第十二話:不在の悪役令嬢
しかしながら。
流石に国王と二人きりの会話となると……緊張しちゃうなあ。
外の空気はやや肌寒い。
現実だと夏だったけどこの世界じゃあまだ春になったばかりだ。夜は未だに冬の名残が漂うかのように微かな冷たさが残っている。
「……私が刺青の者を見たのはまだ八歳ほどだったか」
ざわつきの止まない大広間、その扉は閉められ少しばかり静けさが訪れる。
窓越しから伝わるいくつもの視線、落ちつかない、本当に。
「あの圧倒的な力で他種族の入り乱れた戦場をまるで自分の庭かのように闊歩していたのを覚えている。彼は君よりもいくつか年上だったと思われるが、刺青は同じものだったよ。本当に君は……刺青の者、なのだな」
「この刺青はそのまま受け継がれるので模様は変わらないんです」
「受け継がれる、か……なるほど。前の刺青の者はどうなったのだ?」
「分かりません。力だけを残して、俺はただそれを引き継いだだけに過ぎないので」
とは言ったものの。
実際にはもうその英雄は亡くなっている、刺青の者が死ぬと神遺物が新たに作られ、英雄の力が再び納められる。
同時に神遺物を管理している者達がまた適合者を探す旅に出るの繰り返しなのだ。
「ほう、誰かに引き継げる事が可能だったのか」
「引き継げるのは誰でもではありませんが。力が人を選ぶので」
「力が……? これまで刺青に関しては詳しく知る機会がなかったが実に興味深い。君は、選ばれたのだな」
「ええ、不思議と」
……主人公の立ち位置だったので選ばれました、実際はただ小説やシナリオを書くのが趣味の高校生なんです――なんて言えないよなあ。
「して、この国を訪れた理由は……? まさか私を、罰しに来た……のか?」
「罰される理由に心当たりがおありで?」
「国王たる者、正しき事ばかりしてきたわけではない、刺青の者が現れたとの報告を受けて……私は覚悟している」
刺青の者は争いを止める象徴でもあり、悪を罰する象徴でもある。
彼が恐れているのは後者の印象が強いからだ。
これは……うまく利用すれば国王よりも上位に立てるぞこれは。
あわよくばこの国ごと――なんて、たいそうな野心は止めておこう、身の丈に合わせなきゃ。
「安心してください、罰しようと来たんじゃあないです」
「そ、そうか! それは、よかった……」
刺青の者には敬意を持っているために、たとえ殺されるとしても受け入れようと、よほどの覚悟をしてきたのであろう。
彼は手すりに肘をついて深い溜息をついていた。
「ふふっ、すまないね。今日が私の最期の日かもしれないと思っていたものでな」
「でも貴方が悪に手を染めたらすぐに罰しますからね」
この人が働いた悪事といっても何度か金銭を受け取ってオルランテでの仕事を他国に発注が主だ。
大きな悪事ではないとはいえ、悪事は悪事。
「他国との不正取引は今後やめてくださいよ、その金は民の血税なんですから」
「わ、分かった……」
オルランテをより良い国にするためにも、ここはがつんと言っておかなくてはならない。
本来はこんな話の進め方ではないのだが、これも一つ試してみようと思う。
オルランテの裏側は不正に渦巻いている、それがこんな序盤から改善され始めたらこの国はどうなっていくか。
楽しみだ、嗚呼、本当に。
「後は元老院をちゃんとまとめ上げてください、中には貴方の寝首を掻こうという者や不正を働いて他国と極秘裏に結びつこうという輩もいます」
「元老院か……しかし彼らは私が最も信頼する者達で……」
「色仕掛けっていうのは貴方にも、そして他国にも効いたようですね」
「ぐっ……あ奴か。注意しよう」
そうそう。
あんたが色仕掛けに掛かって元老院の一員として招き入れた女の人ですよ、強かでいつ裏切ってもおかしくない人だ。
「しかし、となると君がこの国に来た目的は何なのだ? 私はてっきり罰しに来たとばかり思っていてな。本当に、警告をしにわざわざこの国来たのか?」
「……そ、そうですね。そろそろロルス国も襲撃に力を入れるだろうって思いまして!」
「ふむ、であれば警戒を高めよう。刺青の者よ、何かあれば何でも申してくれ。私も尽力しよう」
「ありがとうございます」
これで襲撃に関してはもう安心していい……かな?
でもこちらの動きを見てロルス国が今夜の奇襲を中止した場合は今後どういう展開になるんだろ?
