とにかくまずはついていって、それからだ
ちょっと長文です。
私とアーリアは、ミーリア様の命令で、ラミアの里に戻ることになった。
私たちは自分が犯した罪の罰として、命じられたり強制されたり、誰かによってではなく、自分で尻尾を切り、ラミアの里を離れた。
普通なら2度とラミアの里に足を踏み入れて良い身の上ではない。
今回私たちがラミアの里に戻ることになったのは、ゴブの侵攻が間近に迫り、私たちの住居としている洞窟があることが、作戦上の障害、ゴブを利する可能性があるからだった。
そのために特別な措置として、私たちはラミアの里に戻るように、命令されたのだ。
確かに私たちの住居が作戦上邪魔だったり、ゴブを利する可能性があることも本当なのだと思う。
でもそれはつまり、もし次のゴブの侵攻があった時には、私たちはとても重大な危険に直面するということでもあった。
ミーリア様の命令は、言及されていないけど、私たちをその危険から救うという意図があることを、私とアーリアは命令を受けた瞬間に気がついた。
「ま、今は人手も足りてない。
お前らみたいに計算できる戦力を遊ばせている余裕はないってことさ」
ミーリア様の命令を伝えに来てくれたアレアは、そんな憎まれ口のようなことを言っていたけど、そう言っている顔は笑顔で、その命令を私たちに伝えるのをとても喜んでいた。
アレアは小さい時からあまり感情を表に表さないタイプだったのだけど、そんな風に自分の心情をストレートに表情に出して私たちに伝えてくれて、私はびっくりしたし嬉しいし、何か込み上げて来るものがあった。
私は小さい時は、そのアレアにロア、そしてもう1人ここに良く来てくれるアリファ、それからアレオとローとの6人のグループだった。
今では私以外のみんなは、それぞれにラミアの里で重要な役に就いていて、時々誇らしいような、ちょっと羨ましいような気にも正直に言うとなってしまう。
もちろん今の私の境遇は、自分の行動が招いた結果で、誰のせいでもないので、仕方のないことなのだけど。
えーと、そんなことは置いといて、私も含めてその6人の中で、アレアとアリファが自分の感情を表に出さないタイプだったのだけど、その2人もタイプが違って、アリファは表情は豊かなのだけど自分の感情は裏に隠すタイプで、アレアは表情が乏しく感情の起伏を全く表さないタイプだった。
私は最近は2人とも変わったな、と思ってしまう。
アリファは感情を裏に隠さず、ストレートにそのまま表すようになったし、アレアはとても表情豊かになった。
アレア、ロア、アリファは、私とアーリアが里を出て、この小さな洞窟で暮らすようになった最初から、何かと私たちを気にかけて訪ねてくれている。
それはミーリア様が配慮してくださっていたことだと聞いたけど、私たちは3人にとても感謝している。
3人が最初からこうして訪ねて来てくれていることを、私はとても申し訳なく感じると共に嬉しく感じているのだけど、アーリアのことを思うと自分が恵まれていると思うと共に、アーリアを可哀想に思ってしまう。
私は今でもこうして小さい時に仲の良かった3人が、時々訪れてくれるのだけど、アーリアが仲の良かったアリオとアーリドは、もうこの世にいないのだ。
いざこの小さな洞窟を離れるという時が来たら、意外に物がたくさんあることに気がついた。
最初何も持たず、アレクが咄嗟に持たしてくれたバッグだけしか物がなかったのに、ここで数年暮らした今は、多くの物がある。
それは3人が持って来てくれた物もあれば、ボブとダイク、それから時によってはアレクやバンジが持って来てくれた物もある。
もちろん私とアーリアが作ったり、蓄えたりした物はもっと色々とある。
