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同じ匂いがする

 私たちアーブは、ちょっと信じ難い出来事ではあったけど、サーラが自分の希望をミーリア様に直訴するという暴挙のおかげで、私たちの代みんなの一番の希望派遣先であるラミウィン領に派遣される事になった。 つまりアレクさんの下で騎士見習いのような研修に入ったのだ。

 私たちは人間の騎士見習いよりも、雑事を命じられる事が多い気もするけど、その分、アレクさんだけでなくナーリアやワーリア、それにバンジさん一家の人たちとの交流も多く持てて、それによって忙しくはあっても、より多くのモノが得られる環境にある気がする。 文句はない、というよりも運が良いのが続いている感じだ。


 ラミウィン領で、まだ一人前とは言えないけれど、正式に仕事を任されるようになっても、もう毎日が言われたことをこなすことで精一杯、正確には役に立てているのかまだ自分でも分からない状態で日々が過ぎていく。

 そんな状態は、私以外のアーブの仲間も全く同じはずなのだが、私以外の仲間たちは、みんなどんどん将来が決まっていった。


 サーラが将来が決まっていくのは理解出来る。 自分がやりたい夢をミーリア様に訴えて、それによってここに来たのだから当然だ。

 サーラは、今ではサーブさんの副官のようになって、サーブさんがその役職で動く時には、常に側を離れないようになっていて、それを他の人たちに認められている。 サーブさんも、自分1人では無理があって手がつけられていなかった仕事の改善点を、サーラを使うことで可能にしようとしているみたいで、積極的にサーラを身近に置いているみたいだ。


 アーブも自分の道を見つけて、今は医学校設立のために日々の半分はラミアの里、じゃないな復興した町の方で、スクナピオンさんの手伝いをしている。

 医学校が正式に始まれば、軍医を目指して、その第一期生になることが決まっている。


 私としては、一番訳が解らないのがミーヤとリーリルだ。

 2人はバンジさんのところの仕事や子守りを手伝ったり、レンスさんのトルセン領の調査に同行していると思ったら、いつの間にはトルセン子爵との結婚が決まっていた。 正式な結婚は、まだ時期をみてとのことだけど、もう週に2日か3日をトルセン子爵邸に行って過ごしている。 

 もうすでにトルセン子爵領のインフラの整備なんて仕事を、かなりの部分任されているらしい。 当然2人の現在の実力では、そんな仕事が出来るはずはなくて、任された仕事の相談をバンジ家に持ち込んで、相談しながらどうしたら良いかを教わっている。

 私はトルセン子爵が、2人を妻にすることによって、バンジさんやその妻の人たちの知識や知恵を、容易に得ることを目的にしているんじゃないかと心配したのだけど、どうやらそれは副次的なことで、本当の目的は別だとのことだ。

 それにバンジさんたちがトルセン領のインフラの設計などに関わることは、ヴェスター辺境伯家としても、利があることらしい。


 それにしても、私たちの代で一番最初にこの2人が特定の男を得られるって、一体どういう事よ、と思うのは私だけじゃないと思う。 残念だけど、アーブとサーラは自分のことが忙しくて、

 「うん、驚いたけど、良かったんじゃない」

と軽く流されてしまった。


 そういう訳で、私1人が置き去りにされている状況なのだが、私にとって一つ良かったことは、他のみんなのお陰で、私も馬と一輪の軽馬車が持てることになったことだ。

 アーブは主にここと復興した町の行き来のために、サーラはサーブさんに付いてヴェスター領内を回るのに必要だったために、そしてミーヤとリーリルはこことトルセン領を行き来するため。


 自分たち専用の馬と軽馬車がもらえる前から、私たちは軽馬車を操る訓練はしていたのだけど、こうなってから実は私が軽馬車を操るのがアーブの中で一番上手くなった。 他のみんなは実際の移動に軽馬車を使っていたのだけど、私だけはその必要がなく、そういう自分の移動ではなくて、逆に気分転換に付き合わされて軽馬車に乗ることになったからだ。

 セカンさん、ディフィーさんの2人は、良いアイデアが出なかったり、考えが纏まらない時などに、気分転換に軽馬車を走らせる。 それが凄まじく速かったり、激しい方向転換をしたりする。 訓練として教わっていた時よりも、余程ハードだ。


 「戦場で騎兵と共に動くことを前提にしているのだから、このくらいの動きは当然よ。 私たちに付いて来れないようじゃ、騎兵の指揮を執ったりもするアレア様やロア様の補佐を命じられたら、置いていかれるだけで困るわよ」


