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人生50年

 この歳になって思うのは、私は単に早熟だっただけなのだ、ということだ。

 ラミアたちの中では、私は最強で伝説的なように言われるけど、それはラーリアが私のことを「化け物」級の強さなどと言うからだ。


 ラーリアが私が強いと思っているのは、まだ若い時に私の下に付いていたからの誤解に過ぎないと思う。 もう私がラーリアの一員だった頃のことを知っているラミアは数少なくなってしまっているが、ラーリアは私の下だったので、一番良く覚えているのだろう。

 ラーリアが私の下とはいっても、その頃はラーリアはまだ上位にも上がれていないラミアだった。 私が飛び級でラーリアまで上がったように、ラーリアもまだ上位になれる年齢ではなかったのだが、特別に上位と同じように私の下になることが許されていたのだ。 実際問題として、そうしないと私の下になるラミアが、みんな私より年上ということになり、やはり小間使い的なことは頼みづらく、それではラーリアとしての仕事が回らないからだった。 ラーリアもまた、私のようにその後飛び級するのだが、その速度が私に比べればゆっくりだったのは、私の例が上手く行かなかったからだろう。


 もっと影響を受けてしまったのがミーレナだろうと思う。

 ミーレナの実力ならば、飛び級をしていて当然だと思うのだが、なかなか上手く行かない例が二人続いたので、飛び級させるということを行わなかったのだ。

 つまり私だけじゃなく、ラーリアもまた、戦闘行為を除けば、ラーリアとしては他の同じ世代が入って来て、自分がトップになるまでは、上手く行かなかったのだ。 戦闘行為だって、「炎嵐」と称されたラーリアに並び立つ、「不動岩」がラーリアよりも上位で居たから、ある程度自由に動けたからだろう。


 私の実際の戦闘力は、最盛期でもミーレナだけじゃなく、ラーリアにも及ばなかったのではないかと思う。

 実際の私の戦闘の強さは、スピードによる手数と、気配を薄くすることによっての不意打ちに近い動きにあった。 それらはもう、悔しいけど、娘のレンスの方が余程上だ。 気配を消すことに関しては私よりずっと上、というより私は薄くするというレベルだがレンスは消すというレベルだから考慮に値しないし、速度もレンスの方が速いと思う。 本人の前では認めないけどね。 何よりレンスは最初からの双剣使いだから、途中からの私より剣の使い方も上手い。 これは双剣を教わったのが私だけでなく、ラーリルにも教わったせいだろう。


 ただ、私が周りのみんなよりも強く見えたのは、実戦の経験の多さからくる引き出しの多さからだろう。 若くして上の立場になった私は、今から思えば周りに守られてもいたのだけど、それでも実戦に出た数は誰よりも多い。 それは今のラーリアと比べても私の方が多いだろうから、きっと歴代ラミア最多の実戦経験者となるだろう。

 その経験から来る、読みの深さというか、相手の出方を察知する能力が高まっているのが、私が強く見える正体だと思う。

 ま、ラーリアに言わせると、私が実戦で見せる強者感は、誰も近づけるものではない、とのことだけど、ハッタリも必要なのよね。


 私はそんな風に早くに同世代とは離れてしまい、同じ世代の者との付き合いがほとんど無い。 私は実はあまり周りには意識されていないようだが、世代的には今「不動岩のお師匠様」と言われる彼女と同世代だったのだ。 流石に私自身はラーリアを引退した後だったけど、ラーリアにまで上り詰めた彼女たちとの交流はあった。 だが、その彼女たちは子どもたちを産んで、死んでしまった。


 私はもうその頃から、自分の経験上、無理をして一度に多人数を産まなければ、子どもを産んでもラミアも死なないで済むのでは無いかと思っていたのに、それを彼女たちにきちんと伝えることが出来なくて、彼女たちはそれまでの人と同じように子どもを産んで死んでいってしまった。


 私は自分が考えていることに確信がまだ持てなかったために、彼女たちを死なせてしまったと、とても後悔したのだが、そんな後悔はなんの役にも立たない。

 レンスを育てることと、最初の夫が死ぬまでの看病が忙しかったこと、それにハーピーとの戦いをやめさせようと活動していたことなんかを理由に、自分が感じ、考えていたことが正しいかどうかを、文献等で調べてみる努力を怠った結果だったのだ。


 私は、ラーリア時代の最も親しかった年上の友人たちも、そして数少ない同世代の友人たちも、同じ行為で失ってしまった。 そして僅かに残ったのは、子どもを産む機会が得られなかった、私をラーリアに引き上げてくれた友人と、ハーピーとの戦いを一緒に止めてくれた友人だけだった。 どちらも年上なのは仕方がない。


