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まだまだ違い過ぎる、焦る気持ち

 「今日の訓練はここまでだ。 皆、ご苦労だった。 あとはしっかり休むように」


 「サーブさん、私たちまだやれます。 もう少し訓練を続けてください。 お願いします」


 「お前たち、何度も言っているが、訓練はただ我武者らにすれば良いという物ではない。

  私はちゃんと、今のお前たちにとって一番身につく量と質の訓練を考えて、それをお前たちに課している。 お前たちが頑張ろうとする気持ちは尊いが、私は逆にそれを許す訳にはいかない。

  休むことも、計算に入っている訓練の内なのだ。 私の言うことを信じて従ってくれ」


 今日の私たちの訓練の教官は久しぶりにサーブさんだった。

 私たちが本格的な訓練を受け始めた最初から、サーブさんが訓練の責任者だったのだけど、サーブさんは今では私たちだけどころか、ラミアの里全体もとっくに超えて、このヴェスター辺境伯領全体の訓練の責任者になっている。

 その対象は、私たちラミアの里の者たちや、軍の見習い騎士や兵に留まらず、学校に通う子どもたちの運動にまで気を配っている。

 私たちにはよく分からないが、この領内では重要な地位らしい。


 そんな地位だけでなく、アレクさんの妻として子爵夫人の1人として王都に行ったりもしているからもあるのだろうけど、一番は最近は子育てが忙しいのもあって、私たちを直接に指導しに来てくれることは珍しくなってしまった。

 それは他のナーリアの人たちも同様だ。

 今、割とサーブさんだけでなく、ナーリアの誰かしらが指導教官として来てくれるのが多いのは、今までナーリアの人たちが来れない時に代わりに指導教官として来てくれていたワーリアの人たちが、今度は逆に今は子育てに追われていて、私たちの指導に来れないからだろう。

 学校の方に教えに来ていたレンスさんは

 「今はデイヴが静養中でラミアの里に戻って来ているのだから、ラーリオ様はともかく、ミーリオ様かミーレオ様に教官役をして貰えば」

と言っていたらしいが、それにはサーブさんは反対だったらしい。


 「いや、レンス。 訓練教官をやり慣れていないあの方達に頼むと、つい力が入り過ぎてしまう可能性が高い。

  もう1回脱皮して身体が出来てからなら、あの方達に任せて、厳しく近接戦闘の訓練をしても良いと思うのだが、今はまだだ。

  もう少ししてからだ」


 「まあ、そうかもね。

  本気の訓練をするのは、もうちょっと先ね」


 そう私たちはまだ本気の訓練が出来るほどまでは、身体が大きくなっていない、出来上がっていないのだ。


 私たちは、サーブさんによると、年齢の割にはとても厳しい訓練を受けている、ということだ。


 「あなた達は、私たちが同じ年頃の時と比べたら、ずっと厳しい訓練を受けているし、それだけじゃなくて、様々なことを覚えさせられ、出来るようになっている。

  焦る必要はない。 今のままで十分以上に良くやっている」


 セカンさんにもそう言われたが、私たち自身は私たちがしている訓練は、まだまだ手加減された生ぬるい物だと感じている。

 私たちが見てきた、上位の方達の訓練は、こんな生やさしい物ではなかった。

 その私たちが見た上位の訓練だって、私たちが見た訓練はまだまだ生やさしい方のモノで、ナーリアさん達やアリファ様達がボロボロになった訓練の時とは比べ物にならないという話だった。

 確かに私たちが見たことのある訓練では、いつでもアリファ様は平然としていて、訓練の後も即座に日常業務である物品係に戻っていた。 伝説として聞いた話によると、一番厳しい訓練ではアリファ様が倒れて起き上がれなくなった時が、一番厳しい訓練の終了の合図だったそうだ。

 不死身と言われるアリファ様が、倒れて起き上がれなくなる訓練て、一体どんな訓練なんだと思う。


 でも私たちは、そのアリファ様がボロボロになって戦場から戻って来た姿も目撃している。 私たちを守って、そんな姿になるまで戦ったのだ。

 私たちが戦えないから、私たちを逃がすために、アリファ様だけでなくアーリア・アーレア・アーロアの皆さんが、ボロボロになるまでゴブと戦ったのだ。 そしてアーリア様とアーリル様の2人が命を落とした。