それはそれでまた新たな展開が来るのだとしたら、楽しみでもある。
「一つ、聞いてみたいのだが」
「はい、なんでしょう」
「刺青の者の持つ力は争いを収束させるほどのものだ、その力を受け継いだ君は今後どう使っていくのだ?」
会社の面接みたいな質問が始まった。
貴方が取得した資格は今後どのように活用していこうと思いますか? なんていう感じの質問。
「まだ……考え中、です」
こんな返しじゃ採用されなさそうだ。
我ながら、もっと主人公らしい会話ができないものか。
主人公はどう話してたっけなあ、どんな会話だったのかも曖昧だ。
そもそも思い出そうにも、筋書きが少しずつ変わってきているからあてにはならないな。
「考え中、か」
「この力は争いを止めるため、人類種の希望を立てるためにあるのですが、何をどうすべきかは自分で見出さないといけないので」
「では手始めに、争いの種を抱えている我が国に協力してくれないだろうか」
「そう、ですね。あとはちゃんと国王が悪事を働かないよう見張っておかなくちゃ」
「わ、分かっておる! 刺青の者は正しさの象徴であり、私の憧れでもあった、裏切るような真似はせん……いや、できん!」
刺青の者に対する感情も薄れ掛けていたであろう。
だがいざ刺青の者が現れたとなって、彼の心には大きな変化が訪れた――設定からして、そんなところだ。
「しかし問題解決をする上で俺が協力せずともロルス国とちゃんと話し合いをするってだけで解決への近道になると思うのですが」
「もはやそのような場を設ける事は不可能だ……。今日の襲撃も見たであろう? 過激になっていく彼らを止めるのは、言葉では到底無理なのだよ」
まだ間に合わなくもない。
けどどう説得したってオルランテ側が話し合いの場なんて設けやしないだろう。
そこで王女――ユフィ・トウ・オルランテの出番なのだ、食事会にいないのは計算外。
どうしたんだろうな。
「ロルス国との争いのきっかけは城壁建築の頃からですよね? 自然破壊を好まないロルス国に対してオルランテは人口増加と共に半ば強引な領土拡大を繰り返してきた。でもオルランテはまだまだ領土拡大するつもりで、次は西のペテルエル山も手に入れようと元老院と検討中でしたっけ?」
主人公が本来知りえない情報をここで喋ってみたらどうなるか。
様子を見てみるとしよう。
「この国でも一部の者しか知らない事を……。刺青の者にはなんでも御見通しのようだな」
そりゃあ俺が考えた話なので当然把握してます。
「ついでに言うと、ロルス国が最近になって更に過激になっているのはとある国がロルス国に噂を流してるからですよ。オルランテはロルス国を取り込んでこの大陸大部分を支配するつもりだという噂をね。今日の集まりもその計画を進めるためのものだときっと思い込んでいる事でしょう」
「とある国……考えうるに、我が国の発展を望まないのは……帝国あたりか」
流石国王、すぐに答えを導き出せているね――と言いたいところだけど、半分正解。
先導しているのは帝国で、他にもいくつかの組織が絡んでいる。
帝国はロルス国に武器の提供をして焚きつけてオルランテへの敵意を育ませている。
あわよくば衰弱した隙にオルランテ周辺の領土か、ロルス国を帝国の支配下に置こうと考えている。
「警戒しておかねばな」
「敵国のみじゃなく、ちゃんと自国も正しい道を歩めるようにしなくてはなりませんよね。見てますからね」
「う、うむ!」
口酸っぱく言っておかないとね。
国王が誘惑に負けて傾国なんてしたら洒落にならない。
「そろそろ戻るとしようか。国を支える者達を君に紹介したい、実は娘にも会わせたかったんだが、部屋にこもってしまってな」
「え、こもってるんですか? 体調不良でも?」
ヒロインといっても彼女――悪役令嬢なもんだから最初は最悪な印象から始まるけど、絶対後々デレると決まってる。
少しでも早くデレへの歩みを進めたかったのだがなあ。
ここの話の変化は何が影響しているのかな。
「今朝から調子悪いようだ、どうしたものか。まさかこれが罰……!?」
「いえ、俺はそんな事はしないですよ」
「そうか、であればただの風邪程度であろうか。機会があれば是非とも会ってもらいたい。刺青の者は娘に何度も話したのだ」
「分かりました、俺も会ってみたいのでこちらこそ是非とも」
早くユフィに会いたいなあ。
けれどもちょいちょい俺の作った話と違っているのは何なのだろうか。
展開が多少変わってはいるもののユフィが体調不良になるなんて話に繋がるとは思えない。
まだ謎が多いな、俺も慎重に分析しなくてはならないか。