 ラーリアは、少し混乱してしまうが今のラーリアのことで、これからはラーリアと言えば今のラーリアしか考えられなくなるのだろうけど、ラーリアは最も親しいのは確かだけど、友人と言うよりはどうしても後輩という感じが強いのだ。 最初の関係が、ラーリア(これは当時の私のこと)と私のための特別枠の上位という形だから仕方ないのかも知れない。

 実はラーリアには、私の最初の夫に付けられた可愛らしい名前もあって、私もその名でラーリアを呼んでいた時期もある。 さすがにラーリアの名誉のために、その可愛らしい名前は、もう誰にも明かすことはできない。 ラーリアはきっと、レンスがまだ小さ過ぎたから、私や私の最初の夫がその名前呼んでいたことを思い出せないことに、胸を撫で下ろしているのだろう。


 ラミアの平均寿命は、人と変わらない。 これはハーピーも同じだ。 つまり50年から60年だとされている。 そこはエルフのみが大きく違って、倍くらいの長寿で、逆に小人族は少し短いらしい。

 というのが文献上の定説だ。


 なぜ文献上のと言っているかというと、現実的には少なくともラミアは今現在、少し違うかもしれない、少し前まではとてもそこまでの年齢になるまで生きていないからだ。

 私の知る限りでは、つまり私が今まで生きてきた時代は、ラミアの多くは30歳そこそこで死んで行き、長寿であっても40まで生きる者は稀だった。

 それは、子どもを産むと死んでいくということもあったし、子どもを産まない者は過酷な労働に明け暮れる必要があったこともある。 そして戦乱にほとんど何時でも巻き込まれていたからだ。


 その辺の事情はハーピーもラミアとそんなに変わらないのではないかと思うのだが、ハーピーの場合はハーピーという種族内のみでも子どもが生まれるから、世代が若い方に偏ることはなかったみたいだ。 その代わり、鳥型に偏ってしまうという問題が起きたし、数も減ってしまったみたいだ。


 私自身はもう40歳を超えてしまったから、少し前までならもうとっくに死んでいておかしくない年齢になってしまった。

 アレクくんの子どもを産むことに躊躇いを覚えたのも、ラーリアたちが大急ぎで第二子を産んだのも、そういった年齢的なリミットを考えてのことだ。 ラーリアの下が今第三子を妊娠しているのも、年齢的にはもう本当に最後になるだろうからだ。

 まだ私たちは40歳くらいまでが寿命という意識が強いのだ。


 文献によると、人、ラミア、ハーピーは50歳から60歳くらいが平均的な寿命だといっても、それはあくまで平均であって、戦争はともかく、病気などで若くて死んでしまう人も含めての数字である。 つまり実際はもっと長生きする人もいる訳だ。


 身近な例で言えば、ハーピーのハルオン様はもっと長生きだったし、シロシュウメ様もそれには及ばないが長生きだった。 シロシュウメ様は病になって、その病自体は快癒したのだけど、それによって体力が落ちてしまって死期を早めた気がする。 もっと生きていて欲しかった。


 私がそんなことが、ここのところ本気で気になり出したのは、私の数少ないラミアの友人と呼べる人、つまり係の長をしていた人が、ここにきてポツリポツリと、だけど次々に亡くなっているのだ。

 みんな私よりも世代でいえば、二つとか一つとか上だから、若い方で44歳、年上の方で48歳のはずだ。 平均寿命からすれば、十分におかしくない年齢ではあるのだが、私には早過ぎる死としか思えない。

 彼女たちは苦労して、苦労して、ラミアの里を、ラミアを守って、今の良い時を迎えたのだ。 その時を、まだまだこれからの時を前にして、逝ってしまうのは、私にはあまりに悲しい。


 「酒を飲んで騒いだし、男の精も随分ともらったし、ここ数年は本当に良い時を過ごしたわ。

  それに何より、もうラミアが滅亡してしまうのではないかという切実な危機感も持たなくて良くなったわ。

  本当に私は満足しているわ。

  今のこの状態を、先に行っている人たちに、これから話してやれると思うと、それもまた楽しみだわ」


 体調が思わしくなくなった友を見舞うと、誰もが同様に同じようなことを言っていた。 私は皆んな優れた人だったから、もっと早くに男の精がもらえて、子どもを残せなかったことに忸怩たる思いを、今更ながら感じたりもしたのだけど、彼女たちはそんなことはもう超越していて、本当に幸せで満足そうな雰囲気で亡くなっていった。


