初恋?
「本当にカッコ良かったよね、アレクさんとエレクさん。」
「うん、凄かった。 あれが人間の男なのね。」
私の同年代の姉妹たちは、みんな私が助けられた時のことを、物語の中の英雄の行いを見たかの様に話す。
何度も何度も、同じことを話しているのだが、その助けられた存在である私は本当に居心地が悪いったらない。
「サーラ、あなたは助けられた本人だから分からないかもしれないけど、本当にカッコ良かったんだから。
私たち気軽にアレクさんとかエレクさんとかボブさんとかデイヴさんとか、呼ばせてもらっちゃってるし、人間のお兄さんたちなんて言っているけど、本当はみんな様付けで呼ばなくちゃいけない存在なんだよ。」
「あー、それ分かる。 本当はそうなんだよね。
ナーリアさんたちもだけど、人間のお兄さんたちもみんな気さくだから、さん付けで呼んでいるし、そんなに敬語なんかも使わずに普通に話しているけど、本当だったら、みんな様を付けて呼ぶべき存在なんだってつくづく思った。」
「けどさ、私たちはアレクさんとエレクさんがサーラを助けたこと自体に驚いていたけど、ナーリアさんたちや、その姉妹の人たちはそこは全然驚いてなかったよね。」
「うん、サーラとアーブが溺れたことには驚いたみたいだったけど、アレクさんとエレクさんが助けたことには少しも驚いてなかったみたい。
二人が安心して、気が抜けたって言って座り込んだ時に、ちょっと心配したみたいだったけど、それ以外はちっとも驚いてなかった。」
「イクス様もだよ。
私たちの事は心配したし、焦ったみたいだったけど、アレクさんとエレクさんには『ご苦労様』って労っただけで、ちっともすごいことをしたのを見たって感じじゃなかった。」
「なんていうのかな、人間なら助けることが出来て当然みたいな感じ。」
「うん、そんな感じ。 それにアレクさんたちが助けに走ったことも、ちっとも不思議に思ってなかったよ、誰も。
私たちは人間じゃなくてラミアなのに。」
私たちが人間のお兄さんたちと関わりを持ったきっかけは、サーブさんとディフィーさんとレンスさんの仕事を手伝ったことだ。
あの時は、少しみんなで困らせてやろうとして、一生懸命に命の実を刈って、渡す場所に積み上げた。
サーブさんたち3人がてんやわんやする様子が可笑しくて、私たちは楽しかったのだけど、その後で、サーブさんたちは私たちにすごく感謝してくれた。
私たちはまだ仕事を教わるばかりだから、誰かに感謝してもらうことなんてなくて、すごく嬉しくて、感謝してくれた3人のことが好きになった。
そしてその後でアレクさんを中心にして、人間の食べ物も含んだお弁当をお礼として食べさせてくれた。
その時の事は今でも時々夢に出てくるほど、色々と私たちには衝撃的だった。
私には、その時を境にして、世界が変わってしまった気がする。
その時からみんなが名前を持つようになった。
その時に命の実や人間の食べ物の美味しさを知った。
その時からナーリアさんたちと話ができるようになった。
そしてそれがきっかけになり、アレクさん以外の人間のお兄さんたちとも話をするようになった。
人間のお兄さんたちと一緒にいる上位の方とも、私たちは一緒に仕事したりおしゃべりすることができるようになった。
私たちの世界は何だか急に広くなり、楽しくなってきた。
豆の収穫でまたナーリアさんたちと一緒になったら、今度は収穫がとても楽しい遊びに変わってしまった。
剣を腰に、背中に凄い弓を背負ったナーリアさんたちが、いつもと全く違う顔をして集落に駆け込んで来た時から、集落の中は全く違う雰囲気になった。
私たちは集落から外に出る事は許されなくなり、上位の方たちだけでなく、人間のお兄さんたちも朝から夕方遅くまで出かけて行ってしまう。
そして夜から何か慌ただしく物音がして、次の日、サーブさんが大けがをして運ばれていくのを見た。
私たちはゴブと上位の方やナーリアさんたちや、その姉妹グループさんたちがゴブと戦っていたと知った。
そしてそれまで物品係のおばさんだったイクス様が、周りに命令して、人間のお兄さんの指示の下、私たちも戦いのケガ人を迎える準備をした。
人間のお兄さんたちも、いつもの優しい口調ではなく、厳しい口調で、とてもテキパキと様々なことを自分でもして、私たちに命令もした。
私たちはこの姿こそが本来の人間の姿なのだと理解した。
頼もしくも感じたけど、ちょっと怖くなった。
戦いの後のラミアの全体集会で、ラーリア様がそれまでの出来事を語ってくれた。
聞いているだけで凄く怖かったけど、その中でいつも僕たちに優しく接してくれていたナーリアさんたちが、大活躍したのが分かった。
戦いのことは分からないけど、ナーリアさんたちは凄いと、何だかとても嬉しかった。
そしてその集会に、ケガをして運ばれたサーブさんもちゃんと居て、とても安心したし、嬉しかった。
戦いの後で、ナーリアさんたちはアレクさんも含めて、みんな上位になったのだけど、私たちに対する態度は変わらなかったし、呼び方も今までと同じにしてくれと言って、やっぱり「さん」付けになった。
