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ラミアの独り言 ---「気がついたらラミアに」サイド・ストーリー ---  作者: 並矢 美樹


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報告書を書く



 「はぁ、報告書を書くことが、こんなに大変なことだったとは。 今までも報告書は書いて提出したことはあるけど、それらを自分でまとめ上げて、きちんとした一つの物にするって、本当にこんなに大変なことだとは思っていなかった」


 「マール、何を言っているのよ。 今、私たちがしているのは、最終的な報告書を作成するための、まだ下準備じゃない。

  図書館の資料室に納める完成した報告書にするには、まだまだ長い道のりよ」


 「何だかこの作業と比べたら、まだ戦場の指揮をしていた時の方が楽な気がするわ」


 「なに馬鹿なこと言っているのよ。 比較になんてならない。 ここでどれだけ苦労したって、誰も怪我したり死んだりする心配はないじゃない。

  私たちは、誰かが大怪我したり、死んだりする可能性がほとんどないような、甘やかされた戦闘の指揮をさせてもらっただけじゃない。 その報告書を書くことで音を上げていたら、申し訳ないし恥ずかしいわよ」


 私は報告書を書く作業に早々と弱音を吐くマールに、少し呆れて怒ってしまった。

 ただまあ、マールの気持ちも理解出来てしまうから、そんな自分の不甲斐なさもあって、怒ってしまったのは、半分は八つ当たりだ。

 報告書を書く作業と言ったけど、実際にはまだ私たちは書く作業まで行っていない。 今は戦闘に参加したそれぞれの隊の指揮官なんかから提出された報告書を読んでまとめているだけだ。


 私は戦闘中に一応大まかなところをメモしていたつもりだけど、やはり初めてのことで舞い上がっていたのか、冷静に書き留めていたつもりだったのだけど、自分で読んでも自分のメモが支離滅裂で、何故なんでこんなことを書いたのかと、読み解かなくてはならないような物だった。


 「イリヤ、ほら、今回の戦闘経過を私も大まかに記録しておいたわよ。 参考にしなさい」


 私たちに対して、ぶっきらぼうに厳しいことしか言わなかったディフィーさんが、他の人に見られないように隠すようにして渡してきた記録は、私のメモとは違って、きちんと時系列をはっきりとさせてきちんと記録されている。 それに驚いたことに大体の具体的な時間までも書き込まれた物だった。 何時マールがどういう命令を出したか、何時どういう報告が来たか、その時々の戦場の動きはどうだったか、きちんと分かる。

 私は、それを読んで、自分のメモの意味が理解出来たほどだった。 私は戦闘中、ナーリアさんたちのことを気に掛ける余裕はほとんどなかったのだけど、ただもしもの時のために控えていてくれて、観戦しているだけのはずだったのだけど、きっと私たちが気が付かないだけで、色々なことをしていてくれたのだろう。 この記録も戦いが終わった後の、今現在の私たちの苦労を考えて、やっていてくれたのだろう。

 ディフィーさんに渡された時、チラッとセカンさんがこっちを見た気がするのも、きっと気のせいじゃないだろうなぁ。



 私とマールは、今回のゴブとの戦闘を指揮するに当たって、その作戦を練るために、過去の報告書を徹底的に読んだ。 とは言っても、ナーリアさんたちが戦闘に参加した時以降の戦いの記録だ。 そこで区切ったのは、今とそれ以前では、戦闘の方法が大きく違っているので、私は直接の参考にはならないと考えたからだ。

 ちなみに、それ以前の戦闘の記録を参考にならないと切り捨てた私の姿勢は、後からディフィーさんとセカンさんの2人に、こっ酷く叱られた。


 「戦闘の方法や、武器なんて、常に変化している。

  あなたの考え方は、今の戦闘の仕方を固定したモノと考えている裏返しの考え」

 「その時、その時の実情や、条件に合わせて作戦を考えるのは、基本中の基本でしょ。 過去の戦いだって、それはみんな同じ。

  過去のその時の条件で考えてみて、何故その作戦が取られたのかとか、何故成功したか、失敗したかを省みないと勉強にならない」


 私は改めて、2人の作戦は、そういった過去の多くの事例を深く考察したりした努力の上で成り立っているのだと知った。

 私は自分の考え違いを反省した。 もっともっと、努力しなくはダメだ。


 とは言っても、今の喫緊の問題は報告書を書き上げることだ。 私たちラミアにとっては、資料室に保管される報告書に自分の名前が記されるのは、大きな名誉だ。 それが武勲と共に記録されているとなれば、最高の事だ。

 その気持ちは、私たちラミアに限らず、人間でもハーピーでも、そしてたぶん他のエルフやドワーフたち、誰でも同じなのだと思う。


 その為なのだろうか?

