母親って、何をすれば母親なのだろう
最近、またサーブの様子がおかしい。 何かを考え込んでいるようで、自分1人でこそこそとやっている。
サーブ自身はそういうことを隠しているつもりらしいのだが、そこはサーブである。 私たちには、いや私たち元からの付き合いのナーリアでなくとも、周りの者は気がついてしまうレベルなのだ。
サーブは何事も態度に出てしまうし、隠そうとすると、その隠そうとすることが余計に態度に出て、周りの者に逆に教えている様な感じなのだ。
今もサーブはそんな調子なのだが、私たちはサーブ自身が隠そうとしている意思を尊重して、敢えてそこには気付いていないように、無視して振る舞っている。 つまりは私たちも演技しているのだが、サーブはそれには気づかない。
ラミアの間では、ナーリア、セカン、ディフィーだけでなく、私のお母さんまで、「まあ、いつものことだから」とそんな調子なのだが、アンとモエギシュウメは「それで良いのかな?」と、ちょっと気にする。
アレクが「まあ、大丈夫じゃない。 もっと本気に困り出したら、隠していても何かしても良いけど、今はサーブが隠しているのだから」と、軽く苦笑気味に2人に言っている。 アレクもいつものことと分かっているからね。
今日は家の中に大人の数が多い。
いや単純に大人の数が多いのは、いつもの方が多いかも知れない。 クラウスの一家、つまりワーリアたちとエーデルが来ていることが多いからだ。
ワーリアたちが普段私たちの私邸の方に来ているのは、その方が子どもの世話をする人数が増えるというのもあるけれど、仕事の都合ももちろんあるけれど、一番はワーリアたちも子どもを産んで、その世話をどうして良いか迷うからのようだ。
「こんなにも子どもの世話というのが、毎日色々と問題が起きるモノだと思っていなかったわ。
私たち今までで子どもの世話にはもう慣れているつもりでいたのだけど、実際に自分の子を産んで育ててみると、手伝いをするのとは全く別物だったわ」
ワーリオがそう言って溜息をついていたが、まあその気持ちが解らない訳ではない。
授乳はともかくとして、それ以外の瑣末なことも、手伝いとして1日の数時間をそれに当てるのと、一日中常に意識していなければならないのでは全く違う。
私たちの場合は、経験者であるお母さんが居て、最初はティッタ1人から始まって、本当の意味での経験を積むことが出来た。
そこにはアンという経験者もいたのも有利だった。 アンはメリーを赤ん坊の時から自分が主となって育てた経験があったからだ。
ワーリアたちは、今までは外野的な子育てしか経験したことがなかったので、いざとなるとやはり戸惑うことも多いようだ。 当然だろう。
それでまあ、十分な経験を積んでいる私たちを頼って、ウチに来ていることが多いのだ。
それにしてもワーリアたちの中で、子育てで1番有能なのが、自分ではまだ子どもが産めないエーデルだったことには、ワーリアたちは大いに反省するべきだ。 授乳できない以外では、エーデルが1番子育てに活躍している現状は、問題だと思わなければいけないと思う。
普段の日はこんな風にワーリアたちは子連れて来ているのだけど、アレクとクラウス、それに私たちもワーリアを含めて半数以上は仕事に出てしまうことが多くて、大人が一堂に集まっていることはない。
しかし、今日は大人はほぼ一堂に集まっている。
何故ならば、今日は大人の平均年齢が随分と高くなっているからである。
「おじさんとおばさんも来ていたら、クラウス一家を呼びにやれば、ラミウィン家の親戚一同全員揃うところだったのに。 なんかちょっと残念」
「うん、おじさんとおばさんは今は養鶏場の仕事が忙しくて、あそこから離れられないみたいだよ。
エーデルもこっちに来ちゃったから、あそこの養鶏の仕事は誰かに引き継いで、おじさんとおばさんもこっちに来ることを考えているみたいだけど、ハキに『まだ困るから、もう少し待ってください』と引き留められているらしい」
「ナーリア、それにラミウィン家の親戚一同って言ったら、アルフさんとデイヴが『なんで私たちは入らないんだ』って文句言いそう」