私たちは、2人だけで生活する必要上、他の人に分担してもらうことが出来ないから、どうしてもラミアの里で暮らしていた時よりも多くの色々な物を持っていなければならなかったせいもあるだろう。
ミーリア様の命令は、ゴブの利にならないように、この小さな洞窟内の物全ての撤去だったので、私とアーリアは、これは数日がかりの大変な作業になるぞと覚悟していた。
そんな風に思っていたら、アーリベ以下の元のアーリアの仲間が手伝いにやって来てくれた。
私も驚いたし嬉しかったのだけど、アーリアは泣き出してしまった。
いや泣き出したなんて生やさしい状況ではなかった、号泣して手伝いに来てくれた5人に謝ったのだ。
「ごめんなさい。 全部私のせい、本当にごめんなさい。
迷惑かけて、ごめんなさい。
今まで謝れなくて、ごめんなさい」
もうアーリアが必要最低限のことだけを小さな声で話すだけになって数年になっていて、大きな声を聞くのも久しぶりだったのだけど、それ以上にアーリアが自分の感情や思いを、正直に大きな声でみんなに告げたのは初めてじゃないかと思う。
小さい頃にだって、泣き喚くように謝罪するアーリアなんて見たことない。
「そんなに泣き喚かないでよ、許すから」
「もう前のことは気にしていないから」
「アーリアだけじゃなくて、私たちも悪かったのだから」
泣いて謝罪するアーリアに困惑して、5人は口々にアーリアに以前のことは許すし、もうそれは終わったことだからと泣き止むように言ったが、アーリアの号泣はなかなか止まらなかった。
「もう、そんなに泣いていたら作業ができないじゃない。
仕方ないわ、アーリル、アーリアを慰めていて。
私たちで物の運び出しはするから」
アーリベの指揮で、作業はどんどんと進んでいく。
5人は洞窟の近くまで荷馬車を持って来ていて、そこまで運ぶにも一輪車を用意していた。 どちらも私とアーリアには馴染みのない物だ。
でもそれらの道具のおかげだろう、荷物の積み込みは私が思っていたよりも、とても簡単に終わってしまった。
私は、物がなくなって、この洞窟の最初に見た時に近い姿を見たら、何だか知らないけど、涙が溢れてしまった。
アーリアはやっと泣き止んでいたのに、やはり立ち去る前に洞窟を見ると、私と同じように涙がまた止まらなくなってしまった。
私とアーリアは、特にアーリアが泣き崩れて、上手く歩けないような状態だったので、荷馬車に乗せてもらうことになった。
「アレアとロア、それでなきゃナーリアの誰かがいれば、私たちも乗れるような馬車にしたんだけど、私たちはあまり馬と接する時を持てなくて、御者が出来ないんだよね。
馬が慣れているから、こうして手綱を引いて歩くくらいは私たちでも大丈夫なんだけどね」
アーリンがそう言うと、他の者もその話題を続けた。
「やっぱり、無理矢理アリファを連れてくれば良かったのよ。
アリファも御者できるじゃん」
「アリファ、片手だけど、全然問題なく御者できるんだよね、ミーレナさんもだけど」
「アリファはともかく、ミーレナさんを比較対象として出しても無理」
「そう、ミーレナさんは特別過ぎるから、私たちの参考にはならない」
そんなみんなのおしゃべりを荷台の上で聞きながら、私は小声でアーリアに言った。
「アーリア、みんなに謝ることが出来て良かったね」
「アーリル、あなたがこんなことになったのも、全部私のせい。
前からずっと、許してもらえることじゃないと分かっているけど、謝りたかったの。
本当に、本当にごめんなさい」
今度は私が、声はあげなかったけど、涙が溢れて止まらなくなってしまって、周りの景色も何も見えなくなってしまった。
何だか全て報われたような気がした。
ラミアの里に着くと、アリファが待っていた。
「とりあえず倉庫を一部屋用意しといたから、持ってきた荷物はそこに入れちゃって。 仕分けは後でゆっくりしましょう。