 ディフィーさんがそう言って、セカンさんがクスッと笑ったから、きっとそれは本当なのだろう。 ボブさんの所や、ブマーさんの所に行っている同期もいるけど、彼女たちはもっと軽馬車の操車を鍛えられているのだろうか。 そんな話は聞かないのだけど。


 「マール、私たちの訓練にも付き合いなさいね。

  私たちの代は、アレアとロアを除くと、馬関係は上位の中では一番慣れてないから苦手にしているのよ。 それではこれから困るから暇を見つけて特訓したいのよ。

  セカンとディフィーにも付き合っているんなら、私たちの駄目なところがわかるかも知れない。 分かったら教えてくれると嬉しいわ」


 そう言うアーリナ様、アーレナ様、ロナ様の訓練も激しい。 私は当然付いていくのもやっとだ。

 こうして私の軽馬車の技量は、移動に使うだけの機会ばかり多い、他のみんなと違って、どんどん進んだのだ。


 私がみんなよりも上手くなったことは他にもある。


 エーデルちゃんは、アレクさんの妹だけど、クラウスさんの妻の1人となっていて、ワーリアの一員ということになっている。 でも年齢は私たちより下だ。

 そしてクラウスさんの妻となったのは、ゴブとの戦いが終わった後で、それまでは両親が養鶏農家をしている村で主に暮らしていたから、アンさんやチョナさんのように戦闘訓練を受けていない。 それは仕方のないことなのだけど、本人は気にして、普段のサーブさんが主導する基礎訓練だけでなく、アンさんとチョナさんに頼んで、人間の妻としての戦闘訓練を受けている。

 さすがに幼い頃から訓練されている私たちと同様の訓練は無理がある。 人間の女性の騎士見習いもいるから、その人と一緒の訓練なら大丈夫な気がするけど、やはり少し違うのかも知れない。


 アンさん、チョナさんがエーデルちゃんに教えているのは、弓と短剣だ。

 弓は私たちが今まで使っていたのはボウガンタイプだけど、エーデルちゃんが教わっているのは普通の弓だ。 弓矢はエーデルちゃんに合わせた物を、レンスさんとサーブさんが作ってくれたみたいだ。 私は兄のアレクさんが弓は作ったのかと思ったら、レンスさんとサーブさんが自分から買って出て作ってくれたらしい。 弓の調整や矢を作るのは2人も良くしていたが、弓を最初から作るのはあまりしていなかったので、自分たちもその技術をしっかりと身につける為だそうだ。 セカンさん、ディフィーさんが口出しはしたらしい。 短剣は当然だけど、ボブさんの手作り品だ。


 私はその訓練にも付き合うことになった。 弓の的を用意したりを手伝った時に「私も普通の弓を射たい」という希望を言ったら、チョナさんが「的を運ぶのを手伝ってもらったりしているのだから、お礼にそれくらい良いんじゃない」と、受け入れてくれたのだ。

 割と簡単にチョナさんは考えていたみたいだけど、私にはチョナさんとアンさんの弓は合わなくて、上手く使えるのはディフィーさんの弓だったのだが、さすがに初心者の私に弓を貸すのはリスクが大き過ぎると、結局弓を作ってもらえることになった。 それだけじゃない、私はボウガンだったので、防具が普通の弓を使うのには適してなくて使えない。 そこでアンさんたちが使っている人間の女性用の胸当てを使おうとしたのだけど、それを見ていたエーレファさんが、私はラミアだから「実戦の時にその格好はあり得ない」と言い出して、防具も作ってくれることになった。 今は昔よりも工夫されていて、それぞれ個人専用の型を作ってという訳ではないけど、私は私のための専用防具までもらえることになったのだ。 ラッキーと言うしかない。


 ただし、もう一方の訓練用の短剣はエーデルちゃんのように、ボブさん作の専用の品をもらえはしなかった。 まあ、当然だな、と思ったのだけど、私が考えていた理由ではなく、別のとてもちゃんとした理由があった。

 エーデルちゃんがボブさんからもらった短剣は、「ラミアの里の妻の嗜み」と呼ばれる、ちょっと特殊な形状をした短剣だった。 その短剣には特別な意味があり、私は誰かの妻になった訳ではないから、その短剣をもらうことは出来ないのだ。

 ミーヤとリーリルが正式にトルセン子爵の妻になる時には、ボブさんが打った短剣が、ミーリア様の手から渡されることになるのだと、私は聞いた。 

 エーデルちゃんは普通にボブさんからもらったみたいだけど、これからはそんな風に儀式張るのかな。 いや、きっと違うな。 その短剣を持つ意味を知るボブさんが、自分が渡すことを嫌ったからだろう。


