器が違うのよ
久しぶりのこちらへの投稿です。
その為か、ちょっとだけ長文です。
私、シトリことシトリオンは父が現時点のエルフ卿エルリヒトなので、その影響もあって他のエルフよりもずっと、他種族に対して尊大な振る舞いをすることはないと思っていた。 そもそもにおいて私は、エルフとしてはどころか、他種族においてさえまだ若く、やっと結婚が出来るような年齢になったばかりなのだから、他人に対して尊大に振る舞える訳が無い。
自分でもそんな風に思っていたから、生まれ育った場所を離れ、新しくヴェスター領にやって来た私は、自分では謙虚に振る舞わねばいけないと考えていたし、そうしていたつもりだった。
だがそれは、後から他の人に聞くと、自分でそう思っていただけで、していることは少しも謙虚な振る舞いではなかったようだ。
「そもそも、この地ににやって来て、即座に何の根回しもなく、辺境伯邸に挨拶に来る小娘はいない。 それは他領でも当然だし。 他領だったら、邸の中に通されもしないのではないかな」
親しくなってから、最初に会った時のことをエーレアさんに、そう言われたのだが、少し常識が分かるようになった私はそれが当然で、当時の自分の非常識さが理解出来る。 きっと私を通した門番は困ったのだろうなぁ。 私が父の娘だと名乗ったから、門前払いをする訳にいかなかったのだろう。
「まあ、エーレファはシトリが来たら、即座に仕事を振って喜んでいたし、こうして妻仲間にもなった。 結果オーライだな」
私がその時のことを思い返して、今更ながらに恥ずかしがっている顔を見て、エーレアさんはそう言って笑ってくれた。
そう、どういう訳か、私はいつの間にか、シルヴィさん、エーレアさん、エーレファさんと同じように、辺境伯アルフレッド様、アルフさんの妻の1人となっている。 その中で私は一番の年下なのだ。 でも、シルヴィさんが妹扱いしているグラッドさんの妻になっているアニーさんとは同い年だ。
私が自分にも、エルフっぽいところがやっぱりあったのだと気付いたのは、エーレファさんと仕事をしていてのことだ。
私は最初に会って、仕事を振られた時にエーレファさんが、
「私よりも計算なんかは素早く正確なようです」
とアルフさんに嬉しそうに報告した時、それをそんなに嬉しく感じることはなくて、当然だと思っていた。 その時私が嬉しく感じたのは、本当にヴェスター領では種族や性別に関係無く、仕事が出来るかどうかの能力のみで個々が評価されるのだと感じたことだった。 エルフの私が仕事が出来るのは、自分では当然のことだと思っていたのだ。
それがエルフの何の根拠もない、尊大な自負心だったのだと気付かされるまでに、長い時間は必要とはしなかった。
確かに私は、エーレファさんに振られた統計の計算をしたり、与えられた資料の要点を上手くまとめたりすることは、エーレファさん自身が認めるように、素早く行うことが出来た。
でもそれは、エーレファさんがアルフさんが必要とする資料として「この統計を計算して」と任されたり、「この資料の要綱をまとめて」と渡された資料をまとめている訳で、自分でその資料を集めたり選んだりしている訳ではない。
最初は、アルフさんの副官や補佐役としての仕事をしていた経験が全く違うのだから、エーレファさんが出来て私が出来ないのは当然のことだと思って気にもならなかった。 しかし、自分も妻の1人となり、私生活でもアルフさんと過ごす時間がシルヴィさん、エーレアさん、エーレファさんたちと変わらなくなっても、私は他の3人のようにアルフさんに仕事を任せてもらえないのが現実だった。 3人はそれぞれにアルフさんから仕事を任されたり、アルフさんの相談に答えたりしているのだが、私はエルフに関しての質問に答える以外は、3人の補助的仕事をしているに過ぎないと思ってしまったのだ。
「シトリ、それは仕方ないよ。 アルフさんだけでなく、他の人との関係やこの領で過ごした月日が違うのだから、そこは違って当たり前だよ。
逆に私たちと同じようにアルフさんがシトリに何かの仕事を任せたとしたら、それは私たちが今までの努力がどれほど足りなかったかということで、そうなったら私たちはショックだよ。
