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ダンジョン編


ダンジョンというモノ自体は初めてではないが知識に富んでいる訳でもない。

暗く湿気が多く地面は滑りやすい、魔物は固形のものから流動体で生物チックなものまで、ある程度種類は限られているようだが色の差別化も含める相当な数になる。


先の1番隊が入ってからまだそんなに時間は経っていないが、既に復活している魔物がおりそいつらの始末は割り振りされた精鋭騎士や雑魚い勇者と俺が倒していく形となった。

階段の数を10数えたころに天井まで届く鋼鉄の大扉が出現し、先に入った4番隊のメンバーが立ち往生しており一人の騎士がこちらに気付き説明を行った。


つまりこの中にボスが居り、万全の人員を選び中に入って行ったのは良いが、何十分しても音沙汰がないので不安になっていたところだという。

そして中に入っていたのが誰かと聞くとダモンとフェニックス率いる10人余りの隊員だった。

ボスの大扉は中に入った侵入者が死ぬかボスを倒すかしなければ絶対に開かない仕組みになっているようで、昔魔法士をかき集めるだけ集め魔法で大扉に一斉射撃を喰らわせたが傷一つ付けられなかったという話を思い出した。


そうこうしているうちに扉が開かれ、階層ボスの何かが横たわっているのを見てこちらの勝利を喜んだ騎士達だが、被害も相当なものでまずフェニックス含め参加したほとんどの騎士が戦線離脱で地上に運ばれ、ダモンですら回復魔法が及ばない程の怪我を負いそれ以上の行軍が不可能と判断された。


「っけ!使えない奴だ!」

「最初の敵すら簡単に勝てないなんて無能もいい所ですww」


「んだと!隊長殿はあんたらのためを思って・・・!」

「じゃもういいよ、お前等要らない。いくらなんでもここまで弱いとは思わなかった」


このダンジョンが何階層迄あるのかは分からないが相当深いということだけは確かだ、確認されているダンジョンの最高階層が25階である。

その事実は勇者側にも知られているだろう、そして10階ごとに今みたいなボスがいることも。

確認されている階層が25階であるだけで踏破されてない部分も勿論あり、なんならばその分の方が多いのだ。

この国の最高戦力は異世界の者からすれば、始まりの街に強者レベルでしかないのだ。


「お前は今後も同行してもらう」

「分かった」


殆どの騎士がそこで実力不足と判断され切り落とされたが、それでも露払いには使える人員は残すようだ。

15階でその精鋭騎士達も音を上げ、不意を突かれて深手を負い引き返していった。

18階には実力の低い勇者では到底太刀打ちできなくなり取り残される。

人類最高峰の20階層ボスは今城の剣一振りで敵は両断され呆気なく通過した。

24階ともなると攻略も一筋縄では行かなくなり殆どの勇者達も余裕がなくなってきたようだ。


この世界最高戦力が挑んだ最高階層の25階で大扉が出現した。

その扉の取手の横の壁には”ようこそ中ボスの部屋へ”と看板が掛かっていたのだ。

誰が掛けたのかは知らないが書かれている内容の方が問題だ。

中ボスの部屋、世界最高戦力が辿り着けたのは25階層までと記録が残っている、何故そんな中途半端なところで?と疑問に持つ者がたくさんいたのだろう、それに答えた返答も残されている。

”あれが限界だった、あれ以上は誰も踏み込めない”と偉業を残したPTリーダーが震えながら答えた言葉だった。

彼らは最深部に到達したのではない25階は最深部でもなんでもなかったのだ、なんならまだ半分残っていたのだ。

そのことに気付いた彼らは自分達の軟弱さを理解し、誰にも見た光景を話すことなくこの世を去ったのだ。


「さて何が出てくるか見物だ」

「何強がり言ってやがる!今にもちびりそうで我慢してるんじゃねぇのかよ!?」


この25階に来るまでで勇者も半分離脱しており、残りの四分の一はやせ我慢でこの場に残っていた。

勇者達は20人でその半数が戦力にならないと。

10階でボスの部屋に入ったのは10数名であるから挑もうと思えば幾らでも出来る状態だ。


「度胸がないなら引き返した方がいい、お前等も死んだらどうにもならんだろう?」

「NPCの分際で上から物を言いやがって!」

「そうだそうだ!おれ達の方がレベルも装備も高いんだぞ!」

「ほう、ならば俺は雑魚扱いでここで待って居よう」


そもそもの目的はこいつらのレベル上げだ、雑魚は経験値が入りにくいとか言うので適当に倒してやったがボスは違うだろう?

