6:クラフトアイテムを異世界人が使ったら
「……ふむ、何の変哲もない石斧だな」
ミリアムは振ったりして石斧の感触を確かめている。特に問題は無さそうだ。
「よし、やってみるぞ」
「あ、ラプターを倒した時みたいに力を込めて叩いてもらっていいですか?」
「構わないが、壊れてしまわないか?」
「壊れてもすぐに作れるので大丈夫ですよ」
「そうか、そういうことなら遠慮なくいくぞ」
そういって石斧を振りかぶり、腕を鞭のようにしならせて木を切りつけた。
勢いよく振られた石斧は木の幹に直撃して傷を付けていた。俺の場合は傷一つ付いていなかったのだが、ゲームシステムを持つ俺とそうでないミリアムとの違いだろうか。
「……凄いな、壊れるどころかビクともしていないとは。それにこの変哲のない石斧でここの木に傷を付けられるなんて信じられないほどだ」
耐久値はどのくらい減っただろうか? そもそも減るのか?
「ちょっと石斧を見せてください」
石斧を受け取ってクラフトウィンドウにあるアイテム詳細から耐久値を確認する。
29/30。どうやら耐久力は使い手は関係なく、一回は一回のようだ。
「……な、何か問題があったのか?」
ミリアムが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「いえ、問題はありません。あ、そういえばその武器、大丈夫なんですか?」
ミリアムが腰に携えている木の棍棒みたいな鈍器……いや、木の棍棒だろう。ラプターを攻撃した時に破損してしまったのか、大きく欠けていた。
「あぁ、まだ問題なく使えるが、そろそろ新しいのを用意したいな……」
俺が木の棍棒を作って渡しても良いのだが、耐久が三十回分しかないので三十回殴ったら使えなくなる。そんな物で戦わせてしまったら、もしもの時が怖い。が、どんなに威力を込めても耐久が1しか減らないということを考えれば、複数個持たせればいいか……?
物は試しだ。
「……もし良ければ俺がクラフトした棍棒を使ってみませんか? 多分三十回はどんな使い方しても壊れないはずなので、急場しのぎですが使えると思います」
「ふむ……」
ミリアムが顎に手を当てて考えている。とりあえずクラフトウィンドウを開いて木の棍棒を二つクラフトした。
「一本予備として持っておけば、数回程度の連戦なら凌げるはずです。ミリアムさんはラプターを一撃で倒しましたし」
木の棍棒ではラプターを一撃で倒すことはゲームの仕様では不可能だ。だがミリアムは木の棍棒の一撃でラプターを倒した。恐らく俺が戦った場合は十発くらいは頭に当てないと倒せないだろう。
「クラフトも簡単ですぐに終わりますし、木の棍棒ならいくらでも作れるので楽な作業です」
「そうだな……では試しに一本作ってくれないか?」
「ではこれをどうぞ」
さっきクラフトした木の棍棒を地面に置いてミリアムに渡す。
「……普通の棍棒だな。本当に三十回までならどんな使い方をしても平気なのか?」
「ええ、石斧と同じように使えるはずです」
「では三十回を超えたらどうなる?」
「多分、敵にダメージを与えられなくなります」
「……ダメージ?」
「ええと、敵に損傷を与えることです」
「なるほど。理解した」
ゲームでは耐久が無くなると振ることができなくなったが、実際に振れるこの現実世界では多分ダメージを与えられなくなる程度だろう。
「試しに三十回そこの木で殴ってもいいか?」
「私も気になるのでどうぞ」
「ではいくぞ……」
ミリアムが棍棒を構えた。
「ハァッ!!」
掛け声とともに目にもとまらぬスピードで木を殴り始めた。木片が凄い勢いで散っている。棍棒は壊れないはずなので、これは木の破片だろう。
これがこの世界の標準なのか、ミリアムが特別なのか。人間離れした動きに驚かされる。
「よし、三十回叩いたぞ。次が三十一回目だ」
「分かりました」
そしてミリアムが三十一回目の攻撃を木に当てると――
木の棍棒は粉々に砕け散ってしまった。
「……これは」
そういえば旧仕様だと、耐久が0になると壊れる仕様だったな……。
「なるほど。0になると壊れる仕組みみたいです」
