桜とカエデと
図書館の周りは、冬の一時期を除けば、前庭の花壇はそれぞれの季節の花に彩られ、外縁や背景になる場所には多くの桜の木が植えられている。
図書館の3階には、昔描かれたこの図書館を描いた風景画があり、その絵では図書館はピンク色の背景に囲まれているのだが、今では誰もその絵を見て不思議には思わない。 春先の図書館を少し離れた場所から眺めると、その絵と全く同じような風景が見えるのだ。 いや前庭の花壇が絵の方は簡略化されてしまっているから、現実に見える風景の方が綺麗かも知れない。
桜の木が少し大きくなって、現実の図書館を眺めた風景がその絵と同じような背景になったのは最近のことかも知れないけど、私にとってその絵は、なんら注目するような特別な物では無かった。 なんて言うか、まだそこまで現実ではピンクに染まらない時でも、ちょっと大袈裟に表現すれば、そんな風に見えるかも知れないという範囲のことに見えたからかも知れない。
それだから、ナーリアのみなさんが図書館に通うようになって、その絵を見て感動して、特にナーリアさんとレンスさんが主導して、図書館の周辺を整備し、以前と同じように前庭の花壇や、背景となる桜を植えて、現在のようになったと聞いても、以前の姿を実際には知らない私には、そちらの方が想像出来ないくらいのことだった。
私が少しそのことを、つまりナーリアのみなさんがそういうことにも力を入れていたのだと実感したのは、図書館とは別のことだった。
私たちアーブは、サーラの暴走のお陰で、アレクさんのラミウィン領で働くことになった。 私たちはラミウィン子爵邸の私邸の方に宿舎を建ててもらって、そこにそれぞれに一室をもらって、初めて個室を持った。
食事はアーブのみんなでの共同が基本だし、お風呂は私邸のお風呂を私たちも使わせてもらっていたりするから、1人暮らしからは程遠いのだけど、それまではずっと誰かと離れることなく生きてきたので、自分の部屋で1人の時間を持つというのは、最初とても変な感じだった。 1人になると何をして良いか分からず、困ってしまった。 ま、そう思ったのは本当に最初だけで、すぐに訓練や業務の大変さから、自分の部屋に戻った途端に疲れで爆睡するようなことになったけど。 そして気がついたら、自分の部屋で1人になっている時間にも慣れていた。
おっと、いけない、話がずれちゃった。
私たちアーブはアレクさんのラミウィン領に住むことになったのだけど、やっぱり元のラミアの里との行き来は多い。
それは私たちだけに限らず、ナーリアの皆さん、バンジさん一家の人、それにワーリアの皆さんも同じことだ。 特にナーリアの人たちは、イクス様とメリーちゃんはそのまま元の家に居て、上の子どもたち半分は元の家で暮らすようにしているから、常に誰かしらがラミウィン領とラミアの里の間で行き来している。
そんなこともあってか、ラミアの里とラミウィン領の間を直通で繋いでいる道は、最初は何とか馬車が通れるだけという感じだったらしいけど、今では立派な道が出来ている。 私たちのラミアの里との往復も、特に自分たちの軽馬車が使えるようになってからは、その道を疾走して行くだけになり随分と楽になった。
戦場での軽馬車の動きの訓練をさせられたり、セカンさんとディフィーさんの気晴らしに付き合わされると地獄だけど。
ま、とにかく、ナーリアの皆さんはこのラミウィン領とラミアの里の間を繁く行き来しているのだけど、その中でも一番行き来が多いのがレンスさんだ。
レンスさんは、母親としてラミアの里の家に滞在する為だけでなく、仕事としてラミアの里に滞在する機会も最も多いからだ。 そう私たちも教わったのだけど、博物学者として学校で教壇にも立っているからだ。 セカンさんやディフィーさんも教壇に立つこともあるのだけど、教えていることの範囲も広いので、レンスさんがナーリアの中では最も多く学校で教える機会が多い。 次はサーブさんかな。
レンスさんは、その往復の道のりを何だか殺風景に思ったらしい。
ラミアの里とラミウィン領をつなぐ道は、最初ラミアの森の通し易い場所につけられた道を、後にダイクさんがなるべく真っ直ぐな道になるように直して敷設した道だ。 道が広くて綺麗になっても、単なる森の中を通っているだけの道であるのは変わらず、周りの景色が良く見えるという訳でもない。 だからレンスさんが殺風景に感じたことは、私にも理解出来る。
私だと、殺風景だなぁと思っても、そこで終わってしまうのだけど、レンスさんは違っていて、道の両側に木を植えていった。 私は、何でそんなことをしようと発想したのか、さっぱり分からなかった。
「あれ、リーリルは知らなかったかしら。
私たちはラミアの里の家からトンネルを使って図書館に通っていたのだけど、トンネルと図書館の間の道の両脇にはカエデの木が植っているのよ。 その樹液を煮詰めた汁は、あなたたちも食べたことがあるでしょ」
はい、大好きです。 蜂蜜とはまた違った甘さがあるんですよね。 あれもすごく美味しい。
そうなのか、その樹液をもっと得るためもあって、この道の両側にも植えているのか。
「カエデの木は、秋にはその葉が紅葉して綺麗なのだけど、それ以外の時は周りの森の木と変わらないので、つまらないのよね。 森の木にも綺麗に紅葉する木もあるしね。
だからカエデだけじゃなくて、半分は桜を植えているのよ。 桜も種類があって、実を採るのを目的にする種類もあるのだけど、私が植えたのは当然図書館の周りやトンネルの入り口にある、花を目的にした桜よ。