まあ、つまり、今日はウチのお母さんとメリーもこっちに来ているからか、モエじいことストラトさんとミナおばあちゃんだけでなく、シロおばあちゃんことシロシュウメ様までやって来ているということなのだ。
なんでも奥方様も来たがったらしいのだけど、「奥様は飛び慣れていないのですから」と止められたらしい。
でもまあ、今回はメリーも来ているから、子どもたちのことは安心してメリーに任せて、もう大分大きくなって、ティッタもいるし大丈夫だろう、大人たちだけで歓談しているのだ。 こんな歓談に男が2人、アレクとストラトさんまで混ざっているのも珍しいし。
シロシュウメ様は最近は時々、ミナお母さんと共に来る様になっている。
ハーピーの長老の役をストラトさんに譲ってからは、何だか本当に気の良いおばあちゃんという雰囲気になってしまった。
ウチの子たちのことは本当に孫か曽孫のように思ってくれているようで、子どもたちも「シロおばあちゃん」と呼んで懐いている。 それでなんか幸せそうにニコニコしてくれているので、私たちも何だか和やかな気持ちになる。
「義姉さんの、あんな風に優しい、緩んだ顔を見れる日が来るなんて、少し前までなら想像も出来なかっただろう」
ストラトさんが言うには、シロシュウメ様はいつも厳しい顔を崩さない人だったらしい。
私たちも厳しい顔を見たことがない訳じゃないけど、あまりそんな印象はないのだが、それでも今のシロシュウメ様は以前よりも優しいのんびりした顔をしている様な気がする。
それはきっと良いことなのだと思う。
「姉さん、言っておきますけど、子どもたちの祖母は私であって、姉さんは大伯母なんですからね」
「なにつまらないこと言っているのよ。 私もおばあちゃんで良いじゃない。
そもそもモエギシュウメは私が半分育てた様なものなのだから、私もおばあちゃんであって当然よ」
「半分てことはないわよ。 せいぜい三分の一よ。
それに姉さんの歳だと、おばあちゃんじゃなくて、ひいおばあちゃんよ、子どもたちにしてみれば」
「まだそこまでの歳じゃないわよ」
「もう、年寄りぶったり若ぶったり、都合良いんだから」
たぶん、いつもの口喧嘩なんだろうなぁ。 ストラトさんが少しも動じてなくて、無視しているから。
「あははは、シロシュウメ様とミナお母さんも、イクス様とレンスの様な喧嘩をするんですね。
姉妹喧嘩と母娘喧嘩の違いはありますけど、全く同じような調子なんで、ちょっと可笑しくなっちゃいました」
私を含めた当事者の4人を除いて、その場にいた全員がそのディフィーの言葉で吹き出した。
私はそんなことないと思うのだけど、みんなの様子を見ると、私とお母さんの口喧嘩もあんな調子なのだろうか。
「でも、ということは、私も子どもたちと、そういう喧嘩が将来出来る様になることを目指せば良いのだろうか」
何だかサーブが変なことを言い出した。
みんなサーブは何が言いたいのだろうと、ちょっと考え込む感じになったら、サーブもその空気を察したようだ。
「いや、何でもない。 今のは、みんな忘れてくれ。
それはともかく、お母さん、暇な時に私と話す時間をください。 相談したいことがあって」
サーブは私のお母さんのことはイクス様と呼ぶし、アレクの母親がわりのおばさんのことはアレクに倣っておばさんと呼ぶ。 つまり、サーブがお母さんと呼ぶのはモエギシュウメの母親のミナモハシュウメさんだけだ。
まあそれは私以外のナーリア全員がそうなのだが、普段は子ども誰かしら一緒にいることがほとんどなので、その呼び名が使われることはほとんどない。 最近はミナおばあちゃんが定着している。
「あら、何かしら、サーブ。
私はいつでも構わないけど、私にわざわざ相談て、どんなことかしら。
みんなには聞かせたくないことなの」
ちょっと照れ臭そうな顔をしてだけど、少しだけ嬉しそうにモエギシュウメの母親のミナお母さんが応えた。
「いえ、聞かせたくないというほどのことではないのですが、こんなことで悩んでいるのは私だけだと思うので、みんなにとっては意味がないと思うので」
「何よそれ、とりあえず私たちにも聞かせてみなさいよ。
もしかしたら私たちは気が付いていないだけで、同じように感じることかも知れないじゃない。
