11:弱肉強食
俺達を緊張の渦に巻き込んだソレは――
川の水を飲んでいる数匹のモーファーだった。
「……なんだ、モーファーかぁぁ……」
モーファー。体高約五メートル、体長は大体八メートルほどの中型の草食モンスターだ。表面は灰色の皮で覆われ、短い脚での四足歩行でゆっくりと移動する。性格は温厚。トリケラトプスの頭の角やでっぱりがない感じをイメージしてもらえると分かりやすいだろう。フリフリしてる短い尻尾がチャーミングだと思う。
俺は緊張の糸が切れ、どっと精神的疲労が押し寄せてその場にへたり込んでしまった。
「そ、ソウセイ!? 大丈夫にゃ?!」
いつの間にか近くまできていたリコが俺を揺さぶる。
「大丈夫です、大丈夫です。あのモンスターも大丈夫です。ミリアムさんも大丈夫ですよ」
ミリアムは警戒体制のまま、モーファーから視線を逸らさずゆっくりと俺のところへと移動してきた。
「ソウセイはアレが何なのか知っているのか?」
「はい。アレは草食モンスターのモーファーです。モンスターですが温厚な性格で、攻撃しても逃げるだけで襲ってきませんよ」
俺はゲームでの仕様を説明した。だが不安なので一応一言付け足す。
「あくまで私のいた世界での話なので、この世界でも同じかは分かりませんが……多分大丈夫でしょう」
これで凶悪な性格に変わっていたらそれこそ大変だが……。
「……攻撃しても襲ってこないにゃ?」
「ええ、私とかは子連れだったら子供がかわいそうなので攻撃しないで逃がしたりしますけどね。万一攻撃してきても、移動速度は遅いので逃げ切れるはずです」
ゲームでも動物はかわいい生き物だ。親子でいるところを引き離したり、殺したりするのは気が引ける。余程切迫した状態なら致し方ないが。
「……その、モーファーは食えるのか?」
あ、このパターンは。
「はい、食用の肉として狩ることも多かったですね」
二人の目の色が変わった気がした。
「リコ」
「ガッテンにゃ!」
リコが腰に携えていた骨のナイフを逆手に構えてモーファーに突撃していった。ガッテンって言葉を使うのか……。
「ソウセイはそこで休んでいろ!」
それに続いてミリアムも物凄い勢いでモーファーに向かっていった。土煙が酷い。
「ごほっ、ごほっ……ふぅ……」
ラプターの群れじゃなくて本当に良かった。群れだったら最悪集落が無くなっていた可能性まであった。本当に良かった……。
しかし気になるな。俺はまだこの世界特有のモンスターを見ていない。禁忌魔法とやらでモンスターもいなくなってしまったのだろうか?
「ミリアム! そっち行ったにゃーー!!」
リコがモーファーの逃げ道を塞ぎ、モーファーが進路を変えたところにミリアムがいた。
「仕留める!!」
振り上げられた木の棍棒がモーファーの頭部に直撃する。
「モ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
一匹のモーファーが倒れた。心が痛むがこれも弱肉強食。すまない……。襲ってくるラプターとかなら心が痛むことはないが、何もしていない、ただそこで平和に生きている、何の罪もない生き物を殺してしまうのはやはり辛い。だがそんなことを言っていたら畜産ができなくなってしまう。割り切っていくしかない。これが人が生きていく上での原罪だな……。
「スゥーー……ハァーーーー……」
深呼吸して心を落ちつけていく。体の震えも止まってきて足にも力が入るようになってきた。
よし。ミリアムたちのところへ行こう。
……ん? なんか臭うな……。さっき汗をかいたせいか……。ここには洗濯する道具も無さそうだし、洗濯機も早めにクラフトする候補として覚えておこう。
俺はまだ完全には力の入らない足腰を気合で動かし、笑いそうになる膝を耐えておぼつかない足取りで二人のところへ向かった。
「どうでしたか?」
「あぁ、言われた通りの動きだった。実に倒しやすかったぞ」
ミリアムが満足そうにしている。
「お肉ぅ、お肉にゃぁ……」
リコは動かぬモーファーに頬ずりしていた。
「それで、コレ、どうしますか? 結構重量ありますよ?」
モーファーはラプターの倍以上の体積があるので、流石にミリアムといえどこれを運ぶことは不可能だろう。
「集落のみんなを呼んで、切り分けて運ぶつもりだ」
「それがいいでしょうね」
これだけの肉があれば当分の食料は大丈夫そう……ではないかもしれないな。あの集落には保存する方法が無いように見えた。
