名前から始まった
久しぶりの投稿です。
まだたまにこの作品も投稿しますので、暇な時に読んでくださると嬉しいです。
ラミウィン子爵の館と呼ばれる私たちの家は、私たちには不必要な大きさだ。
領地持ちの子爵の館としては、それでもすごく簡素で小さい館だということだが、ラミアである私たちにも、少し前までは単なる庶民であったアレクにも、持て余す大きさだ。
私たちが領主館と単純に呼んでいる、今はアルフさんたちが暮らす館は確かにここより大きいが、元から伯爵の館として建てられているのだから当然のことだろう。
今では辺境伯のアルフさんは、元々から貴族だし、その人間の妻のシルヴィさんも伯爵家の出の人だから、人を使って館を運用していくことに慣れているから良いが、エーレアとエーレファは慣れなくて困っているだろうなぁ。 想像すると、ちょっと笑いが込み上げてくる。
ここではほとんど人を使うことはない。
私たちは大きい家なんて必要としないから、自分たちが暮らす部分と子爵として公式に使う部分を明確に分けて館を作った。
だから普段はその公私の私の部分だけしか使わないから、私たちだけで十分なのだ。
公の部分に関しても、私たちが掃除などの手入れをしたりしなくてはならないのだけど、こっちはワーリアたちを手伝わせたりすれば、使用する機会は少ないから用は足りる。 そのうち子どもたちを手伝いに使えるようにもなるだろう。
まあ、私の部分だけでも、ラミアの里の今は主にイクス様とメリーが使っている家より大きくはあるのだけど、子どもの人数も順調に増えているから、部屋数を増やしたりして少し広くなるのは仕方ない。
あ、食事を取る時のテーブルと子ども用の椅子が足りないな。 そろそろ下の子も自分で食べるようにさせたいから。
こんな私たちにとってはちょっと持て余す不必要に大きい子爵館だけど、私は気に入っている部分がある。
この子爵館はバンジがちょっと張り切ったのか4階建ての館なのだが、屋上があるのだ。
4階建てなんて、上に登るのに階段が大変なだけで、全く実用的ではないのだけど、屋上はかなり高さがあり、私のお気に入りの場所なのだ。
「セカンは空を飛ぶのは嫌がるのに、どうして屋上が好きなのよ?」
「あなたたちと空を飛ぶのとは全然違うわよ。 だって下に何もない訳じゃなくて、ちゃんと自分で立っている訳だから」
「周りが見渡せる高い場所にいることは変わらないと思うんだけどな」
モエギシュウメは私が屋上を気に入っているのをちょっと不思議がるが、鳥型のハーピーにはきっとその違いは感覚的に理解出来ないのだろう。
私の感覚を共有出来るのは、もう一人のここが大好きなサーブかな。
まあサーブの場合は、私やディフィーほど空を飛ぶのが嫌いな訳ではないけど。
とにかく視界の開けている高い場所は気持ちが良い。
ここの屋上から見える風景は、視界が開けているとはいっても、その開けている角度はかなり狭い。
ゴブによって滅ぼされてしまった町を再開発して作ったこの町は、貴族的な言い方をすれば寄親であるヴェスター辺境伯領に向かう道が、地形的に両側から挟まれて細くなる手前にある。
一方はちょっとした岩山が迫り、もう一方は少し険しいけど深い森となっている。
まあその森が、昔はラミアの森へと続くということで全く立ち入れない細道となっていたのだが、今ではもちろん何か問題がある訳ではなく、私たちの町からは昔ながらの、今はボブ一家の居住地となっている砦に続く道と、新たに森に作られたラミアの里に直通で向かう道が延びでいる。
そしてまた、一方向はゴブの巣のあった岩が多い丘を取り巻く森があり、そちらはもっと斜度が高い山にすぐに行き着く。
そっち方向は、ゴブが居たせいで開発が進んでいなくて、これからの課題であり、また発展の余地とも考えられる土地だ。
でもまあ、そういった感じで、私たちの町は一応は開けた場所に作られているのだけど、4階の屋上からでも遠くまで見通せる視界が確保できるのは、半分位の物ではある。
それでも王都に向かう道の方向は広く視界が開けているから、物見の櫓の意味もあるのかも知れないけど、ハーピーの目があるので、その為に高い建物を作る必要は全くない。
4階建ての大きな建物を子爵の館として建てたのは、私たちにとっては馬鹿馬鹿しい貴族としての見栄えだけの為である。 まあ結局のところ、私たちはほとんど使ってもいないけど。
遠くを見るのも気持ちが良いけど、近くを上から見るのもなかなか楽しい。
最近は商人たちも集まりだして、この町は昔の活気を取り戻した。 それ以上かも知れない。