 今回のゴブとの戦闘では、補助的な役割として戦闘を依頼してきた王都近郊の貴族家の兵も加わっている。 具体的にはゴブの小さな巣穴の小さい出入り口を防ぐ役割の補助だった。 こちらも主な仕事は、エルマー侯爵家の兵が行っている。

 そのエルマー侯爵家の隊長からの報告書は、淡々とした巣穴を塞いだという作業の経過と結果報告だったのだが、それの補助だった子爵家からは、家臣の何とかという騎士が向かってきたゴブを一匹始末したと、さも英雄譚のような報告書が上がって来ていたりする。

 今、私たちは色々なところから上がって来た報告書を読み比べて、戦場で実際にあったことを、なるべく正確に把握しようとしている。 報告書は書いた者によって温度差が激しくて、読み比べてみないと事実がはっきりしないのだ。

 傾向としては、ヴェスター家の経験の戦闘経験の多い人ほど、今回の戦闘での自分たちの功績を低く見積もって報告して来て、それが少ないほど大きな功績として報告して来ている。 最たるのが王都近郊の貴族家の報告だ。


 私たちが過去の報告書を今回の戦闘の作戦を考えるために読んだ時には気付かなかったのだけど、報告書を書く参考に、もう一度それらを読んだら、私たち2人は、何だかとても驚いてしまった。

 私たち2人が書き上げた報告書の下書きと比べると、それらの報告書はとても冷淡で、事実関係のみが正確に記されている。 その戦闘に至った経緯、その時に取られた作戦に至った条件などは詳しく書かれていて、事後報告として最も力が入れられているのは、なんと作戦の失敗点、指揮の失敗点についての理由と、それを避けるための考察だった。

 個人的な武勲が書かれていることはほとんどない。 わずかにミーレナさんの武勲や、アーリア様、アーリル様の死闘などが記録されているくらいだ。 あとはグループなどの働きの中に、それぞれの個々名が記載されているくらいだ。


 「驚きました。 記録の事後報告部分を参考にしようと、良く読んでみたら、私たちが憧れて話していたようなことは、さらっと触れられる程度でほとんど書いてなくて、なんて言うか、私たちが知らない失敗の話ばかりが多くて」


 「当たり前よ。 報告書は英雄譚じゃないのよ。

  後に続く人が読んで、その時何があったのかを正確に把握することが出来て、どういう対応をして、どういう結果となったかを知ることが第一だもの」


 「それにしても私は、ディフィーさんやセカンさん、そしてそれ以上にミーリア様までが、どんな失敗をしたかを詳しく書いていることに驚きました」


 「別に私は、いえ、たぶんディフィーも、そしてミーリア様もそうだと思うけど、周りの人、後の世の人に凄い人だと思われたい訳じゃない。

  それよりも、私たちに続く人が、私と同じ失敗をしないで、幾らかでも上手く立ち回って、被害とか損害とか、そして何よりも犠牲を出さないでくれる方が、余程嬉しい。

  報告書はその為の物」


 「そ、セカンの言うとおりよ。

  そもそも私とセカンのことを、ヴェスター領では天才軍師だなんて言う人がいるけど、被害・損害・そして犠牲を出さない策を出すということで考えたら、アンの方が余程凄い軍師よ。

  私なんて、その程度の軍師なんだから、失敗も多いのは当然のこと。 少しでも私の失敗から誰かが学んでくれたら嬉しいわ。

  そして、これはまあ私も驚いたし尊敬もしているけど、ミーリア様は私たち以上にそういう気持ちが強いのよ」


 私はディフィーさん、セカンさんの言っていることが、遥か遠くの頂過ぎて、気が遠くなる思いだった。 ディフィーさん、セカンさんだけじゃない。 きっと他のナーリアの人たちも、アレクさんたちも、私たちの上にいる人は、みんなそんな思いなのだろう。


 何とか私とマールは、今回のゴブとの戦闘の報告書を書き上げて、図書館の資料室に納めることが出来た。

 自分たちが書いた報告書が、図書館の資料室で保管される物となったことに、マールはどうだか分からないけど、私はとても感激して誇りに思った。 そして改めて普段の私の仕事、図書館の本や資料を書き写したり、その整理や保存を考える仕事だけど、それをしっかりとやらなくてはいけないと考えた。