「これだけのお肉、全部食べきれずに腐っちゃいませんか?」
「みんなで分け合えばすぐに食べきれるにゃ!」
集落には大人子供含めて15人、飢えていることも考えれば余裕で一日二日で処理できるかもしれないか。
「ところでソウセイ、川に着いたが何か用事があったのではないか?」
そうだった。クラフトウィンドウを開いて粘土を素材にバケツを四個クラフトした。バケツ一個に粘土を六個消費する。
粘土バケツをクラフトしてる間に川へ近づいて様子を見る。
時刻は13:02。大体二十分ほどでこの川に着いただろうか。
川は透明で、汚染されているような感じは受けない。目を閉じれば水の流れる心地よい音に心が安らぐ。
「この水って飲めたりするんですよね?」
「あぁ、飲み水はここから汲んで集落へ運んでいる」
水は飲むことができる。見た目通り汚染はされていないようだが、人間の俺が川の水をそのまま飲んだら腹を壊す確率が非常に高い。
クラフトすれば沸騰させるだけで飲み水にできるはずだが、クラフトをしない方法ではろ過も必要になってくる。
どちらにせよ沸騰させるために使う鍋が手元にないので、ちょっとマズイ。俺が水を飲む手段がないのだ。ゲームでも沸騰させていない水は汚い水扱いで、確率で赤痢などのデバフがついてしまうことがある。治す手段がない今、川の水をそのまま飲むのはリスクが高すぎる。
「ソウセイ、どうしたにゃ?」
「リコさん達ってどうやって水を飲んでますか?」
「このまま普通に飲むにゃ」
リコはしゃがみ、両手で水をすくって飲み始めた。
「んく、んく、んく……ぷはぁー」
「……お腹が痛くなったりしませんか?」
「たまに痛くなるときもあるにゃ」
なるほど。たまにということは多少耐性はありそうだが、獣人でも生水は当たったりするようだ。
「火で温めたりしないんですか?」
「なんで火で温めるにゃ?」
リコが俺を見上げて首をかしげている。
「お腹痛くする原因を、完全ではないですが熱することで減らすことができるはずですよ」
「そうなのにゃ!?」
リコはミリアムを見た。俺もミリアムに顔を向ける。
「そうなのだが、今は火に耐えられる器がなくてな……」
「なるほど」
確かに、あの集落には陶器を作るような物や場所はなかった気がする。参ったな、陶器の器はクラフトにはないぞ……。木の皿や瓶ならクラフトできるのだが、陶器か……。
いや、陶器の器よりも先に、浄水器をどうにかして作る必要がある。浄水器はクラフトすることができるのだが、圧倒的に資材が足りない。
俺にちゃんとサバイバル知識があればクラフトに頼らず浄水することができるのだが……。
「水を飲んで誰か死んでしまったとかいうのはありましたか?」
「それは大丈夫だと思う」
「病気とかは?」
「……分からない。水が原因で病気になったのか、それで死んでしまったのか、そもそもの原因が分からないからな」
ミリアムは悲しそうな顔をしていた。あの衛生環境もへったくれもない場所ではな……。この川の水が完全に安全とは言い切れない。やはりクラフトで作るのが一番安全だろう。
そろそろクラフトも終わった頃合いか。クラフトウィンドウを開き、クラフトの終わった粘土バケツをインベントリからツールベルトの左から三番目、四番目、五番目、六番目にセットした。
粘土バケツに軽く意識を集中して装備する。そして川の水を汲み、水入りバケツへと変化した。他の粘土バケツにも同じように水を汲む。
粘土のバケツだが問題なく水は汲めている。クラフトさまさまだな。
この粘土バケツはそこまで大きくないのだが、一メートル四方を満たすほどの水を汲むことができる。明らかにそれの半分もないのだが。
温泉ユニットには一個あれば足りるのだが、他に三個クラフトしたのには理由がある。俺には試してみたいことがあった。これは集落に戻ってから試してみよう。
「ソウセイソウセイ」
リコが俺を呼んでいる。初対面のときと比べるとかなりフレンドリーになった気がするな。だいぶ気を許してくれているように感じる。ミリアムがいなければこうはならなかっただろう。
「なんですか?」
「……そのお水を入れたバケットを火で温めることはできないのにゃ?」
………………その発想はなかった!
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2019/07/09 ポップシステムの文を削除しました。




