表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/71

決めたはずなのに

 「それじゃあ私はアンと交代しないといけないから、先に行くよ」


 ナーリアがそう言って、基礎訓練が終わると急いで風呂に向かった。

 今日の子ども担当はナーリアなのだが、アンが月に一度のあれになり、さすがに基礎訓練で身体を動かすのには無理があるので、今日はその間代わりに子どもたちの相手をしている。 月のモノが来ていると言っても、仕事を休む訳にもいかないので、少し体調は下がるらしいのだけど、本来の順番のナーリアは急いで交代に向かわねばならないのだ。


 「私らラミアには分からないが、月に一度というのは面倒だな」


 「サーブ、それはラミアが特殊なのよ。 私たちハーピーは人間のように月に一度という訳じゃないけど、年に二度の排卵期は人間より大変なくらいだわ」


 何度も繰り返している話題なのだから、わざわざ又触れなくても良いのにと私は思ったのだけど、サーブもモエギシュウメに言われて、すぐにこの話題からは撤退を決めたようだ。


 「それはともかく、ナーリアはどうもここのところ調子が悪いな」


 「別に体調が悪いということもないんじゃない。 今日だって、サーブの課す基礎訓練をしっかりこなしていたじゃない。

  少なくとも私より余裕だったわよ」


 ディフィーが反論したが、サーブが言う調子が悪いというのは別のところなのだろう。


 「そうなんだが、ただ淡々とこなしていただけという感じで、なんというか覇気がないというか、心ここにあらずというか」


 「ナーリアが心ここに在らず、なんて雰囲気なのは、いつものこと。 前はもっと酷かった。

  子どもの相手をしなければならなくなってからは、そんな風に自分の空想の世界に浸ってはいられなくなったから、前みたいにぼーっとしていることは少なくなったけど、何かしていても別のことを考えているのなんて、ナーリアはよくあること」


 「まあ、レンスの言うとおりなんだけど。 それでもやっぱり、ちょっと気にならないか?」


 「まあね、ナーリアが何に悩んでいるかは想像出来るのだけど、そこは私たちには踏み込めないことだから」


 ディフィーが、眉を寄せて、らしくない遠慮、配慮、気後れ、そんな複雑な色を見せて言った。


 「ナーリアは指揮官だから、私たちとは別の指揮官だけの苦しみ、悩みがある。

  昔、ヤーレアたちが、『私たちが本当に怖かったミーリア様は、氷のミーリア様じゃない。 氷のミーリア様の姿を見せる前の葛藤しているミーリア様だ』と言ったことがある。 ナーリアにも、そういう葛藤があるのだと思う」


 たぶんセカンの言う通りなのだろう。 セカンだけじゃなくて、私たちはみんな、そうだろうと分かっている。 でもそれは、誰も代わってあげられないし、その葛藤を克服する手伝いも出来ない。

 それにヤーレアたちの言い分じゃないけど、「あんな葛藤をしなければならない役割なんて、私たちには絶対に無理」に、私も同意なのだ。 指揮官だけは絶対にやりたくない。


---------------------------------------------------


 指揮官としての覚悟は、もう何度もしたはずだった。


 最初に指揮官に指名された商隊救出作戦時は、自分は命令するだけで戦闘に加わらないことが、どうにも耐えられないという気持ちばかりで、何が何だか分からないうちに終わってしまった。 指揮を執ったなんて名ばかりで、実際は戦闘に加わらないで耐える訓練を実際の場でさせられたんだと思う。


 次の時は、自分の指揮で確かに戦闘はしたけど、戦闘らしい戦闘はなく、セカンとディフィーの作戦で、簡単にケリがついてしまった。 このフロードとの最初の戦いも、本来の指揮官はミーリア様で、私はその前で経験を積ませてもらっていただけだと思う。