 他のラーリアの皆さんが、それぞれの受け持った仕事を引退されて、係の仕事に移る人が多い中、ラーリド様だけは変わらずに図書館管理の最高責任者のままだ。 それだけこの図書館の運営・管理ということが、重要なことなのだと、私は最近きちんと理解出来てきたような気がする。



 私とマールの納めた報告書は、関係した所にはその複製が送られた。 つまり王都近郊の依頼して来た貴族にも、その報告書は提出されたのだ。

 そのせいだろうか、私は王都に行った時に、その中の一貴族である子爵に、屋敷を訪ねてほしいという招待を受けた。 招待という形だけど、要は呼びつけられたのだ。


 私の王都滞在は、以前のように兵の訓練が目的でもなく、ましてや戦闘のためでもない。 図書館での普段の働きが認められて、図書館に収蔵する本を王都で選んで購入する一行の一員に選ばれたからだ。 参謀見習いとして選ばれた時も嬉しかったけど、今回のこともとても嬉しい。 普段の私の仕事ぶりが認められたということだからだ。


 と、喜んでいたのだけど、デイヴさんに「この子爵のところを訪問してくれ」と言われて、喜びが半減してしまった。 もしかして、そのために私は今回の一行の一員に選出されたの。


 「いや、そんなことはないぞ。 あくまでこっちは物のついでだ。 お前が今回王都に来たのは、本の購入を学ぶためだ」


 私が疑わしいという目をデイヴさんに向けたからだろうか、デイヴさんはもう少し言葉を足してくれた。


 「ラーリド様もお前を褒めていたぞ。 『戦闘報告を自分で書いて、この図書館の意味を、重要性をより理解出来たのかしら。 最近はとても頑張って仕事をしていて、他の者の手本になっているわ』と。

  それだから今回の一員に選ばれたんだ」


 私の疑いは杞憂のようだ。 今回の一員になれたことを素直に喜ぼう。

 それでも、そんな子爵を訪ねなければならないのは気が重い。


 「ええと、君は今回の戦闘では参謀を務めていて、この報告書を書いた1人でもある訳だね」


 挨拶もそこそこに、私を呼びつけた子爵は私にそう詰問してきた。


 「はい、そのとおりです。 参謀を務めて、その関係で報告書をまとめることも命じられました」


 「君の若さで、それだけの重責を任せられたということは、君はとても優秀なのだな。

  それはともかく、この報告書をまとめるに当たって、当家の方からも報告書が上がっていたと思うのだが、君はそれに目を通してくれたかな」


 「はい。 もちろん読ませていただきました」


 「それでは、そこに当家の騎士が挙げた武勲が書かれていたと思うのだが、それに対してこの報告書では一言も言及がないのはどういった訳だろうか?」


 ああ、あの英雄譚のような報告書は、この子爵家の物だったのか。 私は状況がしっかりと理解出来た。


 「ええと、この子爵家の士兵が、ゴブの巣の出入り口の閉鎖という任務の部隊として、きちんと任務を遂行したことは、きちんと報告書に記載してありますが」


 「そうではない。 向かって来たゴブを討ち取った騎士の武勲が何故書かれていないのかを尋ねているのだ」


 「お言葉ですが、少し反論させていただいても構いませんか?」


 「今回の戦いにおいて、出入り口を一つ塞ぎ、それを拒もうと向かって来たゴブを討ち取ったのは、作戦上においても大きなことで、武勲は紛れもないことだろう。 どこに反論の余地があるというのだ?」


 「その出入り口は小さい物で、主な出入り口は別の場所にありましたし、主なゴブとの戦闘は、その別の方の出入り口から出て来たゴブとのものです。 その辺は報告書を読んでいただけるとすぐに理解出来ると思います。

  この家の騎士の方が向かって来たゴブを討ち取ったのは、確かに武勲ではありますが、確かに小さい出入り口2箇所で、剣によって討ち取られたゴブは、この家の騎士による1匹だけでした。

  しかし、剣ではなく、弓で討ち取られたゴブは他にも数匹います。 また、今回の作戦では、なるべく弓で討ち取るように通達が出ていました。 接近戦をすれば被害を受ける可能性が高まるからです。

  さて、戦いの主戦場になった大きい入り口の方ですが、こちらでは80匹余りのゴブが出て来て戦闘となりました。 全て討ち取りましたが、その一匹一匹のゴブを誰が討ち取ったかは、3匹いた大型も含めて、今回のこの報告書では、こちらの騎士の方と同じように誰も言及されていません。