一体どのような条件で経験値というものが入りレベルが上がるのか、そこら辺の仕組みは分かっていないし別に知りたいとも思わない。

ただここまでの雑魚でも相当な強さだ、弱いとはいえ圧倒的なステータスを持つ勇者の半数が脱落しているのだからな、他の者もそれなりに消耗しているし本来無駄口叩ける余分な体力は無いはずだ。

ただ一人、扉の前で休憩なのか作戦を思考中なのか知らないが余裕な面をしている勇者とこの俺を除けば。


「ここは2人で行く」

「おお!流石は勇者今城様!して、もう一人は誰をお連れになるので?」

「普通に考えれば回復が得意な者を行かせるのでは?」

「オレ回復使えねぇわー残念だなーオレの強さが生かされないなんてー」


奴の発言で疲労が溜まっていた勇者共の顔が少し楽になる、全員で特攻だなど言われた時には何人かがあの世逝きとなるのが彼等にも分かっていたのだから。

そして一人の生贄を選出する相談が始まり、選ばれないと分かった者は安堵の表情でホラを吹き出す始末。


「オリトルエさん、貴方に同行してもらいます」

「え?今城様、今なんて?」

「そんな、オレ達の誰かじゃなくNPCを選ぶなんて・・・」

「ほう?雑魚の俺にか、いいのか?そっちの勇者の誰かを連れて行った方が楽出来るぞ?」

「僕も馬鹿ではありません、この中で僕の次に強いのが誰かと考えた結果ですからね」


不本意ではあると読み取れるような表情で俺を指名した。

無論他の者はざわつき俺に視線が集まったが、その後の言葉に文句を言おうにも言えない状況になった。


「他の者は足手まといだ、ここで僕の勝利を信じて待っていてくれ」

「当り前だろ!おれ達の勇者は今城なんだから!」

「キャー頑張ってー!」


「あの時は王女に止められたが、ここは誰も見ていない。ボスにお前を殺してもらうのも良い案だが?」

「この部屋の中で敵と僕を相手に取れるとお思いなら構いませんよ?死ぬのは貴方になりますけどね」


他の者が見守る中、扉が開かれ俺達は足を進め大部屋に入って行く。

そして扉が閉められ剣を抜くと今城に鋭い殺気を向けた。

だが奴は飄々とそれを受け止め、剣を抜くと背後にいる敵を剣で指し戦闘態勢に入った。


「・・・ワガネムリヲ、サマタゲルノハ、ダレダ。ニンゲンガ、ヨクモ、ココマデ、タドリツイタモノダ」

「・・魔王の使いか」

「知って居るのかアレを?」

「お前に教えるのは癪だ、文献でチラッと見たことがあると言っておこう」

「なるほど、中ボスに相応しい相手のようだな」


「オロカナニンゲンヨ、ワレノマエニ、ムクロトナルガイイ!」

「腕が8本か、千手観音みたいだぜ」

「なんだ、センジュなんとかというのは?」

「こちらも教える義理はない、行くぞ!」


壁に人の形を模した像が彫られており、扉が閉まるとそこから声が響いてきた。

鎮座していたそれが俺達を敵と認識したのだろう、目がある場所が赤く光ると壁を崩しながら立ち上がり、その姿を見ると脳裏にふと昔見た本のページを思い出した、今城もあれに似たモノを知って居るのか少し不機嫌な顔になりこちらを見た。

そしてその敵が完全に二足歩行を開始すると俺達は左右に分かれ攻撃を開始した。


魔王の使いに対して有効な攻撃手段は光属性の攻撃と単純な物理火力だ。

魔王という古来に存在した魔族の王に忠誠を誓った戦士が魔の力でその身を巨大化させ、宝物庫の番人として生まれ変わった・・・・っという説が一般的で、その強さは明確に明かされていない。

