2:仕様チェック
俺、もとい私は、今異世界と思われる場所に来ています。
でも異世界転移をしたと思ったら、そこは世紀末でした。
地は裂け、木は枯れ、周囲には何も無い。
何も無い。
遠くを見ると枯れたような木々が生い茂っているのが見えるが、今俺がいる周辺には、文字通り何も無い。
木も、草も、石も、何も無い。黒焦げてたり青みがかった土らしき地面だけだ。
ヒャッハーな野盗が現れてもおかしくない世界だな……。
「おい、ソウセイ、行くぞ」
後ろから呼ばれて振り向く。
「アッハイ」
後ろから俺の名前を呼んだのはミリアムという少女だ。
少女と言っても体つきからして人間で言うと十八歳くらいだろうか。
だがこの少女は恐らく人間ではない。
長い銀髪に褐色の肌。それだけならともかく、銀髪から捻じれた黒い角が生えているのだ。
よく見ると瞳も銀色のように見える。
可愛いというよりは、美しいタイプに分類されると思う。化粧したり服装を整えたら大化けしそうだ。
そんな少女、ミリアムの存在が、ここが異世界だという大きな要因の一つになっている。
だがミリアムだけではなく、俺自身にもここが異世界だという大きな要因がある。
「向こうに私達の集落があるが、ソウセイは戦えるのか?」
「いえ、私は平和な世界から飛ばされてきたので、戦闘経験は全くありません」
今はただのひ弱な一般人にしか過ぎない。だが――
「……もしお前が襲われても私に助ける余裕はないと覚えておけ」
「まぁ、なんとかなりますよ」
そう苦笑いで返した。
「私の足だけは引っ張るなよ」
ミリアムはそれだけ言って進みだした。
俺の視界にはワールドクラフトと同じ、ゲームのアイコンが映っている。
「ところでミリアムさん、クラフト能力とかって知ってますか?」
「くらふと能力? 知らないな」
こちらを振り向くことなく答えてくれた。
「クラフトという言葉に聞き覚えは?」
「そんな名前の奴がいたかもしれないな」
どうやらこの世界にはクラフトという概念が無い可能性がある。ただ単にミリアムが知らないだけかもしれないが。
鍛冶や製造、そう言った類があるなら同じ意味合いのクラフトという言葉があってもいいと思うのだが、そもそも俺とミリアムが同じ日本語を話していることが謎だ。
相手が日本語を話しているのか、それとも俺の体がこの世界に調整されて、この世界特有の言葉を使っているのか。気になるところだが、今はそこまで重要なことでもないので一旦これは保留。
話を戻す。
まだアイコンに触れていないから分からないが、もしゲームと同じ仕様なら、クラフトしたりスキルを習得して戦闘能力を上げることができる。
アイコンの配置はゲームと同じで、まず中央上に日時が表示されている。これは1日目 7:27と表示されていた。
この1日目はこの世界にきて1日目ということだろう。時間は……日本時間と一緒なのか?
そして日時の左側に左から、クラフト、ステータス、スキル、日時右側の左から、クエスト、マップ、フレンドのアイコンが並んでいる。
左下には体力とスタミナゲージ、中央下にはアイテムをセットして持ち替えられるツールベルト、そして右下には歯車のアイコンがあるが、これはゲームには無かったアイコンだ。歯車ということはオプション設定の可能性がある。落ち着いたときにでも調べてみよう。
◆ ◆ ◆
それから特に言葉も無く枯れた雑木林へとやってきた。
先ほどまでは草一つ無かったが、枯れた雑木林に入ってから枯草だがあちらこちらに生えてるのが確認できた。
「ここから先、魔物が襲ってくる可能性がある。自分の身は自分で守れ」
「……分かりました。その前にちょっと待っててもらっていいですか?」
「なんだ? 何かするのか?」
「ええ、ちょっと道具を作るのにここら辺にある草木を回収します」
「……早く終わらせてくれ」
ということでまず視界上に映っているハンマーイラストのクラフトアイコンを……どうするんだ?
