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 ラミウィン子爵領の領主館の中庭は、ほぼ子どもたちの遊び場と化している。


 僕の子どもたちだけではなく、バンジのところの子たちや、クラウスのところの子たちもそこにいる。 もっとも僕のところとバンジのところは、ラミアの里に行っている子もいるので、全員という訳ではない。

 クラウスのところの子たち、つまりワーリアが産んだ子たちはまだ幼いので、まだ全員が一緒に暮らしているが、もう少し大きくなった時にどうするかはまだ決まっていない。 ワーリアはと言うか、クラウスはラミアの里に家を持っていないので、僕とバンジのところと同じようにとはいかないのだ。 いっそアルフさんのいる領主の町で暮らすストーム師匠のところに行くのが良いのかも知れない。 そうでないと、そのうちストーム師匠もここに来てしまうかも知れない。


 領主館の中庭に子どもたちが集まってしまうのは、その方が、つまり集めてしまった方が、子どもたちの面倒を見ると言うか監督する人数が少なくて済むからでもある。 僕たちはみんな、それぞれに仕事を抱え込んでいて、とても忙しく過ごしているからだ。


 だから領主館で仕事をしていると子どもたちの遊んでいる歓声が聞こえるのはいつものことなのだが、時には子どもたちがみんなで揃って歌を歌う声が聞こえたりもする。 上の子たちが歌う歌を、下の子たちも覚えてしまって、みんなで声を張り上げて歌っていたりするのだ。


 「全くあの歌だけはどうにかならないかしら。 本当にやめて欲しいわ」


 「子どもたちが歌を歌っているのは、私はとても良いことだと思うのだけど」


 アンの言葉にセカンが即座に反論した。 セカンは物事をきちっと吟味してから発言するような癖があり、あまり即座に反応を見せるということが無い。 剣というか刀を振る時は、居合いという反応速度重視なのに、全く違う事柄だけど、対比が面白いなぁ、なんて僕はぼんやり考えた。 書類仕事に疲れているのかな。


 「子どもたちが歌を歌うのは私も良いことだと思うのだけど、何もあの歌を好んで歌うことはないと思うの。 他の人が教えた、もっときちんとした歌だってあるじゃない」


 なるほどそういうことか。 僕にもアンが苦言を言う気持ちが分かった。


 「ええっ、あの歌、私も好きだよ。 子どもたちが好きで歌うのは分かるけどな」

 「私も良いと思う」 「私も好き」 「私もだ」


 ナーリアの言葉にディフィー、レンス、サーブも同意した。 モエギシュウメだけは連絡に飛んでいて、ここにはいない。


 「だってあの歌は、ティッタにせがまれて、私が適当に歌った歌だよ。 それをメリーが面白がって、ティッタと二人で覚えて歌ったから、ウチの子たちに最初広まったのだけど、元は私が適当に即興で歌った歌だよ。 歌詞は適当だし、メロディーもうろ覚えの行商人が歌っていた歌が元だし」


 「そのアンが即興で作った歌詞が良かったんだと思う、きっと。 ティッタは自分たちのことを歌ってくれて嬉しかったんだと思うよ。

  後からその歌を覚えた子たちも、同じように感じるから、みんなこの歌が好きなんだと思う。

  私も子どもたちと一緒で、この歌はとても好き」


 「いやいやセカン、私が適当に歌った歌だよ」



 大火の後、ラミアがとても厳しい状況に孤立して生活していたことは、実際にそれを一緒に経験された亡くなられたハルオンの話を聞いたこともあり、僕もアンも十分に理解している。 でも、ラミアと共に生活していると、時々その過酷さを否が応でも感じさせられる出来事がある。

 歌というのも、僕とアンがそれを感じさせられた一つだ。


 ティッタが産まれた時、僕にとっては初めての子どもであったこともあり、何をしたら良いのかも分からずに、今から思えばオロオロしていた。 イクス様とアンを除けば、子育てということを知らない僕たちは、僕だけでなくナーリアたちもそんな調子だった。


 「それがおかしいのよね。 アレクはエーデルが産まれた時のことを覚えているのだから、おばさん夫婦が赤ん坊の子育てをしたのを見ていたはずなのに」


 アンにそう指摘されて、確かにと思ったのだが、僕はおばさんとおじさんがどんな風にエーデルを育てていたかを丸っ切り忘れてしまっていた。 どうしてだろう。

 それとティッタが産まれた時には、ゴブが襲来してくるだろうという大問題の真っ最中で、そちらの方に気を取られていたということもある。

 それだからか、僕はアンに言われるまで、全く気が付かなかった。


 「ラミアって、子守唄を歌わないのね。

  産まれてすぐって小さ過ぎて、おっぱいを飲む時以外はすぐに眠ってしまうから、必要がないのかしら?」


 言われてみれば、イクス様に限らず、ラーリア様やラーリナ様それにミーレナさんも子守唄を歌っているのを見たことがない。

 まだこの時期はアンはラミアに対して遠慮があるのか、そんな感想というか疑問を僕だけに伝えてきたようだ。 僕はなるほどと思いつつも、他のことが忙しくてすぐにそれを忘れてしまっていた。


 ティッタが2度ほど脱皮をしてある程度大きくなり、イクス様だけでなく他の者にも抱かれるようになると、おっぱいを飲むか寝ているかだけの時間だけでなく、起きている時間もあるようになった。 そうすると人間の赤ん坊と変わることなく、ぐずったりすることもあるようになった。 その変化というか成長が、僕だけでなくラミアたちにも初めて見ることだったのか、とても新鮮で楽しい経験だった。

