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嫉妬

 「カリン、何だか冴えない顔をしているわね。

  まあ、ダイクはすごくショックを受けているみたいだし、アーレル様やロル様も怪我よりも気持ちの方が痛手が大きいのかもしれないくらいでしょ。

  うちのアーリナ、アーレナ、アーロナたちも怪我より、そのショックの方が大きいみたいだから。

  それだから、あなたが冴えない顔をしていても、分からない訳じゃないのだけどね」


 私たちラミアの里に暮らす女たちは仲が良い。

 それは年頃がほとんど変わらないこともあるけれど、最初は皆同じように夫が自分たちとは別にラミアの妻をそれも複数持つという共通項があったからだ。

 ダイクの妻になる為に、このラミアの里に来る時には同じ境遇のみんながいたことがどれ程心強かったか。 今となっては冗談にもならない笑い話なのだが、あの時の私は、今は亡き領主様からラミアに関する悪い話が全て仕組まれた嘘で、実際のラミアはとても優しい種族だと説明を受けていても、小さい時から刷り込まれていた恐怖心はまだまだ克服出来ず、恐怖感で一杯だったのだ。

 ダイクはこの里に来た私を、なんて言うか、あっけらかんとした調子で出迎えてくれたのだけど、私はその時、ダイクに対する気持ちだけで恐怖心を抑え込んでラミアの里までやって来たのだから、もっと感動的に出迎えてよと、なんとなく腹が立ったのを覚えている。

 そして今では、ラミアたちはもちろん、ハーピーたちともなんの隔たりもなく、とても仲良くしている。

 そうそう、同じ人間の女性も増えて、奥方様たちは別格として、ハーピーの妻となった、そのメイド兼護衛の女性たちとは特にとても仲良くなっている。


 そんな中で、私と一番仲が良いのが、同じ職人の妻という感じがするチョナだ。 私は石工の妻で、チョナは大工の妻だ。

 もう1人ハンナも職人の妻というカテゴリーだと思うのだが、ハンナの夫であるボブは、鍛治職人という括りより、ラミアの里の男たちつまり私たちの夫のもう一つの顔であるこの地の騎士たちのリーダーという色が濃くて、なんとなくハンナも職人の妻という感じではない気がしてしまう。 それ以上にボブのハンナ以外の妻は、ラーリア様にミーリア様、そしてアレア様とロア様、そしてもう1人ハーピーのウスキハイメさんと、それぞれに重要人物揃いで、それらの人たちと伍して妻となっている訳で、ハンナ自体はそんなこと思っていないだろうけど、私は何となく気圧される感じがしてしまうので、チョナと同列にはならない。

 まあ、それを言えば、チョナと私も同列には考えられない。

 チョナはバンジの師匠の娘で、チョナ自身もバンジの仕事を手伝えるのだけど、私は石工であるダイクの妻だけど、元は小さな小売りの小間物屋の娘であって、バンジの仕事を手伝える訳ではない。

 その小間物屋も本当に小さくて、ハキの実家のミレント商会とはもちろん比べようもなく、このラミアの里に商売の流通経路として何か恩恵をもたらすことも出来ないし、商売知識を役に立てられることもない。

 それに商売知識といったことは、女性でもハキの妻のミリー、それに行商人の娘だったというアンにも、私はずっと劣っている。

 私が出来る里でのことは、元からしていた仕事の延長としてはアリファ様を手伝って、物品管理の在庫管理の業務を手伝うくらいのことだ。


 つまり私は、なんて言うか、自分は他のこの里に暮らす人間、男たちだけでなく、その妻の自分と同じ立場の女たちも合わせて、みんなと比較するとこの里に何も貢献していないのではないかという劣等感を抱いているのだ。

 今の私は何故かその気持ちをとても揺すぶられている気がするのだ。


 「うーん、そんなに冴えない顔をしているかな。

  ダイクがショックを受けているのも、アーレル様やロル様も同じようにショックを受けているのも、理解は出来ているから、それに引き摺られているつもりはないのだけど」


 私は今の自分の気持ちを自分でも上手く表現できないから、チョナに曖昧に答えた。

 チョナはその私の言葉を誤解したのか、揶揄おうとしたのか、それとも気分を変えてくれようとしたのか、見当違いなことを言ってきた。


 「ああ、解った。

  私のところもだけど、今は順番を度外視して、怪我の治療のため、誰のところもアーリア・アーレア・アーロアの人たちを優先しているでしょ。 だから、ちょっと寂しくて落ち込んでいるのね」


 「違うわよ、馬鹿」


 アーリル様とアーリア様の壮絶な最後は、綺麗にされた後だけどその亡骸を見て、その時の様子を聞いただけの私でも大きなショックを受けた。

 それだから実際にその場に居て、その最後の戦いを間近で見たり、動けなくなるまで戦ってボロボロになった姿を見たり、その最後の言葉を聞いたダイクたちの受けたショックは、私よりはるかに大きかっただろうと思う。