シトリは焦らずに、今は色々なことを学んだり経験を積む時だよ。 焦らない焦らない。 どうせ人手は常に足りてないのだから、シトリの実力があれば、どんどん仕事を任されるようになるよ」
エーレファさんに、そう慰められたが、結局私はまだまだ経験不足のヒヨッコということで、出来て当然だと思ったことなんて、何の根拠もない幻だったのだ。 当然と言えば当然だ。 出来て当然だと思ってしまったことが、それこそが私が父から気をつけるように言われていた、何の根拠もないエルフの尊大さなのだろう。 影響されていないと思っていたのに、私もやはりエルフ一般に染まっていたのだ。
それにしても、エーレファさんも、エーレアさんも、シルヴィさんも、常にアルフさんからの質問に的確に答える。 アルフさんからどんな質問が飛んでくるかを事前に予測していたかのような感じだ。 アルフさんの妻の1人に自分もなるまでは、そのことを不思議に思っていたのだが、同じ立場になり、生活時間を共に過ごすようになると、その疑問はすぐに解けた。 3人とも以前に私が見ることが出来た時間以外に懸命の努力をしていたのだ。 アルフさんに問われる可能性があると思った事柄は、全てきちんと答えられるように、必死の努力をしていたのだ。
それは資料を集めたり読み込んだりだけではない、時には誰かを呼んだり、訪ねたりして意見を聞いたりもしている。 それだけではない。 必要と感じれば、得られた知見を、問われる前にアルフさんに伝えたりもしている。
「こんなことは当然のこと。 私たちに限らず、みんなしていることでしょ。
本当に大変なのは私たちではなくて、アルフレッド様の方よ。 私たちや、他の人たちを使って得た知見を判断して、どうするかを決めているのだから。
もちろんアルフレッド様1人でしている訳ではなくて、弟のデイヴさんや、相談役のカーライルさんとストームさん、それにアレクさんやボブさんたち、ラーリア様とミーリア様をはじめとしたラミアの方々、エルシム様たちハーピーの方たち、他にも多くの人に協力してもらったり相談したりして、物事を決めているのだけど、この領をどうして行くかを最終的に判断して決定しているのはアルフレッド様なのよ。 その重圧や責任は大きなものだと私は思っているわ。
シトリさんも知っていらっしゃると思うけど、私の実家はその責任と重圧をしっかりと果たすことが出来なくて、今では無くなってしまった。 それは一歩間違えればこのヴェスター領だって変わらないとアルフレッド様は知っているんだと思うわ」
アルフさんの正妻というか、王宮では第一夫人の立場になるシルヴィさんは、公式の立場では私たちより上に立つのだけど、1人だけ昔の癖なのか、夫をアルフさんとは呼ばずアルフレッド様と呼ぶ。 アルフさん自身は公式の場以外は堅苦しいので「アルフさん」と妻たちにも呼ばれたいらしいのだが、シルヴィさんだけは変えられず、アルフさんも諦めているようだ。
私は、アルフさんとの結婚はエーレファさんに進められるまま、何となくあれよあれよと決まってしまった。 父のというか、エルフ族全体のいうか、きっとどちらも同じことなのだろう、エルフがこのヴェスター領で正式に認められる象徴としてヴェスター領の有力者に嫁ぐという役割を私は当然自覚していたから、その対象としてアルフさんは当然一番良い相手だったから、エーレファさんの行動にそのまま乗っかった。 アルフさんに対する好意はあったから、アルフさんと結婚することが嫌ではなかったということも、私の中では大きな理由だ。
しかし、白状すれば、エルフにとっての結婚は、他種族と比べると軽いモノであることも理由の一つではあった。 私の父と母も、私が結婚出来る年齢まで育ったら、それぞれの道にすぐに分かれて生活している。 母などはもう父とは違う男性と暮らしていたりする。 平均的には人間の倍の長さの人生を送るエルフは、それが普通の習慣なのだ。 そんな習慣のエルフだから、私も軽い気持ちであったことは認めざる得ない。
ところがいざアルフさんの妻の1人となり、同じ立場の3人と共に暮らしてみると、私は先ほどのシルヴィさんの話のように、アルフさんの色々なことを聞いたり、また自分でも見聞きしたりすると、3人の影響なのか、エルフが考える夫に対する好きという気持ち以上に、どんどんアルフさんに傾倒して行く自分に気がついてしまった。