目測だが少なくとも国1つの軍隊には匹敵するだろう。


今城は遠距離からライトニング、接近に持ち込むとホーリーソードという光属性のスキルを多用して戦っていた、まるで最初から戦い方を知って居たかのように。

それに対して俺はロクな攻撃が出来ず手をこまねいていた。

俺が使える唯一の属性は風だ、一般的にあまり戦闘向きではない分類にされている。

他の属性に比べ魔力の減りが少ないのが特徴だが、火属性の様な攻撃力は無いし土属性の様な守りに特化している訳でもない、多少魔力を貯めることによって敵のヘイトを一時的に上げる、そんな効果しかない。

それでも敵は完全に今城の方に向いている、俺などいないかのように。


「ならばそれを利用してやろう・・・」


身体に風魔法であるウィンドブローを纏わせ、攻撃が集中している勇者を横目に宙を飛び敵の眼前に辿り着くと、双剣の刀身に魔力を蓄積させ剣を振るう。


「風の・・・刃!風の刃!真空波」

「グゴゴゴォ!メザワリナ、ニンゲンメ!」

「四連風の刃!暴風剣!」

「ヌォーーー!」


一撃一撃の斬撃が魔王の使いの表面を抉り砕き、痛みがあるのか分からないが一気に敵の注意が俺に集まった。

巨大な片刃刀が横薙ぎに払われ突風で自らの瓦礫と吹き乱れるが、だたの突風に体を揺らされることはない。

敵の怒りがこちらに向きさっきとは逆の構図になる。

巨大なその身を十分に生かすために作られた空間だが、その動きを上回る敵にとってこれほど避けやすい戦場は無い。

関節部分に斬撃を打ち込んだことで各関節が壊れ重鈍な動きとなった敵に勝ち目は無くなった。

1本2本と腕が落ち大袈裟な音を立て戦闘能力が低迷していき、もう数撃与えれば完全に倒し切ることが出来るだろう。


「トリプルライトニング!!聖剣エクスカリバー!」

「ヌォーーーーー!オユルシクダサイ!マオウサ・・マ」


3度の落雷と眩い閃光が部屋全体を瞬きの間真っ白に塗りつぶした。

轟音と共に中ボスの体は崩れ落ち前後の扉が開かれると、心配そうに待機していた他の勇者たちがこぞって今城の周囲に集まりその功績を讃えた。

そこで俺達2人の体が淡く光り、体の奥底から漲る力の様な者を俺は感じた。


「勇者今城様!またレベルを上げられたのですね!?」

「そうだな・・っとステータス!・・今のボスでレベル70を突破した」

「おお、それはおめでとうございます!流石は勇者に選ばれた中でも最も上限値が高い今城様だ!」

「確か今城様の上限値は85レベルでありましたでしょうか?」

「っげ!俺達のほぼ倍じゃないか・・。さ、流石は今城様でございます」


これがレベルが上がるという感覚なのか?他の勇者達は今城の方に集まりこちらには目もくれないので手足に力を込め拳を突き出す、なるほど確かに心地いい気分だ、奴らが危険を冒してこの感覚を得たいというの少しは分かる気がした。

今城の取り巻きの会話が聞こえる、レベルに上限と言うモノがあるのか?だとしたら多くてもその回数しかこの感覚は味わえないということか。

聞いた話によればレベルは高くなればなるほど、次のレベルにたどり着くまでの経験値と言うモノが多く必要になるという。


となると俺は一体今なんレベルなのだろうか?

