1人取り残されてしまったと思ったけど
私だけラミアの里に残ることになってしまった。
ヤーレオとヤーレド、ヤーレファとヤーレルの組み合わせで、それぞれにヴェスター辺境伯領の分担する土地を巡って、それぞれに調査してくることになったのだ。
こう言うと、なんだかとても公的な仕事の感じかするけど、いや確かに重要な仕事の一環ではあるのだけど、実際は自分の夫の男について行くだけのことである。 仕事を任されているのも本当だけど。
それぞれの夫となったのは、私たちより年下の、まだ騎士見習いの男だ。
現在の身分は騎士見習いだけど、将来騎士にはならないだろう。 彼ら2人はきっと文官、ヤーレンの下で働く農政担当の文官になるのではないかと思う。
私たちも以前は、他の姉妹たちと同様に、男たちの戦闘における強さにもこだわりがあった。
それは私たちが最も親しい人間の男であるヤーレンからして、「戦闘は得意じゃない」と言うけれど、私たちよりずっと強いのだ。
他の親しい人間の男たち、つまり元のラミアの里の騎士たちも、みんな私たちよりずっと強い。
私たちは、ここでいう私たちというのは、ヤーレアグループという訳ではなく、ラミア、ハーピー、そしてアルフさんたち私たちと関わりのあった人間たちは、つい最近までゴブとの戦いに必死になっていた。
それもあったのだろうと今になっては思うのだけど、私たち姉妹にとって、私たちよりも戦闘で強いということは、自分たちが夫とする相手を選ぶ時に重要な問題だったのだ。
アルフさんとブマーが、一時エーレアたちから自分たちの相手の候補から外されてしまっていたのは、ラミアの里の訓練に慣れてなくて、自分の実力が発揮出来ず、エーレアたちに負けたことがあるからだった。
その後、アルフさん、ブマー、それに加えてクラッドさんは、戦闘だけでなく強い男であることをエーレアたちに見せつけることになり、エーレアたちは自分から彼らの妻になった。
それに私たちはヤーレンたちラミアの里の男たちから、人としての強さは戦闘の強さだけではないことも教わった。
彼らが、それぞれにこの里というより今ではヴェスター辺境伯領では果たしている役割は、それを実証して有り余るからである。
「私たちはね、ヤーレンたちにとってのラーリア様たちやミーリア様みたいな役を果たすのよ。
ヤーレンたちだって、まあ、キースは別かも知れないけど、この里に来た時は今みたいに強くはなかったわ。
それがラーリア様たちやミーリア様たちに鍛えられて、私たちよりもずっと強く、ミーリア様たちよりも強くなっちゃった。
私たちの夫となる男は、今は騎士見習いだけど、騎士を目指している訳じゃなくて、文官というか技官を目指しているみたいだから、私たちはしっかりと鍛えて、ヤーレンの役に立つ文官・技官になってもらうつもり」
「その意味では、私とヤーレファのこっちは大丈夫だけど、ヤーレド、ヤーレオ、あなたたちは大丈夫?
しっかりと自分の男を農政を担当する文官・技官として鍛えることが出来る?