ゲームだとショートカットキーで展開できたが……試しに指で触れてみる。すると目の前にクラフトメニューウィンドウが展開され、ゲームと同じ画面が現れた。この画面がアイテムをクラフトするときに使うクラフトウィンドウになる。
左にはクラフトできるアイテムの一覧、その下にはクラフト予約枠、右上半分にはアイテムの説明欄、右下半分にはアイテムを収納するインベントリがある。
クラフトアイコンに触れるとクラフトウィンドウは閉じて消えた。そして再びクラフトアイコンに触れて展開。操作は覚えた。
肝心のアイテム回収だが、ゲームでは殴ったりキーボタンで回収できるのだが、キーボタンは当然無い。とりあえずしゃがんで枯草を殴ってみる。
草はバラバラになり消失し、インベントリに二個収納されていた。一メートル四方にあった草がまとめて消えたのは驚いたが、ゲームでよくやってることだけあって俺はすんなり受け入れることができた。
だが後ろで見ていた少女はそうはいかなかったようだ。
「お、おい、お前今何した!?」
ミリアムが驚いた表情でこちらを見ていた。そりゃ事情も仕様も知らなかったら、一瞬で一メートル四方の草が消えるとか驚くのも無理はない。
「ええと……草むしりですね」
嘘は言ってない。
「そ、そうなのか……」
こうして周囲の草を手当たり次第殴って回収していった。
三十個程集まったところで左のクラフト一覧に白文字で表示されている寝袋を……どう選択する?
アイコンに触れたように、白文字で表示されている寝袋の文字に触れてみた。
すると右上半分のウィンドウに寝袋のアイコンと説明文が表示され、その中にクラフトの文字があったので、同じようにクラフトの文字に触れるとクラフトが始まり、左下のクラフト中のウィンドウに残り時間が表示された。
余談だが、クラフト一覧は素材がクラフトに必要な素材が集まっていると白く文字が変化するので分かりやすい。一覧の上部分には検索する枠があるのだが、文字入力ができないので使えない機能だ。キーボードが欲しい。
そしてクラフトが終わり、インベントリに寝袋が収納された。
インベントリにある寝袋に指で触れ、インベントリ上部にある説明欄に寝袋の説明が表示された。説明欄にはこう書かれている。
『この寝袋を設置することで、その場所からリスポーンすることができます』
本当にござるかぁ? リスポーン。復活を意味する言葉。ゲームなら確かにそうなのだが、この現実の生身の体で、果たして本当にリスポーン、復活することができるのか非常に疑わしい。
寝袋アイコンに触れ続けることでホールドして移動させられることを確認し、クラフトウィンドウの下に映っているツールベルトへドラッグアンドドロップする。
ツールベルト一番左のスロットまで移動したところで指を離したら、ゲームと同じように自動でスロットにセットされた。
目の前には寝袋の緑色をしたシルエットが現れ、右手と同期しているようなのでそのまま地面に……どうやって置くんだ?
ゲームではクリックだが、ここではクリックできないし、さっきみたいにドラッグアンドドロップもできない。
残るは念じるのみ。
ここに寝袋を設置するとを意識した瞬間、シルエットのあったところに寝袋が設置された。ヨシ。
これで死んでもここから復活できる、はずだ。寝袋の仕様ではそのはずだが、それはゲームの話。本当に復活できるのかは分からない。だから死んだら終わりという意識を持って行動しよう。
今更だが、俺は本当に異世界転移したのだろうか?
異世界ではなく、ゲームであるワールドクラフトの世界に入り込んだだけなのでは?
厳密にはそれでも異世界転移かもしれないが……。だが目の前にいる角の生えた褐色の少女はゲームには存在していなかった。ということはやはりゲームではない異世界なのか……。まぁ今ここでそれを考えても仕方ない。
あまり待たせるのも悪いし、一応リスポーンの準備はできた。
「お待たせしました、これで大丈夫です」
ミリアムは凄く眉間にシワを寄せている。
「それは、なんだ?」
「これは、寝袋です」
「それは、分かる」
「私にとっての保険なので、気にしないでください」
「今、どうやって出した?」
「クラフトして、出しました」
「お前、ここで寝るつもりなのか?」
ミリアムはとても呆れた顔を俺を見ていた。寝袋の効果の説明をしても余計に混乱させそうだから黙っておこう。
「気にしないでください、それよりも先へ進みませんか?」
「……そうだな、こっちだ」
「ふぅ……」
こうしてリスポーン地点を設定できたであろう俺は、一応の安全を確保できたことに安堵のため息をついた。
感想、ツッコミ、お待ちしています。
内容次第では内容に修正や調整を入れることがあると思いますので、予めご了承ください。
2019/07/09 主人公の心情描写を少し加筆しました。