転移転生、クロワール
高元がまばゆい光に包まれたと思った瞬間、目の前には見慣れない空間が広がっていた。
数人の女性が机に座って何やら作業をしており。その女性の前にはいろんな恰好をした人たちがそれぞれ並んでいる。
並んだ人達は、2,3女性たちと会話をしてはそれぞれ案内された方へと歩いて行ってこの不思議な空間から消えて行っていた。
そんな不思議な光景を眺めていると、ふと正面から声が掛かる。
「お待たせしました。」
感情の籠ってない無機質な声だ、そんな声が目の前の美女と言っても差し支えのない女性から聞こえた事で、高元は女性を人間ではなく人形の様だと感じる。
しかし、目の前の女性はそう声を掛けて高元の顔を見た瞬間、能面の様な無機質だった顔が驚愕の色に染まっていく。
「え… 嘘… あの子、また…?」
「ん?」
女性は高元でも解るほどに狼狽えており、ブツブツと青い顔をして独り言を呟いている。
「んんっ、失礼致しました。高元 誠次郎様。少しお話をしたい事が御座いますので、私に着いて来て頂いても宜しいでしょうか?」
「え、えぇ…」
「ありがとうございます。」
そう言って目の前の女性は頭を下げると、顔を上げると同時にパチンと指を鳴らす。
そして次の瞬間には、先程まで目の前に居た大勢の人達が居なくなっており、作業をしていた女性たちも消え、テーブルと椅子が設置された、それ以外には何もない部屋に立っていた。
「まず、私たちは貴方に謝罪をしなければなりません。」
「謝罪?」
周りの風景が一瞬で変わった事に驚愕している高元に女性はそう言う。
その意味が解らない高元は、女性の言葉を反芻した。
「はい、ここは輪廻管理局。所謂、死後の世界と呼ばれる場所です。」
「死後の世界? え? 俺死んだの?」
「はい。」
「は、ははは… マジ?」
「貴方達の言葉で言うのでしたらマジです。」
「ど、どういう…」
「それを今から説明いたします。もう一人、来ますので、それまで、落ち着いて… とは言えませんが御掛けになってお待ちください。」
女性に座るように促された高元は、動揺する自分を誤魔化すかのように促されるまま椅子に座る。
高元が座ると、女性は何処から出したのか淹れ立ての紅茶を、スッと高元の前に差し出す。
「ども…」
差し出された紅茶をズズッと啜ると、突如、目の前の空間が歪み、また一人、別の女性が現れる。
この女性も、また美しく、輝くような金色の長い髪はパーマが掛かっており、透き通るような青い瞳をしていた。スタイルも良く、いわば理想の造形美と言われるほど美しい女性だ。
しかし、今その女性は大粒の涙を瞳に浮かべている。
「あの…」
「わ、私から説明いたします…」
どうすれば良いのか解らない高元が口を開くと、現れた女性は、遠慮しがちに説明を始めた。
女性の説明では、彼女は運命管理局勤務の女神で名をアネモネと言うらしい。
運命管理局と言うのはいくつも枝分かれしている様々な世界、所謂、パラレルワールド、異世界と呼ばれる知性のある生命の運命を管理する部署であり、アネモネは主に高元の住む世界の知的生命体の運命を管理していた女神らしい。
そしてこのアネモネと言う女神、自他ともに認めるドジっ子で、今回はそのドジの被害を高元が被ったという事だった。
「それって謝って済む話じゃ無い様な…」
「お、仰る通りです…」
「生き返ったりとかは…」
「…出来かねます…」
そう返事をするとアネモネと名乗った女神は見て解るほどに沈み込む。
沈みたいのはコッチだと思いつつも、どうにもならないと察した高元は、もう一人の女神がここに自分を連れて来た事に、謝罪だけではないのだろうと思い、ここまで自分を案内した女神に顔を向ける。
「勿論、謝罪だけで俺をここに呼んだわけではないんですよね?」
「はい、通常、このような事はあってはならない事でございます。しかしながら元の世界への蘇生は禁じられております。何より、高元様の御住みの世界は戸籍など、さまざまな方法で管理されておりますので、蘇生と言う方法が取れません。そこで、私共で出来る限りのお詫びといたしまして、元の世界は無理ですが、別の世界、所謂異世界への転生であれば蘇生が出来る様に致します。」
「転生… ですか?」
「はい、転生先ですが、以前わたくしが管理していた世界、クロワールと呼ばれる世界が御座います。そのクロワールへ高元様を転生させる事で何とかお許しいただけないかと…」
そう言ったもう一人の女性は静かに高元を見つめる。
高元は大きく溜息を吐くと言葉を続ける。