自信はある?」
「勿論だ。 私たち2人だって、ヤーレンの下、ずっと一緒にやって来たのだし、ヤーレンだけでなくエーデルにもしっかり教わっている。
ちゃんとやっていけるさ」
一番自信が無さそうなヤーレンがヤーレルにそう答えた。
「大丈夫だよ。 4人とも、もう単純に農作業だけでなく、この地方の農政という意味合いのこともしっかり理解しているよ。
それに比べて、男2人はまだまだヒヨッコも良いところだから、4人がしっかりと導いてやってくれ。
特にお願いしたいのは、僕とエーデルは同じ村の出身だから、僕たちが知らないこの地方の特産物があるはずなんだ。
図書館の文献には色々あるのだけど、大火で絶えてしまったかに思えるけど、この領内だって結構広くて焼けなかったところも多い。
きっとどこかで、そういった作物も栽培されていると思う。 ぜひ領内の視察ついでに見つけて来てくれ。
でもまあ、今回の領内の視察は、それぞれの場所との顔繋ぎが一番の目的だから、気楽に回って来てよ」
今の領内の農政は、川の周りの開発で、主食の穀物はかなり増産され、増えた人口を賄っても余って、領外に売ることが出来るまでになった。
意外にもというか、ヤーレンたちの計画が優れていたからだろうが、あっという間という感じの進み方だった。
今はそれ以外の作物、この地に適した作物を見つけて広めるという目標に向かっている。 勿論まだまだ開発を進めながらのことだが。
王都のデイヴにも、さまざまな作物の種を手に入れてもらって、今は私とエーデルが中心になって試験栽培をしている。
でもヤーレンが一番期待しているのは、元々この地方で栽培されていて、今は忘れられている作物なのだ。
そういった作物を見つけ出して来ることを、今回の視察一行に、ヤーレンは本音ではとても期待しているのだ。
「あなたたち、もう一つの目的もちゃんと忘れないのよ。 私はそっちの方が心配よ。
ヤーレファ、ヤーレル、あなたたち2人が主導して見つけるつもりじゃないと、人間の妻なんてなかなか見つけられないわよ」
「大丈夫よ。 ちゃんと妻になってくれると思う幼馴染がいるって言ってるもの。
大丈夫よね?」
「えーと、たぶん大丈夫だと思います。
でもまあ、まさか年上のラミアの妻を2人同伴して戻るとは思ってないでしょうから、びっくりすると思うので」
ヤーレファの確認を求める言葉に、自信無さそうに答える所が少し可愛い。 私でも頭を撫でてあげたい気分になる。
そんなやりとりに、ミーリク様をはじめとするヤーレンの妻のラミアは、「そうだ、そっちが一番重要だぞ」などと4人に言っている。
それはそうだ。 人間の妻が出来て、その妻に子どもが出来ないと、私たちも子どもを作ることが出来ないのだから。
そういうことを理解しているエーデルは、ちょっと困ったような顔をしている。
きっとラミアの妻2人を連れて戻って来た幼馴染を見て驚く人間の女の気持ちの方を想像しちゃったのだろう。
ラミアの子どもをたくさん欲しいという欲求に、人間の妻たちは常に無言のプレッシャーを感じるというから、それに対する同情心みたいなのもあるのかな。
ここで私は自分だけがひどく場違いな所にいるような気持ちになった。
子どもという話になると、決まった相手が未だにいない私は、全く会話に入って行くことが出来ない気持ちになるからだ。
ちょっとした微妙な沈黙、雰囲気が違ってしまったことに、ヤーレルがすぐに気づいてしまった。
「ねぇ、やっぱりヤーレアも、私たちと一緒に妻にならない?」
「もちろん私の方でも良いぞ」
ヤーレオも即座にそう言ってくれたのだけど、2人の男は「えっ」という顔をしてドギマギしている。 やっぱり可愛いなぁ。
「ありがとう、でも私はいいよ。
それに男1人に、ラミアの妻2人に人間の妻1人でしょ」
私はすぐに精神的に立ち直って、笑顔でそう言った。
「私たちの代までは、それは適用されないことになったみたいだよ。
ほら、ワーリアたちは全員でストーム師匠の息子の妻になることになったし」
ヤーレオもそう言って、私もどちらかの妻になるのを勧めてくれた。
でも、私はそんな気にはなれないんだよな、笑顔だけで応える。
「えーと、私から一つ提案がある」
なんとなく今までの話に加わらず、沈黙していたラーリク様が、急にそんな風に話し始めた。
当然のことながら、みんなほんのちょっとだけ緊張した感じで、ラーリク様の次の言葉を待った。
「ヤーレアなのだが、私はヤーレンの妻の1人に加えたいと思うのだが、どうだろうか」
えっ、えっ、えっ?