アーリアとアーリルは、すぐにまずはミーリア様のところに行って来て。
アーリベ、案内してあげて」
私とアーリアはすぐにミーリア様と対面しなければいけないらしい。
ミーリア様の命令で里に戻って来たのだけど、罪を許された訳ではないことを私たちは重々承知しているから、足が竦んでしまう。
アーリベはそんな私たちの気持ちに気づいているのか、気づいていても無視しているのか、構わずにどんどん進んで行く。
アーリアがアーリベに声をかけた。
「アーリベ、禁足地の方に向かっているけど、私たちが入って構わないの?」
「ああそうか、えーとね、今は禁足地ってないの。
そりゃ父祖様の墓所には勝手に入れないし、ハーピーたちもその上だけは飛ばないわ。
でも基本的には、今はもう禁足地ってなくなってて、以前禁足地だった場所には今では色々な建物が建っていたりするのよ。 少しは話に聞いているでしょ。
今、向かっているのはボブの家よ。
ボブ自身は鍛冶場の方だろうし、たぶんラーリア様もいないんじゃないかな。
いるとしたら、ミーリア様の他にはアレアとロアくらいじゃない。
アレアとロアがミーレアになったのは知っているよね、アレアがなったのはあなたたちが出ていく前だったけど、ロアは後だったよね。 でも知っているでしょ。
それだから、本来は私たちはもうアレア様、ロア様と呼ばなければいけない立場なんだけど、2人とも今まで通りで良いって。
まあ、ミーレナ様が、さん付けで呼ぶようにと言ってからは、呼び方はかなり自由になっちゃってるのよね。
アーリクとアーリナもエーデルとチョナには呼び捨てで良いって言って接しているし、私もそれに倣ってミリーには呼び捨てにしてもらっているし。
大体、私たちが教わることの方が多いのだから、その方が当たり前のような気もするしね」
何だかアーリベがアーリアに話しかけられて話し出したら、言葉が止まらない。
アーリベが軽いおしゃべりという感じで話してくれていることは、私が知らない内容や名前なんかもあって、色々な情報が多くて、とてもじゃないけど消化しきれない。
アーリベがアーリアに向かって、こんなに話したのもきっと初めてだろう。
アーリアも内容は私と一緒で解らない部分も多いはずだが、嬉しそうにアーリベの話を聞いていた。
「ミーリア様、アーリアとアーリルが来ましたよぉ」
アーリベが着いた家の中に、私たちを連れて来たことを告げると、気の抜けた調子でミーリア様を呼ぶロアの声が聞こえた。
私はミーリア様に対して、あの調子で大丈夫なのかと心配になったのだが、そんなことは全く気にしている様子はなく、ロアはこっちに声をかけてきた。
「早く中に入りなよ。 外はまだ暑いでしょ」
私たちが家の中に入ると、ミーリア様の声が聞こえた。
「アレア、私にも頂戴」
「ちゃんと全員分持っていきますから」
「立ってないで、そこ座って構わないわよ」
アーリベだけでなく、私たちもロアに促されて、テーブルの前の椅子に座ると対面にミーリア様とロアが座った。
アレアが飲み物を持ってきて全員に配って言った。
「まだ暑いから、お茶じゃなくて果実水にしたわ。 その方が良いかと思って」
「ボブがいたら、あの麦の実を良く炒ってから煮出したのを冷やしたやつだけどね」
「ああ、ボブは果実水より、あれの方が好きだからな。
それにボブはあれに塩も入れるんだよな」
「ボブは鍛治でとても汗をかくから、甘みがあるモノよりない方が良いのよ。
それに塩分を取らないと倒れてしまうのだと、同じようにたくさん汗をかく炭焼きの時にアレクから教わったってセカンが言ってたわよ」
「へぇー、そうなんですか」
アレアとロアのおしゃべりにミーリア様も加わっている。 そこにアーリベも加わった。
「その麦の実を炒って煮出したのって、簡単に作れますか?