最初、少し醒めた目で他の3人を見ていた気がするが、気がつけば私も3人と同じようにアルフさんのことを思っている気がするのだ。
王都の降格貴族が、ヴェスター領に向かってくるかも知れないという大きな事件と同時に、ドワーフのクリアさんが妊娠したという知らせが入った。
大変な事件の知らせではあったのだが、それはともかくとして、アルフさんと私以外の妻3人は、クリアさんの妊娠をとても喜んでいた。
私はその祝福の気分に、1人だけ乗れなかった。 私は祝福する気持ちよりも、妊娠したクリアさんが羨ましくて仕方なかったのだ。
エルフの妊娠率は低くて、夫婦となっても何十年単位で子供が出来ないことも普通のことなのだ。 その確率で考えれば、私がアルフさんとの間に子どもが出来るのはずっと先になるであろうから、簡単にボブさんとの子どもが出来たクリアさんが、私は羨ましくて仕方なかったのだ。
「単に確率の問題だろ。 案外シトリも簡単に妊娠するかも知れない。
ハーピーも、ハーピー同志の夫婦だとなかなか妊娠し辛いらしいが、人間との夫婦だと簡単に子どもが出来ているからな。 人間との間だとどの種族も子どもが出来やすいという話もあるから、シトリもそんなに羨ましがらなくても、きっと大丈」
エーレアさんが、私をそんな風に慰めてくれたが、正直私は気持ちは嬉しかったが、言葉自体は信じた訳ではない。
ところが私も、クリアさんにほとんど遅れることなく、ちゃんとアルフさんの子どもを妊娠することが出来た。 今は子育てを優先出来る状況に無いと、シルヴィさん、エーレアさん、エーレファさんは妊娠を避けていたが、私はまだ子どもがないのでその対象外とされていたからなのだけど、エルフの私がこんなに簡単に妊娠するとは思ってもいなかったので、青天の霹靂という気分だ。
私自身も驚いたくらいだから、父エルリヒトの驚きと喜び方は尋常ではなかった。 人間の倍の寿命を平均的には持つエルフではあるが、妊娠率の低さから自分の孫の顔を見るエルフは多くはない。 私にしても父の人間に比べれば長い人生のゆうに半分以上を過ぎてからの子供なのである。 エルフが種族として衰退する訳だと、自分が妊娠して改めて感じた。
私がアルフさんの子どもを、こんなにも早く身籠ったことは、父エルリヒトを驚かしたり喜ばせただけでなく、エルフたちにとってセンセーショナルな話題となった。 それはそうだ、妊娠率の極端に低いエルフが、結婚して数ヶ月で妊娠するなんて、全く予想外のことだったのだから。
このことは人口が増えずに衰退の危機を迎えていたエルフたちに、両極端の思いを抱かせてしまったようだ。
片方はこの結果を喜ぶ者。
まだ、たまたま私が素早く妊娠したという可能性も大きいのだが、人間との婚姻はハーフエルフになってしまうが、種族の血を絶やすことなく、いや増やすことが出来るかも知れないと歓迎する者だ。 「女性だけでなく、男性も人間と結婚すればすぐに子どもが得られるのかどうか確かめなければならない」と真剣な議論がされているという。 いやいや、女性だって、まだ私はたまたまかも知れないのだ。 そんな議論は時期尚早も良いところ。 いや、それ以前に適齢期のエルフが男女問わず相手を見つけることが先決問題だろう。
もう一方は、このままだと純粋なエルフが絶えてしまうと危機感を覚えたグループだ。
もし人間との間では子どもが出来やすいならば、ハーフエルフの人口ばかりが増えて、純粋なエルフは少なくなり、エルフという種族が絶えてしまうのがより早まってしまうと考えるグループだ。
彼らにとっては、純粋なエルフの血に、人間の血が混ざるのは許せないことなのだ。
これはハーフエルフが純粋なエルフよりも平均寿命が短いことを忌避する気持ちとは別物だ。
私はまだ若いから、お腹の子が産まれて成長すると、寿命の差から私がまだ元気に生きているうちに、この子は寿命で死を迎えるかも知れない。 確かにそれを恐れる気持ちは私にもあって、人間との子を望まないエルフの気持ちも理解出来る。
しかしそれはあくまで、何事もなく無事に人生を生きれた時の話なのである。 エルフだって病で死ぬこともあれば、事故で死ぬこともある。 もっと可能性があるのは戦乱に巻き込まれて、死ぬという可能性だ。 ゴブがエルフとの戦いを避ける傾向があるとはいっても、一度ゴブが大発生する事態となれば、そんなことは関係ない。 それに他の戦闘では、エルフであれ何であれ、巻き込まれれば種族なんて関係無いのだ。