 実際に弓と短剣の訓練を受けてみると、弓はともかく、嘘と思ったけど、短剣での戦いも私はアンさん、チョナさんに全く敵わなかった。 そういえば、図書館に行ったグループが、戦闘訓練でシルクさんが強くてびっくりした話をしていた気がする。 「えー、何で?」と私も思わなく無い。 人間の妻の人たちは、ラミアの里に来てから戦闘訓練を始めたと思う。 つまり、私たちと条件は変わらなかったと思うのに、私より強い。 私たちだって、目一杯訓練していたはずなのに。


 そんな訳で、私はアーブの他のメンバーよりも、普通の弓と短剣を使うことも上手くなったのだ。


 でもこれらのことよりも、自分でももっとずっと他のメンバーよりも上達していると感じていることがある。

 それは自分の存在する気配を消す技術、隠密術と言われる技術だ。


 この技術が上手いのは、レンスさん、アレア様、セカンさん、その次がナーリアさんとロア様、そして少し系統が違うディフィーさん、と言われているけど、ワーリアさんをはじめとしたワーリアの人たちも、ナーリアさんとロア様に迫るくらい上手い。

 私はそのワーリアの人たちに、この技術を徹底的に訓練させられた。


 それには理由がある。

 ワーリアの人たちと、アーリナ様、アーレナ様、ロナ様は、ラミウィン領に入り込んで来る、敵対勢力から送り込まれて来た者たちを、監視したり、捕縛したり、そして時によってどうしようもない時は秘密裏に処分したりの主力になっているからだ。

 昼間は、どうしてもラミアはその存在が町中では目立つから、秘密裏に監視したりの任務は向かない。 正直物陰から監視するには人間の方が目立たないし、上空からのハーピーの監視の方が役に立つ。でも夜は、ラミアは人間・ハーピーとは違い夜目が利くので、独壇場だ。

 敵対勢力から送り込まれて来た者たちは、初めの頃は、人間だけの世界の常識に囚われていたのか、夜間に動く方が目を引くことがないと考えていたのだろう、ラミアによる監視に実に簡単に掛かって、企みを露呈させてくれていた。 さすがに何度も同じ失敗をしたので、最近は気をつけるようになっている気がするが、そうなればそうなったで、動きがとても抑えられることになるのだ。


 私はその夜間の監視業務に、駆り出されることになったのだ。

 最初ワーリアさんは、この仕事をワーリアだけの手で行いたいと考えたみたいだ。 でもそれでは明らかに人員的に無理があり、アーリナ様、アーレナ様、ロナ様が加わる前に、私がその業務に参加させられることになったのだ。

 当然私は技量が足りないので、ワーリアの皆さんによっての特訓ということになったのだ。

 それで自分でもメキメキ実力がついた気がしていたのだけど、実際の業務では当たり前だが最も安全なところしか任されることはない。


 「マール、人間は夜目がラミアほど利かないと思って油断してはダメだよ。

  見えない分余計に、昼間よりも辺りの様子に気を配っているから、ちょっとでも気を抜くと、発見されてしまうからね」


 そんな注意を受けていても、やはり私は悟られかける時があったりもした。

 実戦に勝る経験はないと言うけど、そんなだからか、本当に私は訓練だけでは身につかない技量が得られている気がする。 それでも全然まだまだだけど。

 私にはワーリアの人たちや、アーリナ様たちが潜むと、もう全く感知出来ないのだけど、「もっと上がいるの?」と思う。


 ナーリアの人たちが、この業務についていないのは、それぞれが抱える仕事が忙しいからだ。 だけど全く関わっていない訳ではなくて、アンさんは商人からの情報を常に集めているし、モエギシュウメさんはハーピーからの情報を受けている。 キースさんたちや、デイヴさんたちからの王都からの情報の分析もナーリアの人たちは行っていて、怪しいことが引っ掛かると、ワーリアの人たちと協議したりしてもいる。

 私はそういうのも、近くで見さしてもらっている。


 「ねぇ、マール。 私は最近、あなたから私たちと同じ匂いがする気がするのよね。

  あなた昼間の普通の仕事も、そこら中から声が掛かって、色々なことをしているでしょ」


 ワーリルさんの言葉に私は答える。


 「仕方ないんです。 私以外のみんなは、それぞれにもう自分だけの仕事を持っていて、それぞれにその仕事に時間を取られているので。

  気がついたら、私だけそういう特別なことがなくて、何でも呼ばれる形になっちゃっていたんです」


 「やっぱりねぇ。 私たちワーリアもそうだったのよ。 それをこなせちゃうワーリアがリーダーだったからね。

  マール、あなたも同じでなんでもこなせてしまうタイプだから、私たちと同じように便利に使われてしまうのね。 同じ匂いになっちゃうよね」


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