 「あなた達が、その時のことを忘れられなくて、早く自分たちもちゃんと戦えるようになりたいと焦る気持ちは解るわ。 私だって、あの時のことは忘れられない。

  でもね、身体がきちんと大きくなってからじゃないと、上位の戦闘訓練には付いて行くことも出来ないの。

  エーレアが身体が大きくなり切らないうちに上位になって、上位の訓練に出た時があったのだけど、全く訓練についていけないという事があったわ。 今、あなた達がやろうとしても同じことよ。

  大丈夫、あの時のエーレアと比べたら、いえ、私たちナーリアと比べても、今のあなた達はサーブの計画通り身体が鍛えられている。 あと1回脱皮して身体が大きくなれば、同じ年齢の時の私たち以上にすぐに上位の訓練を受けられるようになるわ」


 ディフィーさんはそう言ってくれたが、私たちはそれを待つのがもどかしくて仕方ないのだ。



 若い子達と呼ばれていた私たちも、今ではもうきちんと5人づつのグループに分かれ、ラミアとして一人前と認められる手前の年齢になっている。

 そう今の私たちは、お兄さん達がラミアの里にやって来た時の、ナーリアさんたちの年齢になったのだ。

 あの頃はまだ男の人が珍しくて、お兄さん達が私たちと普通に話してくれるのを嬉しく感じたのだけど、今では男の人も珍しくない。 見習い騎士と新兵の訓練所もずっとあり続けているから、私たちと歳の近い男の人も沢山いる。


 私たちより上のラミアの多くは、ナーリアさんたちをはじめとして、今ではとても忙しくて、ラミアの里にいる人は少ない。

 今ではラミアの里の仕事の主力は私たちで、私たちが上に立って、私たちとメリー世代が、ラミアの里の畑をはじめとする仕事をしている。 鶏の世話はメリー世代が中心だけど。


 自分たちがラミアの里の様々な仕事を中心になってするようになって、ナーリアさん達の世代はどれ程の量の仕事をしていたんだ、と唖然となった。

 私たちは今までは基本的にはヤーレアさんたちの指示に従って、農作業を手伝うのが主だったのだけど、ヤーレンさんたちだけでなく、ヤーレアさんたちまでが領内全体の農政に忙しくなり、私たちだけでラミアの里の農作業をしなければならなくなると、もうそれだけで目が回る忙しさだった。

 単純に言われたことをこなすだけと、自分で責任を持って気を配り計画して物事を進めるのとは、全くの別次元だと知った。


 やらねばならないのは農作業だけじゃない。 木の伐採作業も、ターリアさんたちに教わって、私たちが担当することになった。

 これもまた、ただ伐れば良いという話ではなくて、用途によって伐る木の種類も違えば、伐り方も違う。 伐るだけじゃなく、その後の処理もあれば、後を考えての植林もしなければならないし、枝落としや下草刈りなどの手入れもしなければならない。

 下草刈りなんかは、ハーピーの人に協力してもらったりもするのだが、その打ち合わせも必要だ。

 伐った木の皮を剥いたり製材したりの加工や、その木を運ぶだけだって大変だけど、それらを全て計画的に、周りと打ち合わせて進めなければならないので、物凄い手間だ。

 こんなこと自分たちでやってみるまで、考えもしなかった。


 蜂蜜を採るのは、その蜂蜜を考えると嬉しい作業だけど、蜂蜜を採った後で、その残りの巣で蜜蝋を作り、それを元にして傷薬、血止め薬、クリームなども作らねばならない。

 そうなると蜂蜜を採る前に、それらの原料になる薬草を準備したり、機材も用意して効率良く仕事をしなければならない。

 こうなると蜂蜜採りを楽しいとばかりは言ってられなくなる。


 こんな事ばかりだ。 自分たちが主になってしようとすると、何もかもが違って見える。

 私たちはまだ半分も任されていない状況だと思うのだが、それでも上手く出来ずに困っている始末だ。


 「えー、良くやっていると思うけどな。

  少なくとも、私たちより全然上手くやっているよ。

  覚えていると思うけど、私たちはアレク達が村に来てから、急に色々とやり方が変わったから、もう色々と失敗ばかりだったわ。 ちっともあなた達みたいにちゃんとは出来なかった。