 その次の王国によるゴブの巣包囲作戦に付随しての戦いは、ミーリア様が王国軍本隊の方に出向していたので、初めて本当に私が指揮官として戦ったのだが、本当の苦しい戦闘についてはラミアは完全に外に置かれていて、その苦痛に満ちた戦闘の指揮はアルフさんが執った。 私はその後の指揮をアルフさんから受け継ぐ形になって、その戦闘の事後処理をして、クラッドさんなんかからも感謝されて、本当にヴェスター領の人間たちにも指揮官として認められたのだけど、私自身の気持ちとしては複雑だった。

 何故か私の指揮官としての名声は高まったのだけど、指揮官の苦しいところは全部アルフさんがやってくれて、私はただ、誰でも私の立場になったらしたであろう、しなければならないことをしただけだったと思うのだ。


 次に私が指揮官をしたのは、本当に突発的に起こったフロード残党との戦いだった。 この時はミーリア様がお腹に子どもがいて指揮が執れず、私が指揮を執ることになったのだ。

 私は本来ならラーリア様が指揮を執るのだろうと考えたのだが、ハーピーのエルシム様との関わりもあり、砦はアルフさんの指揮であるのもあり、その2人からすれば格落ちの私に、良く言えば、アルフさんと同じ次世代である私に指揮権が与えられたのだと思う。

 この時はどういう訳か、ラミア、ハーピー、それに少ないけど領主の町の騎士と兵を指揮するはずだったのに、陣地作りに参加した町の人たちまでが戦いに参加することになり、その人たちまでが私の指揮下に入ることになった。

 結局、この時も戦いらしい戦いにはならず、最初の動きだけで戦闘らしい戦闘も無く事態は終結することになった。

 ラミアのラーリア以下の人たちや、ラミアの里の騎士、そしてエルシム様以下のハーピーの人たち、そして町の騎士や兵たち、それから後から戦場に到着したアルフさんたちや、ストーム師匠が集めて来た近くの人たちも、みんな緊急の場合なので、とりあえず私の指揮下に入って従ってくれただけだし、フロード残党に対する作戦はセカンとディフィーが立てて、その作戦に従ってみんな動いたのに、町の人たちを中心として多くの人たちに、何故か私は、簡単にほとんど犠牲を出さずに事を終息させた凄い指揮官のように言われるようになった。

 ラーリア様やエルシム様なんかが、それを肯定的に喧伝したのは、私は多分に色々な政治的な配慮のためだと思っている。 少なくとも本当は私に名声を得るような功績は無い。


 それでもその時は、ゴブとの決戦に向かっての準備が何よりも優先され、自分が優秀な指揮官と周りに認識されているのに、自分では強烈な違和感を感じていたのだけど、そんなことを言っている余裕はなく、なんとしてもその役をしなければという思いだった。

 それまでの時も、実際には自分が受け入れなければならない指揮官としての責任や重圧を、結局は紙一重ですり抜けてしまっていたのだけど、それでも覚悟はしていたつもりだったが、やはりそれは薄っぺらいモノだったと思う。


 それを強烈に自覚したのは、ゴブとの決戦での作戦変更時だった。

 セカンとディフィーがほんの一日かそこらで、ボロボロになる程の重圧の上に申し出た作戦変更を、ミーリア様は「作戦を採用して実施するかどうかは参謀の責任ではなく、指揮官の責任だ」と、全ての重圧を1人で受け入れて、その作戦を決行した。 そんな重圧のかかる作戦変更を決断したら、身体も精神も悲鳴をあげて一瞬でボロボロになっているに違いないのに、ミーリア様はそんな態度は微塵も見せず、他の人の覚悟を私たちに称賛して自分の陣地に戻って行った。

 その指揮官としての覚悟の深さに、私は自分と比較してのあまりの違いにショックを受けながらも、それに感動したり尊敬しているだけじゃダメだと強烈に思って、同じように覚悟しようと決意した。


 その後のゴブの巣掃討戦は、季節の問題もあって、主力はアレクたち人間たちとハーピーで、私たちラミアはほんの補助役でしかなく、指揮もアレクが執って、私は指揮していない。