「元の世界に生き返る事は出来ない…か、別の世界とは言え生き返れるのは嬉しい、ただ、今まで俺が培ってきた経験、技術、そして何より積み重ねてきたものや財産、そう言った物が全部無駄になる訳だよな? それを異世界とはいえ転生させるだけでチャラと言うのは些か俺にデメリットがあり過ぎではないか?」
「仰る通りです。通常、他の世界に転生する場合、まず記憶などのクリーニング処理を行わせて頂く必要が御座います。そのクリーニング処理を行わず、記憶を継承したまま転生させて頂きます。転生の状態も通常であれば出産から始まるのですが、そこは高元様のご希望に沿う形で善処いたします。今のままの状態で転生と言う場合は、少々ご不便をおかけしますが、人の気配のない場所などに転移転生させて頂きます。」
「成程、その場合のサポートは?」
「出産からの転生の場合は、両親などからその世界の常識などを教えられる為、ほとんどのサポートは出来かねてしまいます。ただ、所謂、女神の加護というモノをお付けいたしますので余程の事がない限り命を落とすことは無いでしょう。」
「今の状態での転移転生の場合は?」
「まず、転生先の世界の言語が理解できるように再処理をさせて頂き、今の言語等に上書きいたします。今まで会話できたように自然に転生先でも会話や文字の書き写しが可能に成れる様に致します。次に、転移転生先の常識などを教えられるサポーターを、一人つけさせて頂きます。勿論先程ご説明した加護もお付けいたします。」
「転移転生の方が条件が良い気がするが?」
「出産転生の場合、まず若返りますので純粋に寿命が延びます、その上、確実に誰かしらの保護下に入る事が出来ますし、衣食住の心配をする必要が御座いません。」
「成程…」
もう一人の女神の説明に、元の世界に帰れないのは辛いし、何より撮影途中で死んでしまった事で皆に迷惑をかけるのが心苦しかったが、高元はどうにもならないならと納得する事にした。
「仕方ない…で済ませるにはちょっと大きすぎる不始末だが… 納得するしかないか… それが出来る限りなんだろ?」
「はい… 通常、記憶を継承しての転生、更に転生の状態を選べるというのは、過去、二度しか行われていない異例中の異例でございます。」
「二度はあったのか…」
「はい、それも原因は彼女です。」
そう言ってもう一人の女神はアネモネを無機質な目で見ると、アネモネはさらに委縮してしまう。
「ちなみにその二人は?」
「お二人とも、出産転生をご希望され、クロワールに転生致しました。」
彼女の返答に頭を抱えたくなったが、それも今更と思い直し、軽く頭を振ると気持ちを入れ替える様に質問を続ける事にする。
「サポーターを付けるという事だが、それだけなのか?」
「いえ、最低1月は生きていける程度の食糧、野営などで必要になるであろう様々なアイテム類、サバイバル生活で必要な知識… に関しては必要なさそうですが、念の為アップデートさせて頂きます。そして、それらを入れられる袋もご用意いたします。」
「食料一ヶ月分と言ったが、さすがに腐ってしまわないか? 量に関してもそれだけ多いとかさばりそうだが…」
「ご用意する袋には魔法付与をさせて頂き、中に入れた物の劣化等を止める効果を付与いたします。加えてどれだけ中に物を入れようと重量を変える事も無く、また、中に入れられる物も無制限になる様に致します。」
「魔法…」
「はい、場所によっては奇跡や奇術、神術やESP、様々な呼び方をするようですが、私共は万人に解り易い言葉として“魔法”と呼んでおります。転移転生させて頂く世界も魔法が御座いますので、このアイテムを持っていること自体はそこまで驚かれる事は無いでしょう。ただ、これ程の性能の物を持っているのは先程ご説明いたしましたお二人と高元様だけでございますので性能自体はお隠しになられる事をお勧めいたしますが…」
「解った… いや、解りたくはないが解るしかないんだろう…」
「そう言って頂けますと救われます… 加えてお一つだけ、高元様がご希望される物を持っていける様に致します。」
「物? 何でも良いのか?」
「生命は無理ですが、それ以外ならば出来うる限り…」
「ちなみに過去のお二人は?」
「それはプライベートな事ですので… ただ、どちらの方も高元様とは違い状況が状況だった為、死んだ瞬間に関してはご納得されておりました。」
「それはつまり…」
「はい、死んでもおかしくない状況であったという事でございます。」
過去の二人がいつ死んでもおかしくない状況と言う説明に絶句したが、納得できる状況でのド死ならば出産転生も選択肢に含まれるかもしれない。
しかし高元は、そんな状況でもなかったし、これからもっとやりたい事も在った為、出産転生は選択肢から除外する事にした。
「じゃあ、何でも良いなら、俺は…」