いや、この世界の人間にもレべルという概念が存在するならば、少しばかり興味が湧くというもの。

だが、俺が奴らのまねをしても自分のレベルを知ることは出来ない、ただ1つ心当たりがあるとすれば王家に伝わるという秘宝の”看破の水晶”というものだ。

自分も副騎士団長就任のおりに触ったことがあり、その時浮かんだ幾何学的な模様に陛下が驚かれていたのを思い出した。

あれがレベルを計るモノであればもう一度試してみたい、そしてあの時浮かんだ模様の意味を知りたい。

ここ数年で一番童心に帰った瞬間だった。



25階を後にするもそれからの階層は勇者達でも苦戦する感じだった。

結局26階で今城とそれに続く勇者5人だけが先に進むこととし、残りは引き返すことにしたようだ。

人数は減ったが効率は上がったようだ。

男1人女5人のこの組み合わせは今城のハーレムを模している風に見える。

彼女達の動きも悪くは無い、今まで接触が無かったことが不思議で仕方無かったが、好きでもない人間の顔を100人近くも覚えていられるほど記憶力はよくないのでそこは気にしないことにした。


27階28階29階と下っていき、とうとう前人未到の30階層に到着した。



「ここのボスは僕達だけで戦う、お前はここで待機だ」

「へいへい」


今城は扉の前に立つとそう言って俺を睨んだ、こいつは俺がさっきレベルアップしたのを見ていたようで、今までにも増して雑魚の戦闘でもこちらの獲物を横取りするようになっていた。

まるでお前には一銭の経験値もやらないと言っているように。


ダンジョンに潜り始めて早2日、まともに休憩を取って居なかったのでその言葉に大人しく従うことにした。

奴らが入った後に大扉の横の壁に背を預け剣を腰から抜き肩に預け浅い眠りに入った。

一時間後

扉が重苦しく開いた音で目が覚め、若干凝った肩を揉み中に入ると敵の残骸とへたり込んでいる女達と、傷の手当てをしている今城の姿があった。

それなりに激戦だったらしい、こいつらでこれならば俺もそろそろ潮時か?

前人未到の30階層ボスの討伐を見れただけでも運が良かったと言わずしておれない。


「大丈夫かみんな・・」

「私は大丈夫」

「私も」「うん」「まだいけるよ」


その場では彼女等の体が光ることは無かった。

深手を負っている様子は無くあくまでも疲労という形のようだ。


さらに深く進もうとしていた今城だが他のメンツに反対され一旦25階層迄戻ることにした。

そして一晩?を明かしてから31階に足を踏み入れた。

薄暗い洞窟の中勇者の一人が光魔法を使っているが、それでも奥を10メートルも照らすことは出来てない。

雑魚敵も歪な形をしたモノが増え俺の一撃でもやすやすとは倒れないほど強くなっていた。


「ここらで俺は引き返すぞ、もうきつくなってきた」

「!?それは待ってください」


俺の言葉に待ったをかけたのは杖を主体にして戦う女の勇者だった。


「貴方が抜けるとこのPTはこれ以上進めません、考え直してください」

「確かにそうかもしれないが、お前達でもきつい所に俺がいること自体間違っているだろう?」

「ごちゃごちゃ言うな、帰りたかったら帰ればいい、お前達もこんな奴に気を掛けるな」

「この人が抜ければ、今城様しか前衛が居なくなります。今城様はお強いですが、それについていくだけでやっとなのです。私達は」

「丁度いい壁が居なくなると困ると言う訳か」


本音を言えばまだまだ余裕はある、あるが欲かくこともない。

不安そうに女の勇者がこちらを見るとイライラしている今城が


「お前も付いてこい!これは騎士団長命令だ」

「へいへい」


それから連戦は続き34階層も踏破し35階で一息入れようとしていた時にそれは起きた。


ダンジョン全体が揺れ天井が崩落し床に大穴が開いた。

休憩していた者達は壁際に避難したが次々と振ってくる岩石に入り口が埋もれようとしていた。

今城は宙を駆け岩を両断し女の勇者に被害がない様に奮闘していたが、先ほど床に大穴をあけた大岩が再び現れるとその落下地点に腰を抜かした女の勇者がおり、壁を引搔きながらずり落ちてくるそれを力なく見上げ目を瞑った。