 「ラミアはね、この里を守るためならば、指の一本でも動く限りは戦うという決意なんだって。

  それだからアレクたちも、そんな決意で戦いに赴いていたのよ」


 私たちがこの里に来てまだそんなに経たないうちに起こった王国によるゴブの巣包囲戦の後で、私たちの夫たちが全員正気を失った時に、アンは私たちにそんなことを言った。

 その時にはその言葉の意味が良く解らなかったが、夫たちがそのような状態になった真相が分かると、その意味を考えさせられた。

 そして今回、アーリル様とアーリア様の戦死した姿は、十分以上にその言葉を証明していた。

 ダイクたちこの里の騎士たち、ナーリアやその姉妹たち、そしてミーレナさんの救援が間に合わなければ、きっともっと多くのアーリア・アーレア・アーロアたちが、アーリル様とアーリア様と同様に、動ける限り戦って散っていくことになったのだろう。 あの不死身のアリファ様までがボロボロになって戻って来たのだから。


 それだから、みんなが、いやダイクが大きなショックを受けているのは理解できるし、それ自体に関しては私も共感している。

 だけど何だか胸の奥がモヤモヤして、気持ちが暗くなってしまうのだ。

 今は、アーリア・アーレア・アーロアの傷を癒すと共に、すぐにしなければならない次の戦いの準備を少しでも進めなければならない大事な時期なのに。

 そう分かっているのだけど、心はなんとなく晴れなくて、それが顔に出てしまっているからだろう、チョナに声を掛けられることになってしまった。


 まだ子どもが手を離せるほど大きくなっていないラーリアの方々だけでなく、ミーリアやミーレアの皆さんも今はアーリア・アーレア・アーロアの怪我の世話に追われている。

 本来なら私たち人間の妻も、それに加わるべきなのだろうが、私たちはそこには加わらず、大急ぎで自分たちの防寒着を作ったり、ハーピーの人たちと一緒に空を飛ぶ練習をしている。

 アンは以前から飛んでいたけど、私たちはモエギシュウメとウスベニメと流石にそこまで親しくないから、今まで空を飛ぶ機会がなかった。

 ウスベニメと同じ夫を持つマリも今まではそんな機会がまともにはなかったみたいだから、他の者は当然に経験がない。 アンとメリーが飛び慣れているのがおかしいのだ。

 それでもマリとエリはおふざけ程度には飛んだことがあるらしいけど、他の者はそれこそ初めての経験だ。

 しかし、これからすぐ始まるゴブの巣への侵攻では、終わったばかりの戦いでは私たち人間の女は完全に後方に下げられていたのだが、今度は作戦の一翼を担うこととなっている。

 その担う役目のためには、空を飛ぶことは必須で、作戦決行は迫っているので、防寒着を作り飛ぶ練習をすることは全てに優先されている。

 それだからラミアの里に住んでいる人間の妻たちは、とても真剣に訓練に励んでいて、決意とやる気に満ちた顔をしている気がする。 私とハンナを除いてだけど。


 ハンナもやっぱり私と同じで、どことなく冴えない顔をしている。


 「私は今回はちょっと恵まれているのよ。

  アレア様もロア様も、騎兵の指揮に回っていたから怪我が無かったから、看護の必要はないし、私と飛んでくれるのはウスキハイメさんだから、気心も知れているし」


 ウスキハイメさんの子どもも、まだ小さいのだけど、ウスキハイメさんは作戦に加わるらしい。

 モエギシュウメとウスベニメは、男性ハーピーは可能な限り何かあったときに即座に騎士と共に飛ぶ体制を取るので、今回の作戦では私たちと一緒には飛ばないので、同じ夫を持つ者同士で飛ぶのはハンナとウスキハイメさんのペアだけなのだ。


 「やっぱりボブのショックも激しいの?」


 「うん、まあ、ボブだけじゃないけどね。

  アレア様とロア様はアーリル様とは特別親しかったし、アーリア様ともグループのリーダー同士として考えるところもあったみたいだし。

  態度には一切表さないけど、ミーリア様も思うところがあるみたい。

  以前、アーリア様とアーリル様を直接処断したのはミーリア様だったらしいから」


 私とハンナは何というか同じ立場だ。

 こんなことにならなければ、もう1人の同じ立場の妻として、アーリル様とアーリア様を家庭に迎えることになっていたのだ。



 「ハンナ、カリン、私の家にお茶でも飲みに来なさい」


 何だろう、私とハンナは急に奥方様に「家にお茶を飲みに来なさい」と呼びつけられてしまった。

 私たちはそれぞれの夫の妻となるために集められるまで、奥方様と面識があるはずもなく、直接に軽いあいさつ程度ではあっても言葉を交わすようになったのなんて、このラミアの里に来てからのことだ。

