英雄色を好むという訳じゃないのね
かなり久しぶりの新話です。
ゴブの巣からゴブが掃討されて、やっと私たちは本当に領地持ちの貴族となることになった。 今まではトルセン子爵夫人と呼ばれるようにはなっていても、それはまだ名ばかりで、実質を伴ったものではなかった。
子爵を功によって叙爵されたとはいっても、そこには多分に政治的な意味があった。
それでも実際に戦功を挙げなければ、騎士から一足飛びに子爵に叙爵される筈はなく、夫は本当に命懸けでゴブと戦って戦功を挙げたのだ。 だから裏に政治的な意図が隠されていたとしても、私は堂々と夫の戦功によって子爵の位を授けられたと誇ることが出来る。
まあ、その為に、王国によるゴブの巣包囲戦の前に、義父が半ば強制的に引退させられ、夫に家督を譲ることになったのは、ちょっと気の毒だった。 義父はゴブとの戦いで戦功を挙げるには、もう少し騎士としては年齢が上過ぎたのだ。
この点は同時に子爵になったカドス子爵とライマー子爵とは違うところだ。
カドス子爵は私たちより年齢は上だが、まだ当人が戦働きをする年齢であったし、ライマー子爵はすでに父親を失っていた。
しかし、つい最近ゴブの巣からゴブが掃討されることになった戦いは、夫も参加してはいるが、その功績のほとんどは、私たちとは反対側の当事者であるヴェスター家のものだ。
その点については王宮の認識もだが、夫だけでなくカドス子爵もライマー子爵も認めているということだ。 話を聞いただけの私でも、それは仕方ないというか、当然だと思わざるえない話だった。
今王都では、その当事者であるヴェスター伯が、その戦功によって陞爵して辺境伯となるので、その式典のためにやって来ている。
同時に、絶えてしまった寄子の男爵を新たに叙爵、また今回の戦功に対して褒美として新たな寄子の子爵が叙爵されることも決まっている。
とまあ、表の理由としてのこれらは理解出来るというか、普通のことなのだが、普通ではないこともあって、王都ではヴェスター家がとても注目を浴びている。
何が注目を集めているかというと、その新たな辺境伯、子爵、男爵の夫人が複数であるだけでなく、他種族の亜人が多く含まれているからだ。
具体的には、夫人に多くのラミアと2人のハーピーが含まれていたのだ。
王都に居る多くの貴族やその夫人たちは、王都の多くの人々と同じように、やはりそれらの多種族の夫人に興味がある。
私もそんな興味を抑えられない1人で、貴族の夫人という立場を利用して、近くで見てみたいという気持ちを持った事は確かだ。 だがそれだけではない。 私はまだ確実には決まっていないが、彼らのヴェスター領近くに領地をもらう貴族夫人なので、彼らに挨拶する必要もあったのだ。
「ねえ、あなたは今までにもラミアやハーピーにも接したことがあるのでしょ」
「私が接したことがあるのは、ゴブの情報を教えに来てくれたハーピーだけだ。 それも急ぎの情報伝達だから、短い時間でしかない。 それにその時は男性ハーピーだったから、女性ハーピーを見るのは初めてだな。
ラミアは、あの『美しのミーリア』を遠目に見たことがあるだけだ。
『美しのミーリア』は、今回が初めての王都訪問じゃないというから、お前は見たことないのか?」
「あなた、『美しのミーリア』と呼び捨てにするのは、不敬じゃない。 ヴェスター辺境伯までが『様』の敬称を付けているみたいよ。
前に来たという時には、話題にはなっていたけど、私はその時には会ったり見たりする機会はなかったわ」
「そうか、呼び方は気を付けないとな。
でも、こうして遠目でも、『美しの』と言われるのは理解出来るな」
私は夫のその言葉に、ちょっと怒った顔をしたが、もちろんそれは冗談だ。
私は、その『美しのミーリア』様が、辺境伯の夫人ではなくて新たな男爵の夫人であることが意外だったのだが、足ではなく尻尾であるラミアではあっても、同性の私から見てもその美しさは隔絶している気がする。
意外といえば、ラミアの長で、ラミア卿と伯爵待遇で呼ばれるラーリア様という方も、辺境伯の夫人ではなく男爵の第一夫人だという。 こちらも私には意外な感じがしてしまう。
