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モエおばあちゃんの名前

 「ねえ、ねえ、モエおばあちゃん」

 「はいはい、なあに?」

 「モエおばあちゃんは、なんでモエおばあちゃんていうの?」


 長い間の謎は、ミランのそんな一言から解明することになった。


 「モエおばあちゃんは、モエお母さんのお母さんだから、モエおばあちゃんなのよ。 モエじいはモエお母さんのお父さんだからモエじいでしょ。

  それと同じよ」


 聞いていた子どもたちは、その言葉になるほどと納得しかけていた。 でもウォルフが重ねて疑問を投げかけた。


 「でもさ、モエおばあちゃん、僕、知っているよ。

  モエじいはさ、モエじいだけじゃなくて、『先翔のストラト』っていう名前があるんでしょ。

  先翔のストラトって、何だかカッコいい名前だよね」


 「ウォルフ、『先翔の』っていうのは名前じゃないわよ。 名前はストラトだけ」


 近くにいたレンスが小さな間違いを指摘した。


 「あ、そういえば、ハトのおじさんがモエじいのことを『ストラト様』と呼んだの、私は聞いたことがあるわ」


 子どもたちの中では一番年上のティッタが、自分の記憶から思い出したようだ。 他の子たちも記憶を探っているようで、「そういえば」とか「えっ、私は知らない」とか、色々とかしましい。

 モエおばあちゃんと一緒に来ているモエじいは、ウォルフに『先翔のストラト』という通り名付きの名前を「カッコいい」と言われて、デレデレの顔をしている。

 今のこの子爵邸は、前の家より2人が暮らしている所からは随分と遠いのだが、ハーピーの2人にとってはあまり変わらないのだろう、孫である僕らの子どもたちを見に来る頻度は以前と全く変わらない。


 子どもたちの話を僕だけでなくナーリアたちみんなも、子どもたちに悟られないように気を付けながらも、興味深く聞いていた。

 それは何故かというと、僕らはみんな、モエおばあちゃんことモエギシュウメのお母さんの名前を知らないからだ。


-----------------------------------------


 「モエギシュウメのお母さんで構わないわ」

 「それなら私はモエギシュウメのお父さんで良いか」


 モエギシュウメが僕の奥さんの1人になると、当然のことだけどその両親とは顔を合わせる機会も多くなる。 その最初の時に、モエギシュウメはきちんと両親を紹介しようとしたのだけど、その機先を制する感じでモエギシュウメのお母さんは、自分のことはモエギシュウメのお母さんと呼んでくれれば良いと言ったのだ。 そしてそれに押される感じで、モエギシュウメのお父さんともなった。

 もっともそう呼ばれる時はほとんどなくて、すぐにハナことハナシュウメやラミアや人間の子が生まれたから、モエじい、モエおばあちゃんになってしまった。

 モエギシュウメのお母さんは、姉であるシロシュウメ様がメリーに「シロおばあちゃん」と呼ばれていたからか、「モエおばあちゃん」とすぐに呼ばれるようにと気を張っていたりもして、モエギシュウメに揶揄われてたりもしていた。


 それからの戦いの日々で、モエじいことモエギシュウメのお父さんの名前は、「先翔の」と言われる所以つきで「ストラト」という名前なのだと知ったのだけど、お母さんの方は今だに謎だったのだ。


 鳥型ハーピーの女性の場合、名前の後半は女系の血筋を表す。

 モエギシュウメとシロシュウメ様は、伯母と姪の間柄となるのだが、どちらも語尾がシュウメなのは、その伝統のせいだ。

 ウスベニメはウスベニメと呼び慣わされてしまっているけど、正式にはウスベニカラメである。 カラメの部分が血筋を表している。

 そういう訳だから、モエギシュウメのお母さんも、何とかシュウメであるのは確実なんだけど、その前半部分が謎なのだ。


 また鳥型ハーピーの女性の名前の前半は、羽を広げた時の、畳んでいる時には見えない内側の羽根の色に由来するのも伝統だ。

 モエギシュウメの内羽根は萌黄色をしていて、シロシュウメ様の内羽根は白色だ。

 モエギシュウメの萌黄色はそれでも珍しい方だが、他にもいるらしいし、シロシュウメ様の白色は多くて、シロカラメ、シロハイメ、シロクリメなど、それぞれの血筋にいるらしい。