ここも含めた辺境伯領全体が、ヤーレン主導の農業振興、ハキとアンによる経済政策、男爵になったのにボブによる鉄の生産、これはレンスも関わっている、ダイク担当の街道整備、ギュートによる畜産振興での馬の量産、エレクとイクス様主導の学術振興、そんなのがそれぞれに実を結び、ゴブという枷が外れたからか、一気に発展して活況を呈している。
まあ、そんな中で一番何故そうなったか訳が分からないのはケンだ。
ケンはラミアの里で最初炭焼きを担当したのだけど、そこから瓦や陶器を焼くことになり、それらを運ぶために水運を使う必要が出来たら、そちらの管理を押し付けられ、船の使用が管理下となったら、それまでは自分の仕事ではなかったアスファルトや鉄鉱石の運搬まで押し付けられ、気がつけば、海の船や陸上の荷物の運行までが、ケンの管理下に置かれることになっていた。
ま、ケンだけが領全体に関わる仕事が決まっていなかったのと、アリファ様の仕事の関係で、物品の管理に慣れていたこと、そしてケンの仕事を手伝う形になっていたターリアたちがいたということで、それらの仕事を回せるだけの人材があったこともあるだろう。
また、ケンは領内有力者の息子でもあったので、領内の運輸の根回しにも、ヴェスター家の騎士という肩書きだけじゃない顔が利いたこともあるかも知れない。
ケンの実家は弟が跡を継ぐことになっていたのだけど、その弟が実家ごとケンの配下のように動いたことも、それに拍車をかけたようだ。
ま、それはどうでもいいのだけど、私には直接関係ない、ヴェスター辺境伯領が大きく発展しているお陰で、王都とその間の通商は爆発的に増えた。
そして、ヴェスター辺境伯領本体もだが、その一部ここラミウィン子爵領も人口が増えた。
人間の流入数が増えたのは当然だが、ヴェスター辺境伯領はその政治的・経済的中心にラミア・ハーピーがいるということで、亜人の流入も増えた。
エルフ・ドワーフ・小人族などといった種族たちである。
どうやら、ラミア・鳥型ハーピーといった、どちらかというと姿形が人間から大きくズレている種族が普通に隔たりなく暮らしている場所なのだからと、安心して移住して来ているらしい。
それとまた、女性の移住が多くもなってもいる。
ラミアは女性型しか存在しないので、ヴェスター辺境伯領では女性が高い地位を持つことに違和感がない。
まあそれはラーリア様、ミーリア様という存在があり、最も人気がある指揮官がナーリアだったりする訳だから当然なのだが、アンはアルフさんとデイヴの義妹となっているから別なのかも知れないけど、学園長となっているシルク、農政次官となっているエーデル、ソフィアも運輸で顔が広く知られているように、人間の女性も数多く知られているからだろう。
感覚的には私には分からないのだけど、自分の能力を試してみたいという女性がヴェスター辺境伯領を目指して来るらしい。
そんな事もあって、とにかくこの町は急激に活気を増しているのだ。
それを上から眺めるのも面白いのだけど、今、私が眺めているのは、もっとずっと身近なことだ。
私はこの館の中庭で遊んでいる子どもたちを上から眺めているのだ。
この町は今、秋の元は収穫祭だったのが少し大きくなった祭りの時期で、それに合わせて、イクス様とメリーという普段はラミアの里にいる者も含めて、家族全員が集まっている。
アレクの妹のエーデルの家族、つまり副官クラウスの一家、ふふっ難しく言うことはないね、ワーリアたちもいるし、おじさん、おばさんも来ている。
もちろん私たちの子どもたちと、ワーリアたちの子どもたちもいる。 まだエーデルの子どもはいないけどね。
結構な大人数だ。
その子どもたち、総勢20人が中庭で遊んでいる。 私たちの子どもが15人に、ワーリアの子どもたちが5人だ。
メリーがそれに加わっていないので、ちょっとだけ心配だ。 きっとメリーはエーデルとおしゃべりでもしているのだろう。
まあ上はもうかなり大きくなったし、ティッタが仕切るだろうし、きっと近くには誰かしら見ている者がいるだろう。
こうして私が上から見ていることなんて全く知らない子どもたちを眺めていると、それだけでとても幸せを感じられて、いつまでも見ていたくなる。
それぞれの子どもたちの、私たちが姿を見せていると見せない個性なんかも見れて、飽きることはない。
エランは地面を見て動かないけど、何しているのかしら? 蟻でも観察しているのかしら。 ミラン、少しかまってやれば良いのに。 あ、ソフィーが行ったか。
ナーブはまだ体が小さい気がするなぁ、サーブの子なんだから他より少し遅く生まれたからといって、もう大きくてもおかしくないのに、下の子は大きいよね。
