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長老の交代

 姉のシロシュウメと私は、随分と歳が離れている。

 歳が離れているのはハーピーの兄弟姉妹ではごく有りふれているのだが、それでも私と姉ほど年齢が離れているのは珍しい。

 その理由は、私と姉との間にはもう1人、兄がいたからである。


 大火の後、ハーピーが今はほとんど放棄してしまった山の上に住まいを移し、他種族、特に人間との交流がほとんど途絶えてしまうと、大きな問題が発生したらしい。

 私自身はもちろん山の上に移住してから生まれた世代だから、問題が発生した後のハーピーの社会が普通の社会に思えてしまうのだが、それは深刻な問題だった。

 一つは人間との混血のハーピーが減って、ハーピー同士ばかりの子供が増えると、人型のハーピーが生まれなくなり、人口構成が鳥型のハーピーばかりになってしまったことだ。

 私自身はまだ人型ハーピーもそれなりにいる時代に生まれたので、鳥型だけになっていってハーピーの社会が歪になっていくのを実感として感じられたのだが、私の次の世代、つまり娘のモエギシュウメの世代となると、その歪になった社会を普通に感じてしまっているようだった。 いや、歪なことを実感としては理解できなかったのだろうと思う。


 他種族の多くはハーピーといえば、鳥型のハーピーが空を飛ぶ姿の印象が強いからか、鳥型ばかりがハーピーという種族だと思われがちなのだが、本来ハーピーは鳥型と人型、その間の身体的特徴を持つ者たちが集まった種族なのだ。

 そうでないとハーピーの文化は継承できないばかりか、ハーピーは種族として社会生活自体に困る種族なのだ。

 鳥型ハーピーの身体特性は、空を飛ぶことに特化し過ぎているからだ。


 そしてもう一つ、これは誰も予期できなかった事なのだが、ハーピーは鳥型ハーピー同士では子どもがどうやら出来難いようなのだ。

 そのせいで、大火と、その後の食糧難の時代に、同族同士でさえ争った影響もあって大きくその人数を減らしてしまったハーピー族は、このままでは種族として滅亡してしまうという大きな危機に襲われることになった。

 夫婦一組に対して、子どもが1人、多くても2人ということが多くなり、その子どももなかなか出来ないため、歳が離れていることが多くなった。

 まあ現実的に考えると、ハーピーの総数がとても少なくなったので、鳥型ばかりになったからという理由ではなく、血が濃くなり過ぎたからではないかという説もあり、私はそちらが正しいのではないかとも思っている。


 そんなハーピーの中で私の父母は3人の子を持ったのだから、頑張ったと言うよりは運が良かったのだろう。

 しかし残念なことに運の良さは、つい最近まで、私たち子どもには伝わっていないように思っていた。

 兄は戦で戦死してしまうし、姉の夫は子が出来る前に事故死、私は1人だけど子を持つことはできたのだが、夫は戦で一時は命も危ないという大怪我を負った。


 亡くなられたハルオン様や、夫の遺志を継いで長老の地位にまでなった姉などは、そのハーピーの現状を何とかしようとしていたが、私自身はそんなことを考える余裕もなかった。

 子育てと、夫の世話に追われていたからである。


 夫は、私たちの子ども世代が憧れるほどの、勇将だった。

 「先翔のストラト」と二つ名付きで呼ばれるほどの戦士だった。

 そんな夫がエルシム様に掴まれて、大怪我をして戦いから瀕死の状態で戻って来た時は、本当に驚いたし心配した。

 戦いに出れば、怪我どころかもっと最悪の事態だって考えられることは、兄の例があるから重々分かっていたはずなのに、夫の身にそんなことが起こるなんて少しも実際のこととしては考えていなかった自分に驚きもし、恥ずかしいとも思い、後悔もした。

 私は「先翔のストラト」を傷付けられる敵などいない、と盲目的に信じていたのだ。

 実際問題として、傷は後遺症が残りはしたが、少し時間は掛かったが癒えた。

 それよりも問題だったのは、後遺症のために戦いの最前線に立てなくなった、夫の心の方の問題だった。

 こっちの方は、長く掛かったのだった。


 姉のシロシュウメは私にとっては優しい姉だったが、周りの人にはとても厳しい人のように思われていた。

 私にも厳しいところがない訳ではない。 ハーピーとしては高齢で私を産んだ母は私が物心つくとすぐに亡くなってしまい、姉が母のように半分は私を育ててくれたのだ。 優しいだけで済むはずはない。

