10:いつかみんなで釣りをしよう。
「こっちにゃー!」
リコ先導の元、俺とミリアムの三人は水場へと向かっていた。
水を確保できれば飲み水から体を洗う水まで用意できるので、こんな早くに水場へ行けるのはありがたい。
自分の状態を確認するために、歩きながら視界に映っているステータスアイコンに触れる。
ステータスアイコンには体温や健康状態、空腹と水分の数値が表示されている。
体温健康ともに異常無し。空腹は八十七でリコから貰った串焼肉のおかげでまだ大丈夫だ。水分の数値は六十八とやや低い。ゲームでの経験則だが、串焼肉で水分が減った可能性がある。もしこのまま水に有りつけなかったら危なかったかもしれないな。
空腹と水分の数字が及ぼす影響は、体力とスタミナの回復に直結してくる。
空腹の数値が五十を切ると体力の自動回復機能が無くなり、体力が減ったままになってしまう。五十を超えていれば自動で一ずつ回復するので、体力回復のアイテムを使う必要がない。この自動回復はヒーリングのスキルを取得すると回復量が上がるので、余裕ができたら上げていきたいスキルの一つだ。
水分の数値はスタミナの減少と回復に影響してくる。水分が無くなってくると疲れやすくなり、スタミナの回復も遅くなってしまうので、運動能力の低下やそれによって作業の効率が落ちてしまう。
今はまだ石斧だけで伐採しているが、これが鉄斧になると消費スタミナが増えるはずなので、すぐに息切れしてしまう可能性がある。
一応スキルでスタミナの消費を抑えるスタミナセーフというのもあるが、これもスキルポイントが足りないので上げられない。
どのスキルも一ポイントあれば上げられるので、早くレベル上げしてどんどん上げていきたいものだ。
「ミリアムさん、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
俺は幾つかの疑問点が浮かんでいたので、ミリアムに聞いてみることにした。
「なんだ?」
「水場というのは、川ですか? それとも湖なんですか?」
「川だが、それがどうかしたか?」
川の水のほうが常に流れているので綺麗なイメージがあるから、気持ち的に少し楽になった。まぁクラフトシステムを通してしまえばあまり関係はなさそうだが。
「川魚とか獲れたりはしないんですか?」
「川魚はいるのだが、網がなくてな……」
なるほど。魚がいるなら道具さえ用意できれば食料問題の解決に一歩近づきそうだ。
「道具なら素材が揃えば作れるようになると思うので、今度みんなで川へ釣りに行きましょう」
釣りは好きなので是非とも早く道具を作って釣りをしたい。釣りたての魚を塩焼きで食べたときのあの味。あれは絶品だ。
「つり?」
どうやらミリアムは釣りを知らないらしい。網で魚を獲るやり方はあるようだが、釣竿を使っての獲り方はまだ存在していないのだろうか?
「魚釣りって知りませんか?」
「いや、魚は網を使って獲るものだと聞いたことがあるが、さかなつりというのは知らないな」
「なるほど。魚釣りっていうのは簡単に言うと、木の棒に糸を垂らして、糸の先に針を付けて、その針に餌を付けて、水に垂らして餌に食いついた魚をつりあげる、というのが魚釣りです」
「ふむ、面白そうな方法だな。いつかみんなでやってみたいものだ」
そのいつかはきっとすぐにしてみせる。確実ではないので言葉には出せないが、俺はそう心に誓った。
「それでもう一つ。水が流れているということは、その辺りに緑の草や花、葉の生い茂った木とかはあったりしますか?」
「いや、何故かここで成長する草木は全て枯れているのだ……」
土に栄養がないのか、この世界独自の何かの影響なのか。
クラフトのシステムがあれば緑を増やすことは造作もないこと、だが、もしこの世界のシステムが俺のクラフトシステムよりも強かったら話は別だ。
「原因に心当たりはありますか?」
ミリアムが歩きながら顎に手を当てて考えるような素振りをしている。
「おそらく過去の大戦で土壌が汚染されてしまい、草木が育たない環境になってしまったのだと思う」
俺がこの世界に転移してきた場所の土も、青みがかった場所だった。汚染と関係があるのだろうか。