「八連風の刃!っと、暴風乱舞!」

「っす、すごい・・・」


8つの刃が大岩を斬り裂き小さくなった破片を大穴に散らした。

感嘆の言葉を女の勇者が零すと今城の顔が一瞬醜く歪む、彼は自分より他人が目立つのが嫌いなのだ。

ましてそれを言ったのは普段から気にかけている自分の取り巻きである、彼の自尊心が傷つかない訳が無かった。


揺れが収まると亀裂が入った床を女の勇者をつれてゆっくり歩き入り口の方に向かう。

安堵している他の女の勇者達も考えていることは1つ


「今城様、ここは一旦帰還しませんか?こういった異変がこの先も多く起こってしまうのならば一度体制を立て直してから」

「わかっている、わかった。戻ろう、先に行ってくれ」


今城の言葉を聞き我先に安全な地上に戻ろうとする女の勇者を見送り今城が俺の前に立ちはだかる。


「何をするつもりだ?」

「お前にはここで死んで貰う」

「そんなことに何の意味がある?あほなこと言ってないで」


「ロックインパクト!」

「なっ!」


意味不明なことをいう今城に構うことなく横を通り過ぎようとすると問答無用で魔法が飛んできた。

そしてそれが天井に当たると収まっていた崩落が再び始まった。


「なにをしている!?」

「ここで生き埋めになれ、そして死ね!」


今城はこういう奴だった、彼女達の前では割とマシな人間に見えていたことで本来は善良な人間であるとかってに思い込んでいた。

石の飛礫が体を弾き飛ばし痛みと共にぽっかりと口を開く大穴の上に放り出される。

だが、それだけなら問題なかった、魔力を滾らせ飛べばいいのだから、けれどもそれは叶わなかった。

三度目の大岩が俺の真上に現れたのだ。

急旋回で離脱しようと魔力を纏わせるため集中するが複数の痛みでそれは中断される。

複数の属性魔法が俺の体を撃っていたのだ、そしてそれを放った男に目が行くと醜悪な笑みを浮かべていた。


「貴様ぁああああああ!」

「アヒャヒャヒャハハハッハハハハハ!」


今城によって窮地に叩き落され憎しみが爆発した。

瞬間で魔弾を生み出し奴に向かって撃ち出した。




俺は今真っ暗な闇を落ち続けていた、僅かな光もなく自身が風を切る音と上から轟音と共に落ちてくる大岩の音が聞こえる。

落下速度は俺の方が早いがこのまま一生落ち続けることは無いだろう、いつかは底に到達し叩きつけられる。

勢いは何とか殺すことが出来るが底までの距離とこの大岩を何とかする手段がなければ俺は死ぬ。

身体を反転せて風を感じるほうに魔弾を数発放ち耳を澄ませるが、着弾した音は聞こえなかった。

ということは今しばらく大丈夫・・・?

おいおい、急激に大岩の落下スピードが速まったぞ!っち、穴が広くなったんだ、または岩が削れて当たる面が無くなったのか。

どちらにしてもまずい。

落下スピードが俺より早くなるかは分からないが、距離を詰められると緊急回避すら出来るか怪しいぞ。

岩と俺との距離は勘で50メートル、底までの距離もまだ数キロあるだろう。


ふと視界に丸い闇が一瞬映り2度3度と過ぎ去っていく、そして4度目にしてその穴が何か分かった。

横穴だ、進めば進むほど枝分かれするこのダンジョンには何百もの横穴が存在した。

絶賛急降下中のこの縦穴にもその横穴が貫通していたのだ。

こうなれば占めたもの、徐々に削り取られていっている大岩だ、深い横穴に飛び込む事さえできれば。


(すーはぁー。全魔力を集中させ落下速度を更に加速させる。そして魔法弾を底に向かって飛ばし横穴の候補を絞り、飛び込むだけだ!)


生死に係わる大勝負、穴に突っ込む前にある程度減速しなければ着地の衝撃に体が耐えられない。

だが、ゆっくり曲がっていては大岩に叩き落されてダメージを受けてしまう。

最善の加速と減速、位置の正確性・タイミング。

1つ2つと候補が通り過ぎていく中、覚悟を決め最も広い感覚のあった横穴に垂直降下し、ピッタリ飛び込むと何度も転がりながら勢いを落していき無事着地する。

転がっている内に大岩は自分のいる横穴の入り口を抉りながら落下していき、数十秒後、微かな衝撃と共に底に激突した。


一先ず目の前の危機を脱し岩肌に倒れ込む


「あのクソ野郎のせいで・・・!」


何故自分がこんな目に遭わなければならない!一介の騎士であるこの俺が!