上位なのに良いのかな、と思ったけど、私たちも急に変えるのは恥ずかしいから、ちょっと安心した。
でも戦いの後で変わったこともある。
今までは人間のお兄さんたちに、アレクさんを除いてみんな上位の人が一緒についていたけど、そういうことはなくなった。
そして私たちがナーリアさんたちや、人間のお兄さんと何かをする時、誰かしらナーリアさんたちの姉妹のグループも一緒する様になった。
私たちは姉妹のグループの人たちを見て、いろいろなことがわかったというか、知らなかったことが見えてきた。
私たちにとってはナーリアさんたちは、一番親しい年上のグループの人たちなのだが、ナーリアさんたちは、実はとても特別な立場のグループであったらしい。
最初私たちはナーリアさんたちが普通だと思っていたから、他のグループも同じ様な感じなのだろうと思っていたら、全く違っていた。
ナーリアさんたちや人間のお兄さんたちに普通のことは、ちっとも普通ではなかったことがすぐに分かった。
それからグループによって、アレクさんに対する態度が違うのも、私は気がついた。
ターリアさんたちや、ワーリアさんたちは、アレクさんに普通に接するというか、あまり他の人間のお兄さんたちと接する態度と変わらない。
ところがヤーレアさんたちは別だ。
アレクさんに対して普通に接するのだが、そこに敬意というか、畏怖みたいな気持ちが混ざっているのが分かる。
私はヤーレアさんに聞いてみた。
「ヤーレアさん、なんでヤーレアさんたちだけアレクさんに対する態度が他の人と違うの?」
「やっぱり違って見えちゃうかな。 私たちは同じ様に接する様に心がけているのだけどね。
あのね、私たちは戦いの時にナーリアたちと同じ場所に居たの。
それだから、アレクの本当の凄さ、というか大きさというか、ナーリアたちが理解しているアレクの本当の姿というモノを垣間見ることが出来ちゃったのね。
あれを見ちゃったら、自然と敬意を払ってしまうというか、上の人に対する態度になっちゃうのよ。
アレク自身はそういうのを嫌がるから、なるべくそうならない様にしているのだけどね。
そのうち、あなたたちもアレクのことが見える時がきっと来るわ。
そうすれば私たちの態度が理解できる様になるわ。」
ふうん、と思ったけど、私には何を言っているのか分からなかった。
アレクさんは美味しいものを作ってくれたり、楽しいことを考えてくれるけど、他のお兄さんたちとそんなに違うとは思わない。
ケガした人を待つ準備をした時の他の人間お兄さんたちの姿が印象的だったから、私にはその印象のないアレクさんは逆に怖くなく思えていた。
ところが、他のグループの人たちも、徐々にヤーレアさんたちに影響されているのか、アレクさんに対する態度がヤーレアさんたちに似てきている。
他の人間のお兄さんたちも、アレクさんと対等に話しているのだが、なんとなく一目置いている感じが、最近は注意深く見ているせいか感じられる。
そんな風に思っていた時、この騒ぎ、つまり私が溺れるという騒ぎを起こしてしまった。
そうしたら、若い子たちと呼ばれる私たち姉妹のみんなも一斉にアレクさんに対する態度が変わってしまっていた。
私とアーブだけが、それが良く分からなかった。
「だって本当にカッコ良かったんだよ。
あなたたちを助けに走りながら、エレクさんとボブさんとデイヴさんに咄嗟に命令して、川に飛び込んだんだから。」
「そして、アーブを一人で水の中引きずってきて、ボブさんとデイヴさんにほとんど投げ渡す様な感じで託して、その後であなたをエレクさんと二人で引き上げて、たった二人であなたを岸で抱え上げて水を吐かせて、息をしていなかったあなたに口をつけて息を吹き入れて、生き返らしてくれたんだよ。」
「それだけのことを私たちだけじゃなくて、他のお姉さんたちも含めて誰も動けなかった一瞬のうちにしてくれたんだよ。」
「あれを見たら、ナーリアさんたちがアレクさんの言うことを即座に全面的にきくことが理解できるよ。
誰だって、ああいう人を見たら、尊敬しちゃうよ。」
「お姉さんたちみんなが、アレクさんになんで敬意を払っているのかが、本当によ〜く分かっちゃったよ。
あの態度は当然よ。」
私はそれ以来、アレクさんが気になって仕方ない。
仕事とかで一緒になった時は、常にアレクさんのことを見ている。
そうすると、私だけでなくて、私の姉妹たちも、そしてお姉さんたちの中にも、アレクさんのことを常に見ている人が沢山いることに気がついた。
私が気がついたのはそれだけじゃない。
よく見ていると、時々ナーリアさんたちがアレクさんに甘えている。
ごくたまにだけど、イクス様もそんな態度をすることがある。
私はそういうのに気づくと何だかイライラするので、アレクさんを見ない様にしようと思うのだが、アレクさんがいるとどうしても気になって、見てしまっている。
やめられない。