私は平均寿命だけで未来を悲観したりすることに意味を感じない。 逆にもしそういう事態になったとしたら、自分も子どももしっかりと無事に生きられた人生を喜ぶべきじゃないかと思いもするのだ。
ある日、頭の硬そうな、いやはっきり言って私が嫌うエルフの一面ばかりが目立つ人物が数人、アルフさんに面会を求めてやって来た。
「我らはエルリヒト殿の求めに応じて、この地にやって来たが、この地はエルフの純粋さを損なう地だと理解出来たので、やはり去らせてもらうことにした」
そう言いながら、エルフの面会者ということで、その場に同席した私に、彼らは蔑むような視線を私に向けてきた。 副官として同席していたエーレアさんがその視線に気がついて、ムッとしているのが私は雰囲気で分かり、逆に私自身は冷静な心持ちになった。
アルフさんもその視線には気づいたようだけど、アルフさんは何の反応も示していない。
「この地を去るにあたり、領主殿に挨拶もなく去るのは礼儀に悖ると思い、こうして挨拶に参った。
去ることになったとはいえ、我らをこの地に迎え入れてもらった恩はあるからな」
同族のエルフではあるが、酷く尊大で上から目線の言い方で、アルフさんは気にしていないようだが、私は腹が立ったり、恥ずかしく思ったり、色んな感情が錯綜した。
「それはご丁寧に、ありがとうございます。
私は領主として、あなたたちの行動の自由を妨げようとは考えませんが、去るという選択をしなければならなかった理由をお聞かせくださると嬉しいですね。 もしかすると今後の領政の参考になるかも知れませんから」
「そんなことは言わずとも分かろう。
領主殿がエルリヒト殿の御息女をこうして娶り、子を成したということから明白であろう」
「いえ、この私の領地では、最初にアレクがエルリヒト殿に説明したように、この地に移住するからといって、領内の有力者に、自分たちの有力者の娘を嫁に出させる必要などありません。 シトリオンもそういう意味合いで私の妻になったのではありませんし、子どもが出来たのは自然の成り行きです。
この領内では、互いの合意の下に、誰と結婚するのも自由ですし、結婚しないのも自由です。
言い方を変えれば、異種族と結婚しても構わないし、同族で結婚しても構わないということですし、逆の言い方をすれば、その個々の選択を強制的に阻害することは禁止しているということでしょうか。
この状況の我が領を、あなた方が出て行こうと決断しなければならない、どんな理由があったのかを、私は知りたいのです。
もしかしたら、それは、多種族みんなで一緒に生きていこうとしているこの領にとって、何か新しい知見になるかも知れませんから」
なんだかさらっとアルフさんはエルフたちに言った。
尊大だったこの場に来たエルフたちは、そのアルフさんの言葉に対して、誰も何も言葉を発することが出来なかった。
私は何だか急にアルフさんが大きく見えたし、言葉の静かさとは違って、アルフさんから発せられる圧力が高まっているように感じた。
「アルフさん、シトリ、あなたを変な目で見られて、怒っていたわね。
あのエルフたち、いい気味だわ。
歳はずっと重ねているのかも知れないけど、アルフさんと比べたら人としての器量が全く違うのよ」
やって来たエルフが帰った後、アルフさんが急いでシルヴィさんとエーレファさんたちが格闘しているであろう仕事場に大急ぎで戻って行った時、少しだけ足を止めてエーレアさんが私にそう言った。
後から人伝に話を聞くと、この地を退去するエルフは当初予定された人数よりもずっと少なくなったようだ。 正確に言えば、面会に来たエルフたちは、自分の家族からもそっぽを向かれ、逃げるようにこの地を去っていったらしい。
私もエーレアさんと同じようにいい気味だと思った。
私がこの日のことを父エルリヒトに話したのは、みんなにはちょっとだけ秘密だ。
私にはよく判らなかったのだが、あの時、アルフさんは私のために怒ってくれていたらしい。
私も、夫であるアルフさんに尊大な態度をとった、あのエルフたちのことに、とても腹を立てていたのだ。 許せない、エルフ族としても許してはいけないと思ったのだ。