 でも姉が本当は優しいことを知っているのは、つい最近までは私と夫のストラト、それにハルオン様くらいだったのではないだろうか。

 姉は自分が果たすべき責任と、亡夫の遺志の間で、厳しい以外の顔を周りに見せる余裕はなかったのだろうと思う。

 姉に気軽な声を掛けるのは、姪ではあるのだが孫娘のように可愛がっていた私の娘のモエギシュウメしかいなかった。


 「シロおばあちゃん」


 ところが今は、姉は子どもたちみんなから、そう呼ばれて周りには声が絶えない。

 メリーちゃんの感化力は物凄くて、メリーちゃん以下の子どもたちは、みんな姉をそう呼び、姉の姿を見かけると寄って来るのだ。

 そう姉に近寄って来る子どもたちはハーピーだけではない、人間もラミアも関係なしに、姉は子どもたちに囲まれて幸せそうに笑っているのだ。


 きっとハルオン様が、姉の夫が、そして姉自身が夢見た光景が実現しているのだろう。

 私はそんな姉を見ると、胸が一杯になる。


 それに姉にも、奥方様やキースさんのお母さん、ばあやさんといった気楽におしゃべりや、お茶、そしてお酒を一緒に楽しむ相手が出来た。

 お酒を一緒に楽しむようになって、最近は色々な係の長のラミアの方たちとも仲良くなったようだ。

 自分以外は男性ばかりの長老たちと過ごす時間の多い事もあって、気安い同性付き合いのなかった姉も、今ではそういう付き合いにも困っていない。

 まあ、私もそのお相伴に預かって、お茶もお酒も楽しんでいる。


 姉は自分のハーピーの長老の地位を、夫のストラトに譲ろうとしている。

 ハーピーの長がエルシム様に移った今、もう自分が長老の地位に留まる時代ではなく、その座を譲るべきだと考えたのだ。

 夫のストラトは、妻である私が言うのも身贔屓な気がするのだが、もうとっくに長老になっていてもおかしくない功績のある人だと思う。 そして人望もある。

 今その存在をほとんど忘れ去られている、他のエルシム様、イルヒム様以外の長老よりも、ずっと長老の地位に相応しいのではないかと、私はずっと以前から思っていた。

 他の長老たちというのは、ハルオン様、エルシム様、そして姉が主導していたハーピーの改革路線に反対していた勢力だ。 そして、つまり現在の状況に全く対応できずに存在感が希薄になってしまった面々だ。

