子どもたちと
覚悟していたはずなのに、ゴブ侵攻の報は私を驚かした。
秋がもう深まっていたので、私はもうこの秋にゴブが侵攻してくることはないと思っていたからだ。
少なくともこれから春暖かくなるまでは、普通のまでは行かないけど、もう少し落ち着いた時間が過ごせると思っていたのだ。
その頃になれば、ティッタを除いたウチの子どもたちも2歳になってるかもう少しで、今よりももっと色々なことが分かる様になっているだろう。
この年頃の3・4ヶ月の違いは大きい。
今はまだティッタがもう少しで3歳で、ハナシュがもうすぐ2歳、他はウォルフを含めてみんな1歳半を少し越えたところなのだ。
ゴブの進行方向がほぼ砦に向かうことが推定される様になった今、ミーリア様をはじめとした、ミーリア・ミーレアの皆さんは既に砦に向かって出発している。
ハーピーの女性たち、それにはモエギシュウメとウスベニメも含まれるのだけど、彼女たちももう砦に向かって行って、もう任された活動をしているだろう。
アーリア・アーレア・アーロアの皆さんと、若い子たちは街道方向からラミアの森に入って来ることを警戒して、迎撃できる場所で警戒に当たっている。
ナーリアはミーリア様が砦に向かったので、残っているラミアと私たちの夫である騎士たちの指揮を引き継いでいるので、本部となっている集合住宅に詰めている。
サーブたちだけでなく、ナーリアの姉妹たちターリア・ワーリア・ヤーレアも、状況の変化に機敏に対応するために集合住宅に集まっている。
夕方になって、ルリちゃんと同い年のハーピー、ハイチャちゃんが先に我が家に連絡に来てくれた。
ナーリアたちは共同住宅に詰めていることになるけど、アレクたち人間の騎士たちはそれぞれの家に戻ることになったと。
私はナーリアの意図がすぐに分かった。
ナーリアは子どもたちに父親との時間を少しでも持ってもらいたいと思って、アレクたち人間の夫をそれぞれの家に帰そうというのだろう。
私は急いで、みんなの分も含めた夕食の準備をして、ナーリアたちの分、ターリア・ワーリア・ヤーレアもいるから、それよりも多めの夕食を手押し車に載せて、共同住宅に持って行った。
子どもたちの食事を遅らすのは良くないと思ったので、そちらはイクス様とメリーに任せた。
私が共同住宅に行くと、同じように人間の妻たちが集まって来ていた。
それぞれに作った夕食を持って来ている人もいる。
一瞬なんで持って来ていない人がいるんだろうと思ったのだけど、この時間ターリア・ワーリア・ヤーレアは共同住宅にはいなかった。
彼女たちは、元のラミアの洞窟の前に作られた調理場の方で、アーリア・アーレア・アーロアの方たちや若い子たち、それにメリー世代の子たちの食事を中心になって作っている奥方様、ばあやさん、キースのお母さんを手伝っているという。
そうだった、私はアレクが今晩は家に戻ってくると聞いて、それに気を取られて、前線に配置されている人や、メリー世代の子たちのことをうっかりと忘れていたのだった。
ターリアたちは、その準備を手伝っているのだから、当然そこで食事を取るだろうから、彼女たちの分を考えて持ってくる必要はなかったのだ。
私だけじゃなくて、他にも何人も私と同じ失敗をしている人間の妻がいるのが、ちょっとだけ互いに恥ずかしさを誤魔化してくれた。
「みんな、晩御飯持って来たよ」
私は、少し大きな声でみんなに言った。
大きな声だと、アレクが今夜は家に戻って来ることになったのを喜んで、はしゃいでいる様に聞こえてしまうかなと、ちょっと考えたのだけど、かと言って今、陽気な感じ以外で声をみんなに掛けるなんて絶対出来ない。
「アン、ありがとう。 早かったね」
ナーリアは、今は指揮官として振る舞わねばならないので緊張しているかなと思っていたけど、意外にまだリラックスした感じだ。
「子どもたちの様子はどうだ?」