硬く握りしめた拳を岩肌に叩き付ける、でもそんなことでは怒りは収まらない。

異世界から来たものが何だと御云うのだ・・事情はこの国この世界の俺達の問題だ、余所者が手出すんじゃねぇ。


「・・とまぁ、いつまでもこんなところに居るわけにもいかないな。出口を探さなければ」


怒り散らしても現状はよくならない、冷静に思考を回さなければ。

腰に付けていた発光魔導具が壊れていないことを確認し出っ張りを押し込むと、自分の周りだけではあるが光が戻った。

横穴は俺が腰を曲げれば歩けるほどの高さで一応奥へと通じているが、そっちの方に向かう気は無かった。

縦穴を覗き込み上を見上げる、全く光が見えなかった。

仮に風魔法で飛んだとしても数分落下し続けていたのだ、登り切る前に途中で魔力が尽きて真っ逆さまだろう、となると、降りるしかない訳か。


またあの大岩が落ちてこないという確証はないが、少なくとも危険を察知し底を確かめてここまで戻ってくることは出来るだろう。

また俺は覚悟を決めなければならなくなった、さっきのでも一か八かだったんだけど。


「こうなればやけくそだ、必要なら何処までも落ちてやる」


ダンジョンには何故か10階ごとに外へ通じる魔法陣と言うモノが最初から備わっている、それ以外にも使い捨ての魔法石で記録した場所に飛ぶことは出来るが、それは高価すぎて隊長クラスにしか支給されない。