 ちなみにイルヒム様は、何とか間を取り持って、穏健に改革していこうとされていた方だ。


 「シロシュウメ義姉上が私を長老に推してくれるのは、素直に嬉しい。

  でも女性である義姉上が長老の地位にあることは、とても意味があることだと私は考えている。 そのためにハルオン様が随分と骨を折ったことも知っている。

  だから義姉上の代わりに誰かを長老にするなら、私より実の妹であるミナを推した方が良いのではないだろうか」


 えっ、何で急に私の名前が出てきた。


 「何を言っているの、あなた。

  私は、先翔のストラトの妻で、今現在女性ラミアのリーダーのようになっている2人のうちの1人モエギシュウメの母というだけの存在よ。

  姉のようにハーピーの長老になるという器でもないし、そんな意思もないわ。 私はシロ姉さんとは違うわよ。

  それにハーピーの長老に女性がいなくなる心配は必要ないわ。

  どうせすぐにモエギシュウメか、その親友のウスベニメがその地位に着くわよ。

  それにエルシム様の妹のウスキハイメさんだっているじゃない、心配する必要ないわ」


 「そうね。

  ラミアたちとの交流を持つようになって、その点は心配する必要は全く無くなったと、私も思っているわ。

  少なくともここ、ヴェスター辺境伯領では、男性でも女性でも関係なく、能力のある者がその才を発揮出来るようになっていると思うわ。

  ラミアは女性しか生まれないから、そうでないとやっていけないからなのだけど、これは良いことだと思うし、もうそこを心配する必要はないのよ。

  それにミナモハのいう通り、私のような女の長老というのは、すぐにモエギシュウメかウスベニメがなるでしょう。

  というよりは、エルシムの次は、あの子たち、ラミアと人間との連絡係を勤めた5人が必然的に中心になっていくことでしょう」


 「はい、それは私も確信しています。 それまでの繋ぎの期間を担えということですよね。

  ただ私自身は、過去がありますから、ラミアとも友好的な関係を保つ意味では不適ではないかと」


 「何言っているの。 今現在、完全に友好的な関係、それも密接な関係を築いているし、ラミアからも人間からも尊敬されているじゃない、あなたは」


 私は夫ストラトが何を気にしていたのか理解した。

 夫は、ラミアとの友好的関係が出来る前、つまりラミアと戦いでは自分も大怪我を負いもしたが、大きな戦功を何度もあげているのだ。 つまりラミアをたくさん殺している。 それが負い目になっているのだ。


 「あなた、それはミーレナさんとの話でも過去の事と、終わっている話ではないですか」


 「ああ、ミーレナ殿はあっさりと許してくれた。

  だが、私が戦傷を負った相手は、あの不動岩だったので、傷を負ったことを何ら不名誉なこととは思っていないのだが、その前に私はその不動岩の周りにいたラミアを殺している。

  今となって考えると、それはあのミーレナ殿の姉妹であった可能性が高いのだ。 ほんの僅かな違いで、私はまだ若かったミーレナ殿を殺していた可能性もあったのだ」


 「それは戦場ですから、仕方のないことで、ミーレナさんも拘りを持ってはいないと言ってくれているのでしょ。

  私も話をミーレナさんに聞きましたよ。

  ミーレナさんの師匠の不動岩さんとあなたが戦っている時に、ラーリア様やラリオさんがその場に戻って来て、凄まじい戦いを繰り広げられ、それにちょっと気を取られて、あなたが負傷したのだと。

  不動岩さんはミーレナさんに『ラーリアたちが来てくれて、それにあの戦士が一瞬気を取られなければ、私の方が危うかった』っと言ったと、『だから、その戦士であったストラトさんは、私にとって尊敬する最強の戦士なのです』と」


 「そうなのか、それは嬉しい、本当に光栄な評価だ」


 「だからあなたも、そこに拘って遠慮する必要はないのよ」


 夫は、今は自分が姉に推されて、長老になるかならないかを考えていることを忘れて、ミーレナさんと、その師匠である不動岩さんの自分についての評価に心を揺さぶられているようだった。

 私自身は、つい最近になって、ゴブとの戦いで、危険は感じることはないような任務だが、戦場に参加するという経験をした。

 だが、命のやり取りをする戦士たちの、本当のその(はざま)に通う気持ちというのは、私にはとても理解できるものではないだろうと思う。

 それだから夫が、下手をしたら自分を死に至らしたかも知れない相手であった不動岩さん、そしてその直弟子であるミーレナさんが、自分に示した、最大の敬意であると戦士には思えるような自分の評価が、夫にどれだけの感動を与え、どんな思いを去来させたかは私には解らない。

 でも、だからこそ、私は夫ストラトに姉の提案を受諾してほしい。


 私は口に出して誰かに言う訳ではないけど、内心ではこう高らかに言いたいのだ。

 「私の夫ストラトの戦歴は知っているでしょうけど、ミーレナさんの師匠の不動岩さんでさえ、この人を恐れたのよ。

  長老になって、いえなっていて当然の人なのよ」



 「ほら、ストラト、問題ないじゃない。

  私の代わりに、これからはあなたが長老を務めなさい。

  話はもう、エルシムやイルヒムには通っているわ」


 姉はそう夫に言うと、私の耳元で言った。


 「あなたねぇ、何を考えて、あなたがそんな顔をしているかは分かるけど、もう少し取り繕いなさい。

  ま、私があなたの立場でも、そう言う風に鼻息が荒くなってしまうかもしれないけど。

  でも私はストラトのその面だけを評価して、私の代わりに長老にしたいと思った訳じゃないのよ。

  戦士としての面以外でもストラトは長老に相応しい人なのよ」


 姉には私の考えていることなんて姉には筒抜けだった。


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