「そうか。三十回までは欠けることなく使えていたのだがな」
「私のクラフトしたアイテムはそういう仕組みなので、使う時は気を付けてください」
「三十回以上使えるようにはならないのか?」
ミリアムは手についた木片を払うようにパンパンと叩いている。
「私のスキルが上がれば、最終的には無限に使えるようになると思います」
「それは……凄いな」
「そこまで行くのが大変なんですけどね」
大体レベル百くらいでできるのだが、その道のりは長い。
「とりあえず素材が集まれば弓とかも作れるので、狩りが捗るかもしれません」
「ほ、他には何か作れるのか?」
「勿論矢も作れますし、槍とか穴を掘るショベルとか、木でも石でも作れる剣や盾もありますね」
「……それらを大量に生産することは可能か?」
「資材と時間があれば可能ですけど、それを大量に作るよりもまずは鉄を作れるように――あ、鉄鉱山とかって近くにありますか?」
「まさか鉄製の武具まで作れるのか……?」
「ええ、ただ鉄を作るには必要な道具もあるので、それをどう入手するかが問題なんですけどね」
鉄を作るには鉄鉱石を溶かすための炉が必要なのだが、素材に石、粘土、動物の皮、鉄のショートパイプが必要になる。この鉄のショートパイプが現段階では一番のネックだろう。炉があれば鉄鉱石を溶かしてクラフトできるのだが、その炉を作るために鉄のショートパイプが必要な訳だ。
「何が必要なんだ?」
「鉄のショートパイプというアイテムなんですけど、中が空洞になってる円形の鉄の棒っていえば分かりますかね?」
「なるほど……」
ゲームなら落ちてるゴミとかから簡単に拾えるのだが、ラプターが出現してるのならゴミも探せばあるのでは? いや、そこまで都合よくはないか……。
「人間と取引をする必要が出てきそうなので、その内人間の町まで行こうと思います」
「ソウセイ、絶対に人間の前でお前の力のことは話すな」
「わかりました」
人に話せばこの力を利用しようと俺を捕まえる奴らも現れるだろう。
「あぁ、でもミリアムさんには話しちゃいましたね」
俺は冗談めかして言った。
「わ、私は大丈夫だぞ、ソウセイを捕まえたりなんかしないぞ」
慌てたようにわたわたしてるミリアムが少し可愛く見えた。クールに見えた彼女の一面を見られた気がする。
「み、ミリアム、お肉持ってきたにゃ……」
俺の後ろから声が聞こえた。語尾から察するに最初見た猫人族のリコだろう。
「おぉリコ、ありがとう」
ミリアムがリコから肉を受け取る。四角いブロック状に切られた肉が木の棒に刺されてこんがり焼かれている。美味しそうだ。あの肉はラプターの肉だろうか。
「あ、あの、どうぞにゃ……」
リコが持っていた串焼き肉を俺に差し出した。
「あ、いいんですか?」
「ミリアムを助けてくれたから、そのお礼にゃ……」
「ありがとうございます」
リコの震える手から串焼き肉を受け取った。やっぱりまだ人間である俺が怖いのだろうか。
「うむ、久しぶりの肉はやはり美味いな」
串から肉を齧り、満面の笑みでミリアムはご満悦のようだ。
「では私も……」
正直あのラプターの肉だと思うと食べるのを戸惑うが、こんな経験は滅多にないしどんな味がするのか非常に興味がある。男は度胸、チャレンジ精神は大事だ。
四個連なってる肉の一番上にかぶりついた。
…………………うん、肉だ。肉本来の自然な味が口に広がる。
「……そういえば塩とか胡椒って貴重なんですか?」
「どっちも貴重で手に入れるのは難しいにゃ……やっぱり美味しくなかったかにゃ?」
「いえいえ、肉本来の旨味があって美味しかったですよ」
せっかく用意してくれた食料だ。ネガティブなことは言えない。
「近くの山に行けば岩塩やソルトリーフが取れるかもしれないが、危険なモンスターが多くてな……」
「胡椒は?」
「以前は取引できたのだが、今はこの有様だ。今入手することは不可能だろう」
「なるほど……」
現代人の俺にはこの何の味付けもされていない肉を食べるのは精神的に辛いものがあった。何とかして調味料の類を入手しなくてはならない。今後はその点も踏まえて行動していくことになるだろう。