 だから今回の降格元貴族の騒ぎは、私が指揮官として、覚悟を決めて初めての戦い、いや戦いにはならなかったから作戦だった。


 ミーリア様は、王都の軍務卿との連絡に当たったりで、後方に控えていて、まあ、ミーリア様が直接出なければならないような戦いの可能性が無かったからでもあるのだけど、私が現場指揮官として、主にヴェスター領の騎兵と見習い騎士、それにアーブとサーラの代と、ライマー子爵それにトルセン子爵が急遽集めた騎士や兵たちも含めて指揮をして、降格元貴族たちの王都方向への連絡を完全に遮断した。

 それが決め手になって、降格元貴族たちは戦う事なくカドス子爵に投降することになったのだが、王都の軍務卿の新しい領兵の訓練や、ゴブ戦の指揮という私たちにとっては戦いとか指揮をしたに入らない戦いでの、誇張された私の指揮の評価が、どういう訳か、ライマー子爵とトルセン子爵にも、今回臨時に私の指揮下に入ったことから、その評判の通りだったと何故か認められて、私のヴェスター領での指揮官としての誇張された名声が、そのまま王都での評価にもなってしまった。


 私自身に言わせれば、私が本当に自分で指揮した戦いは、アーリア様とアーリル様が命を捨ててアーブとサーラの世代を逃した後のゴブとの戦いだけで、その時もどうにもならなくて私は指揮官なのに私自身もミーレナさんと戦闘に入ろうとしたところを、アレア様とロア様に助けられるような戦闘だった。 戦後の評価では、ラーリア様なんかに良く食い止めたと評価されたけど、私自身は、指揮官である自分が戦闘に加わらねばならないような戦闘になった時点で落第点だと思う戦闘だけなのだ。

 今回も、作戦を遂行したというだけで、戦闘にはならなかった。 私の指揮官としての名声なんて、勝手に一人歩きした中身は空っぽで実態のない空想上のモノだと思う。


 途中から、ミーリア様だけでなく私たちも、まともな戦いにはならないなと感じていた今回の騒ぎで、事実戦闘にはならなかったのだが、私はあれほど深く覚悟して決意したのに、指揮官として迷ってしまった。


 今回の騒ぎは、全くの予想外のことで不意に始まったのだが、実際にその騒ぎに対して作戦を遂行するまでに、随分と余裕のある時間があった。 余裕があって、時間があったというのは、指揮官役の私がであって、特に物資の用意や、騎士や兵などの集合や駐屯をどうするかなんて後方の問題に実際に対処する役になったハキやアンは逆にとても忙しく大変な日々であっただろう。

 その余裕というか、少し長かった待ち時間が、私にとっては良く無かった。 つい、色々なことを考えてしまうのだ。 今回はアーブとサーラの世代の実戦訓練の場にしようと考えていたことでも判るように、今回の騒ぎでは戦いとなったとしても勝敗に関しては楽観視していたということも大きいかもしれない。

 私は、アレクたちがゴブに攫われた人間の女の処理を押し付けられた後の、精神的な傷の大きさを思い出してしまい、今までもフロードとの戦いでもあった状況なのだが、同じ人間と戦って、殺すとか傷を負わすとかした後で、また精神が大丈夫なのだろうかと考えてしまったのだ。


 今まで、自分がとりあえずは安全な後方にいて、指揮下の者を生死をかけた戦いの場に行くことを命令することに対しての、自分の心の負担の大きさばかりに目が行っていたのだが、実際にその酷さを目にしてショックを受けていたのに、死や怪我ということだけに目が行っていて、実際の戦いに赴いた者の精神的な負担の大きさにまで気が回っていなかったと思ってしまった。

 そうしたら、また、指揮をするのが怖くなって、指揮が出来ないんじゃないかと思うようになってしまったのだ。

 今回は、たまたま大きな戦闘は起こらないだろう、せいぜいあっても小競り合い程度のことだろうと思えていたから、問題なく指揮することが出来たけど、これが実際にこちら側にも、私の知っている者にも被害が出るような戦闘が起こることが予想される作戦だったら、そして逆に、私の周りの人間たちに同族の人間と戦闘を行わせて、時にはその同族を殺さねばならないような作戦だったら、私は指揮することが出来ただろうか。 私は不安で仕方ないのだ。