 本当に珍しいらしいのがウスベニメの薄紅色で、他にはいないのでカラメが略されてウスベニメと言われているらしい。

 それだから、モエおばあちゃんが飛んでいるところを見れば、モエおばあちゃんの名前も推測することが出来るのはずなのだが、どういう訳か僕は見たことがない。

 モエじいことストラトさんと一緒に飛んで来ているのは確実なのに、この邸に入って来る時は、散歩がてら来たという風に、2人して歩いて入って来るのだ。

 僕らの子爵邸は、ハーピーの訪問も多いから空から邸に降りれるテラスも用意されているのだが、どういう訳かモエおばあちゃんは歩いて邸にやって来る。 モエじいことストラトさんも、1人の時にはテラスに降りて来るのに、夫婦揃って来る時には歩いてやって来る始末だ。


 「あれっ、でもさ、ゴブの巣の偵察に夜飛んだ時なんかは、お母さんも飛んだよね。

  あの時は前はいつもの3人だったけど、後ろはもしもの事も考えて、身内の者というか、ウスキハイメさんとウスベニメとお母さんだったよね。

  みんなと一緒に飛んでいるじゃん」


 そういえばモエギシュウメのお母さんの飛んでいる姿を見たことがないという話になって、僕はそんなことはないことを指摘した。


 「そう言われてみると、そうよね。 確かに私もお母さんと飛んだことがあるわ」

 ディフィーがそう言った。


 ということは、内羽根を見ているはずで、名前の見当がついても良い筈なのだけど。

 内羽根の色が判れば、きっとその色の後にシュウメを付ければお母さんの名前だ。


 「で、お母さんの内羽根の色は何色だったんだ?