サーブの子のナーブは、一番最後に生まれたからか、もう他の子たちと体の大きさも追いついたのだけど、サーブは私たちの中で一番体が大きいのに今のところはまだ一番小さい。
サーブはそれだからか、モエギシュウメの次に心配性な母親になっている。
「子どもたちは全員、落ち着いているしもちろん元気だよ。
みんな小さいながらも、今が緊急事態だとちゃんと分かっているみたい」
「家には、アンだけじゃなく、イクス様もメリーもいるのだから、何も心配する必要はないに決まっているじゃない」
ディフィーがサーブにそう言い聞かせた。
「それはもちろん分かっているのだが、なんとなく心配になるのは仕方ないじゃないか」
「アン、何だかたくさん持ってきたね」
レンスが量の多さに気がついたみたいだ。
「僕の分も持って来てくれたのかな」
量の多さからアレクはそう推測した様だ。
「アレクは家に戻ってから食べなさいよ。
アン、早くアレクを連れて家に戻って」
ナーリアがアレクの言葉を否定して、私とアレクに即座の行動を促した。
「アン、暗くなればゴブは動かないと思うから、今晩はゆっくりして。
明日は私たちも砦に行くことになると思う」
私とアレクを送り出しながら、セカンがそんなとてもざっくりとしたこれからの予定を私に伝えてきた。
もちろんそうなるだろうことは私にも良く分かっている。
それでもそんなことをセカンが私に言ったのは、その言葉の後に続く言葉があって、そっちが本命の言いたいことだったのだろうけど、それを言わずに飲み込んだのだろう。
うん、セカン、分かっているよ。
私とアレクがちょっと急いで家に戻ると、子どもたちの食事はもう始まっていた。
いつもと違って、上の部屋にテーブルを置いて、食事をすることにイクス様はしたようだ。
最近は食事の時は子どもたちは、誰かしらの膝の上に座ってだけど、大人たちと一緒にテーブルでしている。
今後考えないといけないと思っているのだけど、普段の椅子に座って使うテーブルは子どもたちには高過ぎて上手く使えないので、誰かしらの膝に乗せてもらってが普通の食事風景になってしまっている。
アレクの膝の上は、競争が子どもたちの中で激しくなってしまうので、順番が決まっているのだけど、あとは適当だ。
私たちの中では、誰が産んだ子かは関係なく、等しく私たちの子だし、子どもたちも私たちを区別することなく、等しくお母さんだ。
アレクと私もまだ子どもたちが食事している場に混ざろうかと思ったのだけど、上の部屋に出したテーブルは居間に置かれているテーブルと違って足が短く床に座って何かするための物であるし大きさも小さいので、私たちが加われる余裕がなかった。
そもそもイクス様も自分が食べるのは私たちと一緒にしようと考えたのか、自分では食べていない状況だった。
私は、アレクと自分の分に加えて、イクス様の分の食事も居間のテーブルに用意を始めた。
子どもたちはアレクが戻って来たので、食事を途中で放り出しそうになったのだけど、イクス様に怒られて食事を続けている。
ウォルフが早く食べ終えて、食事から解放されようとしていたのだけど、次にアレクの膝の上に座って良い順番のソフィーは、私が自分たちの食事を用意し始めると、自分の分の食事を自分でアレクの食事の用意の隣に並べ始めた。
それを見て、他の子たちもみんな真似をして、上の部屋から自分の食事を居間のテーブルに移した。
途中からは、私たちも、イクス様もメリーも、その移動を手伝ったので、私たちが食事をする時には、アレクの膝にはソフィーが乗っているのは当然なのだけど、イクス様の上にはナーブ、そして私の膝の上にはマピドが乗っていた。
他の子たちは、普段は許さないのだけど、椅子の上に立って、居間のテーブルでの食事に加わっている。
「お父さん、他の母さんたちは?」
ウォルフがアレクに聞いた。
「他のお母さんたちは、今日は家には戻って来れないな。
さっきアン母さんが他の母さんたちの分のご飯を運んだのウォルフたちも見ただろ。