 「ナーリア、悩んでいるんだって、心配されているわよ」


 「そうですよね、ミーリア様、私はそれを表面には出さないようにしていたつもりなんですけど、みんなにはバレバレですね」


 「そうね、セカンがわざわざ私に、『ナーリアと話をしてあげてほしい』と言いに来たわ。 珍しいことね」


 アルフさんから集合の命があり、珍しく私たちは子どもたち全員をイクス様に任せて、領主の町に向かっている。 その途中で、同じように領主の町に向かうボブたちと合流するためもあって、一晩砦で過ごしている。

 そして気がつけば、周りに気を使われて、ミーリア様と一対一で話すような状況になっている。


 「ミーリア様、私、ダメなんです。

  今回はたまたま戦闘になることはないと思っていましたから指揮出来ましたが、戦闘になるかも知れないと考えると、全く指揮できる自信がなくなってしまっていて」


 「今回は、ナーリアは色々と考える暇があったから、逆にそれが良くなかったのね。 説破詰まっていて、すぐに行われる戦闘のことしか考えられない時は逆に良いけど、変に時間があって、他のことも考えられる余裕があると、色々なことが怖くなってくるのよね」


 私の、我慢していた本気の弱音を、ミーリア様は何だか深く受け入れてくれたような感じの声音だった。 そして、どちらかというと何だかミーリア様自身も、身体に常に纏わりついている重荷を振り払うような、そしてちょっとやけっぱちというか無責任な調子で言った。


 「ま、でも、それはごく普通のことね。 私もいつでも指揮をする自信なんて、これっぽっちもないもの。

  私もナーリアと同じように感じて、ラーリア様に訊ねたら、

   『そんなことは知らん。 出来るかもしれんが、出来ないかも知れない。

    例えば今回出来たとしても、次回はダメかも知れない。

    そんなものだ』

  と言われたわ。 つまりこれは私だけじゃなくて、ラーリア様もそうだったのだろうと確信しているのだけど、指揮がちゃんと出来ると自信を持って指揮をしている人なんていないのよ。」


 えっ、絶対指揮官ミーリア様も、そしてラーリア様でも指揮をするというのはそんな感じなのだろうか。

 その後、ミーリア様はまた少し雰囲気を変えて、私に言い聞かせる様な感じで言った。


 「戦う相手がゴブではなく、同じ人ということになれば、勝っても負けても、肉体的だけでなく精神的に大きな傷を負ってしまう人が沢山出てしまうのは仕方のないことだわ。

  それを私たちはどうすることも出来ない。

  私たちに出来るのは、なるべくしっかりとした最適な指揮をして、素早く最小の双方の被害で戦いの終結を図ることしかないのよ。 戦う、戦闘するという行為でなければ解決出来ないことをなるべく減らし、それでもそうしなければならない現実は確実にあるというか、来ると私は思っている。 その時に指揮官が出来ることは、それしかないのよ。

  そして指揮官は、そういった重みを全て抱え込んで、それでもそれに潰されずに、少しでも傷を負う人を少なく、傷が浅くて済むような戦闘が出来るように、日々努力して行くしかないのよ。

  でもね、ナーリア、そういうのは指揮官だけじゃないのよ。

  今ナーリアは自分の指揮官という役の重さに、四苦八苦して潰されまいと頑張っていると思う。 でも、あなたの身近の参謀の2人だって、その立場で同じように重みに潰されないように頑張っている。 アレクにしてもそう、子爵となり任された領地の皆の一番上の立場で、その重さに耐えて頑張っている。 アルフレッド殿はその上の立場でもっと大きく抱えて頑張っている。

  周りの者たちも、みんなそれぞれの立場で、あなたと同じように重みに喘ぎながら頑張っているのよ。

  今は難しいかもしれないけど、少し周りのみんなのことも見てみなさい。

  私とあなたの様な指揮官という立場ではなくても、それぞれの立場で、やっぱりみんな重圧に耐えて、頑張っているのよ。

  ナーリア、あなただけではないのよ、重圧に耐えているのは」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