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王都で行くべきお店は

 「メリー、ちゃんと教えてよ。

  王都に行ったら、どこは絶対に行かなければいけないお店かを」


 「そうそう、私たちはそんなに小遣いを貰える訳じゃないから、きちんと計画を練って行かないと、絶対ろくでもないことになるんだから。

  サーラなんて一番危ういのだから、きちんと教えて」


 「そう言われても、私はそんなに王都に長く居なかったし、どこかのお店に行った時は、支払いはお姉ちゃんかお兄ちゃんがしていたから、値段とか良く知らないし、あまり教えられることないよ」


 今度私たちは、王都の軍務卿の侯爵領での訓練に、何組かに別れて順番に参加することになった。

 私たちだけでなく、ラミアの里で一緒に訓練している騎士見習いや新兵たちも、同じように何組かに別れて、私たちと一緒に参加する。

 王都への遠征自体が、私たちだけでなく騎士見習いや新兵にとっては訓練の一環なのだが、主目的は軍務卿の侯爵領の騎士や兵たちの訓練の刺激になる為だそうだ。 私たちはその人たちに、自分たちがいかに訓練されてなくて実力がないかを実感させないといけないのだそうだ。 つまりそれは、私たちが厳しい訓練を受ける姿を見せねばならないということで、決して浮かれた気分で参加できるような事ではないのだ。


 とは言っても、やっぱり楽しみではある。

 私アーブとサーラは、幸運にも一番最初に王都近くの侯爵領に行く組に選ばれた。

 私たちの結果次第では、以後の派遣予定は白紙に戻る可能性もあるという事で責任重大でもあるのだが、少なくとも私たちは最初だからその予定がなくなることはまずない。

 軍務卿の侯爵領は、軍務卿という王宮でも重要な役職にある人の領地なので、王都にとても近い位置にある。 というより王都に隣接している。

 それだから侯爵領での訓練のない日には、王都に遊びに行くことも出来るのだ。


 公式には単純に訓練には休暇の日も当然あって、その日は自由行動が許されて、近くの王都の城下町を見学しても良いというだけの話だが、非公式にはそれが推奨されているのは周知の事だ。

 私たちはまだ基本ラミアの里で暮らしているので、そこでの暮らしでは小遣いだとかのお金を必要としない。

 必要な物は主にアリファ様たち物品係の人が平等に支給してくれるし、何か特別な事情で個人的に欲しい物があれば、それを伝えれば誰かしらが対処してくれて、自分で特別に何かを買わなければならないという様なことはない。

 私たちにとっては、これは生まれた時からずっとこういうやり方だったので、何の違和感もないし不便も感じないのだが、その一方で貨幣経済というモノがあってお金を媒介して物のやり取りをすることで、もっと全体的に豊かになっていくという方法があり、それをメリーの実のお姉ちゃんであるアンお姉ちゃんやハキさんが中心となって、ヴェスター領全体としては強力に進めていることも知ってはいる。

 知識としては知ってはいても、私たちはお金を使って何かを得たりするという経験がないので、実感としてはよく分からない。


 最近はアレクさんが領主となった元隣の領との境の町なんかは、他の地域からやって来た商人の人なんかが増えて、色々な物が売られるようになって、そこではお金で取引がなされている。

 それだからだろうけど、ボブさんの領地となっている砦の辺りでも、また川沿いの新しく開拓された畑の中に点在する村なんかでもお金が使われている。 入植して来た人たちにとっては、それが普通でもあるのだろう。

 ただ、王都で使われているお金は流通量がここヴェスター領では少な過ぎて足りなくて、どちらかというとハキさんの店で発行していて、アルフさん、つまりヴェスター辺境伯家がその価値を保証しているお金、紙幣の方が普通に使われている。

 私たちのヴェスター領では、最初から王都のお金の流通量が足りなかったから、紙幣が使われるのは当然だと思ったのだけど、王都で使われているお金は、全てが硬貨であるため、紙幣よりも金額が増えると重くなったりするので、便利でもあるので紙幣の方がより使われるようになっている。

 その傾向は私たちの領内だけに限らなくて、隣の二つの子爵領でも私たちの所の紙幣が使われる様になってきているらしい。


 私たちはそんな訳で、自分の生活に絶対必要な物は買う必要はないし、お金を得る方法も分からなかったのだけど、お金というモノを教わり、学校で経済ということの基礎を教わった時に、実際に経験してみるために、上の人からお金を貰って、それぞれにアレクさんの町に行って買い物をしたりした。 もちろんその時は紙幣だった。