もしかしたらハキも好きかもしれないですから」
「難しいことはない、手間も大したことない。
ミリーも知っているんじゃないか」
「アレア、そうなの。 じゃ、後で聞いてみようかしら」
私とアーリアはその話に加われないので、もらった果実水を飲んだりしていたら、さっきよりも少し気分が落ち着いてきた。
きっとそれを待っていたのだろう、ミーリア様が私たちに向かって話をした。
「アーリア、アーリル、2人ともラミアの里に戻ってきて、色々と考えること感じることもあるだろう。
それ以上に、以前から大きく変わっていて、お前たち2人が知らなくて戸惑うようなこともたくさんあることだろう。
私も、これからお前たちをどうしようか、考えていることもある。
だが今は、そういったことを考えたりどうこうしている余裕がない。
それは今の危機を乗り越えてからのことだ。
お前たちの元使っていた部屋は、お前たちが出て行った時のままになっている。
正確には2人部屋だったから、お前たちの相方となっていた者の荷物は撤去してあるが、それ以外はそのままだ。
とりあえずはそこを自分の部屋として使って、元のアーリアに復帰せよ。
アーリベ、お前たちも2人の復帰をサポートして、素早く2人をお前たちと遜色ないレベルになるように促せ。
そう、今ので分かると思うが、今のアーリアの指揮官はアーリベだ。
以上だ。 引っ越しの片付けに戻って良いぞ」
さっきまでのおしゃべりの調子とは違い、私たちに対しての言葉の時は、あの恐ろしいミーリア様の気配だった。
私とアーリアはもちろん固まって命令を聞くだけだったし、アレア・ロア・アーリベも背筋を伸ばして微動だにしないで聞いていた。
私たちがすぐに家から退去する時にはもう、さっきの調子に戻っていた。
「ほら、ミーリア様、今日は珍しく後の用事がないのですから、ボブの仕事を手伝いに行きますよ」
「ミーリア様は遅くても良いですから、とにかく丁寧にやって、余計な仕事を増やさないでくださいよ」
「そんなこと言われなくても分かっているわよ!!」
私とアーリアは、そんな声が聞こえたのが、何だか不思議な気分だった。
戻る途中で、アーリベが私たちにそっと秘密を教えるという感じで言った。
「さっきミーリア様が、あなたたちのことをどうしようか考えていることもある、って言ったでしょ。
あれって、たぶんだけど、あなたたちをそれぞれの家に入れてあげることを考えているということだと思うよ。
私もだけど、今は上位はみんなそれぞれの夫と共に暮らしているから」
「それって、さっきのミーリア様、アレア、ロアがいた家のように、もしかしてダイクにも家があって、将来的には私もそこに迎え入れようと考えてくれているということなのか?」
「きっと、そうよ。
アーリルはともかく、アーリアは大変ね。
今の3人にラーリア様もいるのよ、あの家は。 あとハンナという人間の妻もいるし、ボブの弟子たちもあそこにはいるわ」
アーリアが私も見たことがない、とってもワクワクしている顔をしていたのだが、その顔が急激に曇ると言った。
「ううん、ダメ。
私が犯した罪は、それが許されるような軽いことではないわ」
そうだった、私も頭が一気に冷えた。
私たちは、そんな未来が許されるような軽い罪ではない。
「それを決めるのは、あなたたち2人じゃないわ。
とにかく今はミーリア様の言うとおりに一生懸命努力するしかないわ。
その後で、どうしたら良いかはミーリア様が決めてくれるわ」
ミーリベはそんな風に私たちに言ってくれた。
私は許されるはずのない未来だと頭では考えたのだけど、心の中にちょっとだけ夢見てしまう自分がいて、それを消し去ることができなかった。
アーリアの普段の業務や訓練に、私たちもすぐに参加するようになったのだが、私たち2人は情けないけど、みんなにやっとの思いでついていくだけだった。
いや正直に言おう、ついていけなかった。
私たちも今まで自分たちで訓練をサボっていた訳ではない。
何かあれば、自分たちが一番に身を盾にしてもラミアの里を守る決心を固めているから、その時のために一生懸命に鍛えてきたつもりだ。
だが、みんなは私とアーリアを確実に上回っている。
「うーん、仕方ないよ。 2人でというのではやっぱり限界があるよ。
ここには私たちより上の存在がたくさんいるからね」
アーリンにそう指摘されたが、全くその通りなのだろう。
特に技量の差が大きいのは槍の扱いだ。
以前私たちがいた時には、アーリアの主武器は剣だったのだが、今ではアーリアに限らず上位のほとんどの主武器は槍に換わっている。
そしてミーレナ様、いや違ったミーレナさんの指導の下に厳しい訓練がされていて、みんなとんでもない腕になっている。
とにかく今の私とアーリアの近々の課題は、みんなに劣らないレベル、特に槍の技量のレベルを引き上げなければならないことだ。
そうでないと私たちは役に立たなくて、何の為に里に戻してもらったか、分からなくなってしまう。
焦っても仕方ないのだけど、私はとても焦っている。