 直接に呼ばれるなんて初めてのことだ。

 私たち2人は緊張して奥方様をその家に訪ねた。 奥方様の家には奥方様だけでなく、キースのお母さんとばあやさんも一緒にいた。

 忙しくしていたので気がつかなかったけど、キースのお母さんも戻って来ていたんだ。 確かクラッドさんにも子どもが生まれたから、砦の方に手伝いに行っていたと思っていたけど。

 まあとりあえず、奥方様だけでなく、キースのお母さんとばあやさんも一緒してくれるみたいなので、ちょっとだけ緊張感が減った。


 挨拶して、少しだけお茶を飲んだところで、すぐに奥方様私たち2人を呼んだ理由を教えてくれた。


 「あなたたち2人が、どうにも冴えない顔をしているので、ラーリア様が私に話を聞いてやってほしいと頼んできたのよ。

  今はみんな忙しくて、手が空いているのは私くらいしかいないし、私が呼んだなら誰も文句も言わないだろうし。

  それで、あなたたちはどうしたの?」


 ラーリア様はハンナの顔に元気が無いことに気付き、私も同様だと判断して、奥方様に相談にのってあげて欲しいと頼んでくれたらしい。

 チョナだけでなく、ラーリア様にも分かって、奥方様に頼むほど私たち2人の顔色は冴えなかったみたいだ。


 「いえ、奥方様、心配していただくようなことではないのです。

  ただ、やはり、これから共に暮らすのだと思っていた人が、あんな形でなくなったので、なんていうか色々考えてしまって。

  夫のボブだけじゃなく、みんなもショックを受けていますし」


 「私も話を聞いてショックを受けたわ。

  あなたたち2人は、私とは違ってもっと当事者なのだから、もっとショックを受けて当然よね」


 ハンナの言葉に、キースのお母さんがそう答えてくれた。

 うん、まあ、ショックを受けたのは私もだし、色々考えてしまうこともその通りではある。


 「でも、色々考えてしまうという、その色々は本当に色々なのでしょ。

  その考えてしまうことに、あなたたち2人は自分でも戸惑っているんじゃない。

  それが顔色が冴えない原因じゃないの?」


 奥方様が私たちの心の中を見透かすように、そんな言葉を掛けてきた。

 具体的なことは何一つとして言ってないのに、私はぎくっとした。 というよりも自分できちんと把握出来ていなかった自分の気持ちを、奥方様の言葉を聞いた途端はっきりと自覚出来たのだ。


 「私、ダイクが亡くなったアーリル様のことをとても悲しんでいるのを見て、アーリル様ってどんな人だったのだろうって、ずっと気になって、気がつけばそればかり考えてしまっているんです」


 「私も、アーリア様は罪を犯して、それに友情から加担してしまったアーリル様と共に今まではラミアの里から追放されていたのだと聞いたのですけど、ボブはアーリア様をとても大事に思っていたようで、今までほんの表面しかアーリア様のことを知らなかったんだと思って、アーリア様ってどんな人だったのだろう、って考えてしまって」


 私たちの母親の世代の3人は、その私たち2人の言葉を聞いて、優しく微笑んだ。


 「それはね、あなたたちは亡くなった2人に嫉妬しているのよ。

  あなたたちは、ラミアは今までの自分とは価値観が全く違っているけど、その価値観は種族の違いから来ていることが理解できているから、自分の夫に自分以外にラミアやハーピーの妻もいることに納得している。

  そして同じ妻となったラミアやハーピーは、良い人たちだし、夫は分け隔てなく自分たちみんなを平等に扱っているから、今の生活に納得もしている。

  そこに加わろうとしていた人が急に亡くなって、大きなインパクトを夫に与えた。

  亡くなった2人が、それぞれの夫の心に大きな爪跡を残した訳ね。

  そのことにあなたたち2人は嫉妬してしまって、その爪痕を残した人のことを考えずにはいられなくなってしまっているのよ。

  一緒に今暮らしている者を嫉妬してしまうと、今の生活は苦しいことになってしまうから出来ないし、共に支えて行こうという仲間意識もある。

  でも亡くなってしまった人に、そういう制約はないから、自分の生の気持ちが表面に出てきてしまっているのね。

  それはとても普通のことだわ。 抑え込まねばならないことではなくて、とても自然な心の揺れなのよ」


 そうか、そういえば、嫉妬ってこんな気分だった。

 私たちはラミアの里に来てから、嫉妬という感情を抑え込むことに決めてしまい、その感情を無視していたし、克服したと思っていた。 いや、忘れていた。

 でも、何だか変だな。 もう死んでしまった人に、こんなに強烈に嫉妬心を掻き立てられてしまっている。


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