7:ドワーフは今どこで何を?
「ふぅ」
リコから貰った串肉を食べ終えた。味付けが一切されていない肉だったが、そこまで悪くなかった。そう言えばゲームで作れる序盤の肉も味付けは無しだったな。
「ええと、リコさん、ごちそうさまでした。串は返したほうがいいですか?」
串の尖っていないほうをリコに向ける。
「あ、また洗って使うにゃ」
リコはそう言って串を受け取る。彼女は猫の獣人、猫人族の少女だ。背は百四十センチくらいだろうか、それより低いか? 小学生くらいに見える。赤いショートヘアーから出ている猫の耳、下には猫の尻尾が垂れている。腕や足はガリガリで簡単に折れてしまいそうなほどだ。
「あ、あの、あの時は叫んじゃってごめんにゃ……」
一番最初リコと会ったときは思いっきり叫ばれたが、この世界のことを考えれば致し方のないことだろう。
「いえいえ、仕方ないですから気にしていませんよ」
…………。
会話が途切れる。
「……それで、ソウセイは木材を集めるのだったな?」
「ええ。あ、そうだ、ミリアムさん暇でしたらちょっと一本切ってみてもらえませんか?」
「構わないが、どれからやればいい?」
「さっきミリアムさんが叩いた木をお願いします」
「分かった」
ミリアムの後ろで俺とリコが見学している。
ミリアムが振りかぶって木を叩くと、木の幹には更に深い切り込みが入った。
「後一撃で倒せそうだな。二人とも、そこにいると危ないから横に避けてくれ」
ミリアムの指示で俺とリコは横に避けた。
「切る前にちょっと確認させてください」
「なんだ?」
木に近づいて耐久値を確認する。
20/100。やはり一撃で耐久値を40も減らしていたようだ。ゲームでも筋力などのスキルを上げるとダメージも上げられるシステムがあったが、いくらゲームでも石斧でここまでのダメージは与えられない。つまりミリアムの力がゲームをも凌駕しているということになる。ミリアムは怒らせないようにしよう。
「何かあったのか?」
「いえ、木の耐久を見ていました。ミリアムさんならこの辺の木を三回叩けば倒せるでしょう」
「この石斧のお蔭だな。後でリコにもやらせてくれないか?」
「ええ、構いませんよ」
クラフトウィンドウを開いて石斧のクラフトを開始した。
「で、でもリコはそんな木を倒せるほどの力はないにゃ……」
ゲームシステム外のミリアムができたのだ。そしてゲームシステムを持つ初期状態の俺でもできた。どれくらいで伐れるかは分からないが、リコでも不可能ではないはずだ。
「大丈夫ですよ、私もできたんですからできるはずです」
とは言ったものの、現地人がクラフトした石斧で木を倒したらどうなるのか。現地人はインベントリを持っていないはずだ。そうなると俺のときみたいに木が消失してインベントリに収納されることがない。では一体どうなるのか。興味深いところだ。
「それじゃあいくぞ」
ミリアムが木の反対側に回り石斧で切り付けた。
支えを失った木はギギギと音を立ててこちら側へ倒れる。
木は――消えていない。そのまま残っている。なるほど。
「やはり凄いなこの石斧は。たった三発でここの木を伐採できるとは」
「す、凄いにゃ!」
現地人でも問題なく使用できるのは分かった。だが一つ問題がある。
「この倒した木って加工することはできますか?」
「か、加工する道具がないから無理にゃ……」
「本来は鉄斧でも切れないほど硬い木だからな」
「加工するにはどうすればいいでしょう?」
最悪俺だけがクラフトして作っていくという手があるが、それだと最終的に良くない。ちゃんと現地人に作ってもらいたい。
「ドワーフやエルフなら魔法を使っての加工が得意だったはず。彼らがいれば造作もないことだろう」
なるほど。だがエルフとドワーフは水と油のような関係のイメージだ。この世界では共存できているのだろうか?
「どこに行けば会えますかね?」
「西にある採掘場にいるにゃ……」
「おぉ、それなら会いに行って仲間になってもらえないでしょうか?」
往々にしてドワーフはチート性能の製造能力を持っている。この世界でも例外でなければ大きな戦力アップに繋がるはずだ。
「いや、それは無理だろう」
「採掘場は人間達が監視してるにゃ……だから行ったら捕まるのにゃ」
「……それはつまり、採掘場で奴隷のように働かされていると?」
「そうだ。ドワーフ達が人間達に強制労働させられている……」
お約束だな。ミリアムが悔しそうに言葉を吐き捨てた。
「なるほど。ではドワーフの救出作戦も考えておかないといけませんね」
ドワーフとエルフは絶対に欲しい。何としても仲間にしたい、と思ってしまう自分のゲーム脳に少し呆れてしまった。
ここにいる獣人とドワーフ、それにエルフ達が仲良く共存できるとは限らない。不倶戴天の関係という可能性もある。
「……助けに行くつもりなのか?」
「彼らの力がなければここの木が加工できないのであれば、彼らを頼るほかないでしょう。何か問題でもあるんですか?」
「さ、さっきも言ったけど人間達の監視があるにゃ、だから捕まったら酷いことされちゃうにゃ……」
下手すれば俺も強制労働の仲間入りになるかもしれない。自殺すれば寝袋からリスポーンできるので問題ない、はずだが、それは確証もないし自殺するほどの勇気はまだ俺にはない。
「まぁなんとかしてみますよ。それよりも、ドワーフとエルフとか、他の種族って仲が悪かったりするんですか?」
「いや、ドワーフもエルフもお互い興味がないようでな、悪くなければ良くもない関係だ。種族同士よりも身内同士で争っているところが多かった」
意外や意外、ドワーフとエルフはお互い無干渉を貫いているのだろうか。そもそも出会うことがなかったのだろうか?