父さんは今日は特別で、明日からは父さんも家に何日か戻れないから、みんなイクス母様やアン母さん、それからメリーお姉ちゃんの言うことをよく聞いて、良い子にしてないとダメだぞ」
「うん、分かった。 ね、ウォルフ」
ハナシュが勢いよく答えて、他の子たちもそれに同調したけど、ティッタだけは少しもう大きくなっているので、ちょっと心配そうな顔をしてアレクに言った。
「良い子にしてたら、母さんたちも父さんもすぐに帰ってくる?」
「ああ、もちろんすぐに帰って来るぞ」
さらっと話しているけど、ちょっと深刻な話はそこまでで、それからはアレクがソフィーに食べさせてやったのをミランが見ていて、「私も私も」と騒いだりして、いつもの賑やかな食事風景に近くなった。
大人の数がいつもより全然少ないから、いつも通りとはいかないけど。
私はいつも以上に声を出して、なるべくいつもに近い雰囲気になるようにした。
だって、そうしていないと涙が出そうだったから。
その後は子どもたちが疲れて全員寝てしまうまで、アレクは子どもたちと遊んでいた。
そんな時間を作ってあげたくて、ナーリアは男たちをみんな、それぞれの家に今晩は戻したのだ。
「今晩はアンに譲るから、2人でゆっくりしなさい。
ちょうど今はアンは子どもができるかもしれない時期でしょ、ちょうど良いわ。
この騒ぎが終われば、またみんな二番目の子どもを欲しがると思うから、アンに子どもが出来ないと、その思いが遂げられないから、頑張るのよ」
最後になってしまう可能性だってある夜を、イクス様はちょっと揶揄う調子で言って私に譲ってくれた。
私ももうラミアとの暮らしに慣れてしまっているので、今晩はイクス様とアレクと3人で寝るのだと思っていたので、ちょっと意外だったのだけど、そう言って譲ってくれたイクス様の気持ちや、考えが私にも解らない訳ではないので、ありがたくその申し出を受けて、本当に珍しく私はアレクと2人で夜を過ごすことになった。
アレクは昨晩は森の中の防御施設に行っていたこともあり、2回したけど、その最中でも時々、アレクがもしかしたらこれが私との最後になるかも知れないと考えているのが何故か分かってしまった。
今回のゴブとの戦いは、今までのゴブとの戦いとは違って、大型ゴブとも戦う戦いだ。
そしてその大型ゴブと直接に戦うことになっているのが人間の騎士や兵で、アレクたちは今までの戦いの中で、今回は最も怪我をしたり、命を落としたりする可能性の高い戦いにこれから向かうのだ。
私はこの里の男たち、彼らに接していて、彼らが今回の戦いを全く楽観視していないのをひしひしと感じていた。
普通のゴブたちなら、今の彼らなら、軽い怪我をすることはあっても、命の問題になるような怪我をすることは考えられない。
それだけの力量差があると私も思っている。
だけど、大型のゴブで、なおかつ今回はゴブの装備も充実しているということだから、そんな楽観視ができる余裕はないのだ。
彼ら自身も、そしてナーリアたちラミアのみんなも、それを承知している。
明日のことを考えて、2回でやめてしまったけど、本当は私はずっとアレクに抱かれていたい、離したくないと思っていた。
翌朝、まだ日が上る前のいくらか明るくなりかけただけの早い時間に、アレクはみんなの分の食事を持って、共同住宅に向かって行った。
日が登って、ゴブの動きがはっきりすれば、きっとみんなは砦へと向かうことになるだろう。
出発するアレクに私は、子どもたちを起こすかどうかを尋ねることしか出来なかった。
アレクは、まだ時間が早いから子どもを「起こさなくて良い」と言った。
アレクは家を去っていく姿を子どもたちに見せたくないのかなとも思ったけど、子どもたちが起きていたら、立ち去るのが余計辛いからだろうと思う。
私は他には何も言葉が出なかったのだけど、私と一緒にアレクを見送りに家の外にまで出てきたイクス様も、何も言葉を発しなかった。