さて、私は今回の辺境伯家の人たちも参加しているパーティーで、何としても少し顔繋ぎがしたいと思っている。
辺境伯家の夫人たちの多くが他種族なので、表面上は穏やかにパーティーが進んでいるが、なかなか打ち解けた雰囲気にはなっていない。
私は可能性としては、最も近くを領有すると思われる、ラミウィン子爵の夫人に狙いを定めた。 同じ子爵という位だし、その夫人たちは年齢が変わらないのではないかと思ったからだ。 とは言ってもエルフたちの様に年齢が判らないこともあるので、本当のところは分からないけど。
とは言っても、他種族のラミアやハーピーに声を掛けるのは、やはり勇気がいる。 私は人間の夫人に声を掛けた。
「あの、私、トルセン子爵の妻のアイリスといいます。 あなたはラミウィン子爵様の夫人でしょうか?」
「はい、私はラミウィン子爵アレクの妻の一人でアンヌといいます。
トルセン子爵夫人ということは、もしかすると領地がお隣になるかもしれない方ですね」
良かった、相手も私の立場を即座に理解してくれたようだ。
「はい、まだ正式にどこがトルセン領となるか決まっていないので、完全にお隣となるとは限りませんが、すぐ近くになることは確実ですので、顔を知ってもらおうと思って挨拶に来ました」
「それはありがとうございます。
本来なら私たちの方で挨拶に伺うべきだったのかもと思うのですが、私たちは王宮での貴族の礼儀作法に疎くて、どうすれば良いのか分からなくて」
「アン、そちらは?」
「レンス、こちらはトルセン子爵夫人のアイリス様。
アイリス様、こちらは私と同じラミウィン子爵の妻の一人のレンスです」
美しい黒髪のラミアが近づいて来て、私たちの会話に加わった。 ラミアと接するのは初めてなので、ちょっと緊張する。
「初めまして、トルセン子爵の妻のアイリスです」
「初めまして、レンスです」
あっさりとした挨拶で、そういう性格なのか、種族なのか、私にはまだ全く解らない。
「あ、他のアレクの妻も紹介した方が良いわね」
「アン、今はダメだよ。
アルフさんとアレクと一緒に、ナーリア、セカン、ディフィー、それにどういう訳かサーブまで軍務卿と話している。
何故か分からないけど、ミーリア様が呼んだみたい。
あ、モエギシュウメはウスキハイメさんと話しているから呼べば来るね。 モエギシュウメ、ちょっと」
レンスと呼ばれたラミアが、ハーピーの一人を呼んだみたいだが、二人ともがこちらに来た。
場を読んだのか、その1人が何も確認せずに自己紹介した。
「私は私はラミウィン子爵アレクの妻の一人でハーピーのモエギシュウメといいます」
続いてもう一人のハーピーも自己紹介してくれた。
「私はボルハン男爵ボブの妻の一人でウスキハイメといいます。 よろしくお願いします」
私も慌てて又自己紹介する。 ハーピーと話すのも初めてだ。
「私はトルセン男爵の妻のアイリスといいます。 こちらこそよろしくお願いします」
「アイリス様、こちらのウスキハイメさんは、ハーピー卿の妹なんですよ」
アンヌ様が、そんなことを教えてくれた。
「それを言うなら、アンだってアルフさんの妹じゃない」
「モエギシュウメ、嘘を教えたらいけないわ。
私は養女になったから、義理の妹という肩書きになっただけじゃない」
「アルフさんは完全に妹としてアンを扱っているじゃない」
アンヌ様とモエギシュウメ様が何だか言い合いをしているが、アルフさんというのは誰なのだろう。 話からして、たぶんハーピー卿に伍する人らしいが。
「あの、話に出ているアルフ様というのは、どういう方なのでしょうか」
私は、何だか話に加わらねばいけないような気がして、ちょっと気になったことをそのまま言葉にしてしまった。 レンス様が答えてくれた。
「アルフさんというのは、ヴェスター辺境伯アルフレッド様のこと。
私たちは公式の場ではそういう風に呼ぶけど、普段は気軽にアルフさんと呼ぶ」
えっ、辺境伯様のことだったのか。 アンヌ様って、辺境伯様の妹?