  すまないけど、私は全く見た覚えがない」


 サーブがそう言うと、みんな顔を見合わしているけど、誰も声が出ない。


 「大体あの時私たちは、冬の夜空を飛ぶ大変さに、そんなことを見ている余裕は無かった。

  アレクの方が余裕があって、見ることが出来たんじゃない」


 「無理言うなよ。 人間はそんなに夜目は利かないよ」


 そんなことを僕とナーリア、セカン、ディフィー、サーブと話していると、モエギシュウメが近づいて来た。


 「何、5人でコソコソ話しているの?」


 「いや、そういえばお母さんの名前を僕たちは、ちゃんとは知らないなって話になって」


 「ああ、そうよね。 お母さん、隠しているから」


 「やっぱり、そうよね。

  私たちもそうだろうと思って、何となく聞けなかったのよ」


 ナーリアがモエギシュウメに、ちょっと触れて良い話題なのか判らなくてという顔をして言った。


 「あ、そんな大したことじゃないのよ。

  お母さんの名前は、ちょっと特殊だから、照れ臭いだけなんだから。

  私が教えても構わないと私は思うのだけど、教えてはダメと厳命されているから、怒らせるのも後で面倒だから、まあ、モエおばあちゃんで良いんじゃない」


 軽い感じで謎は残されてしまった。


-----------------------------------------


 謎はあっさりと解明した。


 「あなたじゃ危ないから、そこで見てて。 私がウォルフと飛ぶから」


 ウォルフがモエじいにせがんで、空を飛ぼうとした時に、それに気がついたモエおばあちゃんは、そう言って、モエじいの代わりに子どもたちの前で空を飛んだのだ。

 当然、ウォルフ1人で終わる訳はなく、モエおばあちゃんは次から次へと何度も飛ぶことになった。 子どもならラミアの子たちも袋に入れば、簡単に飛ぶことが出来る。


 「ワシが飛びたかったのに」

 「貴方は傷の影響で、時々力がフッと抜ける時があるって、自分でも言っていたじゃない。

  そんな状態じゃ、危なくて、とても任せられないわよ」


 「ねぇ、おばあちゃん、そんなことより、羽を広げて見せて」


 ナーシャのそんな言葉に、モエおばあちゃんは急に狼狽えた。

 子どもたちと一緒に飛ぶことに気が取られて、飛ぶ姿を、自分の内羽根を見せていなかったことをど忘れしていたようだ。

 しまったという顔を一瞬した後、もうしょうがないわね、という感じで羽を広げて子供達に見せた。


 「うわぁ、おばあちゃん、綺麗」

 「うん、本当に綺麗」

 「おばあちゃん、おばあちゃんみたいな内羽根って、見たことない。 本当に綺麗」


 ナーシャ、ミラン、ハナシュウメがそう言って、モエおばあちゃんの内羽根を褒めた。 おばあちゃんは何だかとても照れ臭そうだ。


 「おばあちゃん、おばあちゃんは本当のお名前何ていうの?

  モエお母さんは、内羽根が萌黄色だからモエギシュウメでしょ。

  でも、おばあちゃんの内羽根はとても綺麗だけど、何色と言えば良いのか分からないよ」

 「うん、こんなに綺麗な色、何色って言うんだろう?

  私も知りたい。 それがおばあちゃんの名前でしょ」

 ソフィーとマピドが勢いこんで聞いた。


 「ほら、そんなにどんどんおばあちゃんに迫らないの。 おばあちゃん、びっくりしているよ」

 ティッタがお姉さんぶって、嗜めているけど、空を飛ぶのはウォルフとハナとの3人で一番騒いでいたようだったけど。


 「おばあちゃんの内羽根は本当に綺麗だけど、その色を直接表す名前は無かったんだよ。

  そこで、おばあちゃんのお父さんは考えた、おばあちゃんの名前をどうしようって」


 モエじいが、モエおばあちゃんの替わりに、何だか得意そうに子どもたちに答えている。 モエじいは、ここでちょっと言葉を切ったのだが、子どもたちは集中して、次の言葉を待っている。


 「モエおばあちゃんのお父さんの考えた名前は、ミナモハシュウメだ。

  おばあちゃんの内羽根は空を飛んでいる時、日が透けると本当に青や緑に輝くだろ。 それが水面に青空と木の葉が映っている光景に似ていると考えたんだ。

  モエじいも本当にそう思う」


 モエおばあちゃんは子どもたちに、内羽根を綺麗、綺麗と讃えられて、何だかとても照れていた。

 その後、2人で邸に来る時、ハーピー用のテラスに直接やって来るようになった。


 「で、何で、お母さんはあの綺麗な内羽根を見せたく無かったの?」


 ナーリアがモエギシュウメに訊ねた。

 僕たちの中では、僕の母親替わりはおばさんだし、アンも両親とも死んでいる、そしてレンスの母親はイクス様だから、僕らが「お母さん」と呼べるのはモエギシュウメの母親のモエおばあちゃんだけだ。


 「シロシュウメおばさんの話だと、小さい時は今ほど鮮明な色ではなくて、くすんだ色だったらしいのね。

  おばさんが言うには、ミナモハと言うのは親バカも良いところの過大評価という感じだったらしいの。

  それで子どもの頃は、他の子どもに内羽根の色を揶揄われたらしいのね。

  それ以来、内羽根を見せるのを極力避けるようになってしまって、その延長で名前もなるべく隠すようになってしまったらしいわ。

  まあ子どもの頃はともかく、大人気ないったらありゃしないと思うのだけど。

  でも、子どもたちが綺麗綺麗って言ったら、ここまでコロッと見せるようになるとは思ってもいなかったわ」


 もう一つ変わったことがある。 モエじいがモエおばあちゃんに呼びかける時、「ミナ」と嬉しそうに呼びかけるようになったのだ。

 最初、それに照れ臭そうにしていたモエおばあちゃんだったのだが、すぐにそれが普通になり慣れてしまった。

 でも、ストラトさんが嬉しそうにして呼んでいる期間は、それよりずっと長かった。


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