 今回は、紙幣ではなく、もっと広く流通している硬貨をもらって、同じような経験を積むこととなったのだ。

 侯爵家での一緒の訓練がメインだけど、こっちも重要視されているみたい。


 「でもさ、メリーは私たちより、王都に行ったことのある人の話を聞くでしょ。

  私たちは、ほんの偶に、誰か上位の人がそんな話を聞かせてくれるだけだけど、メリーは機会が多いと思うんだ」


 「アーブさん、それはそうだと思うけど。

  エリお姉さんはお姉ちゃんと仲が良いから、おしゃべりしに来たりもするから」


 「あ、メリー、私のことは『さん』付けじゃなくて良いよ。 私の方がメリーに教わることが多いのに、『さん』を付けられると何だか恥ずかしいよ」


 「でも、年上だから。 アーブさんもサーラさんも、うちのお姉たちの姉妹の人たちのこと、『さん』を付けて呼んでいるじゃん」


 「メリー、それは私もアーブも、その世代の人には色々と教わっているから。

  そういうことだよ」


 「それじゃあ、なんて呼べば良いのかな?」


 「私のことは、アーブちゃんで。 私たちアレクさんの妹は『エーデルちゃん』て呼んでいるから、それが良いと思うの」

 「じゃ、私もサーラちゃんで」


 「そっか。 まあ私もエーデルお姉ちゃんと同い年のルリちゃんは、エーデルお姉ちゃんと同じようにルリちゃんて呼んでる。

  でもね、最近は色々呼び方が大変なんだよ」


 私とサーラは理解が及ばなくて、「え、どういうこと」と言葉ではなくて、仕草でメリーに聞いた。


 「あのね、子どもたちがいるでしょ。

  子どもたちの前では呼び方を変えなくちゃいけないんだよ。

  ウチのお姉たちを、子どもたちの前では母さん呼びするのは慣れたけど、他のところだと中々慣れないの。

  エリお姉ちゃんを、エリお母さんとかエリおばさんとか子どもたちと一緒の時に言うのは、ウチのお姉たちと一緒だから、割と簡単に出来るのだけど、ルリちゃんを、ルリ母さんとかルリおばさんて言うのは難しいの。 ついルリちゃんて言っちゃう」


 うん、確かにそれは難しいな。 メリーはルリちゃんとも仲が良いから、きっと余計に難しいのだろう。


 「えーと、話を戻すけど、王都の甘い物の美味しいお店のありかと、大体の値段だよね。

  たぶん一番詳しいのは、エリお姉ちゃんだと思うから、今度何かの時に聞いてみる。

  あとはエーデルお姉かな。 ワーリアの人たちはデイヴお兄ちゃんが離してくれなくて、だいぶ長く王都にいたから。

  今、ワーリアの人たちはエーデルお姉以外は子育てが忙しくて、こっちに来ないからなかなか話す機会ないけど、私が向こうに行ったら、ワーリア姉たちにも聞いてみるよ。 間に合うかな」


 「ワーリアさんたちはともかく、他の人の情報は早めに聞いておいて。

  アーブ、私も情報持っていそうな人に聞いてみるけど、あなたもそういう人を探して聞いてよ」


 「はいはい、分かってるって」


 「それとあれだよね。 騎士見習いと兵たちの誰が私らと一緒に行くかを確認しておいた方が良いよね。

  私たち、きっと貰えるお小遣い少ないから、彼らに少し奢らせよう」


 「あのねぇ、騎士見習いたちはともかく、兵の人たちに私たちに奢れるお金がある訳ないじゃん。

  彼らは私たちと違って、貰ったお金を家族に渡したりしているんだから」


 「そっか、それじゃあ狙うなら騎士見習いたちの方か」


 「彼らは私たちと一緒。 兵とは違うから、小遣いしか貰ってないよ」


 騎士見習いたちは、騎士の家系の出だったり、ある程度裕福な家の子どもが騎士を目指して志願して来たりして集まった者たちだ。 彼らはいわば修行中なので、寝食や装備などという物は保証されている、というか支給されるけど、無給だ。

 ま、何と言うか、私たちと同じ扱いと言えるのかも知れない。 だから騎士見習いではなく騎士に昇格しないと、金銭の見返りはない。 実際は騎士見習いから騎士になる比率はそんなに高くなくて、文官や技官という領の中央行政官や、各地の行政官になる人が多い。 半分は初めからそれを目指していたりする。

 兵はそれとは違い、基本は領が雇っている存在であるから、きちんと給金が出るのだ。 それは新兵でも変ることないし、そうでなければ兵など集まらない。

 ただし兵は、ラミアやハーピーが戦いに出たり、騎士が自分の家の者を引き連れて来たりもするので、その範疇に入らない者も多い。 今まではどちらかというとそちらが兵の中心だった。 その辺は今現在改革中の部分でもある。