 私は友人と呼べるラミアが、また居なくなったことに、悲しさよりも胸に穴が次々と空いていくような空虚感を持った。

 そしてやっぱり思ってしまうのだ。 次は私の番だな、と。


 こういった事態は当然予想されていたことで、ラーリアたちがラミアの里に戻って来たのは、ラミアの里で続いてきた係の仕事を中核となって継いでいかないといけないと考えたからだ。

 もちろんラーリドのように、今現在している仕事をまだまだ長く続けて行く必要がある者もいる。 新しく次のことを始めなければならない者もいる。

 それでも基本は、係の長が欠けたのを補うためだ。 世代交代して行かなければならないのは当然なのだけど、それでも寂しさを感じてしまうのは私自身が年齢を重ねたからなのだろうか。


 普段の私は、そんなことを考えている暇はない。 ティタを除けばレンスの子と同じ歳の子供たちなのだから、私は本当ならば孫と呼ぶ方が良いかもしれない子どもたちに、大体何時でも囲まれているのだ。

 「イクス母様」、今の私がかけられることの圧倒的に多い呼び名がこれだ。 自分たちの、つまりアレク子たちだけじゃない。 メリーの影響で、メリーの同世代の子たち、つまり私の同世代でラーリアに上り詰めた友たちの子も、私のことを「母様」と呼ぶ。 他の人には決して解らないだろうけど、私は嬉しくも思い、悲しくも思い、色々な感情が最初の頃は溢れてしまった。 あの子たちの年齢を考えると、私の同世代の友たちが子どもを持ったのは、かなり高齢になってからで、そうなってしまった理由を私は良く知っているからだ。

 しかし、日常ではそんなことを考えている暇もない。 


 そんな私も、子どもたちと完全に離れ、大人たちだけの場では、ふと色々なことに考えや気持ちが流れてしまう時がある。 つまり、飲み会をしている時だ。

 中心人物の一人であったシロシュウメ様が亡くなったり、係の長も欠けたりして、一時的にあまり行われなくなった時もあるのだけど、最近はその会にラーリアの上が参加するようになって、人数がまた増えたからか、またちょくちょく開催されるようになった。


 「イクス様、私とは違い、友人と呼べる存在だった係の長が逝かれたのは、やはり応えますか?」


 ラーリアが、私が気が抜けて、沈んだ調子でいるのに気がついて、心配そうにそんなことを言った。


 「ラミアの平均寿命は50年くらいと言われているわ。 それが今までは良くて40年くらいだったのよね。 それを考えると50手前や、40代半ばまで生きたのだから、十分生きたと思うし、みんな満足そうな顔をしていたわ。 だから別に悲しいということはないのよ。

  ま、次は私の番ということね」


 「あら、イクスさん、何を言っているの? 私はあなたより年上ですよ」


 私の言葉を聞いて、奥方様がそういうと、


 「私は奥方様より年上なのですが」と、キースのお母さん、


 「私は、その上なんですけど」と、ばあやさん。


 「私はイクスさんとほぼ同じですけど、それでも上ですよ。 私の姉の亡くなった歳からすれば、私たちはまだまだ先は長いですよ」


 ミナモハシュウメさんにまで、そんなことを言われてしまった。


 「私もイクスさんも知っての通り、夫のロンダイルが急に亡くなった時には、心にぽっかりと穴が空いたような空虚な気持ちになってしまったわ。 イクスさんはラミアの中では最も地位が高くて、それもあってか、きっと友達と呼べる人は少なかったのだと思うわ。 その少ない友が欠けたら、ちょっと気が抜けた時に弱気が出てしまうのは仕方ないと思うわ。

  だけどね、イクスさん。 友というのは昔から知っている人だけではないのよ。 ラーリアさんたちのことは、どうしても後輩とか、元部下とか、そんな意識が強くなってしまうのかもしれない。 でもね、思い出して、ストームやカーライルはロンダイルの部下だったけど、親友でもあったわ。

  それにね、私だって、キースの母だって、ばあやだって、そしてミナモハシュウメさんなんて、あなたに密接な繋がりのある人じゃないですか。 私たちは、みんなあなたの友ですよ」


 奥方様は、口を濡らすように自分のグラスに口を付けてから、もう一度口を開いた。


 「それからね、イクスさん。

  私は、出来る限り長生きするつもりですよ。

  だって、今のヴェスター領は、そしてこれからのヴェスター領は確実にロンダイルが、私の夫が夢見て、是非ともその目で見たいと望んだ世界なのよ。 もしかしたら今でも見ているのかもしれないけど、なるべく多く自分もあっちに行った時には伝えてあげたいじゃない。

  その伝える中に、あなたの代わりに私がこれだけのことをやりましたよ、と少し威張りたいじゃない」


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