だから、次の10階層地点、40階か50階に辿り着くことが最低条件、そして中にいる敵を倒すことがクリア条件。

半ばやけくそで覚悟を決めぽっかりと空いた穴に再び飛び込むと底まで一気に降り立った。



「さて、ここは・・・”ようこそ、ラスボスの部屋へ。ダンジョンはここで終着します”か」


岩の破片が散乱しており躓かない様警戒しながら進むと、今までのどの階層よりも大きな照らし切れない石の扉が壁のように立ちはだかった。

大当たり、だがラスボスという位なのだ弱い訳がない。

中ボス。25階層のあのボスの最低倍は強いと考えると正直ゾッとする。

自分は規格外に強い、それは周りを見て実感済みだ。だが、そんな自分が恐怖を抱くだろう敵はどんな姿をしているのだろうか。


「竜が出るか蛇が出るか」


前に立つと低くずって独りでに開いていく扉の向こうに希望と不安を抱きながら歩いていく。

中はそんなに広くなかった、5番隊の修練場ほどしかなく25階よりも狭く感じた。

立ち止まり段を上ると何処からか急に灯りが付き、自分を取り囲むように壁に掛けられた松明に火が灯った。

そして円状の石の舞台に自分が立っていること、対面から何かが向かってくるのを見て一本剣を抜いた。


「我は、我が主によって創造されし、主の右腕。我が果たす役目は試練、主に相応しい者か試す試練なり!」

「っん!!?」


そいつは言葉を発した、そいつは人間だった。

いや、こんなところに人間が居るはずがない、それに人間であればそれは無いとおかしいのだ。

刹那、辺りを照らしていた魔道具が切られた。

敵は剣を抜いていたが、振った素振りは無かったのだ。


「お前がここのボスか?」

「我は試練なり。それ以上でも以下でもなきよう、いざ参る!」


試練は俺だった。

顔の無い俺が目の前にいた。

双剣をぶら下げ白く平らな顔をこちらに向けると、反射で剣を打ち合わせていた。

左右縦横から繰り出される剣技は正しく自分の物、違うものがあるとすれば、それは自分よりも早く重い斬撃に他ならない。


「っぐ!」


身体は万全ではない、そこ彼処に傷が滲み剣を受けるたびに骨が軋む。

そして闘いにくい、物凄く。

俺は今まで自分と同じスタイルの者と戦ったことがない、自分と同じ強さの者とも。

誰もが格下だったのだ、部隊長も騎士団長さえも。

国一番の冒険者ですら大したことないと感じた。

そんな大差が周りと自分にはあった。

そしていつしか高みを目指すことは諦めていた、それがどの程度のモノか基準が離れすぎて意味を成さなかったのだ。

技と正確性に磨きを掛け幾つもオリジナルの剣技を習得した。


目の前の者はそうではない、自分の分身とでも言えばいいのか。

自分であり自分でない、技を磨いた俺とただ強さを求めた敵オレが相対した。


試練とは、別の未来の俺と勝負だった。


「流石に手強いな、俺は」

「我は試練なり・・・」


実力は互角、特出している部分が違うだけで戦い方もほぼ同じ。

とても不思議な感覚だ、自分の攻撃は全て防がれ敵の攻撃も手に取るようにわかる。

でもこのままでは押されて負ける、だから


「俺は俺を越えなきゃいけねぇんだな!」

「我は試練なり・・・」


騎士を志し団旗に習い2本の剣を自在に操る修練を積み、ついに自分のモノとした。

剣を交える度に昔の熱が戻ってくる、十全の力がこの身に宿る。


「騎士とは!弱者の盾となる者。何故剣を握れるこの手にわざわざ盾を持たなければならないのか、不思議で仕方なかった。」

「我は試練なり・・・」

「騎士は盾だ!その身一つで盾となりうる。この身が傷付くことに恐れなどない!」

「我は試練なり・・」


「お前も俺であれば分かるだろう!騎士とは何か、俺が目指した騎士は!」

「我は試練なり、」

「騎士とは!」

「我は、」


「”大切な人をこの身で守る”そう決めた人間のことだ!!」


10年前の想いが鮮明に蘇る。

俺はあいつを守るために騎士になった、人として兄として男として。


「こんなところで死んでたまるかァーー!!」

「我は試練なり!」


騎士に限らず剣の道を志したものが最初に習得する斬撃スキル”両断”の構えを取る。

そして4つの刃が衝突し俺の叫びと敵の声が重なり、胸に痛みが走り剣を支えにして片膝を突く。


「試練は果たされた。主との扉は我が開く、後は好きにすればよい」

「はぁはぁ・・」


胸にXの傷を負いながらも意に介さず堂々と言葉を繋げた。

自らの傷は左肩から右横腹に抜けるように切りつけられており、奴の攻撃を完全には打ち消せなかったことを示していた。

目の前の人物の姿が薄くなる


「我の主はこの世の悪を統べるお方、すなわち魔王」

「魔王?」

「我は主より、命令を受け賜った。そして何百年とこの日を待ち望んだ。我の願いは果たされた」


直立でそう話す奴は最後に


「向うに二振りの刀がある、我にはもう必要がない、お前が持っていくがよい」


そう言って奴は消えると、正面の扉が開き魔法陣の明かりが見え、痛みに耐えながら部屋を移動する。

そこは狭い空間だった。

魔法陣が描かれた台座と朽ちたベットが1つ、壁に赤と黒の鞘が掛けられておりそれ以外は何もない。

ここまで来て収穫が無いのも癪だと、言われて通りに二振りの剣を腰に下げて魔法陣に乗った。





今城が事故として俺を殺そうとしたあの後、彼らは30階の魔法陣から地上に帰還すると5番隊長に待機命令を出し、城に一旦戻っていった。

彼からすればもうここに用は無いのだった。

あの落盤の後、一人戻り先に進めるかどうか確かめに行き、先の道が完全に塞がれているのを見てやる気がなくなったのだ。

ダンジョンなど探せば見つかる、それより目障りな奴を始末で来たことの方が大きかった。

そんな計画を根性で破綻させたのだが、それを彼は知らない。


勇者であり新騎士団長の今城に部隊の命令権を預かったスタンジアは、自身が回復魔法を修めているとの事で怪我人を集めていたテントでその手当てに追われていた。

自分より上の部隊長が2人も負傷しているこの状況と自分達を置いて城に帰った騎士団長に憤りを感じていた所に、見回りを行っていた兵士から魔法陣が光り、負傷した元副騎士団長が姿を見せたという報告を受けると、怪我人の治療もそこそこに現場に向かった。