 「なんだぁ、それじゃあやっぱり自分が貰える小遣いだけが頼りか。 じゃあ、それはいいや」


 サーラは奢らせようという目論見は無理だと解ると、一緒に王都に行く男たちへの興味を一気に失くしたようだ。 現金というか、良いのかそれで。


 サーラはそんな調子だけど、私は少し王都で甘い物の店に行くことだけじゃなく、今回のことに期待している部分がある。


 「あ、そうだ、メリー、フランツくんにも聞いてみてよ。 ずっと王都で暮らしていたんだから、もしかしたら少しは詳しいんじゃない」


 「えっ、フランツ? 別に良いけど、そんな話聞いたこともないから、知らないんじゃないかなぁ」


 そこだよ、サーラ。

 メリーは、将来はきっと、アルフさんとデイヴさんの大叔父の孫であるフランツくんと結婚することになるのだと思う。 フランツくんが王都からこっちに戻って来た時には、「戸惑うだろうから気にかけてあげる様に」と言われていたみたいだけど、それから急速に仲良くなってもいるしね。

 きっとメリーと仲の良い同世代のラミア2人が、同じ様にフランツくんの妻になるのだろう。 そこはもうほぼ決まりだと思われる。

 ちょうど良い世代のハーピーがいないから、ハーピー枠はあるけど、ラミア枠は残って無いんだよなぁ。 私は歳下の男でも大歓迎なんだけど。


 私たちの年齢で、ナーリアの人たちはアレクさんという男性を獲得した。

 ナーリアの人たちは、それで万々歳だったのだけど、ナーリアと同世代の他の人たちは上の人にアレクさん以外を取られてしまって、相手探しに苦労した。

 エーレアさんたちは、割と早くに相手が決まることになったし、ワーリアさんたちは、アレクさんの妹のエーデルさんを巻き込む事で、まあ上手くやったけど、ヤーレアさんたちや、ターリアさんたちは、なかなか相手が見つからず、決まったのは最近になってしまった。


 それを考えると、私たちももうそろそろ焦らねばならない年齢になってきていると私は思っている。

 私とサーラは、アレクさん、エレクさん、ボブさん、デイヴさんに、川で溺れたところを助けられたことがあり、それもあってか、周りのみんなよりも少し遅れてだけど、より強烈にアレクさんに片想いの恋をした。 私はそれは脱却したのだけど、サーラは今だにアレクさんしか男性として見ていないのではないかという感じだ。


 そうでなくても私たちは、男性といえばラミアの里の男の人たちしか知らない時期があったので、その人たちが基準になっている。

 その基準はワーリアさんたちなどに言わせるととても高くて、周りの他の男性が霞んでしまうのだという。

 まあヤーレアさんたちやターリアさんたちによると、素敵な男性、惹かれる男性のポイントには、ラミアの里の男の人の持つところ以外のモノもあるのだということだ。 でも、ラミアの里の男の人たちの光が強いから、なかなか見えにくいとも言われたけど。

 でもまあそりゃそうだよね、ラミアの里にいた男の人たちは、アレクさん、ボブさんをはじめ、みんな今ではヴェスター辺境伯領の重要な立場に立っている。 そんな人ばっかりだったんだもの。


 それだからだと思うのだけど、私は今ラミアの里に来ている騎士見習いや兵の男の人に全く魅力を感じない。 みんな、なんだか見慣れたラミアの里にいた男の人たちより劣って見えてしまうのだ。 そうじゃなくて、本当はラミアの里にいた男の人たちが優れていた、いや違う、優れるように努力していたのであって、今いる彼らはまだそこに至っていないだけなのだと思う。

 とにかく比較対象がなさ過ぎて、私の目はきちんと見えていないのだと思う。 騎士見習いや新兵の訓練で最初に来た人たちは、年齢もバラバラだったけど、そうなる必要があったからだろうけど、あっという間に私たちを追い抜いて、ちゃんと戦場に出るまでになったのだ。 私たちが逃げ帰るだけだった戦場に。


 だからきっと、王都で侯爵家の騎士見習いや兵を見れば、今ラミアの里にいる騎士見習いや新兵たちの、実際の実力がどの位かなんかが見えると思う。

 そうしたら、きっと魅力的に見える男の人もいるんじゃないかと思うんだよね。 侯爵家の男の人でそういう人がいたら、そしたらそっちでも構わないし。 確か将来的には辺境伯軍に合流するというような話だし。


 でも最初は、サーラにもこういう意識を持って王都に行く様に言わなくちゃ。 このバカは頭の中に甘い物しか今はないみたいだから。


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