なはず、しかも対策として俺は国王に警備強化も伝えたのならば防壁にはいつも以上の警備が配備されていなくてはならない。
それなのにこのあたりだけ誰もいないのは明らかにおかしい。
「アリア、いつでも戦えるように警戒して」
「了解です!」
ならば。
ならば、逆に考えよう。
警備が誰もいないこのあたりの防壁を敵はどう突破するか、物語を書いた俺ならば、どう展開を書いていく?
そうだな……警備がいないのならば、本来の展開であるどうせ見つかるなら荒っぽい侵入を、という方法は使わなくていいんだ。
ならば、隠密行動か?
静かに防壁を何らかの方法で音も無く突破する、そうする事で不必要な戦闘も避けられる。
防壁に沿って歩いて、振り返る。
「ここら辺かな」
防壁を乗り越えるのは流石に避けるだろう。
物語でも爆薬と魔法を一点集中させて一箇所に穴を開けて侵入してたし。
「警備が誰もいない状態は一体いつからなんだ……?」
「昼間からすでにこの状態になっていたとすれば、防壁に付与されている魔法も崩す時間も十分にございますね……」
「これは……戦う準備をしたほうがいいかな」
防壁に耳を当ててみる。
微かに。
――微かに音が聞こえる。
もしや、耳を当てているこの場所が敵の侵入口だったりする?
「悠斗様、魔法発動を感知しました! すぐ目の前です!」
「位置はばっちり合ってたか」
すると目の前に人がすっぽりと入れるほどの円――魔法陣が浮かび上がった。
「うおっ!?」
「悠斗様、お離れください!」
魔方陣の中心からゆっくりと――防壁が砂のように崩れていった。