「オリトルエ殿は何処にいる!」

「こちらでございます、スタンジア隊長」


先ほどの兵士に連れられダンジョン入り口の横に作られた簡素な小屋に通されると、ベットに横になり上半身に包帯がグルグル巻きにされている姿を見つけ早歩きで近づいた。


「衛生兵!彼は無事なのか!?」

「命に別状は在りません。体をこう斜めに斬られたような傷がありました、魔物につけられたモノとは考えにくいです、刃物、よく切れる剣か何かで・・」

「彼は我等騎士団で最強と名高い流星のオリトルエ殿だ、並みの魔物や人間では・・・まさか!?」


呼吸は安定していた、彼のこんな姿を見る日がやってくるとは、ダンジョンと言うモノはなんと恐ろしきところかと恐怖した。

衛生兵の説明を聞いてみると騎士団長の挙動不審な言動と命令が繋がったような気がした。

考えたくはない、だがダモン殿にオリトルエ殿と新騎士団長殿はとても仲が悪いと聞かされたのを思い出した。

今は彼の意識が戻るまで待ち、それから事情を聴くことにしよう早とちりだったでは済まされないことだ。




そして翌日俺は薄汚い小屋の中で目を覚ました。

身体を起こすと胸の傷が痛み短い呻き声が挙がった。

それを聞いたのかたまたま入ってきた兵士が慌てて駆け寄り具合はどうかと聞かれ、まずまずだと答えるとスタンジア隊長を呼びに行くと言って外に出ていった。

それから数分、じっと横になり数人の足音が聞こえ2人が中に入ってきた。


「意識が戻られましたか。ご無事でなによりです」

「スタンジア、俺は」

「傷に触ります、もうしばらく安静になさってください」


魔法陣に手を掛けたところまでは覚えている、だがそれ以降の記憶がなく、手当されている現状を見て帰って来れたという安心から部下だったスタンジアに夢ではないだろうかと尋ねようとして止められた。

彼女は柔らかな笑みを浮かべ数分はそこに突っ立っていたが、いそいそと用事があると言って出ていった。


それから丸二日ベットで休養し、ある程度傷が塞がったことを確認しスタンジアの所に向かった。


「もう動いて大丈夫なのでしょうか?」

「問題ない、戦うことは難しいがな」


「どうぞお掛け下さい」


普段着で書類の整理を行っているのを見たのは初めてだった、いつも鎧姿でキリキリ働いているのを見ていたせいだろうか?

彼女は椅子を引いてくれた、そこに座り向かい合う様に腰を下ろした。


「俺に聞きたいことがあるのだろう?」

「僭越ながらまずその傷の事を伺いたい」

「傷?・・俺が負傷することがそんなにも珍しいか?」

「変な意味ではございません。ですが、貴方様がそのような傷を負うのは尋常でないこと」


「試練を受けたのだ」

「・・・試練でございましょうか?」


俺は一人でボスに挑んだ(50階層のボスであることは伏せて)ことを話した。

そこでただ強さだけを追い求めた自分の姿と戦い、この傷と引き換えに倒すことが出来た、ということを話したのだ。


「オリトルエ殿の分身は強かったっでございましょうか?」

「ああ、普段なら負けていただろう」

「!!」


スタンジアは俺の弱気の発言に驚いた様子だった、最強の騎士がこんな姿では下の者に何言われるか分からない。


「俺も聞きたいことがある、今城は何処にいる?」

「騎士団長様は・・城にお戻りになられました」

「なに?帰っただと。あの勇者め、よくも抜け抜けと・・」

「どこに行かれるのですか!?」


「決まっているだろう、奴の驚く顔を拝みに行くんだ」


奴は俺が死んだとばかり思っているだろう、当然だあんなどん底まで突き落としてくれたのだ、礼の1つもしなければ収まらない。

席を立ちテントを出ると馬を呼びつけ城へと駆けたのだ。











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