「よくそんな場所で生活しようと思いましたね」
「人間から逃れるためには仕方なかったのだ……」
そりゃそうだ。誰も好きでこんな場所で暮らそうなんて思わないだろう。何か特別な理由があることぐらいすぐ分かるものだ。変なことを言ってしまったと後悔する。
「変なことを言ってしまいすみません。緑は全く存在しない世界になってしまったんですか?」
「いや、人間領には存在しているはずだ。魔族領は人間が禁忌魔法を使ったことにより、不毛の土地になってしまったのだ」
核兵器とかそんな感じなのだろうか。ミリアムやリコを見ている限りでは、人体に影響は無さそうだが……。
「なるほど」
ミリアムの話を聞く限りでは人間側は超えてはいけないラインを越えてしまったようだ。一方だけの話を鵜呑みにするのは危険なので、人間側の主張も気になるところだな。
「こんな生活がこのまま続くようなら、魔族領に住む者達はこの先長くはないだろう……」
ミリアムが拳を震わせている。ミリアム達以外にも、こんな生活を強いられている者達は多いようだ。
とにかく今は早く落ち着いて暮らせる場所の用意が必要だな。一分一秒が生死に関わってくるかもしれない。
「……水場へ急ぎましょう」
俺は歩く足を早めた。
◆ ◆ ◆
「二人とも遅いにゃー!」
急いでいたつもりだったが、リコに怒られてしまった。プンスコという擬音が見えた気がする。
「ソウセイ、もうすぐつくにゃ」
枯れた雑木林を進み続け、水の流れる音が聞こえてきた。
ここまで特に何事もなく進めたが、安全な場所なのだろうか? と思ってしまった時点でフラグは立ってしまったかもしれない。
「リコさ――」
「しっ!」
リコが素早い動きでしゃがみ、耳を動かしている。
状況を察した俺も静かにしゃがむ。後ろにいたミリアムもしゃがんでいたが、既に棍棒を構えて臨戦態勢だった。
「……何かいるにゃ……三匹以上……何匹かまとまって動いてるにゃ」
ラプターだったらマズイ。まだ武器も揃っておらず戦闘能力が低い今の状態で襲われたら危険すぎる。
「リコ、どこから聞こえている?」
「この先の水場から聞こえてくるにゃ」
ミリアムが俺の横を通りぬけていく。
「分かった、私が先頭をいく。二人とも慎重についてきてくれ」
ミリアムとリコが進みだした。俺も後についていく。
行くのか……。もしラプターの群れだったらどうする? 逃げるか? いや逃げたとしてもここでどうにかしないと集落に危険が及ぶ可能性があるか……。
……最悪生き返ることができる俺を囮にして二人を逃がす作戦しかないな。
俺は覚悟を決めた。決めたつもりだが、初めて死を間近にして心臓の鼓動が加速する。体と息が震える。額から汗が垂れてきた。
「はぁ……はぁ……」
「……ソウセイ、大丈夫かにゃ?」
リコが心配そうにこちらを見ている。
「あ、え、は、はい、大丈夫ですよ……」
「……とてもそうは見えないにゃ」
俺は恐怖していた。あの時のラプターはまだなんとかできるという気持ちがあったが、今回はなんともできない状況で余裕が一切ない。
ゲームのキャラクターではない、生身の自分が、モンスターに食われることを考えると、正直冷静でいられる訳がない。寝袋のリスポーンも不確定要素なのが更に恐怖を助長している。
最悪自分が食われるだけなら、まだ、まだマシだ。だがもし目の前でミリアムとリコがモンスターに食われたら……俺は正常でいられる自信がない。
……だからそうならないために、そうしないためにも、俺は俺ができる最善を尽くす。
「大丈夫、大丈夫です」
「ソウセイ……」
リコは未だに不安そうな表情で俺を見ている。
自分でも声が震えてるのが分かる。深呼吸しても震えは止まらなかった。震える足をなんとか抑えようとするが一向に収まる気配はない。
「……いたぞ」
先頭を進むミリアムが木の陰に隠れ、何かを発見した。
俺とリコも音を立てないよう細心の注意を払い、慎重に別々の木の陰に隠れて覗き込んだ。
「あ、アレはなんなのにゃ……?!」
そこに居た生き物に俺は驚愕した。
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