「そうだった。 この場ではアルフレッド様と呼ばないとダメだったよね」とアンヌ様とモエギシュウメ様が二人で反省していて、それをうスキハイメ様がクスッと笑った。
「あ、そうだ一応はあっちにいる金髪のナーリアが、アレク、ラミウィン子爵の第一夫人ということに公式にはなっているから」
そういう序列を全く気にしていない様子で、レンス様がそんな情報も私に教えてくれた。
うーん、なんと言うか、私の王国貴族の人付き合いの常識が、たったこれだけの時間で崩れていく様な感じだ。 人間、ラミア、ハーピーと三つもの種族がいるせいだろうか。
そんな私の気分を察したのか、アンヌ様が言った。
「ヴェスター領では、公式の場は別ですが、普段は身分とか立場とかに関係なく、気軽な調子で接するのですよ。
それでつい普段の調子が出てしまうのです。
他に人がいれば別でしょうが、アイリス様も私たちには気楽に接してください。 私たちもその方が楽ですので。
まずは私たちのことは『様』は付けずに、もっと気楽にせいぜい『さん』くらいで話してください。 私のことはアンと呼んでいただければ」
どうやらヴェスター辺境伯領内では、もっと気楽な感じで会話がされているようだ。 私もちょっと前までは単なる騎士の妻だった訳で、王宮の作法に則った会話は肩が凝る。
もっと気楽に会話して良いのかなと思ったら、気が抜け過ぎてしまって、つい気になっていたことが口に出てしまった。
「ラミウィン子爵様って、合わせて8人もの妻をお持ちということですが、やっぱり『英雄色を好む』で、とても好色な方なのですか?
少なくともここにいらっしゃる3人はとても仲が良さそうですし、どうなんだろうかと思ってしまって」
あ、口が滑ったと即座に思ったのだが、もうどうしようもない。 私は顔から火が出そうだった。
ところが、面白いと私は感じてしまったのだが、種族ごとに反応が別々だった。
ラミアのレンスさんは私が何を言っているのか理解していない様だった。
ハーピーの二人は怒ったみたいだ。 特にどういう訳かラミウィン子爵の妻ではないウスキハイメさんの方が怒っている。
人間のアンさんは真っ赤になって弁解を始めた。
「アレクは決して好色な男性という訳ではないのですよ。
これには切実な深い事情があって、説明するととても長くなるので、それは何かの機会にゆっくりとさせていただきたいのですが、とにかくアレクが巷に言う好色な男性ではないことは私が保証します。
あ、ウスキハイメさん、怒らないで。
アイリス様は、一般的な人間の女性が持ってしまう疑問を、そのまま口にしてしまっただけで、アレクを侮辱しようとした訳じゃないですから。
アイリス様、ウスキハイメさんが一番怒ってしまった理由も、後でお教えしますね」
どうも私はとんでもないことを言ってしまったようだ。 よく分からないが、とても複雑で重要なことが絡んでいることのようだ。
しかし、この失敗のおかげで、私はアンさんと親しく会話をすることになった。
ちなみに後日、これに関わる様々なとても込み入っていて深刻な事情は教わった。 私は、内心ではウスキハイメさんが激怒していたことも理解したし、事情を知ってからは、自分のことをなんと迂闊で浅はかであったかと、ひたすら赤面するしかなかった。 良かった、子爵本人にはこのことを内緒にして貰えて。