「私達獣人族は、前にいた魔王様のおかげでみんな仲良く暮らせていたのにゃ」
「前にいた、ということは今は?」
「……人間達にやられちゃったにゃ」
だろうな。しかし何故人間は魔王を殺したのだろうか?
「何故魔王は人間に倒されてしまったのでしょうか?」
「人間達が使う魔道具に必要な魔石を奪うためだ」
ミリアムが拳を震わせている。
「私はまだ全然この世界のことを知りませんが、獣人や魔族といった種族なら人間よりも強いのでは?」
「確かに私達一人一人は人間を凌駕している。だが奴らはそれを凌駕する物量で圧殺したのだ……」
戦いは数、とはよく言ったものだ。いくら俺がクラフトという能力を持っていても、数で圧されたらキツイ。準備が整っていればあるいは可能かもしれないが。
「なるほど。人間がこちらの領域に侵略戦争を仕掛けてきた訳ですね。そして亜人獣人魔人側は負けてしまったと」
「このままリコたちはどうなっちゃうにゃ……?」
「大丈夫、大丈夫だ……」
ミリアムがリコを抱き寄せている。
人間側にも理由はあるのだろうが、こんな状況を目の前で見せられてしまったらたまったものではない。元々動物好きで人間嫌いな俺としては、ここで人間と敵対することに躊躇うことはあまりない。人間側の理由を知れば考えも変わるかもしれないが。
この二人が同情を誘うためにこんな演技をしている可能性もゼロじゃない。もしかしたら人間に戦争を仕掛けた側という可能性も全くない訳ではないし、もしそうなら聞いても素直に答えてくれるとは思えない。
しかし少なくとも今の俺の心境としては、ここにいる獣人達を助けるためなら人間と敵対しても構わないという気持ちのほうが強い。例えそれが悪だったとしても。
「……大丈夫ですよ、私もできる限りのことはしてみますから」
俺にはサバイバルクラフトゲームのシステム、物を作る能力であるクラフトがある。これを使えば獣人達の生活をマシにすることはできると思う。
だが俺は突然こちらに飛ばされてきた人間に過ぎない。ある日突然現代世界に戻される可能性も十分考えられるし、クラフト能力が消える可能性もある。
だからそのための保険はできうる限り用意しておきたい。
「ソウセイ、改めて頼む。リコや、私達を助けて欲しい」
ミリアムの目は真っ直ぐ俺を見ている。
「私がいる限り、私の能力がある限り、ここの人達を助け続けてみますから安心してください」
俺がこの世界に飛ばされた理由は分からない。このクラフト能力でどこまでやれるかも分からない。だが目の前で困っている人がいれば助けるし、やれることはやる。
「あ、あの、ソウセイは異世界からきたって言ったけど、元の世界に戻りたいとは思わないにゃ?」
「特に元の世界に未練はないので大丈夫ですよ」
「家族や友人はいないのか?」
「いますけど、私がいなくなったところで家族はみんな自立してますし、友人関係はちょっと遠くに引っ越した程度の感覚なので」
とは言うものの、もしこのクラフト能力がなかったら今にでも帰りたいと思っただろう。現代世界の快適な生活に慣れきってしまった俺としては、文明が低すぎるこの場所は辛い。だがクラフト能力で改善できると分かっていればそうでもない。何より楽しい。
「だから気にしなくていいですよ」
「ソウセイは変わってるにゃ……」
「私と出会ったときも、見知らぬ異世界に飛ばされたというのに、特に取り乱すこともなかったな。ソウセイは落ち着き過ぎているように思う」
「よく変わってるとか、落ち着いてると言われます。さて、それじゃあ私も住む所が欲しいので、家を作っていきますけど、自由に作っちゃって大丈夫ですよね?」
「あぁ、問題ない」
「え、ソウセイはこの木を使って家が作れるのかにゃ!?」
リコの耳と尻尾がピンッと立っている。
「ええ、まぁ家の形はアレですけど、まぁ見ていてください」
こうして雑談を終えた俺は木枠ブロックのクラフトを始め、家の建築に取り掛かった。
2019/07/09 魔王様の部分を加筆修正しました。