  これで納得していただけるでしょうか」


 「いや、納得など出来る訳がない。

  当家がゴブへの対処をしっかりとしていて、きちんと武勲をあげていることを、他の家に知らしめる必要があるのだ。 しっかりと記載してもらわねば困る」


 いや、そんなそちらの事情は私は知らないよ。 そちらの都合をこちらに押し付けないで欲しいな、と私は冷めた気分で考えた。


 「お館様、おやめください」


 このどうしようもないような子爵の後ろにいた護衛だろう騎士が止めに入ってくれた。 何故か私は、その騎士がゴブを討ち取ったという騎士ではないかと思った。


 「その様な無理を言って、参謀殿を困らせるのは、逆に当家の恥になります。

  私自身も、たかがゴブ1匹を斬った程度のことで特別扱いされるのは困ります。 今回の戦闘では、より多くのゴブ、そして大型のゴブを討ち取った者がいたことは、私自身もこの眼で見ております。

  それらの方々でも、個々の名を記載するほどのことではないと判断されているのに、たかが煙に追われて出て来たゴブを隊の者が射殺し損ねて、私が斬ったことが記載される程のこととは到底思えません。

  それよりも、他の戦いを観戦された方と同じ様に、当家のあり様を考え直さねばならないと思います。 他家はもう、その立ち位置を変えています」


 「お前、何を言い出すのだ。 それもヴェスター家の者の居る前だぞ」


 「だからこそです。 当家もその立ち位置を変えると、ヴェスター家に伝える良い契機となりましょう」


 「お前の独断で決めることではない。 当家の立ち位置は私が決めることだ」


 「お館様、それでは当家はもうお終いですぞ。

  お館様は他の家の当主の方とは違って、今回の戦闘を観戦しませんでしたが、ヴェスター家の強さは圧倒的でした。 それも聞くところによると、参謀がこちらの若いイリヤ殿だった様に、今回の戦いはラミウィン子爵とボルハン男爵が参加しているとはいえ、それは他家に対する礼儀としてのようで、若手や新兵主体で主力は参加していない様です。

  それらのことから、当家以外の今回の戦闘に加わった王都周辺の家は、皆その立ち位置を変えました。

  当家の士兵も、当家だけその立ち位置の変更がないことを不安に思っています。 その現状において、イリヤ殿に無理難題を言ったことが伝われば、当家を離反する者が続出する恐れがあります。

  私自身も、今後何かあって、ヴェスター家と対立する陣営に組み込まれるのは絶対に嫌なので、もしこのままの立ち位置をお館様が変えないということでしたら、この場で即座に暇を頂こうと思います」


 「お前、今まで目をかけてやったのに、我が家から去ってどうにかなると思っているのか」


 子爵は真っ赤になって騎士に言った。


 「その辺は楽観視しております。

  こういう経緯でこの家を出ることになったとなれば、ヴェスター辺境伯家か、さもなければエルマー侯爵家で拾ってくれるでしょう。 少なくとも縁のどこかの家への仕官の斡旋くらいはしてくれると思います」


 おっと、この騎士は単純に私を助けようとしてくれた訳じゃないのか。

 確かに、私の前でこんなことを話して、その結果としてこの家を出ることになれば、私は事の経緯を上の人に話さねばならないだろう。 いや、そうならなくても報告するけど。

 そうしたら、この騎士は、これは私には良く分からない、まだ勉強中の分野だけど、きっと政治的にヴェスター家かエルマー家で受け入れることになると思う。 私が居る場での話にしたのは、きっとそういった保険を掛けたのだろう。


 この騎士にとっては、この子爵が立ち位置を変えても良し、変えなくても良しの状況だ。 変えたら、それを強く子爵に諫言した忠義の士となるし、他の家臣たちにも一目置かれることにもなるだろう。


 うーん、この人、単にゴブを1匹斬った程度(?)の騎士だよね。 そんな人がこれだけの策略を考えているの?

 私たちより上の人は、この人よりもずっと陰謀めいた分かりにくい策を立ててくる人たちを日々相手にしているということなのだろうか。 ふと、その事実を実感したというか思い至って、私は顔色が青くなるのを感じた。


 私はやっぱり、まだまだだ。

 こんな風になることを見越して、私が厳しい現実に気がつけるように、デイヴさんは私をここに来させたんだ。 そんな風に私は感じた。


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