道の両側を春にはピンクの桜の花が続いているって、素敵でしょ」
私たちがラミウィン領で暮らし始めた時には、もう立派な道が出来ていて、まだ小さかったけど、もう両側には木が植っていた。 ここ数年でかなり大きくなって、まだカエデの方は樹液を採るほどにはなっていないけど、桜の方は春には道の両側を華やかに彩ってくれるようになっている。
これはレンスさんも考えていなかったようだけど、エーデルさん、つまりヤーレンさんの奥さんの方だけど、エーデルさんの発案で、道の近くにミツバチの巣箱を設置したら、春には図書館周りと合わせて、桜風味の蜂蜜が採れた。 すごく美味しかった。
道の両側に木を植えるということは、えーと街路樹と言うらしいのだけど、レンスさんが始めたら、そこら中で行われるようになった。
道の両側に木があると、木陰が出来るだけでなくて、風を遮ってくれたりもするので、道を使って移動する人にとってはとても有意義な物なのだ。 ラミアの森の中の道では考えもしなかったけど、森を出て平原の農地の中を通る道だったりすると、街路樹が続くことで、どこに大きな道が通っているのかが一目瞭然に判る利点も大きいらしい。
木の種類も色々だ。 中には失敗もある。
イチョウは実がなることはラミアにも知られていたけど、ラミアはイチョウの実は食べていなかった。 木ノ実はラミアにとっては主食と言って良いような存在なのだが、イチョウは例外だった。 その理由は、なった実がとても臭いからだった。
あの悪臭にラミアは耐えられないと見向きもされていなかったのだけど、意外にも木ノ実が主食とは言えない人間がイチョウの実を食べていた。 というか、シルクさんとエリーゼさんがイチョウの実、つまり銀杏を食べることをラミアの里に持ち込んだ。 ま、デイヴさんは何でも良く食べるから、銀杏を食べると言っても不思議ではない気がするのだけど、エレクさんが好物で、ヤーレンさんも好きらしい。
それで銀杏の食べ方、実の周りの皮を取り去って綺麗にして、焼いて食べるということをしてみたら、確かにとても美味しいことが分かったのだ。 生でも、ラミアだと食べれてエネルギーにはなるのだけど、やはり臭いがする気がするので、これは人間と同じに焼いて食べる食物だということになった。
しかし焼けば、ラミアも人間と同じように、十分美味しく食べれるのだ。
それに加えてイチョウは、秋には同じように紅葉がなかなか美しい。 黄色くなった葉が風に舞って、周辺の地面の色を変えるのも綺麗だ。
というので、街路樹に植えてみたのだが、これは大失敗だった。 実が落ちて潰れると臭くてしょうがないし、それ以上に問題だったのは、道に落ち葉が溜まっていると、他の木の落ち葉と違って、その落ち葉で馬が足を滑られてしまうのだ。
イチョウの葉は、落ち葉でも油分があるのか、馬の蹄鉄が滑ってしまって、下手をすると馬が怪我をしてしまう。 それに一輪の軽馬車だと気をつけないと、変に横滑りして、転倒してしまう。
ま、そんな失敗もたまにはあるのだけど、ヴェスター辺境伯領ではある程度広い道には、街路樹が付き物になっている。
さて、今現在の私は、ミーヤと共にトルセン子爵の夫人の1人になっている。 だから公式の立場はトルセン子爵夫人だ。 第一夫人はもちろんアイリスさん。
私とミーヤは、トルセン子爵夫人になりはしたけど、ラミウィン領とトルセン領を行ったり来たりして過ごしている。 私たち2人は、トルセン領内のインフラ開発のかなりの部分を、夫であるトルセン子爵から任されているのだけど、当然のことだけど、私たち2人がその仕事を独自にこなせる訳がない。 それで、相談したり教わったりするために、主にはバンジさんのところに通っている訳だ。
ということで、私とマールの2人が自分たちで手掛けた一番最初のインフラ整備が、ラミウィン領とトルセン領の館同士を最短で結ぶ道の建設だった。
最短と言ってはいるけど、その道は途中でドワーフの集落にも通じている。 だから実際にはその先からトルセン子爵邸までの道が、私たち2人のトルセン子爵領の仕事となる。
ドワーフの集落を通るのは、ラミウィン領としても必要があるのだけど、トルセン領としても必要がある。 トルセン子爵はアイリスさんと私たち2人だけでなく、ドワーフからも妻を1人加えたからだ。 ま、私たちと同じように、アイリスさんが強くトルセン子爵に勧めたのだ。
私たち2人にしても歓迎だ。 アイリスさんも第一夫人として忙しいし、私たちもかなり忙しい。 妻が増えるのは歓迎だ。 ラミウィン領に住んでいたドワーフの女性なら、私たちラミアと仲良くやっていけるのは分かっているから、大歓迎だ。
「ところでリーリル、街路樹としては何の木を植えるつもりなんだ?」
アレクさんに軽い感じで聞かれた。
「街路樹ですか。 もちろん桜とカエデです」
「いや、何もレンスの真似をしなくても良いんだぞ。 リーリルとミーヤの好きな木で良いんだ」
「当然私とミーヤの好きな木にしました。
桜は花が綺麗なだけじゃなくて蜂蜜が美味しいし、カエデは少し大きくなれば、あの樹液が採れます。 どっちも春の大きな楽しみです」
「ま、それなら良いけど。 しかし、何もレンスやディフィーと同じように考えなくても良いと思うけどな。
今は他にも甘い物はたくさんあるだろう」
アレクさんに、ちょっと呆れられたかな。
だって美味しいんだから、私とミーヤの意見が一致しても普通だと思うの。