急にいったいどういうことだろうか? 部屋がグルグル回った。
「妻になる前にアーロクは死んだので、元からヤーレンはラミアの妻が他の男たちより1人少なかった。
それはデイヴとエレクも同じことなのだが、2人にはハーピーの妻が出来た。
残念ながら、もうハーピーには都合よく妻になれる年頃の者がいない。
私はヤーレンも周りの男たちと同じ数の妻を持つべきだと考えている。
これはヤーレンの子どもも他の男たちと同じように、なるべく多数にしたいという理由もある。
それで候補を考えたのだが、やはりヤーレアが最も相応しいのではないかと思うのだ。
まあ、妻の人数が足りていないというのは、ボブが今現在一番なのだが、さすがにあの家に後から加わりたいというラミアはいないだろうからなぁ」
最後の言葉は、ラーリク様の冗談みたいだ。
私はヤーレオに体を支えられていた。 どうやらあまりにびっくりして、気を失いかけていたようだ。
「私は賛成です。
ヤーレアが、ヤーレンの妻の1人として加わってくれるなら、心強いです」
一番反対してもおかしくない立場の人間の妻であるエーデルが、ラーリク様の提案に最初に賛成の声をあげてくれた。
私はもう涙が溢れて、嗚咽以外声も出ない。
「ヤーレア、良かったね」
「ヤーレアはどうなるかと、本当に心配だったから、安心した」
「本当に重荷を下ろした気分」
「これで清々しく、視察の旅に出れるわ」
グループのメンバーが次々に私を抱きしめて、言葉をかけてくれた。
なんだかみんなも泣いているようだ。 私はそんなにみんなに心配されていたのか。
私にとってヤーレンは最初から特別だった。
初めて話したのは、ゴブとの戦いの準備でピリピリしている時だった。 その時に優しい言葉をかけてもらって、私はヤーレンをきちんと認識した。
私たちヤーレアグループが、農業に特化したグループと呼ばれるようになったのは、イクス様に「人間に教わって、色々なことを覚えなさい」と言われた時、私がヤーレンの優しい言葉を思い出して、ヤーレンになら教えてもらえるかと考えたからだ。
一時はヤーレンと過ごす時間は、夜の時間を除くと妻になった皆さんよりも私たちの方が長かったりもしたのだ。
そして私たちはヤーレンの指示の下、ラミアの里の農業を改革し、ラミアにとって新しいことを若い子たちに伝えていったのだ。
それによってラミアの里の食物が、それまでよりもずっと豊かに、量だけでなく質も変わって行くのが、私たちは嬉しくて仕方なかった。
そんなことをしていつつもゴブの脅威は迫り、あの事件が起こった。
最初のゴブとの戦いの場にいたとはいえ、ほぼ初陣の私たちは自分たちの弓での攻撃が有効だったことに浮かれていた。
その間にあの出来事があり、男たちは全員、正気を失うほどのダメージを負った。
私たちは浮かれていたことに対する後悔と、単純な戦闘力だけではない男たちの強さに、心が乱れに乱れた。
そして、ヤーレンが復帰できるまで、ヤーレンがやっていたことをきちんと続けなければならないと決意した。
それしか、あんな傷を負ったヤーレンたちに、私たちが出来ることがなかったからだ。
決意はしても現実はそんなに上手くいくはずがない。
私たちは若い子たちを率いて農作業を続けていたが、私たちは所詮ヤーレンの指示に従って動いていたにすぎないことが、すぐに露呈した。
私たちは、悩み抜いた末、あの暴挙に出た。
あの時、その暴挙に怒ることなく、ヤーレオが見つけてきた棒に縋って、私たちを指示してくれたヤーレンの姿を私は生涯忘れることはないだろう。
その姿を見たヤーレンの妻たちもミーリク様をはじめとしてショックを受けていたが、私たちは棒に縋らねば立つことも出来ない状態のヤーレンを無理矢理連れて来てしまった申し訳なさもあり、自分たちの不甲斐なさもあり、若い子たちの手前、
「今日はどうにも暑くて汗が出る」
と言いながら、泣きながら作業をした。
私は、その時から、ヤーレンのことを、とても好きな自分を強烈に自覚し、他の男のことは考えられなくなってしまった。
ラミアの里の男たちはアレクをはじめ、みんな凄いと思う男たちだけど、自分が精をもらうとしたら、それはヤーレン以外考えられないと私は固く思うようになってしまった。