ウォルフとハナシュは今日もやっぱり二人で何かしているし、あの二人は生まれた時から仲が良い。
ティッタは今日はワーリアの子たちに囲まれている。 まあお世話係だね。 一番上だから仕方ないね。
今日は一人で見ているから、少しだけ口に出してしまっても別に構わない。
これが誰かと一緒に見ているのなら、口に出してしまうと話が盛り上がってしまい、きっと下にいる子たちに気付かれてしまうだろう。
子どもたちはびっくりするほど、親の気配に敏感なのだ。
私はふと、別のことが急に頭に浮かんできた。
「セカン、私は同世代の半分を失っているのよ。
それを悲しいと思う気持ちはもちろんあるのだけど、その気持ちはなんて言うか、漂っているような気持ちなの。
それはきっとその当時の私たちが名前を持たなかったせいね。
もちろん亡くなった10人だって、それぞれに個性があるラミアだったはずなのだけど、思い出すことはあっても、それがそれぞれの誰なのか、もう私には思い出せもしないというか、判断できない。
だから悲しく思う気持ちも、具体的な行き場が分からなくなっていて、例えばミーレア様が亡くなった時の思いとは何か違うのよね。
同じ同世代でも今生きているミーレべ・ミーレク・ミーリト・ミーリンをもし失ったら、その時の悲しみは、その10人とは違ったものになると思う。
10人に対しての漂うような気持ちではなくて、ミーレア様と同等かそれ以上の具体的な重みを持った悲しみに。
名前をそれぞれに持つということは、そういう意味もあるのね。
ラミアが最近まで個々の名前を持たなかったのは、そういう深い悲しみを避けるためだったのかも知れないわね」
いつだったろう、そんなことをミーレナさんが話してくれたことがある。
「お前たちは知らないだろうが、私はアーリアだったこともあればミーリアだったこともある。
当時は個々の名前はなくて、グループ名しかなかったのだから当然だが、私はアーリア様と呼ばれたことも、ミーリア様と呼ばれたこともある。
もっとも、私もイクス様ほどではないが飛び級で昇進したから、アーリアの時もミーリアの時もリーダーではなかったので、今の基準というか、今の名前と決まる時の法則に則れば私はどちらの名前も名乗れなかった訳だが。
それでもアーリアともミーリアとも呼ばれたことがあった訳だが、面白いことに私はミーリアと一緒にいる時に、誰かが私たちにミーリア様と呼びかけた時に自分のことだと思ったことがない。
まあラーリアになってからが長いからかも知れないが。 私だってラーリアの下位だったこともあるからな。
しかしそれより何より、私は私自身の名前を自分でもラーリアと認識してしまっていることが一番大きいのかも知れないな。
私が上位を引退するのは、もう間近に迫っていることだと思うが、引退しても私の名前はラーリアで、もう他の名前にはなれないだろう。
同様に、ミーリアももう昇級してもミーリアで通すことになるだろうが」
それはそうだ。 もう他の誰もラーリアやミーリアという名前を、今の二人の前で名乗ることなんて出来ないだろう。
ラーリア様はラーリア様で、ミーリア様はミーリア様だ。 他に考えられない。
同様に、私はセカンだ。
誰もが私をセカンだと認識している。
今ではもう誰も私のことをナーリアの青髪という風には認識しないし、私自身も自分のことをセカンと認識している。
セカンという名前を持たなかった時、私は自分をどのように認識していのだろうか。 もう私は覚えていない。
もちろん私自身は私自身を個として認識していたのだけど、他の人が私を個として認識しているかは曖昧な気がする。
同じ母から生まれた姉妹の中の、ちょっと目立つというか変わった子くらいの感覚でしかなくて、それすら曖昧な気がする。
同じナーリアというグループのメンバーになったナーリア、ディフィー、サーブは、それぞれの同じ母から生まれた姉妹の中で、私の目からは目立っていたというか変わっていたから、私は見分けることが出来たけど、その姉妹たちは、名前を持つ前もそれぞれに見分けていたかというと、私は自信が持てない。
そのくらいそれぞれの個性が曖昧になってしまうのだ、名前がないと。
「そうか、アレクに名前を付けられたあの時から、私たちはそれぞれを個としてきちんと認識できるようになったんだわ、自分自身のことも含めて」
「そしてこうして子どもたちを見ても、それぞれの個性をはっきりと区別して認識出来ているんだ」
私はそんなことを小声でブツクサ言いながら、飽きずに子どもたちを眺めている。
側で見ている人がいたら、かなり恥ずかしい姿かも知れない。 自分にとっては幸せな時間なんだけど。