  ま、私たちの失敗の上に、今のやり方が出来ているのだけど、今だって色々と試行錯誤の真っ最中なのだから、上手くいかないことがあって当然なのよ。

  全然大丈夫というより、もっと色々試してみて、失敗したって良いと思うよ」


 ナーリアさんはそう言ってくれたけど、ナーリアさん自身は同じような頃、もう一年でミーリア様に続く指揮官になったんだよね。

 私たちの中に、そんな風になりそうな者なんて居ないよ。


 とにかく最近の私たちは、自分たちがいざその年齢になってみたら、当時のナーリアさんたちや、その姉妹の人たちがどれほど凄かったかをあらためて実感している感じなのだ。

 今から思うと、あの当時はとても状況が切迫していて、そうならざる得ないというか、自分たちの能力を振り絞らなければならなかったのかも知れないと思うけど、今の私たちとは全然違うと感じてしまうのだ。



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 「ラーリア様、どうしたものでしょうか。

  サーブだけでなく、ナーリアたちに加えワーリアたちからも報告が上がっています。

  『若い子たちが、どうにも頑張り過ぎる』と」


 「そうだな。 でもミーリア、もう若い子たちという言い方はおかしいだろう。

  なんと呼べば良いかな、サーラとアーブ世代とでも呼べば良いか」


 「そうですね。 確かにあの2人、アレクとエレクに溺れたところを助けられてから、妙に頑張って、あの世代で最も目立っていますね。

  でも、あの2人に代表される頑張り過ぎが問題になっているのです。

  私だけでなく、誰が見ても優秀な世代だと思うのですが、自分たちではすぐ上の世代よりもずっと劣っていると思い込んでいるみたいです」


 「まあそれは比較対象が悪いな。

  ナーリアたちと比べたら、誰もが劣っていると感じるだろうよ。 私だって同じ立場なら、そう感じたであろう。

  だが今の私であれば、ナーリアの世代が優秀なのは、男たちが元気でラミアの里に滞在することになったことと、またゴブの来襲という最悪な事態が起こったことの2点が、不幸か幸運か判断し辛いが、重なったからであると理解できる。 その2点があったから、ナーリアたちの世代は全体が特別に優秀な世代にならざる得なかったとも言える。

  まあ優秀な世代というのは、それなりに出るもので、ミーレナの世代も特別に優秀と言われたし、世代全体とまで言わなければ、お前を含め個人で優秀な者はそれなりに各世代に出ている。

  時の運というのが本当のところかも知れないな」


 「はい、私もそんな風に感じます。

  ミーレナの世代のように、特別に優秀と言われていても、運悪く一度の戦いで壊滅的な損害を受けてしまうこともありますし。 私の世代のように、大したことなくても多く残ることもありますから」


 「そんなことはないだろう。 お前の世代もそれぞれが目立ちはしないが優秀だから多く残ったのであろう。

  話を戻すが、若い子たちが焦る気持ちは仕方がないな、あんなことがあったからな」


 「はい、それはどうしようもないです。

  あの子たちの心に深く残ってしまったのは、かわいそうですが仕方ないかと」


 「そうだな。

  ま、もうすぐ脱皮して、身体の大きさも訓練に耐えられるようになる。 そうすればサーブも訓練内容を変えてくるだろう。

  そうなったら、里から少人数づつ出しての訓練でもさせてみたらどうだ。

  お前が指揮する訓練に加えてみても良いかも知れない。

  新たな刺激になるだろうし、自分たちをナーリアたちと比較するどころではなくなるだろうからな、お前の指揮下で動くとなれば」


 ラーリアがちょっと楽しそうな顔でミーリアに提案したのだが、ミーリアはその提案に珍しく顔に出して「拒否」の気持ちを伝えた。

 ラーリアは声を出して笑った。


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