ましてや、他の男なんて、私の目には男としては入ってこない。
男たちの妻のハーピー枠という言葉を使い始めたのは、モエギシュウメかルリちゃんみたいだけど、ヤーレンはハーピー枠は埋まっていないけど、ラミア枠はとうに埋まっていて、私が入る隙間はなかった。
ワーリアが、アレクに精をもらおうとするという事件を起こして、ナーリアが激怒したけど、イクス様は「そういうのも許す」と言われたと聞いた時、私はちょっとだけ光明が見えた気がした。
ヤーレンの妻にはなれなくても、ヤーレンに精をもらって、子どもを得ることは出来るかもしれないと思ったのだ。
でも私にはワーリアのような行動力はなくて、頭の中で考えるだけで、何も行動を起こすことは出来なかった。
ヤーレンのことが好きで好きで、他は考えられないということを、他に知らせたこともない。
そして私以外のヤーレアのメンバーが、若い騎士見習いの男の子の妻となることが決まり、私は1人残されてしまうことになった。
そう私はその騎士見習いを、男としては見ることが出来なくて、男の子としか見ることが出来なかったのだ。
でも、私のそんな気持ちは、どうやら周りにはバレバレだったようだ。
「えーと、それとこれも理由にあるのだけど、私はヤーレンの仕事の手伝いからは一歩引かせてもらうわ」
ラーリク様の話はまだ続いている。 ミーリク様が受けて質問した。
「えっ、どういうことですか?」
「あのね、係のラミアたち。
その長たちなんかは、元々は私よりも上の人たちだったのだけど、彼女たちも自分たちと親しくなった男との生活を優先することになったのよ。
それで、誰かがその仕事の跡を継がねばならなくなったの。
最近は軍事訓練ばかりが仕方のないことだけど優先されていて、係のラミアが担っていた技術の伝承だとかはおざなりだったわ。
それを今、立て直す必要があって、それが出来るのは今のラーリア以上だろうと。
とは言ってもラーリアをはじめとして、まだまだ抜けられない役目をしているラーリアメンバーも多いから、私は仕方ないから、そっちをすることに決めたの。 ここは妻たちだけでなく、ヤーレアたちもいるから大丈夫でしょ」
事情は理解できる気がする。
「まあさ、私より上だった係の長の人なんて、みんなイクス様より年上か同世代だから、今から子どもが持てる訳じゃないけど、苦労されてきた世代だから、これからはゆっくりして欲しいわよね。
子どもと言えば、ラーリアの上は2人でもうお終いということだけど、私たち下はもう1人産むわよ。 ということで、エーデル頑張ってね。
あまり時間が経つと、私ももう作ることを躊躇う歳になっちゃうから、なるべく早めにお願いね。
あ、そうそう、ヤーレアは私たちと同じ2人までは、エーデルに子どもが出来なくても産んで良いから。 私が許す」
「えっ、でも母乳をあげたりに1人だけだと大変だったりするのではないでしょうか」
「今は何時だって母乳が出る者が他にも居るわよ。
ラミアに限る必要もないのだから、ハーピーや人間まで見渡せば、すぐに1人や2人いるから大丈夫よ。
安心して早く産みなさい」
「えっ、それじゃあ、私たちの中でヤーレアが一番に子を持つことになるのか」
「心配していたのに、急に逆転て」
「私たちも急がないと」
「幼馴染、逃げられないようにしなくっちゃ」
さっきまで私のことを涙を流して喜んでくれていたのに、グループのメンバーは逆に私のことをライバル視し始めたみたいだ。
「そうそう忘れていた」
ラーリク様がそう言ってまたみんなの注目を集めた。
「こういうことで構わないか? ヤーレン」
そうヤーレン本人の気持ちを全く聞いていなかった。
「もちろん構いません。
僕はヤーレアのことも前から好きでしたから、ヤーレアが妻の1人になってくれたら嬉しいですから」
うん、この流れの中ではヤーレンはそう言うしかないよね、とも少し思った。
「痛いっ!!」
今度の私の涙は背中の痛みのせいだからね。
ヤーレオが、ヤーレドが、ヤーレファが、ヤーレルが、また涙を見せながら、私の背中を思いっきり叩いてくる。
私は顔がもうグシャグシャだ。
そんな私たちを、ラーリク様をはじめとするヤーレンの妻のみんなが微笑んで見ているのは解っている。