ま、あまりそういった可能性はないと思うけど」
ディフィーがちょっと揶揄う調子で言った。 サーブは時々ちょっとしたことを深刻に考えてしまうことがあるからだろう。 ほんと普段は大雑把なのに。
「秘密にすることじゃないから構わないが、みんな笑うなよ。
注目されると恥ずかしいのだが、お母さん、質問させてもらいます。
あの、母親というモノは子どもたちに対して、何をしてやれば良いのでしょうか。 私は母親というモノがどういうモノだか分からなくて、子どもたちにどう接すれば、まともな母親なのか分からなくて悩んでいるのです」
「げっ、本当に私も悩んでいるヤツだった」 ディフィーがそう呟いた。
「あの、私もそれ知りたいです。 私もそれ悩みます。
今、忙しいから、なかなか考えている暇がないのだけど、その事も含めて悩みになってます」
ナーリアは、ラミウィン子爵家の正妻としての立場で、貴族として何かがあるとアレクと共に出席しなければならないことが多い。 その分、私たちより仕事が増えてしまっているからだ。
まあ私たちみんなが、ナーリアにその仕事を押し付けているのではあるが。 アンとモエギシュウメも含めて、「何で私が」と言うナーリアに、「リーダーなんだから、正妻の役をしてよ」と無理矢理押し付けているのだけど。
「私も考える時がある。
でも考えても、そもそも私たちは自分の母親の記憶が無いし、母親というモノを実際に目にしたのは、イクス様が初めて。
もう大きくなってからだから、今の状況での参考にはならない。
考えても分からないから、諦めて、どうにかなるだろうと楽観視しようと思っている。
でも確かにサーブとたぶん一緒で、ちょっと不安になる」
セカンもそんなことを言った。
何だかそんな風に言われると、母親という存在がしっかりと記憶にある私とモエギシュウメとアンは口を出しにくい気がする。
何しろ私とモエギシュウメは今現在、目の前にその母親がいるのだ。 アンはもう母親はいないけど、記憶にはしっかりと存在するし、メリーも覚えていると言っていた。 母親の記憶がない4人とは違う。
「あら、サーブ、それなら私にも聞いてくれれば良いのに」
あっ、お母さんが変に口を出した。
「イクス様はレンスの母親ですけど、それをずっと隠していたし、そもそも最近になるまでは子どもを産んでも死ななかった唯一のラミアでしたから、ちょっと特殊事情があり過ぎて、今の私たちの参考にはならないんじゃないかと思って」
うん、全くその通りだ。 サーブだってちゃんと考えている。
「そういえばサーブ、こないだおばさんともそんなこと聞いてたの?
なんか真剣な顔しておばさんと話していたから、私はちょっと遠慮しちゃったんだけど」
おばさんがワーリアたちの子どもを見に来た時だな。
「うん、まあ、同じように聞いてみた」
「で、おばさんはなんて」
「そんなの普通にしていれば大丈夫、って笑い飛ばされてしまった」
「そうね、アレクのおばさんの言う通りね。 私もそう思うわ。
そんなに構えて考えることないのよ。 普通にしていれば十分。
あなたたちはちゃんとお母さんが出来ていると私は思うわ。
普通の生活をしているうちに、なんとなくお母さんになれるのよ」
ミナお母さんが、自分でも良いことを言ったという調子で、サーブの悩みに答えた。
「そうね、ミナモハ、あなたでもモエギシュウメのお母さんになれたものね」
「ちょっと姉さん、それじゃあ私がダメな母親の代表みたいじゃない。
そもそも姉さんは母親になっていないじゃない」
「何言ってるのよ。 あなただって私が育てたんだし、モエギシュウメだって半分私が育てた様なものだって、さっきも言ったじゃない」
「私を育ててくれたことは否定しないけど、それは姉としてであって、母親じゃないでしょ。 モエギシュウメはせいぜい三分の一だって、さっきも言ったわ」
えーと、サーブの真剣な相談から、さっきまでのシロシュウメ様とミナお母さんの姉妹喧嘩に戻ってしまった。
もしかして私とお母さんの喧嘩も、周りから見たらこんな調子なのだろうか。
うん、少し気をつけよう。 子どもたちに見せるものではないな、これは。