病院からの脱走
プルルルル…プルルルル…
何かの音が聞こえる。この耳障りな音のせいで夢の世界から現実世界へと引きずり戻された。
あ~イラつく。こっちに来てから二回も快眠を妨げられた。
隣の寝ていた少女がもう起きているということが僕には気配で分かった。
「おはようございます。」
「おはよ!」
僕の言葉に少女は元気よく答える。
僕は人間らしく手でカーテンを開けた。女の子はベッドの上に座っていた。
「ねえ――――えっと――――そういえば名前聞いてなかったね」
僕はこの子に話しかけようとして、まだ名前を聞いていない事に気づいた。
「あ、そうね。私は耀、『伊佐 耀』よ!」
「耀ちゃんか…。ねぇ、ここって君の家?」
名前も分かったところで、昨日の夜から疑問に思っていた事を耀にぶつけた。神として人間に質問するのは恥ずかしいが、『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』と僕にとっての先輩方もよく言うので涙を呑んで質問した。
「何言ってるの?ここは病院だよ」
覚悟を決めて口にした僕の質問に対して、耀はあっさりと、当たり前のことを言うかの様に答えた。(実際当たり前なのだが…)
「病院?」
「病院も知らないの?病院っていうのはね…(以下略)よ!」
五分間も続いた長い話の割には、内容が薄かったので割愛させていただきました。
「へぇー。君は怪我?病気?」
「私は生まれつき体が弱くて…それで入院しているの…」
耀の表情が暗くなり、空気は重くなった。あ、聞いてはいけないこと聞いた気がする。
鈍感な神様とよく呼ばれる僕にもわかるほどに、空気が重い。
相手が人間だけれど、償いとして何かした方がいいのかな?
と、本気で考えた結果、いい事を思いついた。
そのいい事とは、つまらない病院の外に連れて行ってあげる事だ。
「君の家はどこ?」
「私の家はすぐ近くだけど、どうして?」
耀はすぐに元気になり、不思議そうな顔をした。幼い人間という生物は、感情の変化が驚くほどに速い。
イザナギ様も幼い時はこんなのだったのかなぁ?今度、アメノミナカヌシ様に聞いてみよう。
「病院を抜け出そう!大丈夫。僕に任せて!」
「え?ちょっと待って…」
僕は立ち上がり、何か言っている耀を右手一本だけで抱えた。
「お、重い…。」
「ギロ!」
「ワ!?」
びっくりした…。僕が本音を言った瞬間に耀が、ヤマタノオロチでも尻尾を巻いて逃げていきそうな目で僕を睨みつけてきた。
あろうことか人間にこの僕が驚かされてしまった。小さい方を少し漏らしてしまった。誰かにばれたら生きていけないよ…
人間は恐ろしいなぁ。僕は何も悪い事していないのに、いきなり睨みつけてくるなんて…これから注意しよっと。
それにしても、ただでさえ重力六倍なのに、子供一人抱えるとさすがに重いよぉ…
耀の体重が三十キロだとして、僕にとって重力六倍だから、百八十キロ!?道理で重いはずだ。
それでも僕は片手だけで耀を持っている。僕は神だから、人間よりは力が強いのだ。だが、僕でも重いのには変わりない。多分、十分ほどで力尽きてしまうだろう。
急がなくちゃ!
僕は騒いでいる耀を無視して、空いている左手を上に伸ばす。不可視の何かが手に当たった瞬間にそれを掴み、少し引き寄せる。
一瞬で景色が一変し、僕達は人がゴマ粒に見えるほどの上空に移動した。
へぇ…周りは意外と都会じゃないか…僕の目に映ったのは、どこまでも続く住宅の森だった。
「素敵………………………………………おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉちいいぃぃぃぃぃぃるううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
耀の、どこまでも続く大地を見られたという感動に満ちか笑顔が、一瞬にして絶望と恐怖の二色に染まる。
大丈夫。『落ちる』じゃなくて、『落ちている』だから。
まったくもって大丈夫じゃないが、僕にとっては『大丈夫』の内だ。
「君の家はどれ?」
泣き叫ぶ耀に僕は家を訪ねる。
耀は震える手で、はるか下にある建物の内の一軒を指差した。耀が指を差したその先にある家は、草木の生い茂る大きな山の中にあるいくつかの建物の密集地帯だった。
今は十月だから、草木はほとんど茶色くなっている。
僕はその建物の密集地帯の方に手を伸ばし、僕の手に不可視の何かが当たった瞬間僕はそれを引き寄せた。
僕達は何故か空中に出現した。何故だろう?と自分の左手を見る。僕の手の中には太い一本の縄あった。
これに向かって瞬間移動していまったらしい。
ドン! ボキ!
何かが折れる音が聞こえた。
「痛いよぉ…」
そんな情けない声を出す僕。着地の時、僕は耀のクッションになってあげたから、怪我一つしていないはずだ。
状況を把握するため辺りを見渡す。
どうやらここは神社らしい。昔ながらの木造の建物の奥には、誰かを祀るための立派な建物がある。(名前は知らない)
そして僕がいる場所はお金のお風呂だ。子供二人で入っても狭くない浴槽に、たくさんの硬貨が入っている。
浴槽の中に折れた木の棒が数本と、割れた木の板が入っていることとを除けばとても贅沢な気分になれる。
「ひ、耀!?」
後ろから誰かの声が聞こえた。振り返って声がした方を見ると、この神社の住職らしい女の人がいた。
この女の人はとにかくでかい。縦にも横にも存在感もとにかく大きい。見た目のインパクトがとても大きい。
一言で言うと大熊みたいな人だ。
「病院はどうしたの?どうして賽銭箱の中に入っているの?」
賽銭箱?浴槽をもう一度よく見ると、これは浴槽ではなく、真新しい大きな賽銭箱だという事が分かった。
そして僕が手に持っているのは注連縄の様だ。
「耀…新しく買った賽銭箱をよくも壊してくれたわね」
住職ぽい人の怒りのスイッチが『ON』になった。目の錯覚か、この人の周りが炎に包まれて見える。このような幻覚が見えるほどに、この人の怒りのオーラは凄まじい。正直僕にとってもかなり怖い。
「か、母さん!誤解だよ。ホラ!この子が賽銭箱壊したの」
言って耀は生贄として僕を差し出す。
「ひ、酷いよ!僕は何も悪くないよ!僕を差し出すのは辞めて」
僕は恐ろしさに打ち勝てず必死に抵抗するが、その間も炎をまとった女の人が一歩一歩大地を揺るがしながら歩み寄ってくる。
「君のせいで賽銭箱が、こんなのになっちゃたんでしょ!ちゃんと責任取ってよ」
「分かった!分かった!弁償するから」
僕は恐ろしさのあまり、出来ない事を言てしまった。
「よろしい!約束破るんじゃないよ!」
言って住職ぽい人は、満足そうに僕に笑顔を見せるのだった。
僕の立場が人間より低くなった瞬間であった。(泣)