 ゴブの来襲への対応に追われる僕たちにとっては、そんなティッタの姿だけがほのぼのする時間だった。


 ある時、アンがティッタを抱く順番だった時、ぐずってなかなか静かにならないタイミングに当たった。

 僕はそれに気がつくと、やはりラミアの子どもはラミアが抱かないとダメなのかななどと考えた。 イクス様も、本当の母親である自分が抱かねば収まらないかと思ったようで、アンに近づこうとしようとしていた。

 しかし、メリーの子育てで経験があるアンは少しも狼狽えることなくティッタをあやして、すぐに静めてしまった。

 その時に、アンは子守唄をティッタに歌った。

 ティッタは、その歌を聞きながら揺すられるとあっさりとまた眠りについたのだった。


 それを見ていたイクス様は、なんだか凄く驚いていた。


 「アン、凄いわね。 ぐずっていたティッタを簡単に寝かしつけてしまったわね。

  もしかして、アンがティッタに口ずさんでいたのは子守唄?

  すごいわね。 子守唄というものがあるのは、私は文献で知っていたけど、ラミアには子守唄は伝わってなくて、私も知らないのよ。

  良かったら、私にもその子守唄を教えてくれないかしら。 凄い効果よね」


 「ええっ、ラミアは子守唄を歌わないんだと思っていましたが、伝わってなかっただけなのですか?」


 「そうなのよ。 今までのラミアの子育ては、とてもじゃないけど下の世代に見せられるようなモノじゃなかったし、子守唄を歌って子どもをあやす様な余裕もなかったのかも知れない。

  はっきりした理由は私にも分からないけど、ラミアには子守唄が伝わっていないのよ。 大火前は人間と共に暮らしていたのだから、ラミアも子守唄を歌っていただろうと思うのだけど、今のラミアは子守唄を知らないの。

  ま、子守唄に限らず、歌というモノ自体がラミアの生活の中から抜け落ちてしまっているのだけど」


 イクス様だけでなく、ナーリアたちもアンに教わって、子守唄を覚えた。

 我が家で子守唄が歌われるようになると、当然ラーリア様をはじめとする他の子を産んだ方たちもそれに気付き、子守唄を覚えるようになった。

 僕の友の人間の妻たちは、アンと同様にラミアの子育てでは子守唄は歌われないものなのかと考えていたようで、その時になって自分たちもそれぞれが知っている子守唄を歌うようになった。 おかげでラミアの里では何種類かの子守唄が歌われるようになった。 歌を歌うという習慣のなかったラミアたちは、それらの歌を喜んで覚えたからでもある。


 そういった背景もあって、ティッタを初めとする僕らの子たちの世代は、親に歌を歌ってとねだることは珍しくはなくなっていた。

 ただ、やはり歌というモノに親しんでこなかったラミアたちは、教えてもらった歌をとりあえず歌えるだけで、そこにアレンジを加えるようなことはまだまだ出来なかった。 それもあって、アンはティッタに

 「アンお母さん、いつもと違うお歌を歌って」

とねだられることになった。

 いつもと違う歌とリクエストされて、急には思いつかなかったアンは、深く考えることなく咄嗟に、適当な歌を歌ったのだ。

 だがそれはティッタにとっては、いつもの歌とは違い、自分たちのことを歌った歌であったので、とても感動して、その歌をしっかりと覚えて、メリーの助けもあって自分でも歌うようになり、それを広めることになったのだ。


 「歌はさ、私よりモエギシュウメの方が上手いし、ちゃんとした歌を歌うじゃん。

  だから、そういう歌を子どもたちも覚えて歌ってくれれば良いなと私は思うんだよね」


 夕方になってモエギシュウメも戻ってきて、賑やかな夕食の場で、アンは昼間の話を蒸し返した。


 「モエギシュウメの歌は、私たちラミアにとっては上手すぎて難しくて、歌いにくい。 産まれた時から歌を聴いている子どもたちは私たちとは違うとは思うけど、それでもアンの歌の方が歌いやすいのだと思う」


 レンスがそう言うと、モエギシュウメは気にすることなく言った。


 「歌はさ、楽しく歌えれば、それで良いのよ。

  ハーピーの歌は技巧に走っている部分が私にもあると思うから、でもそういうところがそのうち好きになる子も出てくるよ。

  まだ小さいのだから、楽しいのが一番」



 歌はイクス様の強い要望もあって、学校でも教えられるようになった。 人間の子が学校に増えたり、エルフやドワーフ、そして小人族の子たちも学校に通うようになると歌に限らず楽器の演奏などもするようになった。


 ちなみに音楽祭の時に、メリーたち学校の生徒はステージで2曲歌った。

 1曲は、シルクが中心となって作った学校の校歌だった。 まあ順当な選曲だったろう。

 そしてもう1曲が、このアンが適当に即興で作った曲で、この歌をメリーたちが歌うと音楽祭一番の盛り上がりを見せたのだった。

 何故かというと、メリーたちがこの歌を歌い出すと、会場に来ていた子どもたちが一斉に、メリーたちの歌声に合わせて、この歌を歌ったからである。


 「えっ、嘘。 何で?」


 アンは予想していなかった事態に驚き過ぎて、顔色まで白くなった。


 ヴェスター辺境伯領において、誰もが知っていて絶大な人気を誇るこの歌は、作詞・作曲アンヌ_ラミウィンと言われているが、本人は作詞は渋々自分だと認めているが作曲は違うと躍起になって訂正している。


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